一番やさしい・・に弱いです。 

お玉はエクセルが使えない・・・・

ワードも危うい・・一から文書を作成しろと言われると遅々として進まず、なんと紙と鉛筆で下書きしてからワードで清書したりする・・・・・

なので、「馬鹿にでもわかる」とか、「とってもやさしい」とか、そういう文言にとっても弱いの・・やさしく丁寧に教えてくれる本が大好き・・・

ま、だからこのブログの題名もこんな題なんだけどさあ・・・・

で、先日こんな本を見つけて感動しちゃった

 

 

一番やさしいエクセル入門一番やさしいエクセル入門
(2008/07)
アクティブクリエーターズ

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はい。ほんとによくわかります。

懇切丁寧で・・おかげで家計簿を作ることができました。感動〜〜〜いままでどうしても覚える気にならなかったんだけど・・・・簡単と言いながら難しい本ってたくさんあるんだよね。

きっとこの本の作者はお玉な人たちのことをほんとによく分かっているんだね・・・・きっと・・・

てな具合に・・・・(なにがだ?)

明日から3日間ほど・ちょっと忙しいので、ブログはお休みします。

じゃあね。

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バカ世界地図ってなかなか素敵だよ・・ 

ちょっと疲れちゃったので・・思いきりお馬鹿な話題を・・・

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バカ世界地図というネットで完成した面白い地図があるのよね。

バカ世界地図

自分の脳内にある世界地図のイメージを白地図上に描いてもらって、世界地図を作っていくの・・面白いのはネタとして、わざとぼけて作っている疑惑のある人はなるべくのせずに、本当に勘違いしている人が多いものを採用して作っているところ・・・・ってほんとうだろうか??

はじめ、日本人だけでやっていたらしいけど、途中から世界中のお馬鹿さんに手伝ってもらったとか・・ 

 

たとえば・・・

ロシアと中国の間にモンゴルがあるとか・・・ロシアの上は全部シベリアとか・・

ロシアの右にソビエトがあるとか・・

フランスとドイツの間がスイスだとか・・

ハワイや韓国が実際の5倍のサイズになったり。。四国がどんどん小さくなっちゃったり・・本州だけになっちゃったり・・

北極大陸ができたり・・

ネット上で充分楽しめるのに、なぜか、本が出版されてるんだよね・・

でもなぜかお玉も持っていて、机の前に飾ってる・・

真面目になりすぎて疲れた頭をリフレッシュするのに、結構役に立ってます。

バカ世界地図 -全世界のバカが考えた脳内ワールドマップ-バカ世界地図 -全世界のバカが考えた脳内ワールドマップ-
(2005/11/25)
一刀

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って・・こんな記事で押せないって?おっしゃる通り〜〜

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ごめんね・・偏って平和主義です。 

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お玉がこのブログを続けている、続けることができているのは、結局、お玉自身の偏った平和主義に基づいているんだと思うの。

お玉は小さな集団のもめ事も、そこにまったく相手への愛を感じられなければ、それは「戦争」と同じだと感じてしまうの。自分でもおかしいとわかってる。個人の喧嘩を戦争と一緒にするなって言われてる・・

でも、どうしても同じに見えちゃうの。

ここを始めたころはね、批判しに来る人が怖かった・というか正直にいえば「敵視」しているようなところあったと思う・・・・・でもそれ、もともとのお玉らしくないんだよね。

お玉はほんとに喧嘩が苦手でね。そうならないように努力をしたいの。ものすごいきれいごとでしょ?だから底が浅くて透けて見えるから、鼻につく、嫌われる・・ことがある・・・

それでも言わずにはいられない。

お玉の性分ですね。お玉に批判的な人や考え方の違う人が激しくコメント入れてくるのは全然平気。それは、仕方ないと思える。でも、大きなくくりで共に戦いたい人たちが、えんえんと不毛な議論へ突入していく様を見るのは、何よりもつらいの。

