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平和は退屈ですか?

ちょっと時間がないので、昔の記事を再掲載しましょう・・忙しいのに、みんなの声が聞きたくて、昨日みたいあんな書きっぱなし記事にでもちゃんと答えてくれるお玉ブログの読者のみんなが大好きです(*^_^*)


 


とりあえず、本日もポチッとお願いいたします~~m(_ _)m



「平和について」


「一億人死ぬ状況で、それを防ぐために一千万人の犠牲は仕方がない、だろ。何が問題なのかさっぱり分からない。」


というコメントがありましたが、こういう文章を書いている若者は、別にお玉への嫌がらせで書いたわけではなく、多分本気でそう思っているのだと感じます。








平和は「退屈」ですか―元ひめゆり学徒と若者たちの500日 平和は「退屈」ですか―元ひめゆり学徒と若者たちの500日
下嶋 哲朗 (2006/06)
岩波書店

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「戦争体験を語り継ぐ」この言葉の意味と行為について、念入りに、深く考える事は、平和を鍛える事だと思う。けれど、これまではそうされてこなかった。「戦争体験」に新しい、そして普遍の価値を切り開いてもこなかった。ただ、この言葉に寄りかかってきただけだと思う。努力の不足が、かつて戦死したたくさんの若者の、ひとりひとりにはたった一つのいのちを。”美化”という形で、ふたたびの戦争へ向かう者らに利用させる。


この本は沖縄の「ひめゆり元学徒隊員」と高校生達の平和学習会を通して見えてきた「伝える側と聞く側の隔り」を時間をかけて解きほぐし、次世代に「沖縄」を伝える人を何とか育成しようと続けている両者の本音を丹念に描いています。


「言葉が心に届かない!」学徒隊の話を聞いたある女子高校生のこの言葉や「戦争?したっていいじゃん」と言い放つ男子高校生。(彼はそのくらいの爆弾発言がないと平和学習は先へ進めないという事をあらわすためのわざと言った発言だったが)  


 語り部達が受けるショックは大きく、・・・でも単に悲惨さを語って、聴衆に涙を流してもらう事だけでは、次の世代へ継承出来ていかないのではないか・・という悩みもあり、若者達との話し合いを続けていく・・


若者達は語り部達に、戦争とは関係の無いような質問(若いとき、何が好きだったとか、学園での楽しい想い出はなに?など)をするうちに目の前のおばあさん達が自分たちと変わらない普通の高校生だった事に気がついていく・・・・


ここを見ている若い人にも、平和を語り続け、活動しているおじさんおばさんにもみんなに読んで欲しい・・・


平和は退屈なんかじゃないんだよ。


一億人の命が危険なとき一千万人の死で勝ち取れる「平和」などと言うものは存在しない。そんな「感性」だったから久間防衛相は「広島の原爆投下はしょうがない」と心の奥にあった本音を語ってしまったのだとお玉は思います。


otamaお玉、FC2政治ブログランキング と 人気ブログランキング登録してます。いろんな人に憲法と平和を語りたいから、あんまり過激な事は書かないし、むずかしいことも能力不足で書けません・・それでも、お読み頂けましたら、どうかどちらも、↓ポチッとお願い致しますm(_ _)m 二つもあってごめんなさい

 
Secret
(非公開コメント受付中)

メリット
中国が日本に攻め込むメリットは山のようにありますが
とりあえずひとつだけ。
海底ガス田の試し掘りを(日本領海内で)日本がしたら軍艦を出す、と公言しました。
ガス田ひとつで戦争を起こす、と宣言する国なんですよ、中国って。


シンペイさんへ、パート2
>大叔父らを直に見て…武力に頼り過ぎるのは過ちだが軍事的にナメられた国家は悲惨」

シベリア捕虜も原爆投下も日本軍国主義の領土拡張願望が際限なく拡大したあげくの結果だ。本質的なことを思考しないとまたぞろ同じ過ちを犯す。戦争中毒に冒され、戦争によって利益を得る集団が未だに存在する現実をよく見ないとまた騙される。被害者は決まって貧乏人。マイケル・ムーアじゃないけどブッシュの子供や軍需産業の社長の子供が最前線に立つことは決してない。ベクテル、ボーイング、ゼネラル・ダイナミックス、ノースロップ・グラマン、ロッキード・マーティンを見よ、三菱重工、三菱電機、NEC、IHI、川崎重工を見よ、莫大な利益を上げているではないか。山田洋行しかりだ。彼らが戦争を遂行する政治家に莫大な献金をしている事実に目を向けてほしい。

>口出ししないのが国際的常識でしょう?

私は、台湾問題は中国の内政問題だからといって中国政府が何をしても、仮に台湾に暴力をふるっても静観するという立場にない。当然批判はする。拉致も同じ立場。他のサヨクはどうか知らないが、それが私のスタンダード。中国や日本の政府がおかしいことをやれば当然批判の立場に立つ。ミャンマー、チベット問題もしかり。ただし、懐にピストルなどを持ってとは言わない。
   
>あと前も聞きましたが憲法九条とは「殴られても蹴られても大切なものを奪われても
愛する人を殺されても武力では抵抗しない」という考えだと私は思ってるのですが違いますか?

考える質が違います。抵抗権は自然法だが、憲法9条は「殴られない」ようにする目的を達成するための手段。現在の世界情勢では一番現実的な手段と思う。手段と目的を混同すると手段が目的になってしまう。軍事が平和の手段と思っていても軍事は一人歩きをするうえ、平和と矛盾する手段。交戦権を放棄した9条は一人歩きしても決して人を殺傷などしない。現在、戦争をしたくないと考えている非同盟諸国は百数十カ国、バンドン会議、上海協力機構、ASEANなど話し合いでことを進めようとする風潮が広がっていることは喜ばしいことだし、紛争地域にあるコスタリカが軍隊を持っていないのに侵略されていない現実をどう見るかだ。
さらに、私は9条があったから戦争に巻き込まれなかったという主張に異論を持っている。
朝鮮戦争、ベトナム戦争、イラク戦争など日本の米軍基地が後方支援の基地になっている現実はすでに戦争への参加は既定の事実。解釈改憲は実質的には憲法9条がないがしろにされている。それを名実ともに集団的自衛権を行使したい靖国派が「戸締り論」「脅威論」を展開している。

かのノーム・チョムスキーは「憲法9条があったから平和だった」という主張にせせら笑ったが、それは当然の考えだと思う。


シンペイさんへ
シンペイさん、質問が多岐にわたっているので何回かに別けて(^^)

>その姿から私が学んだもの、それは…特に旧ソ連、中国は信用ならん

シンペイさんの人生観に色濃く残った経験は、それはそれで大事なことだったのでしょう。でも、政治は実生活の反映を基礎としている。現在の格差問題や外交問題などもその延長線上にある。その観点で政党を批評すればいいと思う。

信用できない国を仮想敵国として対応するのも一つの方法でしょう。この思考を別に否定はしないが、あくまでもそういう世界情勢になればという仮定が前提にある。

じゃ、今はどうなのかというその情勢にないということ。理由を述べれば縷々長くなるので割愛するが、一言で言えば中国、北朝鮮などの近隣諸国が日本を暴力的に攻めても彼らにとって利益はまったくないということにつきる。日本の対外貿易の半分は対中国。その事情は中国もまったく同じである。中国の指導者がわざわざ戦争を起こしてまで日本を占領下に置くなどというような馬鹿げた考えをもつことは到底考えられない。

シンペイさんが主張する「太平洋に自由に出られるメリット」論ですが太平洋は公海、何のメリットがあるの?

現在のEU内で戦争の危機がないのはドイツが真摯に反省していることが一番の要因で、戦争当事国だったドイツとフランスは今では一番仲がいい。その結果この地域の経済的発展はすばらしいものがある。ユーロがドルに代わりつつある情勢でもある。
アジアにおいてもアジア通貨統合の構想が真剣に検討されつつあるなか、いつまでも馬鹿の一つ憶えのように中国、南北朝鮮が日本を侵略するなどといった妄想を抱いても、喜ぶのは死の商人達だけ。

>核兵器を打ち込まれても構わない…と言い切る九条擁護派が理解出来ない

私は被爆2世ではないが、親戚に多くの被爆者がいる。だから「構わない」ということに私も理解できないし、原子力発電の建設にも反対です。

>そして軍事費世界五位といわれますが、その殆どは人件費です

人件費は約半分と言われている。防衛省が発表している防衛費の他に別枠として在日米軍再編のお金約3兆円もある。これも軍事費の一種。


よく読んでいますが、ではあなたがルール違反として憲法(9条)の枠内でまず議論すべきだとした意味は非武装を前提とした議論をすべきではという意味ではないのですか?

ルールの定義が一貫してない気がします

イラクがよりひどくなったかどうか断定するにはあまりに諸要素が複雑です

個人的には軍事力を持たないという選択肢すら浮かぶかとおもわざるをえません
宗教対立・民族対立・資源の争奪・周辺国との関係・・・・自衛手段を放棄したら国として成り立たないかもしれませんね

日米同盟の是非と自衛軍を持つべきかは別個独立の問題でしょう?

他国の侵略戦争に日米同盟のため、軍を派遣せざるを得ないならば、日米同盟を破棄すべきです。

それと自国の防衛のための軍事力を持つべきか否かは別問題です

米国の思惑はどーであれ、我々が主権者であり我々の代表者が国政を運営するのです

繰り返しになりますが日米同盟のため侵略戦争に荷担せざるを得ないなら、当該条約は破棄すべきですし、軍事力を有す国が全てベトナム戦争に参加したわけではないですね

おたまさんすいません

長くなりましたm(__)m


冷静に読んでください
>非武装以外の主張をルール違反と判断なされなくてもよいのでは
そんなこと書いてないってのがわからないかなあ?

>イラクが悲惨なことになったのは
少なくとも、よりひどくなったのは現実。 

>ベトナム等の戦争に軍事力を有していた国がみな参加しましたか?
詭弁!日米軍事同盟を無視してます。

>米国が許さないことをしてはいけないんです?
勝手なことを許す国?まだ日本を占領しているつもりなのですよ。どんどんその実体が明らかになってきてますよ。


ぱんって・・・。
お玉さん、こんにちは。
横ですみません。

シンペイさんの、
>そして軍事費世界五位といわれますが、その殆どは人件費です
射撃訓練の時など弾丸が無いので銃を構えて「ばん」と口で言って済ませていると聞きます

に、「それはないだろう」と突っ込みいれたくて(^^;。私が自衛官だった頃は、世界第3位の軍事費でしたが、5位に落ちたからと言って、必要な経費まで削減したとは思えません。
射撃訓練は、「義務」ですから「言って」済ますことは無いと思いますよ。
それに人件費が大きいのは確かですが、それ以外、装備費などに不正があるのは今ホットな話題ですよね。
自衛隊の装備は殆ど米軍のお下がりですから、中古を高く買わされている(ブラックボックス付きで)、というのが実態です。
横レス失礼しました。


間違い
間違えました
「ミャンマ-や北朝鮮の内情に口出ししないのも国際的常識ですね?」
です


追加
大叔父らを直に見て、直に話を聞き、被爆二世であるという立場から
歴史を勉強し、私が最終的に思った事。
それは「武力に頼り過ぎるのは過ちだが軍事的にナメられた国家は悲惨」

という事です。
「他人がこういう目に合った話を聞いた」ではなく「私自身がそういう目に合った、ないし関わった」経験による結論です。

>台湾問題は中国の内政問題で他国がとやかく言う立場にないのは国際的常識
では、チベットの現状や北朝鮮の内情に口出ししないのも国際的常識ですね?
(どれも民意を無視しているという点で同じです)
内政問題なのだから靖国神社参拝や歴史教科書に中国や韓国も
口出ししないのが国際的常識でしょう?
 
