2017/06
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臓器移植法A案が通ったのだから・・

解散するかどうかのごたごたの中・・あっけなく臓器移植法A案は可決されました。

こうやって可決されてしまえば、いま、ネットや新聞を読んでいろいろ思いめぐらせている方がたの意識からきっと遠のいてしまう・・すぐ選挙だしね・・

可決された限りは、賛成だった人も反対だった人も移植医療の現場を「監視」するという立場で今後の動向を見ていってほしいなあとお玉は思います。

移植ができるのは救急救命施設が整っている大病院だけにかぎること

移植コーディネーターの教育に力を注ぐこと

親が「いやだ」といえないような雰囲気作りをしないこと。させないこと・・そのためには臓器取り出しを了承した家族へのその後の聞き取り調査を移植医療とは別団体に任せること。

虐待をうけていた子どもからの臓器移植が絶対におこらぬように、学校や行政機関との連携がきちんとできること。

そして、これらがうまく機能していない時に、声をあげて改善を求めるのは、臓器移植に賛成した方々であること・・

ま、お玉の非常に勝手な考え方です。 

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移植はドナーがいて初めて成り立つものである

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・ごめんね。KYさん。
意図しない、あなたの文章のみへの反論になっちゃいましたね・・お玉の責任です。キンピーさんと同じで、両極を見るのにいいコメントだとお玉も感じたんだけれど・・・・そうはなれないのだね・・ごんさんにもごめん。

愚樵さん
臓器提供推進者のほうが反対派よりも「理性的」とはお玉には思えません。もっといえば・・頭のいい方ばかりが臓器提供賛成派ということもないと思います。


きのう、お友達に教えてもらった(Bさんありがと)、柳田邦男さんの考え方がお玉にはしっくりきているのだけれど・・・・

高知新聞(6月19日)より

柳田邦男さんの評論

(前半省略)

現行法が施行されて間もなく、厚生省(現厚生労働省)の大臣懇談会として、脳死検証会議(座長・藤原研司横浜労災病院院長)が設置され、私も息子の脳死を経験した者として、また設置提言者として、委員の一人になった。脳死と臓器提供の一例一例について、医学的・法的に問題なく行われたかどうかを、細部にわたって検証するのが任務だ。
 検証会議は、これまでに脳死下での臓器提供が行われた81例のうち、51例の検証を終えている。また、それらドナー家族のうち、年月のたった25家族に連絡し、同意を得られた9家族について、精神科医と臨床心理士で構成した心情把握班が面接調査をした。初めて愛する家族の臓器提供という重い決断をした時の心理状態や、その後の心や人生に及ぼした影響について、実態を把握するのが狙いだった
 これらの検証作業の結果、医学的・法的な面では、脳死判定の細部で手違いがあった例が若干見られたものの、脳死判定の結果に影響を及ぼすようなトラブルは生じていないことがわかった。
 また、脳死判定の手続きは一見煩瑣であっても、死者にメスを入れて臓器を取り出すという重大な行為を伴う以上、現行のような慎重さは、まだしばらくは続けるのが妥当と、検証会議の多くの委員は考えている。


 重要なのは、ドナー家族の心情だ。その主要な問題点を記すと、
 1.多くの家族は、大事な肉親の突然の死に直面しての強い悲嘆反応と本人の臓器提供意思を生かしてやりたいという思いの交差する葛藤と苦悩に陥る。
 2.脳死を受け入れられないまま同意する家族と自然死と同じだという家族の両方がある。
 3.同意の決断を迫られた時の迷い・苦悩をサポートしてくれる専門家の不在。
 4.臓器提供を誇りに思い生きる支えにしている家族がいる一方で、「思い出したくもない」「連絡もしてくれるな」という家族や「あれでよかったのか」と悩み続けている家族もいる。
 
 今回の国会審議では、検証会議の委員は誰一人として意見を求められなかったし、このような現実をめぐる議論も行われなかった。いったい検証会議のこの10年間の議論は何だったのか。私は、移植を待つ人々の切なる思いは理解しているつもりだ。だが、移植医療はドナーがいて初めて成立するものである。
 私としては、現状の諸条件を考慮して、D案がぎりぎりの妥協点だと思うが、なぜ衆議院のA案の支持者たちは、ドナー家族が抱え込む現実を黙殺してまで法を変えようとするのか。納得できる説明がほしい。参議院での理性ある審議を期待したい。