みんな一生懸命な人たちばかりだよ。一見攻撃的で理解不能に見える人でも、実は愛があるんだよ。なかには、愛を欲してる人もいるけど・・・・

感情が先立つものですから・・・そもそもお玉はさ、ほんとは政治を語れる器じゃないんですけどね・

その分、コメント欄でみんなが一生懸命話してくれてる。お玉はみんなが好きなんだ。

・・・・などと言えばいろいろ突っ込まれることもわかってるよ。それでもね、一連の記事とTB先を通して言わずにおれない・・

みんなが愛を持って書いているのがわかるから、修復が不能なほど、お玉が怖がってしまうほど、きつい言い方では書かないでほしい・・せめてお玉んちだけでも・・・・・そう、単にお玉がつらいから。コメント承認するとき手が震えるのが嫌だから・・・・・

###いま、いい感じだと思ってるのよ・・みんなに愛を感じてる。今の基準はお玉のコメント承認する手が震えるかどうかだから・・・承認できなかった人、ごめんなさい。 

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移植はドナーがいて初めて成り立つものである 

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・ごめんね。KYさん。
意図しない、あなたの文章のみへの反論になっちゃいましたね・・お玉の責任です。キンピーさんと同じで、両極を見るのにいいコメントだとお玉も感じたんだけれど・・・・そうはなれないのだね・・ごんさんにもごめん。

愚樵さん
臓器提供推進者のほうが反対派よりも「理性的」とはお玉には思えません。もっといえば・・頭のいい方ばかりが臓器提供賛成派ということもないと思います。


きのう、お友達に教えてもらった(Bさんありがと)、柳田邦男さんの考え方がお玉にはしっくりきているのだけれど・・・・

高知新聞(6月19日)より

柳田邦男さんの評論

(前半省略)

現行法が施行されて間もなく、厚生省(現厚生労働省)の大臣懇談会として、脳死検証会議(座長・藤原研司横浜労災病院院長)が設置され、私も息子の脳死を経験した者として、また設置提言者として、委員の一人になった。脳死と臓器提供の一例一例について、医学的・法的に問題なく行われたかどうかを、細部にわたって検証するのが任務だ。
 検証会議は、これまでに脳死下での臓器提供が行われた81例のうち、51例の検証を終えている。また、それらドナー家族のうち、年月のたった25家族に連絡し、同意を得られた9家族について、精神科医と臨床心理士で構成した心情把握班が面接調査をした。初めて愛する家族の臓器提供という重い決断をした時の心理状態や、その後の心や人生に及ぼした影響について、実態を把握するのが狙いだった
 これらの検証作業の結果、医学的・法的な面では、脳死判定の細部で手違いがあった例が若干見られたものの、脳死判定の結果に影響を及ぼすようなトラブルは生じていないことがわかった。
 また、脳死判定の手続きは一見煩瑣であっても、死者にメスを入れて臓器を取り出すという重大な行為を伴う以上、現行のような慎重さは、まだしばらくは続けるのが妥当と、検証会議の多くの委員は考えている。


 重要なのは、ドナー家族の心情だ。その主要な問題点を記すと、
 1.多くの家族は、大事な肉親の突然の死に直面しての強い悲嘆反応と本人の臓器提供意思を生かしてやりたいという思いの交差する葛藤と苦悩に陥る。
 2.脳死を受け入れられないまま同意する家族と自然死と同じだという家族の両方がある。
 3.同意の決断を迫られた時の迷い・苦悩をサポートしてくれる専門家の不在。
 4.臓器提供を誇りに思い生きる支えにしている家族がいる一方で、「思い出したくもない」「連絡もしてくれるな」という家族や「あれでよかったのか」と悩み続けている家族もいる。
 
 今回の国会審議では、検証会議の委員は誰一人として意見を求められなかったし、このような現実をめぐる議論も行われなかった。いったい検証会議のこの10年間の議論は何だったのか。私は、移植を待つ人々の切なる思いは理解しているつもりだ。だが、移植医療はドナーがいて初めて成立するものである。
 私としては、現状の諸条件を考慮して、D案がぎりぎりの妥協点だと思うが、なぜ衆議院のA案の支持者たちは、ドナー家族が抱え込む現実を黙殺してまで法を変えようとするのか。納得できる説明がほしい。参議院での理性ある審議を期待したい。