>軽薄な言葉
では聞きます。
第二次大戦後、様々な国に侵略行為を繰り返したあげく「過去の事も持ち出すなんて非常識」と
言い切った中国がル-ルを破ったとした場合を如何お考えなのですか?
日本を領土に組み込んだ場合チベットやモンゴルなど遠く及ばない凄まじい利益を手にする中国が絶対日本に攻め込まない理由は?
あらゆる局面を想定し、最悪の事態に備えておくのが国家としての普通ではないのですか?
「中国(あるいは北朝鮮)が国際ル-ルを破って責めてきた時の事を考えてないように見える」
に対する反論をされてないように見受けられるのですが
勿論これは私の誤解で、きっちりとその時の事を考えておられるんですよね?
   
あと前も聞きましたが憲法九条とは「殴られても蹴られても大切なものを奪われても
愛する人を殺されても武力では抵抗しない」という考えだと
私は思ってるのですが違いますか?
それに関しての反論が無かったので今一度質問させて頂きます。


熊毛さん、自己規制されてませんか?
お前には聞いていないというお叱りを熊毛さんから受けそうで怖いのですが、ちょっと横からコメントさせてください。

過去の議論でも、熊毛さんは、だまされたくないと仰っているので、私もそれなら各人が徹底的に思考するしかないんじゃないかとお答えしたのですが、現在のやり取りを見ているとまた思ったものですから。

というのも、熊毛さんの主張には「判断の規制」が多すぎるのではないかということなんです。
相手の質問や懸念に対して、「~なのは事実だ」とか、「そのくらいはわかっているはず」とか、「~などはまず考えられない」など、”自ら”「そうしたことはありえない」と判断を規制しているとしか思えません。

しかし、考えてもみてください、過去にもオウムの地下鉄サリンテロや北朝鮮の拉致など、「ありえない」事が実際に起きているじゃないですか?そしてその都度、対応に周章狼狽したのではなかったでしょうか。

これはいわば、戦前の軍国主義者が「日本の敗戦を予測してはならない、そんなことを言う奴は敗北主義者の非国民だ」と判断を規制したのと同じじゃないでしょうか?戦後はそれの裏返しで、「従軍慰安婦の問題や軍の自決命令を認めない奴は、バカウヨクで軍国主義者だ」というのが同じ構図でよく見かけます。

護憲派の方々(全てとはいいませんが)は「憲法9条のおかげで現在の平和がある」という『虚構』を信じて安心していたい。そしてそうした虚構を崩そうとする人々の意見を排除してしまいたい。という心理状態にあるような気がします。

私も虚構でなければ邪魔をしようと思いませんが、しょせん『虚構』は『現実』にならないのです。つい60年前にも、そうした「虚構(無敵皇軍・東洋平和)」を信じてしまったがために、日本丸は沈没してしまったのではないですか。

反省するということは、戦前と同じ思考に陥らないようにすることであって、日本軍の悪行を単に語り継ぐことではないはずです。

私が護憲派の方々にお願いしたいのは、「そういうことはありえない」と思考を規制し、判断を画一化しないでいただきたいのです。そういう態度が、いざ予想もしない出来事が起こったときの障害になるのですから。

自ら判断の規制を行ってしまえば、その行きつく先は自ら”めしい”となってまた「だまされる」結果にしかなりません。

決して熊毛さんのことを非難するつもりはございません。ただ、徹底した思考をすることの大切さをぜひ考えていただければと思い、コメントいたしました。(長くなってすみません)


記憶の風化
私の大叔父(祖母の兄)はシベリア抑留経験者です
最後の便で帰ってきた時には真っ赤っかで、親戚はおろか家族すら係わり合いに成りたくない、という程でした。
母が私を連れて時折会いに行くと社会主義は素晴らしい、というばかり。
その姿から私が学んだもの、それは
 
・共産主義、社会主義は胡散臭い
共産党or社民党と自民党とどちらを信用するかと問われて
多分血の涙を流しながら自民党を選んでしまうくらい胡散臭く感じています

・国家間の約束事と信頼など状況次第で塗れティッシュより簡単に破られる
特に旧ソ連、中国は信用ならん

あと、さらに言うならわたしは被爆二世。
認識がお子ちゃまだったころは朝になったら緑色の泡になって消えてしまうのではないか、と眠ることすら怖かったです。
だからこそ核兵器を打ち込まれても構わない、と言い切る九条擁護派が理解出来ない。

で、失礼ながら熊毛太郎さんのお言葉は結局モンゴル、チベットを侵略、征服、支配し
ベトナム、インドと戦争を起こし台湾に関して民意を無視している中国が
日本にだけは絶対攻め込まない、と認識している理由にならないと思うのですが。
更に言うなら中国が日本を制圧した際のメリットを否定されていませんね
そして軍事費世界五位といわれますが、その殆どは人件費です
射撃訓練の時など弾丸が無いので銃を構えて「ばん」と口で言って済ませていると聞きます
 
そしてそれらの国々は過去中国に侵略行為を犯したのですか?
また犯したとして中国が戦争行為を公認される理由になるのですか?
特にモンゴルは事実上非武装だったのですが
あと、憲法九条だけで平和になるのなら何故
幾度も侵略行為を行い、かつ受けている中国はそれを取り入れないのでしょうか
日本などより余程戦争による被害を享受している中国は何故?
 
長文になってしまい失礼致しました


シンペイさんの反論に
>特に中国は台湾に関しては独立を支援する国家に対して武力を行使すると公言するほどに好戦的です。

日本の植民地だった台湾を敗戦により中華民国に戻した後、中華人民共和国の成立、国連の承認という歴史的事実を直視しないと間違った認識になる。つまり、台湾問題は中国の内政問題で他国がとやかく言う立場にないのは国際的常識。

>ところで、相手国がル-ルを破る、という可能性を全く考慮していないよう見受けられるのが正直怖いのですが

日本が朝鮮半島、中国に侵略したというのが歴史の事実。ルールを破られて再び侵略されると脅えているのがこれらの国であるということを考えないといけないと思う。
日本の軍事費は世界で5位、戦争放棄の憲法9条がないがしろにされつつある状況、しかもバックに世界で一番好戦的なアメリカがついているということも背景にある。

攻め入った軍人達の記憶は風化されやすいし、中国人や朝鮮人に対し暴力をふるった話を好んで吹聴する人などいない。こういった話はその人たちが亡くなったらもう忘れられてしまう体験に過ぎないが、侵略された側の、肉親や友を殺された記憶が風化することはない。
それは、シベリヤ捕虜、敗戦による満州からの逃避行や一家離散、集団自決、原爆などの悲惨なことを体験した人の心が孫の代まで語り継がれていくのと同じことと思う。

人間は利己的になりやすい。自分もそうした人間ではないかといつも思うが、たくさんの人の意見を聞くという気持ちだけは持ち続けたいと思っている。それは近くにいる人たちだけでなく外国の人の言葉も透徹した心で見つめることだと思っている。相手の立場に立つ、というのは非常に心地よい響きを持つが、事実の重みや事の本質を見ようとしない人間がその言葉を発しても決して相手には響かない。

それと、相手に対し「思考停止」というような軽薄な言葉は使わないほうがいいと思うけど、シンペイさんはどう思う?


とみー
理由が別ではないですか?
イラクが悲惨なことになったのは、独裁的な政策と地理的・資源的要因が大きなウェイトを占めてません?
それにベトナム等の戦争に軍事力を有していた国がみな参加しましたか?

米国がそこまで介入するなら、そもそも自衛隊も廃止できないだろうし、海外派兵も強制されるのではないですか?(主権者意思を無視するくらいですから当然9条も無力でしょう)

ですが日本は主権国家ですよ

なぜ米国が許さないことをしてはいけないんです?

俺も別に軍事力を必ず保有しなくてはいけないと述べているわけではないですよ
それも視野にいれた議論が諸外国では普通なんですから、あえて非武装前提で他の人の意見は頭から否定することはないのではないかなと思ったんです。

ダメと思わないなら非武装以外の主張をルール違反と判断なされなくてもよいのでは?


わからないかなあ?
>侵略戦争はしてませんよね?
少なくとも憲法が抑止力になってますね。ベトナム、イラクの戦闘に参加しなくて済んでます。

>米国と適正な距離を保てるようにする
米国が許しません。

>軍事力を有すことで安全が担保できる可能性
これを「改正の必要性」としましょう。
イラクはその軍事力ゆえに今も悲惨なことに。担保、担保とおっしゃいますが、危険の方が大きいこともあるってことです。このことは「改正の許容性(一部)」につながります。

>憲法だから、非武装だから、ダメではなく
わかってくれようとしていませんね。ダメと決め付けていませんよ。理解してほしいなあ。

>みんなで話し合って決めるべきでは?
具体的にはどうやるのですか?


熊毛太郎さんへの反論
>日本に攻め込むリスク
はっきり言って日本に攻め込む可能性のある国は
南北朝鮮、そして中国です。
特に中国は台湾に関しては独立を支援する国家に対して
武力を行使すると公言するほどに好戦的です。
そして前にも言いましたが中国が日本を制圧した場合
太平洋へ自在に出ることが適い、戦略、政略、政治、軍事的にメリットは凄まじいほどです。
ベトナムに行った様に軍事侵攻しないのはアメリカというバックがいるからに過ぎません。
そして中国が本気で武力衝突も辞さない、とアメリカに通達すれば
アメリカは日本を見捨てるでしょうね。
今北朝鮮相手に、日本の拉致被害者を見捨てようとしているみたいに。
ところで、相手国がル-ルを破る、という可能性を全く考慮していないよう見受けられるのが正直怖いのですが
例えば中国がこれまで幾つもの主権国家に対ししてきたように
国際ル-ルを無視して侵攻してきた場合の事も考えておられるんですよね?
「ありえない」は単なる思考停止ですよ?


すくなくとも武装して、大分立ちますが、おおっぴらには侵略戦争はしてませんよね?

しっかりと独立した軍事力を有し米国と適正な距離を保てるようにすることで、現在の不安定・安易な集団的自衛権の行使から脱却できるかもしれませんよ

軍事力を有すことで安全が担保できる可能性がなければ、なんで世界中の国が武装するんです?

不幸なことですが、他国が武装する以上、常識的に自国が武装し防衛力・抑止力を持つ方が、無防備でいるよりもまだ安全ではないですか?

繰り返しますけど、なにもこの立場が正しいと言っているわけではないんですよ
こーゆー考え方もできるし、憲法だから、非武装だから、ダメではなく、まずフラットにゼロベースで議論するべきだとは思いませんかと言っているのですよ

そもそも国民主権原理のもと違憲状態を追認するか是正するかもみんなで話し合って決めるべきでは?


1国の自衛権=武装とは限らない 2現行憲法制定時すでに諸外国は軍事力を保有していた 3国民主権を規制しかねない=意味不明 4あなた自身が私的限界説とおっしゃっていること=結論的にはほぼ同じとみなせる説が存在するはず 5平和主義=非武装と現行憲法を解釈しています。

そもそも、違憲状態下での議論は不公平であるという指摘に対し、なんら解決策を出していないことに気づいていない。それでいて、議論だ、議論だ、はおかしい。

>非武装外交の安全性を担保できるなにかがあれば

武装外交であれば、安全性を担保できるのですか?また、日本が侵略をしないことの担保はなにですか?
憲法に反して武装している現状では、この質問の方が有効ではないでしょうか?


九条もそこに含まれるわけですね?

しかし、1最高裁判例で国の自衛権が認められていること2諸外国は軍事力を保有していること3国民主権を規制しかねないこと4あなた自身が私的限界説とおっしゃっていること5平和主義=非武装とは必ずしも断定できないこと

から、他の考えもありえるし、前提として議論する必要はないのでは?