お玉は臓器移植法に賛成だけれど、ここで焦って国会決議するのはおかしいと思ってる。

一番問題なのは国会議員は私たちほど真剣に考えているいる人がほとんどいないのだはないか?と疑われることだと思います。

「移植はドナーがいて初めて成り立つものである。」柳田邦夫さんのおっしゃる通り、ここが一番大事なことだとおもうし、だからこそ大事に議論しないといけないのよね。

昨日のお玉の記事のように、伝えたいことが全く伝わらない、人を不愉快にさせてしまう…のでは、決して前には進まない・・ ・・

あえて昨日と同じことをもう一度書きます。

何が一番大事なのか?
命を助けることと同時に、助けたい、助けてあげようと思える人を増やすことだとお玉は思う。逆に減らしてしまうような議論なら、する必要はないし、「すべきじゃない」

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言霊の国の移植法

書きようはとっても荒いから物議はあるでしょうけれど・・・・

KYさんの発言に日本独特な感性というか、ウェットな部分を感じました。

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~~~~~~~~~~~~~~~~~

禁忌

<臓器移植≒死骸喰い> <臓器移植≒人殺し促進> というところでしょうか?

前者は<死≒穢れ>として、<死骸>の一部を身体に取り込むこと、<喰らう>ことを禁じる禁忌に触れる、ということでしょう。 後者は<医師>という患者に対する絶対者への根源的な恐怖と不信でしょう。 そしてどちらも口に出すことは憚られる、<禁忌>に違いありません。
だからこそ、臓器移植、脳死判定についての議論はいつも<推進>と<議論をつくせ>の対立なのです。 <議論をつくせ>とは、言葉を換えれば、<俺の代では決めないよ>、つまり関わりそのものを忌避する、という禁忌に対する未開社会での普通の態度に他なりません 
梅津和夫のホラー短編にも、意識はあるのに身体を動かせず、そのまま心臓を摘出されてしまった娘が死霊となって墓を抜け出し、移植を受けた娘の胸から自分の心臓をえぐり出し、墓へ持って戻っていく、というのが何十年も前にあったくらいで、日本人はこの言語にできない恐怖を克服するまで延々とこの議論を続けるのでしょう。

今回はWHOが渡航移植の自粛を呼びかける、という外圧でことが進んでいるわけですが、もしこの外圧が無ければ、脳死と移植という<穢れ>を外つ国に求める渡航移植は永遠になくならず、国内脳死移植はほとんど進まないまま放置されただろうことは容易に想像できます。