お玉は臓器移植法に賛成だけれど、ここで焦って国会決議するのはおかしいと思ってる。

一番問題なのは国会議員は私たちほど真剣に考えているいる人がほとんどいないのだはないか?と疑われることだと思います。

「移植はドナーがいて初めて成り立つものである。」柳田邦夫さんのおっしゃる通り、ここが一番大事なことだとおもうし、だからこそ大事に議論しないといけないのよね。

昨日のお玉の記事のように、伝えたいことが全く伝わらない、人を不愉快にさせてしまう…のでは、決して前には進まない・・ ・・

あえて昨日と同じことをもう一度書きます。

何が一番大事なのか?
命を助けることと同時に、助けたい、助けてあげようと思える人を増やすことだとお玉は思う。逆に減らしてしまうような議論なら、する必要はないし、「すべきじゃない」

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言霊の国の移植法 

書きようはとっても荒いから物議はあるでしょうけれど・・・・

KYさんの発言に日本独特な感性というか、ウェットな部分を感じました。

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〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

禁忌

<臓器移植≒死骸喰い> <臓器移植≒人殺し促進> というところでしょうか?

前者は<死≒穢れ>として、<死骸>の一部を身体に取り込むこと、<喰らう>ことを禁じる禁忌に触れる、ということでしょう。 後者は<医師>という患者に対する絶対者への根源的な恐怖と不信でしょう。 そしてどちらも口に出すことは憚られる、<禁忌>に違いありません。
だからこそ、臓器移植、脳死判定についての議論はいつも<推進>と<議論をつくせ>の対立なのです。 <議論をつくせ>とは、言葉を換えれば、<俺の代では決めないよ>、つまり関わりそのものを忌避する、という禁忌に対する未開社会での普通の態度に他なりません 
梅津和夫のホラー短編にも、意識はあるのに身体を動かせず、そのまま心臓を摘出されてしまった娘が死霊となって墓を抜け出し、移植を受けた娘の胸から自分の心臓をえぐり出し、墓へ持って戻っていく、というのが何十年も前にあったくらいで、日本人はこの言語にできない恐怖を克服するまで延々とこの議論を続けるのでしょう。

今回はWHOが渡航移植の自粛を呼びかける、という外圧でことが進んでいるわけですが、もしこの外圧が無ければ、脳死と移植という<穢れ>を外つ国に求める渡航移植は永遠になくならず、国内脳死移植はほとんど進まないまま放置されただろうことは容易に想像できます。

まぁ、形だけは西欧文明を受け入れたように見える日本も、一皮むけば未開の土俗が蠢く言霊の国なわけで、理性的な議論はこの問題については成立しないのではないでしょうか
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜KYさんのコメントより
 
 オカルト的恐怖感があるとかないとかは別にして(だってそんなの世界中にあるもんね)、「言霊の国」というのはわかる。日本には何だろう?科学では割り切れないものへの独特の感性を結構多くの人が持っていて、いい意味でも悪い意味でもそれが多くの「日本人」を作ってるように思います。
だから外国のように「移植を受ける権利はだれにでも等しくある」という側から見ることがなかなかできないのかな・・・・
助かる手だてがあるのにお金さえあれば、海外で助けることができるのに、それができずに悔しい思いをしている人がたくさんいるのよね。
そして、移植を受けることを権利と考える国にしてみれば、なんで、医療技術のある日本でせずにうちの国で移植するのか??と思ってしまわれてるんだよね・・・・・
心臓移植のように、そのやり方を知っていると、本当にそれでもドナーになれるのか?と問われて躊躇する人は多いのだと思うの。じっさい、腎臓ならいいけど、心臓はちょっと・・と言われる人も多いでしょう?
そこを法律で「脳死は人の死」とすることで心臓移植へのハードルを低くしようとしてるのだと思うのね。子供の脳死を認めたからと言ってドナーになる人が一気に増えるわけではないとお玉は思う・・移植法が制定されてから他国のように定着するまで・・きっととても長い道だと思うし、逆にそうでなく、もしも一気に子供の移植件数が増えれば、システムのおかしさを疑うと思います。だからコーディネーターの養成には特別な配慮をしてほしいし、予算を組んでほしいとお玉は思う。 
何が一番大事なのか?
命を助けることと同時に、助けたい、助けてあげようと思える人を増やすことだとお玉は思う。逆に減らしてしまうような議論なら、する必要はないし、「すべきじゃない」
####以前、京都大学の移植外来で生体肝移植後、元気になって主治医にお礼の手紙を寄せる子供たちの写真を見ました。あれを見ていたら、科学の進歩は本当に素晴らしいと感じます…先日書いたとおり、移植後、生きながらえるだけではなく、元気に普通の日常を送ることができるようになる、そこにこそ、移植手術の素晴らしさがあるのだとお玉は思います。