あなたの立ち位置は多分変わらないでしょうけど、それを当然の前提のように話していては、分かりあうことって難しいですよ

でも、例えば右翼の方も戦争がしたいわけではない。ただ怖いから身を守る術がほしいだけだということや、左翼の方々も、なおそれでも非武装を武器に外交で勝利するべきだと考えていることがわかりました

非武装外交の安全性を担保できるなにかがあれば、きっと普通の日本人は戦争力なんて欲しないと思います


私的限界説
96条と99条から考えて、根幹の改正は不可との判断を主に。

96条自体の改正。
「国民投票をなくす」「国会を過半数にする」「改正できない」とすることは、国民主権、硬性憲法、96条自体のそれぞれ否定になるから、そういう改正はできない。ここにも限界のよりどころが存在します。

99条で定められた人たちの中に、国会議員がいるということは、現行憲法を否定する部分を持つ改正は不可であると考えます。


では主権者からみて憲法とはなんなのです?

改正権の限界に関しては、以前にも述べさせていただきましたが、芦部先生の提唱する自然法論的限界説の立場に立たせていただきます

あなたはどのような立場を採用なさいますか?


わかってもらえないのかなあ~?
憲法を軽く考えすぎてますよ。

それはともかく、あなたの方が一方的なのですよ。私は、まず枠内で議論し、それから、、、、と、いうように、改正の議論を否定していませんよ。

ついでですが、あなたは改正の許容性について考えていますか?

>ペンでの決着に納得しない攻撃性のある人間

についての回答に「やりあう」という言葉を使っただけです。


やりあうという対立する関係というよりは、みんなでなにかを作り上げていくという協同的創造的議論がしたかったですね

憲法というものは便利な道具にすぎないでしょう?

我々主権者がその是々非々を議論する際腫れ物を触るかのように扱うものでしょうか?

結果として戦争なんぞ起きないほうがいいというてんでは賛成しますが、だから最初から軍事力を持たないでよいのだ、それしかないで議論しようとしても、そう思わない立場の人とはなかなか分かりあえません

俺は個人の話をしたのではありませんよ

経済摩擦や資源の争奪、技術力・情報力の盗取を外交により解決しようとした場合に、最後に相手国から軍事力を背景とした強行手段を講じられる可能性は否定できないと思います

その蓋然性が低いことを、教えていただければ俺も軍事力なんていらないと思いますよ


ごめんなさい
>多分軍事力に頼りたい~提示していただきたいのです

頭の悪い私には理解できない文章です。翻訳をお願いします。

>現憲法の枠内でという限定を課す必要はないのではないでしょうか?

憲法の枠を初めからとって議論する?憲法は国家の最高法規ですよ。
憲法を遵守する方向で十分に議論し、それで、お互い行き詰まってしまったら、初めて憲法の枠内の議論を疑うことでしょう?

仮想敵国が存在するという前提ではなく、敵国を作らないためには?軍事同盟なしで済ませるには?というようなことではないでしょうか?

個人と国家は違いますが、個人の場合、危ない所に近寄らない。夜間一人で外出しない。明るい所を歩く。戸締まりをしっかりする。等、注意することで防げることがありますよ。

あなたと私がこの場でどれだけやりあっても何事も起こりません。


ホント、難しいですね
>自分としては「攻め込むのは損だ」と…思わせる程度の軍事力は持つべきだと思います。

備えあれば、という考え方、これも過去を振り返ってみて一つの方法と思いますが、
どの程度の軍事力が必要かは誰にもわからないと思います。
なにしろ、アメリカ級の軍事力をもってしてもテロ攻撃を防ぐことができなかったし、イギリスは現に911以降もテロ攻撃に遭っている。

それに、現在の情勢は国同士がドンパチやるという戦争の形はありえないと考えていいんじゃないかと思っています。もしそれが起これば双方の国が滅んでしまいます。いくらバカな指導者でもそのくらいはわかっているはず。

というより、他国を攻める意思のある国は世界中でアメリカとイスラエル以外に見当たらない。それも対象は基本的に何らかの利権に関係する国。

そこで、日本にどこの国が攻めてくるかが問題ですが、経済的、地政学的に見て、ロシア、モンゴル、インド、フィリッピン、インドネシアなどはまず考えられない。
だとすれば北朝鮮、韓国、中国、台湾くらいですよね。でも、現実的にこれらの国が攻めてくるとはまず考えられますか?答えはノーですよね。侵略しても経済的にはデメリットは生じてもメリットはなにもない。現に防衛省の偉い人でも近隣諸国が攻めてくると考えている人は皆無。だいたい暴力的に攻められて日本人が粛々とその国に従いますか?世界が黙っていますか?
一番危険なのが北朝鮮ですが、仮にノドンを発射されても日本は防ぎようがないし、かといってノドンの発射設備を先制攻撃で壊すわけにもいかない。北朝鮮も開戦すれば自分の国が勝つとは思ってもいないでしょう。何しろGDPが沖縄県一県程度しかないと言われている。(正確かどうかはイマイチ自信がないが)

それより、視点を変えて、なぜ戦争になるのか、なぜテロの標的になるのかを考えたほうがいいと思います。その原因がわかれば根本的な対策がとれるからです。
軍事力は対症療法、外交は病根を絶えさせる療法です。

私は、暴力の連鎖は必ず暴力が拡大する。(正のフィードバック)
平和外交の連鎖は必ず暴力が縮小する。(負のフィードバック)
と考えています。
平和外交の武器は憲法9条です。
自分は攻める意思はないとまず相手の国にわからせ、その上で交易によってお互いいい関係をもちませんかと持ちかければ、いいや、お前の国に攻め入って隷属させてやると考える国などいないと思います。もちろん、交易は平等互恵が原則。軍事力をバックに経済的侵略という手段もやってはならないと思います。


とゆーことは性善説をとらないということですね?

人間の攻撃性は容認している

では、ペンでの決着に納得しない攻撃性のある人間はどーしてくるんでしょうか?

多分軍事力に頼りたいあなたに言わせると臆病な俺は、それでも自分が殴らなければ相手も殴らないし、財布も奪わないし、殺さないことを明確に担保するものを提示していただきたいのです

ルールの話ですが、平和に関してフラットに議論するとき、現憲法の枠内でという限定を課す必要はないのではないでしょうか?


人間は争いあうもの
>人間は争いあうものだと実証している

そうです。当たり前です。だから、戦争や武力により、国際紛争を解決することを放棄すると、宣言したのです。でも、ペンでなら争ってもいいじゃないですか。

>相手の意見に耳を傾けて

出発点の問題です。憲法が真に護られている状態(自衛隊もなく、日米軍事同盟もない)でなら、そうしますよ。土俵に上がってみたら、相手は自分に有利なルール違反を犯していた。それでも、けなげにルールに則って闘えと言うのですか?
それが審判の姿でしょうか?


抑止力・防衛力としての軍事力ならそれほどの規模はいらないのでは?

ただ、どなかか記憶にありませんが劇薬であり、毒薬に変わらないよう国民一人一人が監視する意識を持たなくては米のようになってしまう危険がありますね

鎖のない虎ならいらないと思います


難しいですね
>じゃあどうすればいいのか
難しいですね。
ひたすら軍拡を進めたチキンレ-スの末
ひっくりこけたのが旧ソ連ですし。
自分としては「攻め込むのは損だ」と周辺、特に国土拡張を国是とする隣国や
「先祖が日本に協力していたのが罪」と財産没収する法律を作る隣国に
思わせる程度の軍事力は持つべきだと思います。
かけひきや交渉材料は多く揃えるべきでしょうし。
少なくともポ-ランド、モンゴル、チベットは自分を守る武力を持っていなかった上
強大な侵略者を躊躇わせるほどのバックがいなかったのが原因と思います


シンペイさんへ
ご返事ありがとう

>故郷が焼かれ大切なものが奪われ愛する人が踏み躙られる事になるとして
軍備という形でそれらを守る事は放棄する、

戦前の日本は強大な軍備を持っていたけど全土が焼け野原になった。

ということは、世界で一番強大な軍備を持たなければダメだということ?

でも、今アメリカは世界最強の軍備を持っていけど911が起きた。ブッシュは「これは戦争だ」と叫んだ。

軍備を最強にしても戦争はなくならない。

じゃどうすればいいのか?


あら (- -;)
私も読解力がなかったのですね。失礼しましたm(_ _)m


熊毛太郎さまへ
>どういう利益があるのかな
現時点で中国主要都市は殆ど日本海にあります。
日本列島を制圧すれば政治、軍事、経済の選択肢は無限に等しく増えます
例えば現時点で台湾が独立を主張した際中国海軍は日本のご機嫌を伺わなければ動けません。
それが無くなり自由に動けるだけでも日本制圧を行う理由にはなりますよ
北は中国に被さられてる朝鮮はもっと切実でしょうね
  
>いつ誰が自分で守るのは悪と言ってます?
憲法九条とはそういう物ではないのですか?
故郷が焼かれ大切なものが奪われ愛する人が踏み躙られる事になるとしても
軍備という形でそれらを守る事は放棄する、
理由も根拠もないけど自分からは殴らないから他人も自分を殴ったりしないだろ、多分
ちと極論ですがそれが九条なのでは?
 
>中国がアメリカを抱き込こんで武力占領?
「抱き込む」のが「味方にする」だけではなく
「侵略を黙認する」というのもありえるのですよ
だから最低限自分を守る力を持つべきだと思うのですが
 
>同士の信義を無視したり交流に重きを置かない国はその内国際的に孤立し国益を損なうだけ
全くその通りなのですが、現時点でアメリカや中国のように「孤立しても構わないだけの国力がある」
「孤立されたら周辺国が困る」国もあります
他にはWWⅡ時のポ-ランドの様に「最終的には開放されたがそれまで徹底的に踏みにじられた」国もあるのですが
 
>コギトエルゴスムさん
相手の口調ではなく意見の内容に対してのツッコミお願い出来ませんか


TOJC様
「他の人の分析をとやかく言うつもりもない」

あなたに対する論評ではありません。

私はそこいらへんいどこにでもいるしがない貧乏人。学者でも歴史研究者でもありません。

他人からこの本を読んで反論せよ、と言われてもそんな本など持っていないし買う気もないし、買って読んで反論する気もありません。

そもそもこんな反論の仕方は卑怯だと私は思います。
本のエッセンスを自分なりに解釈して、これまで生きてきた経験を加味した意見なら聞く耳を持ちたいと思いますけど。

WGIPのことについても同じことが言える。この資料(?資料と言えるほど確立されたものでもないけど)を声高に叫んでいるのはウヨク系のブログがほとんどだし、江藤淳なる本を疑いもなく信じる姿勢、また、その後現在に至るまでの連綿と続くアメリカの対日支配についてはまったく言及せず自らの都合のいい部分だけ切り取って、さもそれが歴史の真実のように取り繕う。
戦前の集団自決、南京虐殺、731部隊しかり。

色々な本を読むのは面白いし、ウヨクの方々の考え方をこういったコメント欄で読むのも、世の中の動きを洞察する上で参考になると思いますが、他人の書いた本を鵜呑みにする態度はけっして感心しないと思っています。←これは自省も込めて(^^)


どっちもどっちですね

絶対に譲らず、相手の粗を探してる気がします

右翼や左翼と呼ばれる方は、自分達が価値中立的な存在であると認識されていないことを自覚したほうがいーですよ

過去の不明なことを自分流に解釈したり、今直面している現実のうち自分達の都合のよいものしか見ようとしない

話し合うってこーゆーことですか?