まぁ、形だけは西欧文明を受け入れたように見える日本も、一皮むけば未開の土俗が蠢く言霊の国なわけで、理性的な議論はこの問題については成立しないのではないでしょうか
~~~~~~~~~~~~~~~KYさんのコメントより
 
 オカルト的恐怖感があるとかないとかは別にして(だってそんなの世界中にあるもんね)、「言霊の国」というのはわかる。日本には何だろう?科学では割り切れないものへの独特の感性を結構多くの人が持っていて、いい意味でも悪い意味でもそれが多くの「日本人」を作ってるように思います。
だから外国のように「移植を受ける権利はだれにでも等しくある」という側から見ることがなかなかできないのかな・・・・
助かる手だてがあるのにお金さえあれば、海外で助けることができるのに、それができずに悔しい思いをしている人がたくさんいるのよね。
そして、移植を受けることを権利と考える国にしてみれば、なんで、医療技術のある日本でせずにうちの国で移植するのか??と思ってしまわれてるんだよね・・・・・
心臓移植のように、そのやり方を知っていると、本当にそれでもドナーになれるのか?と問われて躊躇する人は多いのだと思うの。じっさい、腎臓ならいいけど、心臓はちょっと・・と言われる人も多いでしょう?
そこを法律で「脳死は人の死」とすることで心臓移植へのハードルを低くしようとしてるのだと思うのね。子供の脳死を認めたからと言ってドナーになる人が一気に増えるわけではないとお玉は思う・・移植法が制定されてから他国のように定着するまで・・きっととても長い道だと思うし、逆にそうでなく、もしも一気に子供の移植件数が増えれば、システムのおかしさを疑うと思います。だからコーディネーターの養成には特別な配慮をしてほしいし、予算を組んでほしいとお玉は思う。 
何が一番大事なのか?
命を助けることと同時に、助けたい、助けてあげようと思える人を増やすことだとお玉は思う。逆に減らしてしまうような議論なら、する必要はないし、「すべきじゃない」
####以前、京都大学の移植外来で生体肝移植後、元気になって主治医にお礼の手紙を寄せる子供たちの写真を見ました。あれを見ていたら、科学の進歩は本当に素晴らしいと感じます…先日書いたとおり、移植後、生きながらえるだけではなく、元気に普通の日常を送ることができるようになる、そこにこそ、移植手術の素晴らしさがあるのだとお玉は思います。

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幸せな死なんてないんだよ・・
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幸福な死・・・そんなものはないんじゃないかな・・そう思える。
たとえ愛する家族に囲まれて、「さようなら」をいえる状況で死をむかえたとしても、人は瞬間瞬間で思うことが変わるの。その一瞬幸せな死と感じても、次の瞬間には、死にたくないとあがくものなの・・ああ、今死ねたらどんなに幸せかとおもえるその瞬間に死ねるのはしあわせ・ でもそれを逃して、生きながらえたときには・・死と向き合いつつあらがい抵抗するのが人なんじゃないかな・・お玉はそう思う・・

人の死を見つめ、死ぬその瞬間を科学的に解明したいと頑張り、今も世界的に医療界ではバイブル的カリスマ性をしらせめるキュプラー・ロス・・この人の人生を見ていると・・理想の死とか幸せとか・・そういうものは残されたものの感性であって、当事者の思いとはかなりかけ離れているのだろうと感じます・・
幸福な死なんてない・・・・愛する人と永遠の別れを理想的な形で行えたとしても、その幸福は残されたものの感性でのみ納得できるもの。当事者は果たして死にゆくその瞬間・・・幸せなのか・・・・???

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誰にもわからない話をしているのです
正解なんてないのです。
何が一番大事なのか?
誰を助けるべきなのか?
残された人の気持ちはどうなのか…


お玉は政界に感受性と想像力ななさを感じる・・
臓器提供する側の痛み・・・移植を望む側の痛み・・


繊細な傷つきやすい両者に対して、
~すべきである・・・
そういう論調で話すのはおかしいなあって感じるの・・・・


「その言い方は失礼です、相手を傷つけるばかりです…」

そういうあなたの言い方も相手を傷つけるばかりです・

正義を振りかざさずに対話を持てる余裕が欲しい・・


なぜならみんな、本来の当事者ではないのだから・・
当事者意識を持っているひとではあるけれど、当事者ではないのだから・・



理想的な死なんてないよ。
幸福な死なんてないんだよ。

そもそも何を持って幸せなのか?そういう語り方をすることも傲慢ではないのかとお玉は感じる・・

そして、あなたの言い方は人を傷つけているといいながら、相手の思いを察することのできない言い方もお玉は嫌い・・・・・

 そして、もっといやなのは人の死をデーターだけで話そうとすること・・

一番傲慢なのは自分基準でしか死を語れない、お玉かもしれない・・

いま痛烈にそう思いつつ、書いてます。 

 

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移植の予後

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追記しました・・14時15分