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メールが怖いと思うとき 

実はお玉はメールでやり取りするのが苦手です。

メールを開くのが怖いと感じることがあって、まあ、それは一種のトラウマなのだけど、親しい人とであれ、そうでない人であれ、何度もメールで大事な話をやり取りをしていると、手が震えるほどそのメールを開くことに勇気がいるの。え??信じられないって?たしかに・・なので、本来は楽しいこと以外メールには書かない、書きたくないのよね・・・・

ところがさ、ブログは比較的平気だし、楽しむこともできるのね。こんなコメント欄で人様にいろいろ書いていただいてるブログなのに、管理人が実はメール恐怖症だなんて。。誰も信じないよなあ・・・

などと書くのは今回が初めてだね。そう、ずっと隠してきたことだから。お玉は、リアルでもネットでも、そういうキャラではないからね。自分のそういう部分は否定したいほうだったのよねえ・・

これを書けるようになったのは、進歩かな・・とおもうのね。メールが怖いって、理解できないでしょう?でも、あるの。すごくいやだと感じてもそれを口に出して言えないのよね・・今もそういうところ、残ってるけど・・・

この話を言えるようにしてくれた人に感謝。

ぽこたんさんは、今後もあまり表には出してあげれないけど、もうかれこれ一年以上か??

毎日のように書いてきてくれるというその一点に愛を感じてるよ。 

 

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幸せな死なんてないんだよ・・ 

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幸福な死・・・そんなものはないんじゃないかな・・そう思える。
たとえ愛する家族に囲まれて、「さようなら」をいえる状況で死をむかえたとしても、人は瞬間瞬間で思うことが変わるの。その一瞬幸せな死と感じても、次の瞬間には、死にたくないとあがくものなの・・ああ、今死ねたらどんなに幸せかとおもえるその瞬間に死ねるのはしあわせ・ でもそれを逃して、生きながらえたときには・・死と向き合いつつあらがい抵抗するのが人なんじゃないかな・・お玉はそう思う・・

人の死を見つめ、死ぬその瞬間を科学的に解明したいと頑張り、今も世界的に医療界ではバイブル的カリスマ性をしらせめるキュプラー・ロス・・この人の人生を見ていると・・理想の死とか幸せとか・・そういうものは残されたものの感性であって、当事者の思いとはかなりかけ離れているのだろうと感じます・・
幸福な死なんてない・・・・愛する人と永遠の別れを理想的な形で行えたとしても、その幸福は残されたものの感性でのみ納得できるもの。当事者は果たして死にゆくその瞬間・・・幸せなのか・・・・???

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エリザベス キューブラー・ロス

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誰にもわからない話をしているのです
正解なんてないのです。
何が一番大事なのか?
誰を助けるべきなのか?
残された人の気持ちはどうなのか…


お玉は政界に感受性と想像力ななさを感じる・・
臓器提供する側の痛み・・・移植を望む側の痛み・・


繊細な傷つきやすい両者に対して、
〜すべきである・・・
そういう論調で話すのはおかしいなあって感じるの・・・・


「その言い方は失礼です、相手を傷つけるばかりです…」

そういうあなたの言い方も相手を傷つけるばかりです・

正義を振りかざさずに対話を持てる余裕が欲しい・・


なぜならみんな、本来の当事者ではないのだから・・
当事者意識を持っているひとではあるけれど、当事者ではないのだから・・



理想的な死なんてないよ。
幸福な死なんてないんだよ。

そもそも何を持って幸せなのか?そういう語り方をすることも傲慢ではないのかとお玉は感じる・・

そして、あなたの言い方は人を傷つけているといいながら、相手の思いを察することのできない言い方もお玉は嫌い・・・・・

 そして、もっといやなのは人の死をデーターだけで話そうとすること・・

一番傲慢なのは自分基準でしか死を語れない、お玉かもしれない・・

いま痛烈にそう思いつつ、書いてます。 

 