こんな中傷の応酬ばかりでは左翼の方々の完全平和なんてとても信じられない(人間は争いあうものだと実証している)

また右翼の方々の軍事力保有も怖くて仕方ありません(攻撃的な人間が力を持ち自衛だけに努められるのか)

まずは、小さなことですが、相手の意見に耳を傾けて、相手に対し敬意を払うことからはじめましょう

論破ではなく平和に生きる術を共に模索することが目的でしょう?


Ryuku さん
>他の人の分析をとやかく言うつもりもない(熊毛さんの発言)

これは私の発言を非難されているのですよ。わかりませんか? 熊毛さん、横槍入れてごめんなさい。m(_ _)m


WGIPって、結構、良いと、思うけど・・。
どこが気に入らないのかな~?

お返事はいりません。


最後というので、これで最後。
熊毛太郎様
>そんなことはないよ。
そう言いきるのであれば、根拠が必要。
>天皇の権力がどうであったのかを考えればおのずと答えが出てくる。
発言を「国体護持にこだわっていた」の証拠として書いたのだろう?
間違いを指摘されると話をすり替えるのは卑怯。にわか知識しかない状態で、天皇の権力のみを根拠に想像で物を言っているだけでは、説得力がまるでない。
>他の人の分析をとやかく言うつもりもない。
証拠や他人の分析をろくに参考にもせず、偏った資料からのみ想像で自論を展開することは無責任。根拠や証拠をもって論争するのが大人。
>ウヨクのブログによく出てくる言葉だね。
ブログによく出てくる言葉?!米国の資料にも載っているれっきとした政策名だぞ!
本当にWGIプログラムが何かを知っているのか、はなはだ疑問に感じる。
ブログだけでなく、お願いだから本も読んでくれ。論争するのなら、それからだ。
最後に、自論展開に”都合の悪いことだからと逃げちゃだめだよ。”


ちょっと見ぬ間に・・・・
わ~~昨日ぜんぜん読めてなかったのよね・・・最近は常連の人の事は右派も左派も信頼してるから放置しきってたのですが・・さすがにかなりお行儀悪い・・・品よく行こうよ~~みんな~~
直接顔を見て言えない話は書かない、また、長すぎるラブレターは相手をどん引きさせてしまう・・という事をふまえ、お玉基準は守ってね・・・
追加
ホントだ・・アスキーアート(っていうんだ)が入ってた・・ああいうのはお玉も受付られん・・あれだけ削除します。

追追記(^_^;)
でも、どんちゃんやって良いとお玉が言ったんだものね・・多少はしゃあない・・良く見れば軌道修正しようとした努力も見受けられますし・・・・


Ryuku 様へ(最後だよ)
>731部隊についてはまだまだ謎が多く、明確な結論は出せないだろう。

そんなことはないよ。都合の悪いことだからと逃げちゃだめだよ。


>まともな読解力があれば、陛下の発言は軍の人事について・・・以下略

大日本帝国憲法下での天皇の権力がどうであったのかを考えればおのずと答えが出てくる。

>この文章では、「誰が」という主語が分からないのだが。

読解力の問題。私はあなたと論争をしているので、他の人の分析をとやかく言うつもりもない。もう少し自分の頭で考えることをお勧めする。

>年次要望改革書は非難するのに、GHQのWGIプログラムは鵜呑みか?
>食わず嫌いをせずに、色々な方面からの本を読み比べて再考してみてはいかがか

WGIねぇ~、ウヨクのブログによく出てくる言葉だね。

本当にそう思っているのなら、日米安保条約廃棄の先頭に立って頑張ってね。


本気で歴史から学ぶ気があるのか?
私自身が何と批判されようと構わない。
確実に言えることは、過去の戦争から真摯に学ぼうというのなら
少なくとも正しい歴史認識に基づかなければならない、ということだ。
天皇批判をするのなら、偏ったにわか知識からではなく、様々な方面の文献や情報を知ってからでなければフェアではないだろう。
終戦間近には、本土決戦を切望する陸軍がクーデターまで計画をしていたという。
その意を受けて、時の陸軍相の阿南惟幾は、本土決戦を受け入れるよう陛下や三笠宮に嘆願しに行っている。
最終的に陸軍の意向を止めたのは誰であった?
「暴れ陸軍」と呼ばれた連中を黙らせたのは、誰の言葉だった?
クーデターが起こり、本土決戦となっていたら、今の日本はどうなっている?
これでも天皇は「あほ」で「国体護持しか考えていなかった」か?

日本軍が人肉食?
日本は中国と違い、そういう習慣はない。
しかし、補給が途絶えた南国の戦地で飢えの中、生きるか死ぬかの究極の選択があったとしてもおかしくはないであろう。
それは、日本軍が残虐だったこととは別の問題だ。
(実際、現代でも雪山で遭難した者達がやむを得ず仲間を食して生き延びた話があり、スプラッターではなく「ヒューマンドラマ」として映画化までされている。)
また、人肉食の話を脚色をし、日本軍を極悪人扱いする材料として利用する者がいるとしてもおかしくない。
日本軍を悪く言う者にお金を支払う輩までいるのだから、日本軍を必要以上悪く言う者の話は、まずは疑ってかかり、詳しく調べてみる位の慎重さは必要であろう。

正しい歴史認識からしか正しい教訓は得られないはずだ。
それとも、欲しいのはイデオロギー的に都合の良い歴史認識か?

お玉さん、お玉さんは本当に過去の歴史から学び、平和を希求している方だとお見受けしています。
反論者をちゃかしたり、コメント内容以外のことで批判してくる者達とは一線を画している方であると、思いたい。
「20行以内ルール」を毎度守れないことは、申し訳ないです。スイマセンでした。


陛下m(_ _)m
>貴方が個人攻撃する為の道具にするのはいささか卑怯ではないか?

あなたが最初に横槍を入れてきたことを忘れられておられるようですねぇ。。。

>国際政治を勉強すれば、分かることだが

あなたが勉強されている「国際政治」では、ベトナム戦争に日本軍が参戦するにいたらなかった理由は何だったということになっていますか?よく質問をお読みの上、問題をすりかえずにお答えください。陛下m(_ _)m


Ryuku 様   御口調が・・?
陛下になりきってますが、大丈夫ですか?


まだ主語がわかってないの?
それは違います。あなたが余りに短絡的で、一方的だから、その理由を考えている時に、目にして「読解力」が問題であるとわかったってことですよ。
しかも、あなたのあの程度の文章に対し、反駁に行き詰っていると考えておるようであるが、うぬぼれも甚だしい。あまりにあほらしいから、あなたの読解力を指摘されたと思わないのだろうか?
しかし、一つだけ正しい指摘がある。少なくともお玉さんからは「品よくなさい!」と叱られるであろう。ごめんなさいm(_ _)m
あなたのように「連投禁止」「20行以内」をいとも簡単に無視できない人がいることも考えてみましょうね。なんとかその中におさめようとすると最も短く済ませられる内容にしなければならないのです。無視し続けている人にはわからないでしょうね。無視ではなく、理解の問題なのかな?読解力と礼儀正しさがあるなら、お玉さんの投稿原則を守ってみせてください。


「国体護持という、ある意味「究極の個人的欲望」・・・」
こういう事は、あまり言わない方が良いですよ。
こちらの常連さん達のみ相手にしているのならば問題ないでしょうが(失礼)、過去の日本の過ちを真剣に考え、今後の進むべき日本の事を真剣に考えている人達にとっては、大変奇異にうつりますし、一方の偏った考え方に凝り固まっている非常にバランスの悪い人としか思われませんよ。

あと、なぜ進歩的右翼さんの考え方を理解出来ない、認められない人がいるのかが、自分は全く理解できません。
過去の事を一方的・強制的に批判・否定する事のみに余程固執している人でなければ、普通に共感できると思うのですが・・・。


TOJC様
>日本軍に好意を抱いたのはあくまでも開戦当初だけ。次第に日本軍の正体がわかってきて反日に転化していったのは有名な事実。

「反日」に転化していったと書いてあるだろう?
「天皇が」であれば「反日」という表現はおかしいではないか。
「日本国民が」でも同様。

そもそも、この件は他者が書いた文章の表現である。
それを、貴方が個人攻撃する為の道具にするのはいささか卑怯ではないか?

私の書いた内容そのものに反論があるのなら、直球でそうすれば良いではないか。
反駁に行き詰ると、こういう形の揚げ足取りや個人攻撃に転じてお茶を濁すのは左巻きに良くある手段だが。
見苦しいと思わないか?

「平和憲法のお陰で平和だった」というのなら、その証拠を挙げて反論すればよい。
中国大陸についても「結果論ではない」というのなら、論理的な反論をすればよい。
すべて、国際情勢その他の知識を持って論じなければならないものであり
感情論では議論にならない。
ただの中傷合戦になってしまう。
それは、お玉さんも望んではいないのではないか?
具体的な反論でないのなら、不毛であるからここに書くべきではないと思うのだが。
それは、管理者であるお玉さんの判断にお任せする。


Ryuku さん
>国際政治を勉強すれば

人に説教をする前に、あなたは小学校の国語を学ぶべきでしょう。だから、

>この文章では、「誰が」という主語が分からないのだが

なんてことになって、主語を取り違えて、あらぬ方向のことを書いてますなあ。(私宛てではないが)

よくまあ、一方的に自分の都合にあわせたことだけを書けると感心していたが、わかりました。人の意見を読んでないのではなく、読解力がないのだと。これはすごい武器ですぞ! 陛下!

お玉様、品がないコメントをお詫びしますm(_ _)m


天皇があほだったかとか、日本軍が非道だったかとかも大切な問題ですが、あえて提言させていただければ、それと今私たちが平和に暮らすためにどう国政の梶取をするかは分けて考えるべきではないでしょうか?
当時の実情と現在の諸条件は大きく異なりますよね


コギトエルゴスム 様
>「海外では昭和天皇は『独裁者ヒロヒトッラー』と呼ばれていた」

ほう。
「しかし、(戦後)GHQにとって問題だったのは、昭和天皇がどういう人柄なのか、全くわからないことだった。」そうだぞ。
つまり、海外では思い込みや決め付けだけで、そのような戦争プロパガンダが行われていたわけだ。

マッカーサーが直接陛下に会い、話をした際
「私は、この瞬間、私の前にいる天皇が、日本の最上の紳士であることを感じとった」と話している。
更に、「35分にわたった会見が終わった時、マッカーサーの昭和天皇に対する態度は変わっていた。マッカーサーは、予定を変えて、自ら昭和天皇を玄関まで送った。マッカーサーにとって、最大の好意の表れだった。」

また、駐日大使を務めたグルー次官も
天皇や皇室に対して悪い印象は持っていなかった。

いかに海外の「マスコミによって
陛下や日本の皇室に対する悪意のイメージ操作がされていたか、ということだ。
実際に接した人々が、マスコミその他の論調とは異なる印象、評価をしていることを、貴方はどのように考える?