 晴耕雨読の早雲さまからコメントいだたきました。

 

「一生懸命考える」前に

本当に移植医療は患者を救うのか?   

お玉さん、お久しぶりです。 

以下はTBした記事からの抜粋です。
 

「脳死者から臓器の呈供を受けて移植してもらった人は、かなり長く、巧く行けば健康な人と同等に長生きできる、と思い込んでいる者が多いが、実は、被移植者の平均余命は健康人に比べてかなり短いことを、全米臓器移植機構2003年8月公表の統計が示している。 

移植された臓器の種類により大きな差があるが、10年生きえた人の割合は、心臓45.6%、肝臓45.5%、膵臓20.5%、肺18.6%、小腸0%である。 

さらに問題なのは、被移植者(レシピエント)が生きていられるのはすべて移植のおかげと信じられているが、実は心臓移植を受けずに生き長らえる期間の平均と、受けて生き長らえる期間の平均とを比べることのできる統計調査が、1991 年にアメリカで行われて、その結果意外な事実が判明した。
 

すなわち、「(移植)待機患者のうちで、心臓移植の必要を宣告されてから移植を受けられないまま 1年後も生存している者の割合は67%」であるのに「対して、心臓移植を受けたレシピエントのうち1年後も生存している者の割合」「は88%であった。」 つまりこの場合の心臓移植の延命効果は21%である。 

次に、平均待機期間の6ヶ月間待機した患者がその時点でも心臓移植を受けられない場合の1年生存率は83%であり(生存率が上昇しているのは、移植の必要宣告後に受けた内科的治療の効果と思われる。)、延命効果は5%に低下する。 

「つまり、心臓移植の必要を言われて内科治療で6ヶ月間生きた者は、6ヶ月後に移植を受けようと受けまいと、その時点からの1年生存率には大差がないのである。」  

さらに9ヶ月待機してその間内科治療を受けた人の1年生存率は88%で、延命効果はゼロであり、「待機日数が9ヶ月を越えた場合は、」「待機患者とすでに心臓移植を受けた者の1年生存率は逆転し」「移植手術を受けずに内科治療に専念した方が生き長らえる蓋然性が高くなる。 

心臓移植の延命効果はマイナスになるのだ。」 

日本国内ではこのような統計は(あえて?)取られていないようです。 
ご存じの方がいらっしゃいますか?
 
お玉が知っているのはアメリカでの移植後の生存率がここ十年でとても向上していること、その理由の一つは、手術の技術ではなく、免疫抑制剤のいいものができたため・・・・ですよね。
そして、早雲さまがおっしゃるように、移植後生存率が低い、もしくは移植していない患者さんとの差がさほどない理由は、重症度の高い(余命が少ない)患者さんに優先して移植するから・・・・だったと思うのですが、すみません、信頼度の高いデーターが日本にはないとお玉も思います。日本心臓財団もこの件にはふれてませんし・・どなたかご存じの方、おられますか?このように書くと、また別の観点で移植のことを考える必要が出てきますね。
ただ、アメリカでの延命率は2003年当時と今ではかなり違うはずだと思います。先ほども書きました通り、免疫抑制剤の進歩でずいぶん移植医療は発展しているはずだと聞いたことがあるのですが・・・ 
追記
それと・・・大事なことを書き忘れてました。
移植後の患者さんの運動制限は緩和され、一般の方と同じように日常生活を送れるようになるのです。ただ、延命したいからじゃなく、穏やかな普通の日々を過ごしたい・・その思いがかなうのが移植手術なのですよね・・
 

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みんな一生懸命考えてるんだよね・・
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ニケさんちに残したコメント・ここにも書いておきますね。

難しいんだよね・・
一度でも大切な誰かと死別したり、そうなりかかったことがある人は、賛否は別にして、軽々しく脳死のことを考えたりはしていないとお玉は思うのね。・・

>実際脳波も無いから何も感じないとか考えてなんかいないとか、痛くもかゆくも無いだろうとか決めて掛かるのは、

死生観の問題だから、そう思っている人がいてもいいの。ただそう言われた時に、「決めてかかって」いるように感じてしまうのよね・・痛いだろう、かゆいだろうと思っている人にとって・・それはとてもつらいことだから。「科学的にあり得ないんだよ」などとと言われると悲しい・・・


反対に
>「おおーっ!元気な心臓が手に入ったぞ!」というようなことがあるとすれば

と言われれば、脳死を人の死と思っている人が、みなそう思っているかのようにきめつけられている気分になる・・そんなこと思っている人まずいないよね・・人の生き死に敏感になっている、命の大事さを分かっている人が移植という問題に取り組んでいるのだから・・・

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命の問題なのに棄権してはいけないと感じました。

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移植法のこと書いてきましたけれど、お玉の根底にある本音はね、ドナー制度の確立を目指してほしいと願っているのね。