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あなたにも九条の会が作れます…その1 

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久しぶりに思いっきり九条の会メンバーな記事ですが・・

ちょっと入用で、こんな文章を作っていました。あ〜こんな誰でも突っ込めるところに議論しかけてくるのは愛がないと判断しちゃうので・・・・コメンター各位さま(と予防線を張りつつ・)

9条二項を変えないとできないことは、いまや交戦権だけかもしれないもんね・・・・

「普段着の母ちゃんが9条の会を作ってみようと思い立つ時・・」

食卓の椅子に座っておやつを食べながらテレビを見ている母ちゃん。家事の合間のこのひとときが何よりのしあわせ・・

何か面白い番組がないか・・とふと、テレビのチャンネルをいじれば、画面いっぱいに戦場の病院で横たわる子どもたちの姿・・爆弾によって包帯を痛々しく巻かれて、苦しむ・・・その横には必死で子供の名を呼びかける母さんの姿・・・・・テレビを見ていたお母ちゃんはそのつらい光景にもらい泣きしてしまう。

そこへわが子が小学校から帰ってくる「母ちゃんどうしたの?」

母ちゃんはテレビに写されていた惨劇を涙しながら語って聞かせる・・

母ちゃん「私たちは日本人でよかったね。日本はそんな戦争にはならないのだから・・」

子供「どうして?」

母ちゃんもここで考えた・・・・・・どうして日本は平和なんだろう?今まで当然だと思っていたけれど、そんなこと不思議にも思わなかったけれど、どうして日本はほかの国と戦争をしなくてもいいのだろう・・・・・

それは憲法九条というのがあって、戦争をしない国でいることを憲法で約束しているから・・でもこの頃、九条を変えようとか聞くことがあるなあ・・・変えてしまったらどうなるんだろうなあ・・・

子供「九条を変えちゃいけないよね、母ちゃん・だって戦争をしないお約束をなくしちゃうのでしょう?」・・・

母ちゃんははっと気がつく・・「そうだよ、変えちゃうのは嫌だって声に出して言わなきゃ・・九条を変えちゃったら、戦争のできる国になっちゃうよ・・どうしたらいやだって言えるのかなあ・・・・・」

ふと眼をやればそこにはどこかで配られていた、九条の会の案内リーフレット・・・

「九条の会って、私や子供でもにでも作れるのかなあ・・」

 

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夕張夫妻・・市政の本気を感じました・・ 

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そういえば、夕張市がこんなキャラクター作っていたような…でも良くしらなかった。負債を抱えていることを引っ掛けて作ったキャラなんだって・・

金はないけど愛はある・・か・・いいね〜〜〜〜

yuubari 

夕張夫妻公式ホームページはこちら⇒ http://yubarifusai.jp/

夕張市はご存じのように負債をたくさん抱えて(300億とか、500億とか・・すごい・・)市長さんを選び直して、市職員の給与を言及して、リストラもして・・・・・高齢者の比率が高いし、税金収益もそんなにないし・・・・と大変だけど、夕張市の必死さをこの夕張夫婦からお玉は感じるよ。

第3セクターの失敗とか・いろいろあるのでしょう・・・・・・・神戸も夕張市並みに負債あるはずだし、財政破綻寸前だったように思うのだけれど・・今どうなってるのでしょうか・・・・・心配だ・・

 

共同通信より・

「夕張夫妻」がグランプリ  カンヌ国際広告祭

 北海道夕張市の観光PRキャラクター「夕張夫妻」が、世界三大広告賞の一つ、カンヌ国際広告祭のプロモーション部門でグランプリ(最高賞)を受賞した。キャラクターを制作した「ビーコンコミュニケーションズ」(東京)が23日明らかにした。

 夕張市の抱える「負債」にちなんだ「夕張夫妻」は2007年に誕生。特産の夕張メロンに似た髪形で、座右の銘は「金はないけど愛はある」。同市の観光会社などが中心になって売り出し、市もこれを活用して“夫婦円満の町”を宣言している。