情報操作や当時の資料が明らかになってきている。
とにかく、決め付けたり食わず嫌いをせずに、様々な本や資料を読んでいただきたい。

また、「皇室」というものについても勉強してみるよよい。
海外のいわゆる王室や元首と呼ばれる者と、日本独特の皇室や天皇の在りかたの違いが、欧米には難解であったようである。
また、内閣が機能している間は、天皇と言えども口出しはできなかった。
なぜなら、当時の日本は立憲政治だったからである。
政府が機能しなくり、意見をもとめられた時に初めて、陛下は自身の考えを述べることができた。
また、実母(皇太后)といえども、天皇となった息子には意見を言えないそうだ。
皇室というものを勉強すれば、左翼が言い立てていることが全くの的外れで皇室の常識から外れている作り話であることが分かる。


TOJC様
>おかげでこの60年余、最も悲惨な戦争というものをしないで済みました。

平和憲法のお陰と信じたいかもしれないが、残念ながら現実は違う。
国際政治を勉強すれば、分かることだが、
それは戦後の国際状況や軍事バランス等を無視した短絡的発想でしかない。
平和憲法がない国で、この60年間日本同様戦争をしていない国は山ほどある。

>国民は煽られ、事実を知らされず、だったからですよね。
それは、日米が開戦してからの大本営発表を指しているのか?
開戦原因について話していたのに、議論をすり替えてもらっては困る。
マスコミのせいにしろ何にしろ、国民も開戦の意思決定に一役買っていたという話だ。

>非武装だったら、通常兵器で1億皆殺し。非常識の極み。あきれるばかり。
するかしないかは、あくまで敵国の意思と目的次第だろう。
いくらこちらが感情的に非常識だ、呆れる話だと叫んでも、
相手がその気になったらそれまで。
現に、他国を侵略し民族浄化を現在進行形で行っている国が目の前にいる。
それも、猛烈な「反日国家」だ。

>それなら最初から行かなきゃあよいでしょう?
それは、結果論。
後知恵でなら、何とでも言える。
当時の国際情勢、そこに至る流れ、全て無視とは、あまりに短絡的。

>こんな汚い国と同盟関係(実は属国)にあるなんて!悲しいですね。
そう言いながらも、そんな国に守ってもらって安穏と暮らしているのが、今の日本人。
嫌ならすぐにでも自前の国防力をつけて、名実共に一人前の独立国家になることだが、それも嫌だという。
現状を「悲しい」と言う貴方はどのような考えであろうか。


熊毛太郎様
731部隊についてはまだまだ謎が多く、明確な結論は出せないだろう。
証拠とされていた写真は全くの偽物で、逆に中国人が日本人に残虐行為を行っている写真だったことも明らかにされている。

天皇の「もう一度戦果を挙げてから」というお言葉だが、その発言があった際の近衛公爵と陛下の会話全文を読まれてのコメントだろうか。
まともな読解力があれば、陛下の発言は軍の人事について公爵と話をされている中でのものであり、「(もし山下大将を推されるのであれば彼が)もう一度、戦果を挙げてからでないとなかなか話は難しいと思う。」と話されていることが分かるはずだ。
「天皇が早期講和を渋ったせいで、原爆が落とされた」という結論が欲しい連中が、会話の一部を抜き出し、都合よく利用していることが分かる。

>日本軍に好意を抱いたのはあくまでも開戦当初だけ。次第に日本軍の正体がわかってきて反日に転化していったのは有名な事実。
この文章では、「誰が」という主語が分からないのだが。
米国が、ということか?
そのことに関する、リンドバーグの分析は読んだことがあるだろうか?
米国人でありながら、冷静に事を捉えている。
一読することをお勧めする。

年次要望改革書は非難するのに、GHQのWGIプログラムは鵜呑みか?
まるで、米国が望んだ模範解答のようなコメントで驚きである。
日本で教育を受ければ、最初は誰でもそのような認識になってしまうであろう。
しかし、米国による情報操作、言論統制といった工作があると知った時から
「では、今まで自分が教えられ、信じてきたことは本当だろうか?」
と立ち止まって考えることが大切ではないだろうか。
食わず嫌いをせずに、色々な方面からの本を読み比べて再考してみてはいかがか。


熊毛太郎さんへ。 そうなんですよ! 「海外では昭和天皇は『独裁者ヒロヒトッラー』と呼ばれていた」ことを、日本人は知らないのです。
熊毛さん>昭和天皇の最大の命題は国体護持、「もう一度戦果を挙げてから」と言ったのはまぎれもない事実。

『もう一度戦果を挙げてから』、問題はこれですよね。
国体護持という、ある意味「究極の個人的欲望」のために、戦争末期に天皇がさらなる犠牲を容認した罪は大きい。
私はこれを「天皇による自国民大虐殺」と考えています。


平和憲法があるから自主防衛が出来ず、米に形だけでも防衛してもらうしかできず、結果米盲従型外交にならざるをえないともとらえられますけどね

イラク戦争に軍隊持ちながら反対した国が沢山ありましたよね


それ違うと思う
>アメリカさまに守って頂いた

あなた、侵略にうち震えている臆病者?石原みたいだね。 日本軍がベトナムで戦わずに済んだのは、何があったから?アフガンでイラクで多くの犠牲者を出さずに済んでるのは何があったから?
平和憲法!でしょう?これこそ守られてるって言うンじゃない?

米国は日本を守るつもりなんてまるでなかったってことが最近明らかになっているのをご存知ないの?


Ryuku 様へ
>当時のアメリカの外交現場にいた者の話だ。耳を傾けてもよかろう。
>他のアジア諸国では、欧米の植民地支配から逃れるために「自国の独立のため」と日本軍とともに戦った者たちも多い。

食料不足で日本軍に食われた現地人もいる。731部隊はなにをしたのか。

昭和天皇の最大の命題は国体護持、「もう一度戦果を挙げてから」と言ったのはまぎれもない事実。
日本軍に好意を抱いたのはあくまでも開戦当初だけ。次第に日本軍の正体がわかってきて反日に転化していったのは有名な事実。

そもそも大東亜共栄圏ということで他国に侵略すること事態論外だ。
こういった事実に直視せず他国を解放するための聖戦だったと考えているのなら何を言ってもムダであろう。

>ことさら犠牲者の数や悲惨さを強調しながら戦争を語り「だから、戦争はいけない」というだけでは、戦争のない世界は訪れないのでは。

310万人、2000万人は勝手に死んだのではない、戦争が原因で死んだことは否定できない。その直接の原因は日本軍の侵略戦争だ。他国に侵略したあげく名誉の戦死もクソもあるまい。赤紙一枚で招集された軍人は天皇政府のために犬死したのだ。
その犠牲者個人、あるいはその数という事実に向き合わなかったら、何に向き合うのか。
さらに、数や悲惨さは、これが最終ではなく出発点であるのは言うまでもない。
なぜこれだけの人が死んだのか、経済的侵略をも含めた戦争への本質を探らないことには解決には至らない。

>戦争理由は、攻める国の考え方次第だ。

敗戦の翌年、映画監督の伊丹万作は「だまされるということ自体がすでに一つの悪である」と言い、「あんなにも雑作なくだまされるほど批判力を失い、思考力を失い、信念を失い、家畜的な盲従に自己のいっさいをゆだね……『だまされていた』といって平気でいられる国民なら、おそらく今後も何度でもだまされるだろう」と書いた。
私はこの言葉を噛みしめたい。
そして、憲法9条を有形無形に無きものにしようとたくらんでいる勢力が多くなっている今こそ、またぞろだまされないためには日本の侵略戦争を充分検証することが大切と考える。


シンペイさんへ
私の意見に意見されたようなので若干の反論を(^^)

>ありますね。
>例えば中国にしろ朝鮮にしろ直接太平洋に出れるというかなり巨大な利益があります。

どういう巨大な利益があるのかな?
国連海洋法条約では12海里を超える海は公海で主権が及ばない。中国であろうが朝鮮であろうが今でも航海することは可能。

>そして自衛を完全に放棄し、「自分の事を自分で守るのは悪」と

ほう、いつ誰が「自分で守るのは悪」って言っています?
サヨク連中?どんなアホなサヨクの方々でもそんなバカなことは言わないよ。

>アメリカを抱き込んでしまえばいいのです。
>ぶっちゃけ「ウチと対立するより日本見捨てた方が利益がある」と
>アメリカに思わせてしまえばもう日本占領は為したも同然です。

中国がアメリカを抱き込こんで武力占領?
それが本当ならそりゃ大変だ、即刻アメリカと手を切って独立国にふさわしい外交を樹立する必要があるね、日本は。
それより、子供の喧嘩じゃあるまし、そんな単純な思考で国際的な関係を推理してもアホかと思われるだけだよ。シンペイさん。

>国家間の争いに「正しい」は存在しません。

国同士の信義を無視したり交流に重きを置かない国はその内国際的に孤立し国益を損なうだけ。外交は自国の国益を優先するのが重要だがどの階層の利益を代弁するかは時の政府の政治姿勢。それにあくまでも国と国の付き合いは平等互恵が原則。それを無視するのは旧ソ連や北朝鮮のように嫌われるだけ。
そこの所を理解されてない方が居られるように見受けられます。シンペイさんのように。

以下の反論は略、アホらしい。


Ryukuさん[2007/11/02 11:26]へ。 「もしや、あなた様は?」
>Ryuku さん
>沖縄の犠牲者に対しては、本当に頭が下がる。
>日本のために必死で戦ってくれたことには、心から感謝し、敬服する。
>また、多数の犠牲者が出たことには哀悼の意を禁じえない。
>(北方領土でロシア人と戦った人々にも同じ気持ちである。)

天皇陛下のお言葉?


それ違うと思う
>平和憲法はありがたい。おかげでこの60年余、最も悲惨な戦争というものをしないで済みました。
別に平和憲法のおかげではありません。
ぶっちゃけソ連とアメリカのおしくら饅頭の狭間にたまたまあった日本が
いわば「必要な時の捨て駒に使うため」アメリカ側に「守ってもらった」結果です。
自分の身を自分で守る事すら放棄してアメリカさまに守って頂いたのと(これが一番の原因ですが)たまたま、でしかありません。
その「たまたま」が起きなかった朝鮮は押しくら饅頭の狭間に入り損ねた結果南北両断という悲劇に見舞われたのです
九条が無意味とは思いませんが「九条のおかげで」日本は平和という考えは
新興宗教にちかい、と思います


Ryukuさん
>今と全く同じ状態はなかったであろう。
戦争をしなかったせいで、今よりも悲惨になっている可能性もある。
そうですね。平和憲法はありがたい。おかげでこの60年余、最も悲惨な戦争というものをしないで済みました。

>国民の大多数が開戦を望み
煽ったのが朝日新聞だけかは疑問ですが、国民は煽られ、事実を知らされず、だったからですよね。今も、似てますね。テレビが煽って、郵政民営化。あるいは、あなたのように非武装だったら、通常兵器で1億皆殺し。非常識の極み。あきれるばかり。
米軍占領直前の話。「若者は全員、米国に連れて行かれる」という噂。「何百万人をどうやって輸送する?できるわけがない」この一言で、この話は終わり。賢明!冷静!
.
>中国大陸での戦争からはできるだけ早く手を引こうとしていた日本
攻め込んでおいて、手を引きたい。それなら最初から行かなきゃあよいでしょう?
泥棒によく入られる家に、食い詰めて押し入って、見つかり、警察が来るかも? 逃げたい。でも、攻撃された。そこで、居直って、皆殺し。抵抗したのが悪いのね?あなたのお宅を教えてください。もし、見つけても、逃がしてくれるでしょう?

>武器その他援助をしていたのはアメリカ政府
こんな汚い国と同盟関係(実は属国)にあるなんて!悲しいですね。


犠牲が必要なのではなく、仕方ないんですよね

そもそもベストは戦争なんてしないで平和に暮らしていきたいですよ

でも当該問題の場合は「一億人このままなら死ぬ」「一千万人死ねば残りは助かる」という二つの仮定に基づいた主張です

とゆーことは、前段階の無犠牲平和を主張しても多分噛み合わないのでは?

次の場面での一億人が死ぬか一千万人が死ぬかのどちらがマシかという問題ですから

まー、そもそも一億人死ぬとか戦争になったから一千万人死ぬとかは問題の主題を明確にするための誇張だと思いますが


KY様
横レスで申し訳ないのだが。
>すると1000万の死者が兵士から出る、ということは

いつから犠牲者と仮定された1000万人が「全て兵士」という前提になったのだろうか?
それまで、沖縄や長崎、広島の話が出てきたりしていたのは、民間人の被害者も含めている、という暗黙の了解があったからではないのか?
「1億の命が危機にさらされる」は「一瞬のうちに」という核の話に置き換えられてしまうし。

たとえ働き盛りが激減しても、国として滅ぶものではない。
数に違いはあれど、戦後はどこの国も同じような状況だ。
しかし、戦わずして1億人が全滅したら何も残らないではないのか?