ドナーがいやなら拒否すればいい・とドライに割り切れないことを感じるから、問題点をきちんと話し合って認識してほしいし、国はコーディネーターの育成に力を注いでほしい。

ひとつ素朴におかしいなとおもったのは衆議院の採決の時、共産党が「棄権」していたことです。いままでいろんな法案採決の時共産党は必ず参加していたのに、なぜ今回は棄権とういう方向をとったのでしょうか?ほかの党が党派を超えた投票という姿勢をとっていただけに少し違和感を感じます。党の方針で意見を固めずとも良かったのではないかなあ・・

審議は尽くされていないとお玉も思った。だからここ数日書いてきたのです。でもね、ほかの党は党を越えて、自由意思での投票ができたのですから、4つの案のどれも納得できないものだったとしても、国会の場でその意思表示してほしかったな・・・・・

もうひとつ気になったこと・・「命」を考えるときその方向性はいろいろ考えられるから、「~~すべき」だという言い方はお玉はそぐわないと思います。

助けねばならない命があって、その命のために作っている法案ですよね。正義はその一点にあるのだから、その正義が日本に受け入れられる土壌づくりは慎重にしなければ・・・・法案が通ったからと言ってドナーの数が一気に増えるわけではありません。いまの一瞬だけではなく、ずっと将来に至るまで・・・・移植法を理解してもらって、納得の上ドナー提供者を増やすためには、納得できる妥協点を探らないといけないのではないでしょうか?

移植法が通ったからと言って、必ずしもドナーのなり手が増えるわけではないのです。

お玉は移植法に賛成です。でも今回の衆議院のやり方ではだめだと思ってる。前も書いたけど、参議院での改正案に期待します。

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脳死を人の死とすること
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十文字さん、懐かしい本の紹介をありがとう。彼の悩みの深さは、もう癒されたのかなあ・・・・彼はたしか、ホスピス関連の学習会などでお話をよくされてましたよね・・・・・

犠牲(サクリファイス)―わが息子・脳死の11日 (文春文庫)犠牲(サクリファイス)―わが息子・脳死の11日 (文春文庫)
(1999/06)
柳田 邦男

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脳死のお話は・・、がん患者さんの終末期などにもすこし関係したお話なのですよね・・・最後に意識がなくなって眠るように死を迎える時・・・「聴力が最後まで残るから話しかけてあげてね」・・そう医療者に言われて耳元で語りかけていたら、右目から涙かスーッと流れて・それで心臓が止まって・・息を引きとった・・そういうのを経験していると、今回の参議院の採決に感情的に納得できないのよね・・これが、お玉の正直な気持ちかもしれない>わくわくさん

いやなら断ればいいじゃないかというお話もあったけど・・・・海外の例をみればいやでも断りにくい状況が、今後生じてくるのは明らかで、脳死を死と認めて処置を一切やめることの辛さと、すべての関係医療者がどこまで向き合えるのかも今後大きな課題でしょう・・・・

もちろん・・いつまで議論すればいいのかではないんだよね。でもね、時間だけは10年かかった法案でもその間に議論された時間は、ほんの十時間もなかったのではないでしょうか(読み返してみると、誤解されちゃうそうだね・・今国会成立に向けての厚生省審議が8時間だった・・という話を意識して書きました)・・・・そんな決め方で、いいの?と思うだけ・・法案さえ通れば、あとは現場の人間に託されていくのだから。

それに、これほど脳死や命を考える機会もないのだから、せっかくマスコミが騒いでくれているのだから・・・・この機会にリアルに考えてみるのもよくないかな?

もしも愛する誰かが脳死になった時、みんなはどうするのかな・・・

もしも臓器提供を求められたら(実際今後はそういう機会がリアルに多くなるでしょう)あなたはどうするのかな?

法案を通すと通さない、賛成反対はそれから考えてもいいかもしれない。

あしたとあさって・・ちょっと忙しいけど、コメントはなるべく見るようにしてますね。

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臓器移植法・・参議院ではもっともっと議論を尽くしてください。

愚樵さんちを見て刺激を受けて・・あちらに書くべきかと思いつつ記事にします。

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 私自身は臓器提供することへのこだわりはないけれど、愛する人の臓器を提供できるかと問われると「むりかもしれない」 今回の法律改正はこんなに急いでやってはいけない法案だと思っています。ここまであっさりA案がとおってしまったことに怒りも感じてる。 確かに真剣に投票した議員が党派を問わずいたことも事実ですが・・・・・・ご存知のようにこの議案の時議員たちはぜんぜん真剣じゃない居眠りするような輩もたくさんいたのよね。ニュースで眠ってる顔だけ見ても、それがだれかわかんないけど、こういうふざけた議員こそ、名前を公表してほしいとお玉は思う。

 十文字さん、

 >日本国内で移植できない金持ちの患者が発展途上国に渡航し、その国の貧者の臓器を買いあさるようなマネを世界にさらすよりは、この問題を日本国内で決着させるほうが何千倍もよいでしょう。