 ビ社の担当者は「コンセプトと時代背景がマッチして評価されたのでは。今後も夕張復活の手伝いをしたい」と話した。

 カンヌ国際広告祭は、世界各国から集まったテレビCMや印刷広告などを部門ごとに審査。プロモ部門は優れた販売促進の活動や手法などが評価対象。08年にはユニクロの広告が別の2部門でグランプリを得た。

2009/06/23 19:18   【共同通信】

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移植の予後 

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追記しました・・14時15分

 晴耕雨読の早雲さまからコメントいだたきました。

 

「一生懸命考える」前に

本当に移植医療は患者を救うのか?   

お玉さん、お久しぶりです。 

以下はTBした記事からの抜粋です。
 

「脳死者から臓器の呈供を受けて移植してもらった人は、かなり長く、巧く行けば健康な人と同等に長生きできる、と思い込んでいる者が多いが、実は、被移植者の平均余命は健康人に比べてかなり短いことを、全米臓器移植機構2003年8月公表の統計が示している。 

移植された臓器の種類により大きな差があるが、10年生きえた人の割合は、心臓45.6%、肝臓45.5%、膵臓20.5%、肺18.6%、小腸0%である。 

さらに問題なのは、被移植者(レシピエント)が生きていられるのはすべて移植のおかげと信じられているが、実は心臓移植を受けずに生き長らえる期間の平均と、受けて生き長らえる期間の平均とを比べることのできる統計調査が、1991 年にアメリカで行われて、その結果意外な事実が判明した。
 

すなわち、「(移植)待機患者のうちで、心臓移植の必要を宣告されてから移植を受けられないまま 1年後も生存している者の割合は67%」であるのに「対して、心臓移植を受けたレシピエントのうち1年後も生存している者の割合」「は88%であった。」 つまりこの場合の心臓移植の延命効果は21%である。 

次に、平均待機期間の6ヶ月間待機した患者がその時点でも心臓移植を受けられない場合の1年生存率は83%であり(生存率が上昇しているのは、移植の必要宣告後に受けた内科的治療の効果と思われる。)、延命効果は5%に低下する。 

「つまり、心臓移植の必要を言われて内科治療で6ヶ月間生きた者は、6ヶ月後に移植を受けようと受けまいと、その時点からの1年生存率には大差がないのである。」  

さらに9ヶ月待機してその間内科治療を受けた人の1年生存率は88%で、延命効果はゼロであり、「待機日数が9ヶ月を越えた場合は、」「待機患者とすでに心臓移植を受けた者の1年生存率は逆転し」「移植手術を受けずに内科治療に専念した方が生き長らえる蓋然性が高くなる。 

心臓移植の延命効果はマイナスになるのだ。」 

日本国内ではこのような統計は(あえて?)取られていないようです。 
ご存じの方がいらっしゃいますか?
 
お玉が知っているのはアメリカでの移植後の生存率がここ十年でとても向上していること、その理由の一つは、手術の技術ではなく、免疫抑制剤のいいものができたため・・・・ですよね。
そして、早雲さまがおっしゃるように、移植後生存率が低い、もしくは移植していない患者さんとの差がさほどない理由は、重症度の高い(余命が少ない)患者さんに優先して移植するから・・・・だったと思うのですが、すみません、信頼度の高いデーターが日本にはないとお玉も思います。日本心臓財団もこの件にはふれてませんし・・どなたかご存じの方、おられますか?このように書くと、また別の観点で移植のことを考える必要が出てきますね。
ただ、アメリカでの延命率は2003年当時と今ではかなり違うはずだと思います。先ほども書きました通り、免疫抑制剤の進歩でずいぶん移植医療は発展しているはずだと聞いたことがあるのですが・・・ 
追記
それと・・・大事なことを書き忘れてました。
移植後の患者さんの運動制限は緩和され、一般の方と同じように日常生活を送れるようになるのです。ただ、延命したいからじゃなく、穏やかな普通の日々を過ごしたい・・その思いがかなうのが移植手術なのですよね・・
 

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