全然証明になっていないと思うのだが。
現実は方程式のようにはいかないものである。


それは違うのでは・・・
>仮に暴力的に侵略し、日本を占領するのに成功した国に、何かいいことがあるのだろうか?
 
ありますね。
例えば中国にしろ朝鮮にしろ直接太平洋に出れるというかなり巨大な利益があります。
そして自衛を完全に放棄し、「自分の事を自分で守るのは悪」と
言い切ってしまっている日本を武力占領する為には
アメリカを抱き込んでしまえばいいのです。
ぶっちゃけ「ウチと対立するより日本見捨てた方が利益がある」と
アメリカに思わせてしまえばもう日本占領は為したも同然です。
国家間の争いに「正しい」は存在しません。
「強い」「弱い」「利益」「勝つ」「負ける」「建前」(最後のはよく無視される)だけです。
例えば北朝鮮が拉致の時言ったように「核ミサイル撃ったのはウチの急進派。
 ソイツもう処分したからオレ責任ないの。ごめんね」
といえばもう終わり。
そこの所を理解されてない方が居られるように見受けられます。
「そんな事ありえない」ですか?
実際北朝鮮はその言い訳で拉致をなかった事にし、アメリカも認め始めてますよ
 
あとkyさん
>犠牲によってしか平和を定義できないのならば、そのような平和は戦争とともに滅びてしまえばいい。
貴方はご自分の子供にそう言えますか?
わたしは言えません。
正直言って子供にはル-ルを破ろうが卑怯な真似しようが生きていて欲しい。
子供に向かって「お前は死ぬのが正しい」と言える貴方が少し羨ましい。


戦争と犠牲
>>進歩的右翼様

まだ読んでおられるかどうかわかりませんが、ひとつだけ

「一億人の命が危険なとき一千万人の死で勝ち取れる『平和』などと言うものは存在しない」

という事象の証明はわりと簡単です。
日本の人口ピラミッド(ちょっと古いですが)
http://www.stat.go.jp/data/kokusei/2000/kihon1/00/00.htm
によれば、子供と老人以外の年齢ではだいたい80万人/年くらいなのが分かるかと思います。

ご存知の通り、兵隊というのは若くて健康な若者でなければ勤まりません。

ここで若くて健康な兵隊に適した年代、だいたい18~40歳くらいとしましょうか?

この場合、全ての男子を徴兵したとしても、兵士の数はせいぜい80万・12年=960万といったところかと思います。

すると1000万の死者が兵士から出る、ということは、要するに兵士が一人残らず戦死したということなのがおわかりかと思います。

つまり『戦争で総人口の一割が失われる』ということは、若い働き盛りの世代がまるまる失われることを意味します。
飢饉や疫病で弱者から死んでいった場合の『人口一割減』とは根本的に意味が違うのです。

社会の根本基礎を支える世代が消滅するのですから、9割生き残ったといって喜んでいる場合ではないのです。

人口ピラミッドが若くて若年層の多い時代ならまだしも、少子高齢化の昨今、総人口の一割も戦死させれば間違いなく社会全体の死をもたらすことでしょう。ちっとも「平和」じゃありませんね。


犠牲の種類
平和の為に犠牲者がでるのは、おかしいと思います。犠牲者を出さない為に平和があるのですから。
平和を守る為に、戦争を防ごうとしているのです。
戦争を「火災」と置き換えると、分かりやすいと思います。
火災を防ぐために、普段から火の元に注意して、消火器を買って、放火されないように監視カメラをつけ、番犬を飼っているのです。
火災を防ぐのは、命を守る為ですから
自分が消化剤を抱えて、火の中に飛び込む必要はありません。
ただ、子供を救う為に飛び込むこは、あるでしょうね。
犠牲が必要という方の「犠牲」って、このことだと思いますよ。
私の考えてる「犠牲」は、消火器や監視カメラにかかる費用のことです。
犠牲と言うより、平和維持の「対価」
ですね。
昔、福島瑞穂が「消火器を買うなんて、火事を起こすつもりですか!」と
叫んでいたことがありましたね(笑)


コギトエルゴスム様、ありぎりす様
>コギトエルゴスム様
沖縄を本気で心配し、想うのならば、「過度の」センチメンタルな感情は持たないほうが良いのでは。
「かわいそう」という感情を過去に政府が持ちすぎた故に、補助金を乱発してしまった。
それに味をしめて、沖縄は政府にゆすり、たかりを行って金をむしりとることばかりするようになった、という事実がある。
沖縄の人々は、もっとプライドを持って生きるにふさわしい。
沖縄県民の中には、そういう同情論は「有り難迷惑だ。沖縄をバカにしている」と言っている者もいる。
沖縄の犠牲者に対しては、本当に頭が下がる。
日本のために必死で戦ってくれたことには、心から感謝し、敬服する。
また、多数の犠牲者が出たことには
哀悼の意を禁じえない。
(北方領土でロシア人と戦った人々にも同じ気持ちである。)

だからこそ、現在の沖縄県民が亡くなった先人達をゆすり・たかりの道具にするのは許せない。
イデオロギーの道具にするのも死者に対する冒涜であろう。

>ありぎりす様
>先の大戦で、沖縄、広島、長崎、などで犠牲になった人たちの死は

沖縄については、他国に領土を奪われることもなく現在まできている。
これは、沖縄の先人が望んでいたことではなかったのか?
故郷を護るために、あそこまで勇敢に戦ったのではないのか?
地理的に考えると、日本以外の国になていたら、もっと翻弄される運命だった可能性が高い。

広島、長崎、更に本土の爆撃で亡くなった一般国民の犠牲者は、
本来ならば「犠牲になる必要のなかった人々」である。
国際法に違反をして、そのような攻撃を行った米国に罪がある。

そもそも、個々の犠牲を点でとらえて「これは平和に貢献した犠牲なのか」と問うのは無意味なのでは?
先の大戦を「通過」してきた上で「今」があるのは事実であろう。


熊毛太郎様
>その内約310万人が天皇政府の暴走で犠牲者になったと言われています。

ルーズベルト大統領政権下で下院議員だったハミルトン・フィッシュは
「天皇陛下と日本政府が平和を維持するために信じられないほどの譲歩をするつもりでいた」と著書で述べている。
日本政府も陛下も戦争回避を切望していた、と米国人すら認めているのだ。
彼は、日本はルーズベルトの謀略で対米戦に「引きずりこまれた」と断定している。
当時のアメリカの外交現場にいた者の話だ。耳を傾けてもよかろう。

>ちなみに、中国人、韓国人などアジア全体では2000万人が犠牲に。

中国大陸での戦争からはできるだけ早く手を引こうとしていた日本に対し
執拗に攻撃をしかけ、いたずらに自国民の被害者数を増やしたのは、中国自身。
(中国側がオープンシティにしなかったために、市街戦突入で民間人の犠牲者を多数出すことになったこともある。)
日本に手を引かせないために中国をけしかけ、裏で武器その他援助をしていたのはアメリカ政府。
他のアジア諸国では、欧米の植民地支配から逃れるために「自国の独立のため」と日本軍とともに戦った者たちも多い。
これらの人々を、どういう意味合いで「犠牲者」と呼ぶか。
国によっては「祖国のために戦った名誉の戦死者」とも呼ばれるであろう。

ことさら犠牲者の数や悲惨さを強調しながら戦争を語り「だから、戦争はいけない」というだけでは、戦争のない世界は訪れないのでは。
それは、今の世界を見渡しても
分かるであろう。

>仮に暴力的に侵略し、日本を占領するのに成功した国に、何かいいことがあるのだろうか?

それは、中国の立場やその他周辺諸国の立場にならなければ分からないであろう。
戦争理由は、攻める国の考え方次第だ。
貴方のように考えるのが「普通」かもしれないが、
常識の通じない、「普通ではない」国が周りにひしめいているから危機管理が必要になる。
おまけに中国は民族浄化なんて、平気でやる国だ。
チベットを見てみればよい。


KY様、TOJC様
>KY様
>『1億の命が失われようとする危機』と言えば米露中英仏による核飽和攻撃くらいしか実際にはないと思いますが

『一億の命が”一瞬で”失われようとする危機』という設定ではなかったはず。
日本が丸腰で全く抵抗をしないのであれば、通常兵器のみで攻め込まれても
1億人全滅する可能性は十分にあるだろう。
そうならない為に抵抗し、戦ったために「一千万人の犠牲が出た」という話ではなかったのか?

>今の平和は今現在を生きる私たちの手で維持され、享受されるものであって
これは、随分と傲慢な意見。その「今」に至らしめてくれたのは、一体のお陰だろうか。

>TOJC様
>その犠牲を生んだ戦争がなかったら今の平和はなかったのでしょうか?

今と全く同じ状態はなかったであろう。
戦争をしなかったせいで、今よりも悲惨になっている可能性もある。
当時の国家中枢にいた者たちはそう考えたからこそ、断腸の思いであるがこれが最善の策、と考えて戦争の道を選んだ。
また国民の大多数が開戦を望み、それに陛下や政府が抗いきれなくなったのも事実。
国民を煽った張本人が「朝日新聞」。

戦争そのものにおける「軍事的戦略の失敗」については、専門家でもない我々が話をしても仕方なかろう。


本当に犠牲が必要ですか?
”平和のために犠牲が必要”と主張される方々に伺います。
先の大戦で、沖縄、広島、長崎、などで犠牲になった人たちの死は、具体的にどのように平和に貢献したとお考えでしょうか?
そして今後有事の際、貴方たちは、率先して犠牲になっていただけるのでしょうか?


進歩的右翼さんは、なんか、勘違いしていませんか?
右翼さん>つまり彼らは、いまの日本の安全保障上、日米の軍事事同盟関係はやむを得ないが、だからといってその負担を沖縄だけが背負うのはおかしいと言っているのです.

沖縄の人の心は、もっと深いですよ!

毎年沖縄に行ってひめゆりの人たちの話を聞いている割りには、右翼さんのとらえ方は一面的なように思われます

私も沖縄にはよく行きます。今月も中旬に沖縄に行きます。あらためて沖縄の皆さんのお気持ちを聞いてきます。

右翼さんは一方的にお玉さんを攻撃していますが、読解力に問題があるか、わざと曲解しているように見えます。
お玉さんは右翼さんの何百倍も沖縄の人たちのことを心配しています。それに、あなたがインネンをつけているコメンテイターの人たちも、お玉さんと同じような気持ちだと思います。

ですから、右翼さんの長い抗議文は、もっと責任ある立場の人(例えば福田首相等)に向けて書き送ったほうが良いと思います。

ここで長々と説教されても、(説教されるほうも言われなくても分かっているので)、時間とスペースの無駄です。


自称「進歩的」右翼さん
8500万人の命が危険にさらされていたわけではなかったのに、310万人の命が犠牲になり、かつほとんどの国民が命の危険を感じることになってしまった「原因」は何だったのでしょうか?

その犠牲の結果、今の平和があります。しかし、その犠牲を生んだ戦争がなかったら今の平和はなかったのでしょうか?