>
> そのため、移植法を急ぐこともやむなしだと私は思います。

 そこだけを見つめるのは視野が狭いと思うよ・・臓器提供をする過程で、どういうやり取りがされるのか、たとえば子供の臓器を提供する親の心理 は多くが臓器提供することでその子が生きていてくれるかもしれないという切なる願いです。(今日の朝日新聞にもでていますね・・)でもそういう代償行為のような臓器提供は本来「おかしい」とお玉は思うのね。その心理を利用するとまでは言わずとも、説得の材料に使われそうで、怖いです。

> それにしても、国際化が進み、日本独自の文化というか、風習というか、そういったものを、国や社会のシステムに反映させることがとても難しくなり、世界一般的な、いわゆる『普通の国』に日本は変わりつつある時代になったと、つくづく思います。

そう、本来、日本は日本独自の移植法を考えないといけないのに、そのあたりがおきざりで・・国民感情にそぐわない。こういう大事な法案を性急にとおしては、必ず多くの問題があとから出てきます。人の命と心にかかわる問題だから・・・だから急いではいけないとお玉は思うの。もっともっと・・お話しなければだめ。

参議院でどこまで話し合われるのか、見守りつつ・・少しでも多くの人の命が助かり、希望の持てる法案になることをお玉は願ってます。

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臓器移植法はA案で衆議院通過

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移植法は衆院をA案が通過したのですね・・

A案・・・移植は0歳から提供できる
    生前の拒否がなければ、家族の同意があればできる
    親族への移植を優先できる
    脳死は人の死という立場


移植法を急ぎたい気持ちもわかるのです・・日本人が外国で移植を希望しても今やアメリカしか受け入れてくれない・・アメリカには外国人向けに5パーセントは移植枠を持ってくれてますが、そこに日本人の多くが集まっていること・・日本人は状態が悪化してからウェイティングリストに載るので、後からでも、移植を優先されること・・(アメリカ人より結果的に早く移植を受けられる)そして、その渡航費用がいまや何億円にもなってしまうこと・・・・

うん・だからね、真剣に考えて、日本も移植に踏み切れる環境を整えていかねばならないのかもしれません・・・でも・・でも。

やっぱりお玉には、移植提供を決断する側のことをきちんと対応できる場所と人の養成にまずは力を入れてほしいと願います。このまま可決されて移植が即行えるような体制にして、たぶん、技術面はすぐにでもクリアできるでしょう。日本の手術水準も、すぐに海外の移植並みの成功率を誇ることができるようになるんだと思うのね・・・・

それでもね・・ねえ、 心を支えるお仕事のことをまず考えてほしい。

お玉さん エントリから、考えること数日。遅い返事となりました。法律の改正は、とても大事な問題だと思います。思うこともあります。ですが、それはおいときます。
 お玉さんのお話を踏まえて考えると、このような場面で患者さん・ご家族が接する医療従事者は、患者さん・ご家族の揺れる思いを受け止め支える、という役割がでかい、と感じました。こうことばにすると当たり前のことかもしれませんが、「揺れる思い」言い換えれば迷い・ためらいが、表に出さなかったとしても心の中にはあっても無理がない。そういう状況の方々だ、と心して支えるのも仕事だなあ、と。
                                ぶっさん@高知

揺れる思いに対するプロフェッショナルなケア・・このことまで踏み込んで議員の方には考えてほしいです。脳死を持って人の死・・・・・

これを認めることの大変さは、アメリカとはまた違うんじゃないかなとお玉は思います。

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プロフィール
Author:お玉おばさん
お玉なブログを展開する、とんでも博愛主義者。愛は海より広くそして深くありたい!と願っていたが、叶わないときは暴れる傾向にあり。昨年某国営放送局のやくざな討論番組に出たせいで、年恰好がバレちゃって・・・・・・ま、お玉に会ってみたいと思ってくださる読者の方は、お玉がいろいろな形でかかわるイベント、コンサートの会場へGO!

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基本的に愛が感じられないコメントはダメ、 (臨時追記)人が知恵熱だといってるのにばんばん記事違いなコメントをこれでもかと送ってくる愛のないものは、完璧にお玉基準的アウト。お玉基準がわからない人は、文句があればよそで愚痴いってOK !基準に対しての文句は受け付けません~~~ここはお玉のテリトリーだもん。なのでよろしく。/p>

  記事違いなコメント

馬鹿な文章のコメント

長文(1000字以上)コメント

連投コメント は表に出ません。

でも、お玉が愛を感じたら記事違い、長文、連投、暴言でも表に出すことはある・・ようは、愛です・・愛!また、TBも同じような基準で判断させて頂きます

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