反論するなら自分の質問に答えろと、ブログ主さん及びその賛同者に開き直るなんて礼儀知らずもいいところですね。相手の軒先ですごんでるのですから。

上記の質問への答の中で、あなたはあなたの質問の答を見出せるでしょう。理解度が低くなければ。。。


あまりに長い!
進歩的右翼さん、悪いけど、お玉はそんな事を書いてないし、何よりも長すぎ・・20行以上のコメントはお玉は読めません。お玉基準を無視して、 あなたと同じようにすべての人が書き込みだしたらどうなるか、少しお考え下さい。一応ここまでは受け付けておきます。そこまでいろいろ想いがお有りならブログ運営をお薦めします。




平和を退屈かどうかという次元で語ることがおかしいです。
本当に平和な状態のときは平和であることを感じていないと思います。
ですので、退屈と感じるとしたらそれは平和に対してではなく、
自分の身の回りの中に要因があるはずです。
勝手に世の中のせいにしているだけです。

一億人が救われるのが best で、一億人が死ぬことを worst とするなら、
一千万人の犠牲で九千万人が救われるのは better とも考えられます。
100点以外を落第点とするなら、better でも平和ではないでしょう。

best だけを平和とするか better も一応平和とするかの
違いなのではないですか?


反論があるみなさまへ
三連投になりますがコメント整理のためご容赦下さい。

私のコメントに対して反発を持っている方々に考えていただきたいことがあります。それは「なぜひめゆりの語り部たちは、戦争が終わって60年以上も経ついまも、戦争の体験を語っているのか?」ということです。

戦争の悲惨さを訴えるため?では語り部たちは「戦争は怖いよ」という恐怖を伝えたいのでしょうか。それとも「沖縄が見捨てられた」という恨み節を語り続けているのでしょうか。語り部たちは私たちに恐怖と恨みを突きつけようとしているのでしょうか。

沖縄の米軍基地を思い出して下さい。一部の政治活動家をのぞけば、大多数の沖縄の人たちは日米安全保障条約に反対しているわけでも、アメリカ軍の日本駐留に反対しているわけでもありません。彼らが口にするのは決まってこの言葉です。

「アメリカ軍は沖縄から出て行ってくれ」
「沖縄ばかりに基地を押しつけないでくれ」

つまり彼らは、いまの日本の安全保障上、日米の軍事事同盟関係はやむを得ないが、だからといってその負担を沖縄だけが背負うのはおかしいと言っているのです。言い換えれば、日本の平和のために沖縄が犠牲になっている現実を、もっと本土の人たちは自覚して欲しいと訴えているわけです。

語り部たちも同じです。彼女たちは戦争の悲惨さと平和の大切さはもちろん、いまの平和が沖縄をはじめとする多くの犠牲によって成り立っている事実を、私たちや子供たちに伝えようとしているし、だからこそ戦争が終わって60年以上も平和ないまも、ずっと語り続けているのです。

広島の平和記念公園にある原爆戦没者慰霊碑には「安らかに眠って下さい 過ちは 繰返しませぬから」と刻まれています。なぜ私たちは犠牲者に対して不戦を誓うのでしょう?それはいまの平和が尊い犠牲の上に成り立っているから。だからこそ私たちは「過ちは 繰返しませぬ」と「犠牲者」に対して誓うのです。

「平和」は単なる概念ではありません。実際に血が流れ、多くの犠牲が積み重なった上に生まれているのです。私に反論があるのならば、まず「一億人の命が危険なとき一千万人の死で勝ち取れる『平和』などと言うものは存在しない」というお玉さんの主張が正しいということを、漠然としたイメージではなく、具体的な証明を持って主張して下さい。


コギトエルゴスムさんへ
>あなたこそ実際に沖縄へ行って、ひめゆりの語り部の人たちに会って、持論を展開したらいかがですか。
私は毎年、沖縄に出かけて慰霊碑を回って哀悼し、ひめゆりの語り部たちのお話をうかがっています。コギトエルゴスムさんこそ「語り部の人たちは、あなたの言う事を信じないと思いますよ」とおっしゃるのですから、さぞ沖縄を訪れてひめゆりの方々に会っているのでしょうね。ぜひそのときの体験をお聞かせ下さい。


KYさんへ
>随分と唯物主義に毒されているご様子
「功利的」であることが唯物主義に繋がるとは驚きです。唯物論者のマルクスやエンゲルスはもちろん、彼らに批判的であったヘーゲルでさえ「功利的」と唯物主義を結びつけていませんが、いったいその解釈はどこの誰が提唱して、どれだけの支持を集めているのですか?

>過去の事象を『今役に立っているか』という基準だけで見るのはまさに『冒涜』
私がいつそんなことを主張しましたか?「自分のいまの生活と沖縄の犠牲~中略~人は実感を持つことができます」という一文を読めばわかるように、私は沖縄の犠牲者といまを生きる人たちの間に連続性を持つ「実感」が持てる関係が必要だと言っているのです。

たとえば遠いアフリカの、場所も国名も定かでない地域で子供が殺されたとしましょう。KYさんはそれを自分に関係のあることとして考えますか?そんなはずはありません。私たちはそこまでデリケートではない。世界中で数え切れないほど起こっている不幸な出来事に対して、いちいち自分のことのように反応する人などこの世には居ません。

しかし、その子供がKYさんの知り合いだったらどうでしょう。知り合いでなくても、たとえば殺されたのが日本人の子供だったらどうでしょう?おそらくKYさんは子供の死を相応の実感を持って受け止めるはずです。ひめゆりの語り部たちが日本の子供たちに戦争の悲惨さを語っているのは戦争の悲惨さに対する「実感」と、その戦争が私たちと無関係ではないのだという「実感」を持って欲しいからではないのですか?

沖縄の犠牲者に対して、私たちがその死に実感を持つとしたら「同じ日本人であり、彼らの犠牲によって私たちは平和に暮らすことができる」という一点です。そうでないなら、戦争の悲惨さを知るのに沖縄など必要ありません。人類の歴史にはもっと悲惨な例はたくさんありますから、それを子供たちに教えればいい。いま、現在進行形で起きている戦争を教えればいいのです。

お玉さんはひめゆりを例に挙げておきながら、「一億人の命が危険なとき一千万人の死で勝ち取れる『平和』などと言うものは存在しない」と、沖縄の犠牲が現在の平和と関係がないと断言しました。だから私は怒りを持って異議を唱えているのです。

>『今日の平和に役立つ』からなどという浅薄な理由
もう一度繰り返します。わたしがいつそんなことを主張しましたか?いいかげん、勝手な妄想と決めつけはやめてください。私は犠牲者の死を『今日の平和に役立つ』かどうかで判断しろなどと、ただの一言も言っていません。

>犠牲によってしか平和を定義できないのならば、
>そのような平和は戦争とともに滅びてしまえばいい
自分の意に沿わない「定義」など「滅びてしまえばいい」言ってしまう、その無神経さと短絡さ、そして「間違っている」と言えば済むものを「滅び」という大げさな表現を使う自己陶酔ぶりには、少々呆れています。先述の意味不明な「唯物論」しかり。虚仮威しはやめて、ご自身の身の丈にあった言葉で語ってくれませんか。


だんだんずれてきてるなぁ・・

尖閣諸島に関してはむやみに脅威論の例にするのはやめてね、右派の方々もこれは知っておいて欲しいです。
http://otama.livedoor.biz/archives/50778224.html




戦争は起きない?
確かに、日本に全面戦争を仕掛けてくる国はないでしょう。戦争による利益より、コストの方が圧倒的に高いですから。
ただ、時間と地域を限定しての局地戦なら、コストより利益が高くなる場合が、あるのでは?
1992年、フィリピン領の南沙諸島に、中国が武力侵攻しましたよね。この時は、フィリピンからアメリカ軍が撤収した為に、軍事バランスが崩れて、コストが下がり、中国は利益が出ると計算して侵攻したのではないでしょうか?
同じ様にコストが下がれば、日本の尖閣諸島にも侵攻してくる可能性はあるでしょう。
将来、日本の防衛力が弱くなってしまっても、中国は手を出さずにいてくれるでしょうか? 私は戦争を防ぐ為にコストを上げておくべきだと思っていますが・・・・


平和が退屈だとは思いませんが、絶対の幸福だとも思いません。
今の日本でもたくさんの人が自殺し、餓死し、無駄に殺されていますから。


なんでもない普通の生活
すでに地震直後ではなく、数ヶ月は経っての頃だったでしょうか。中越沖地震で被災した人たちが暮らす避難所で、TVのインタビュアーが小学校3年生くらいの男の子にいろいろ尋ねていました。田舎の子らしく、素朴で可愛らしい感じのする男の子は少しはにかみながらも元気に答えていましたが、「幸せってどういうことかな?」と聞かれると、少し考えてから遠くを見るような眼差しをして、「地震が来る前の、なんでもない普通の生活が一番、幸せだったんだって今は思う」と答えていました。まだ幼い子のその答えの賢さに感心すると共に、一抹の哀しさも感じたものでした。

普通の人々にとっての何より大切なものとは、あの子の言った「なんでもない普通の生活」であろうと私は思います。まじめに働けば特に贅沢は出来なくとも衣食住に困らず、他愛ないことで家族と笑い合い、いつもささやかな希望を抱いていて、その希望が少しずつ実現していくような生活です。国の役目とはこの国民の「なんでもない普通の生活」を守ること、すべてはそこからの視点で考えるべきものでしょう。

もちろん、自国だけがこのように平和で穏やかなら良いと言うわけではありません。他の国々の人たちも同じように暮らせるように、出来ることがあれば協力すべきでしょう。逆にもし、他国によって、こうした何気ない生活を破壊されてしまうようなことがあったらなら、そ国の人たちは、どんなにか相手の国を恨むことでしょう。


忠臣蔵がテロ行為で、日本人がテロを美化しているって?ご冗談を。
>今は大嫌いなテロ話の「忠臣蔵」という話について

現在でも四十七士が眠る泉岳寺の墓には、線香を供える人が絶えないのを見て外国人の中には、「日本人は何と復讐が好きな民族か!」と誤解する人がいるそうですが、テロと見なす意見を初めてみましたのでちょっと反論を。

忠臣蔵はなぜ日本人に好かれ続けるのかといえば、もちろん日本人が単に復讐が好きだからじゃありません。その当時の日本人の行動様式に従ったうえで、当時の観念では「善」と思われることを成し遂げ、それにもかかわらず従容と切腹したことが日本人の琴線に触れるからだと私は思っています。

これを「現代の基準」に当てはめ、「テロ」と主張することになんの意味があるのでしょう?こういう判断をされるということは、歴史を読み解く能力がないことを自ら白状しているに過ぎないのではないでしょうか。

>平和ボケの元禄の「忠臣蔵」テロへの熱狂、決して過去のことではなく、今も同じ「危うい根っこ」を日本人は持ち続けていて、いとも簡単に戦争やテロを美化してしまう傾向にある

そうした誤った認識を元に、まるで日本人の根本には「テロを容認する暴力性」があるような事を主張されてますが、こういう意見は、間違っているだけでなく日本人がそのような人種であると外国人に誤解される恐れがあり危険であるとさえ思います。


疑問
いつも疑問に思うのだが、日本に戦争を仕掛けて攻めてくる国がいるのか?ということ。

多分ウヨクの方々は北朝鮮、中国って言うのだろうけど、今どき防衛省の現役軍人でもこれらの国が攻めてくるとは思っていない。

仮に暴力的に侵略し、日本を占領するのに成功した国に、何かいいことがあるのだろうか?

普通に考えてみても、いいことがあるわきゃないよね。
人的資源以外、物的資源も何もないものね。

もっとも、日本はアメリカの植民地みたいなもんだが…(+_+)

でも、多数の国民、特にウヨクの方々にその意識がないのが空しいというより、悲しいねぇ~


つまり、こういうことでは?
平和を守るために、どこまでの犠牲を払えるか?ということです。 確かに1000万人の犠牲は大きいです。 では、10人の犠牲ならどうでしょう?
これなら、日本の平和を守るために犠牲に出来るでしょうか?
私には出来ません。たとえ10人であろうが1000万人であろうが、犠牲になる人にとっては同じですから。では500兆円支払えば、平和が守れるとしたら? 沖縄を放棄すれば、平和が守れるとしたら? 民主主義を廃止すれば、平和が守れるとしたら? 
日本人は平和の代価として、どこまでの犠牲を払えるのでしょうか。



ベストは誰も死なない・傷つかない平和でしょうね

でも戦争は相手がありますからね。

戦争回避のために尽力しても最後には相手次第です

いけにえとは効果の点で相違しますね

迷信による犠牲と防衛のための不可避の犠牲は、違うと思いますよ

とゆーか、犠牲を許さない人は北朝鮮拉致被害者の方々をどー考えるんでしょう?

既に日本の平和は犠牲の上に成立してませんか?


誰が戦争を仕掛けるの?
第二次大戦時の日本の人口は約8500万人。その内約310万人が天皇政府の暴走で犠牲者になったと言われています。
ちなみに、中国人、韓国人などアジア全体では2000万人が犠牲に。

>一億人の命を救うために、一千万人の死が必要になる場合はあります。

っていうのは、太平洋戦争の時よりもひどい状態の戦争だ。
犠牲者数を一つの思考要因とすれば、まったく戦争に対する反省なんてない。

犠牲の上に成り立つ平和って平和だとは思わないが、もし本気でこんなことを考えているようなら恐ろしい考え方と思う。


イケニエは有効か?
初めまして、ちょっとお邪魔します。
”一億人死ぬ状況で、それを防ぐために一千万人の犠牲は仕方がない”
という考えは、
”イケニエを差し出せば残りの人間は助かる”という発想に思えます。
古代人は、日照や疫病を祓うためにイケニエを捧げましたが、はたして効果があったのでしょうか?
私は、
平和:誰も犠牲にしなくてもよい状態
を維持するために知恵を搾り出すのが
21世紀に生きる人間の目指すべき姿
じゃないか、と愚考するのですがね。


論理的な飛躍があるんですよね

戦争してもいーじゃんとゆー高校生と

一億人を守るためその一割が犠牲になるとの間に

戦争はしたくないが、いざそのような危機的状況に陥ったとき、できるだけ多くの人が救われるべきだとも考えられますから

そもそも「戦争」が自衛か侵略かによっても意見はわかれるでしょうね

今の日本であえて侵略戦争したい方がワサワサいるとは経験上思いませんが、個人的には家族や友人のため、生きていくための種々の財産を守るため、自衛戦争は支持します


進歩的右翼さんへ
進歩的右翼さんへ

右翼さん、あなたこそ実際に沖縄へ行って、ひめゆりの語り部の人たちに会って、持論を展開したらいかがですか。
語り部の人たちは、あなたの言う事を信じないと思いますよ。


今ある平和は今ある人々のもの
>>進歩的右翼様

>なぜなら彼らの「死」と私たちには、「戦争は悲惨」というメッセージ以外に何の直接的な関係がないのですから。

過去の悲惨な出来事を観ずるに「今の自分たちに貢献しているかどうか」という功利的価値基準でしか哀悼の意を示せないというのは随分と唯物主義に毒されているご様子ですね。

過去の事象を『今役に立っているか』という基準だけで見るのはまさに『冒涜』というコトバの定義そのものだと思います。

犠牲者を悼み兵士の勇気に思いをはせるのは『人間として』当然の行為であって『今日の平和に役立つ』からなどという浅薄な理由であってよいわけがないのです。


>犠牲の上に成り立つ平和

犠牲によってしか平和を定義できないのならば、そのような平和は戦争とともに滅びてしまえばいい。
今の平和は今現在を生きる私たちの手で維持され、享受されるものであって、過去の血によって購われるものではありません。


>田柄san
言葉の定義のようになってしまいますが、私は、平和というのは"状態"だと思っています。どんな状態かというと、(広義で)安全で安定している状態、です。戦争は行為と捉えています。
伝統的な意味では、戦争=戦闘状態=Not平和でしょう。
もし国外で戦争をすることにより国内が安定し安全であるのなら、その国は平和な状態です。ですが、その国は平和国家とは言えません。
また、治安が安定していても、経済等の問題により日々無数の人が死んでいくような状態は、やはり平和には該当しないでしょう。
平和を求めるのであれば、"平和状態"を維持するための方法論が必要だと思います。


冷静に考えて
>>Ryuku様
『1億の命が失われようとする危機』と言えば米露中英仏による核飽和攻撃くらいしか実際にはないと思いますが、世界を敵に回してたかだか1000万の犠牲で何ができると思われますか?

特攻精神は美しいですが、冷静に考えて、1000万も犠牲が出る状況に追い詰められた時点で『敗北』です。もし可能ならばその時点で降伏すべきでしょう。

戦争に光も闇もありはしません。そこには死んだ敗者と生き延びた勝者しかないのです。そこから学ぶべきものはどうやったらより有利に生き延びられるかという冷厳な事実だけです。美しさとかいうセンチメンタリズムで戦争をするのは愚者のやることです。


なるほど、そういうことか
 今回のエントリーを読んで、お玉さんにとって沖縄の犠牲者は憲法九条を守る政治活動の道具にすぎず、どれだけ美辞麗句を並べても彼らに対する哀悼と感謝がまったく存在しないことがよくわかりました。そうでなければ「一億人の命が危険なとき一千万人の死で勝ち取れる『平和』などと言うものは存在しない」などという無神経な言葉を使えるはずがありません。

 「一億人の命が危険なとき~」が正しいのならば、ひめゆりの方々をはじめ沖縄で犠牲となった方々に対して、私たちはその死を哀悼する必要などないでしょう。なぜなら彼らの「死」と私たちには、「戦争は悲惨」というメッセージ以外に何の直接的な関係がないのですから。

 一億人の命を救うために、一千万人の死が必要になる場合はあります。だからこそ、私たちは「いま平和に暮らせるのはあなたがたのおかげです」と、沖縄で犠牲となった方々に哀悼と感謝の念を持ちます。そしてこのような犠牲を出さないため、二度と戦争を起こさないと心に誓うのです。自分のいまの生活と沖縄の犠牲が一つの線で結ばれて、初めて人は実感を持つことができます。

 お玉さんは実際に沖縄でひめゆりの語り部に会って、ぜひこう言ってください。「犠牲の上に成り立つ平和など存在しない。だからあなたたちの犠牲は、日本の平和に何の貢献もしていない。日本が平和なのは憲法九条があるからで、あなたたちはまったく関係ない」と。

 自分たちの平和な暮らしが、まるで当たり前のことであるかのように考え、その「当たり前」を壊すから憲法改正に反対する。いまの平和がどれだけの犠牲の上に成り立っているか、いまも世界中でどれだけ多くの人々が平和を手に入れることができず苦しんでいるかという想像がまったくない。これが「憲法九条を守ろう」と主張する人の姿ですか?


忠臣蔵・・・
日本人が大好きで私もかつては興味を持っていたけれど今は大嫌いなテロ話の「忠臣蔵」という話について・・・井上ひさし氏はさまざまな見解でこのお話について研究されて著書を出しておられました。一つの事象をあらゆる角度から検討してみることは大事です。

興味深い見解の一つに、大石は実は不治の病で余命が短かったらしい、というのがあります。あの卑劣なテロ行為に最後まで加担しつづけて参加したメンバーには大石のみならず、刹那的な発想にならざるをえなかった身の上の者が少なからず居たようです。そして命を賭けた「英雄的行為」に走らざるを得ない状況があったようです。あのテロの成功の裏には、幕府(注・将軍ではなく)と大石の利害の一致があります。

今の若者は単に平和ボケで平和に鈍感なのではなく、刹那的にならざるを得ない状況の者も大勢いるのかもしれず。。。。

そして、「忠臣蔵」に無邪気に共感出来る日本人独特のマインドにも注意が必要なのではなかろうか?と、思ってこれを書いています。

平和ボケの元禄の「忠臣蔵」テロへの熱狂、決して過去のことではなく、今も同じ「危うい根っこ」を日本人は持ち続けていて、いとも簡単に戦争やテロを美化してしまう傾向にあると思います。それを証拠に、毎年年末には豪華キャストで飽きもしないで「忠臣蔵」がドラマ化を繰り返します。多くの日本人は無防備にも懲りずに武士道やら忠義やらの「すりかえ美談」に酔います。どんな卑劣な行為も「武士道」「忠義」の名の下に正当化される恐ろしさ・・・あれが美談なら911だって立派に美談になり得ると思います。


経済の戦争もあります。金融ビックバンは第二の原爆でした。毎年自殺者が三万人を越え、それが十数年続き、今も多くの日本人が死んでいます。まだ戦時中です。


平和って何でしょうか?
戦争をしてない状況が平和なのでしょうか?・・他国と戦争してなくても、内戦が続いていれば、平和ではないですよね。アフガニスタンのように・・
内戦がなくても、テロを仕掛けられている国は、どうでしょうか? イギリス、パキスタンは平和でしょうか? テロが無くても治安の悪化している国は? 南アフリカ、中国は平和でしょうか? 北朝鮮やチベットは平和な国なのでしょうか・・日本は今、平和なのでしょうか? 領土を占領され、国民を誘拐されていても、やっぱり平和なのでしょうか・・どこからを平和と思うのか、ものすごい個人差がありそうですね。


代替案を教えてください。
平和がとても大切なのは分かります。
ずっと平和であれば、とも切に願っています。

それでも好むと好まざるとに係わらず、1億人の命が奪われるか、奪われないかという緊急事態が起こりうるのが現実世界です。
1千万人なり、何なり
とにかく戦わなければ1億人が全滅してしまうような状態になった場合
お玉様はどのようにすれば良いとお考えなのか、代替案を教えていだだけますか?
>一億人の命が危険なとき一千万人の死で勝ち取れる「平和」などと言うものは存在しない。
と言うならば、1億人をどのように救えばよいと考えていますか?
(責めているのではなく、純粋な疑問系の文章と受け止めてください)

1億人を救おうと戦って散っていった人々に対して、生き残った9千万人が敬意を払い、感謝をし、生き残った者として救ってもらった命を大切にしながら生きていくことが大切であり
それが、平和教育にもつながると考えています。
それは、美化でも何でもない。
生き残ったものが戦死したものたちへの感謝の気持ちを持たなければ、散っていった命は浮かばれないし、後世の者の中に「今、ここに在るという奇跡と感謝の気持ち」も育ちはしない。
そんな教育の中では、命の尊さや平和の大切さ、感謝の気持ち等が育つわけがないと感じています。

光だけの世界の中では、光は見えない。
闇があるから、その光の尊さ、大切さが分かるではないでしょうか。



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お玉なブログを展開する、とんでも博愛主義者。愛は海より広くそして深くありたい!と願っていたが、叶わないときは暴れる傾向にあり。昨年某国営放送局のやくざな討論番組に出たせいで、年恰好がバレちゃって・・・・・・ま、お玉に会ってみたいと思ってくださる読者の方は、お玉がいろいろな形でかかわるイベント、コンサートの会場へGO!

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お玉が思う迷惑コメント

基本的に愛が感じられないコメントはダメ、 (臨時追記)人が知恵熱だといってるのにばんばん記事違いなコメントをこれでもかと送ってくる愛のないものは、完璧にお玉基準的アウト。お玉基準がわからない人は、文句があればよそで愚痴いってOK !基準に対しての文句は受け付けません~~~ここはお玉のテリトリーだもん。なのでよろしく。/p>

  記事違いなコメント

馬鹿な文章のコメント

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連投コメント は表に出ません。

でも、お玉が愛を感じたら記事違い、長文、連投、暴言でも表に出すことはある・・ようは、愛です・・愛!また、TBも同じような基準で判断させて頂きます

マガジン9条読んでね~♪
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