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「軍の強制」明記

お玉に「あれは書かないのか?」というおしかりコメントを時々頂きますが・・お玉は誰に言われなくても、書くときは書くし、書かないときは書かないし、「書けない時」は書きません。いつも書いてるでしょう。お玉は自由にしか書けないの!!そうでなければお玉じゃないの・・・・・それとも、他のまじめな政治ブロガーさんみたいにまともな為になる記事だけをお玉に書いて欲しい?(爆)

中日新聞より

「軍の強制」復活容認 教科書検定審指針

この問題では、検定意見の付かなかった1社も含め6社8点が訂正申請を出した。「日本軍は、住民に手りゅう弾をくばって集団自害と殺し合いを強制した」など各社とも軍の強制性を明記し、住民による手記の記述を追加したところもある。指針を踏まえ、各社とも背景事情について加筆するとみられる。

沖縄の声が本土に届かなければきっと教科書記述はずっと「軍の強制」に触れられなくなっていたかも知れません。(容認ってのが負け惜しみっぽい・・)

先日の沖縄での集会の人数が11万人ではなかったとか、どうのこうのとごねた新聞社がありましたけど・・その人数が何人であったにせよ、本土の世論を動かしたことは間違いない・・・こうやって私たちが声を上げ続けなければ、より強いものに押し切られそうになる・・・そんな怖さをお玉は感じます。

いくつかの事例だけを表に出してきて、「全てがなかった」ように論文を書いたり、一つの現象だけをとらえて全体を見ずに語る陰謀論など、お玉にはどうしても受け入れられないいくつかのお話があって、それは「右」とか「左」とは実は関係ないのかも知れないと思っているのです。

otamaお玉、FC2政治ブログランキング と 人気ブログランキング登録してます。いろんな人に憲法と平和を語りたいから、あんまり過激な事は書かないし、むずかしいことも能力不足で書けません・・それでも、お読み頂けましたら、どうかどちらも、↓ポチッとお願い致しますm(_ _)m 二つもあってごめんなさい

 
Secret
(非公開コメント受付中)

熊毛さん
不愉快な思いをさせてしまったかな?ごめんなさい。
ここが左翼にしか開放されていない場ならば何でもありにするかもしれない・・でもそうじゃない。お玉は左翼が来ようが右翼が来ようが同じ。お玉のコメント欄は持論を長文で展開する場ではない・・なので、ある程度議論が尽くされた、同じ話の繰り返しになってきた・・と感じたときにジャッジを出します。お玉は過去2万以上ものコメントを管理してきました・・今のように右派左派がそこそこ認め合って議論出来るようになるまで、2年かかりました・・他のブログなら認めないかも知れないコメントを表に出す代わりにお玉が取っているやり方で・・
お玉のルールが「お玉基準」と呼ばれるゆえんはお玉の勝手な感性で「ダメ」な時にジャッジをだすから・・

>相手を組み付す為のコメントならばそれは不毛な戦争と同じです

確かにじゃあ、何書きゃ良いんだ!となることもあるかな・・でもあなたが本当に伝えたいことはブログで書く方が伝わる・・


お玉さんへ
>「長い!!」そろそろだ~れも読んでくれなくなってます。

長いのは文章能力が欠如しているのであって、短い言葉ですべてを言い表すのは語彙が貧しいため、なかなかムツカシイなぁ(**)
でも、長いのは私も読みたくない。これは同感!しかも一知さんとは同じ様なバトルなので不毛の論議だとは思っていましたが、お玉さんのところはベストテンに入るほどの人気ブログなので読者も多かろうと思ってつい、張り切りすぎた。すみません。

ですが、

>持論展開はダメ。

コメント欄って持論展開の場じゃないの?
だとしたら、どういう内容、傾向だったらいいのでしょう。わかりません。

>相手を組み付す為のコメントならばそれは不毛な戦争と同じです。

他の人の質問に答えることと組み伏せるコメントの違いがよくわからない。でも他の人のコメントを読んでもみな似たり寄ったりと思いますけど…

>持論展開では心には響かないのよ

他人(学者や専門家あるいは政治家)の意見をそのまま紹介し、これが一番、というコメントこそ心に響かないのでは?
持論を展開することは心に響かないのかなぁ??
それとも展開の構成の問題かなぁ?

心に響く文章とはどういう文章なのでしょう?持論を展開しないで心に響く文章の例を是非教えてください。今後の参考にしたい。
(これは皮肉でも嫌味でもありません。正直、心に響く文章を書く能力を高めたいと思っています)

と、持論を展開することがいけないのかなぁ??

>持論を思い切り言いたいのであれば、自分でブログを運営してTB下さい。

他人の場をお借りして自分の意見を述べるのだから、その人の基準から外れたら文句を言われても返す言葉はありません。お玉さんが大将です。
ただ「よい子のお約束」には、「コメント欄は一回に二つまで・・三つ以上使った場合は状況によっては下書き回しにします。あと、超ロングな持論展開はご自身でブログを運営してTBくださいな。ひと言言いっぱなしコメントも非公開対象です」とありますが、「超ロング」を除いてよくわかりません。

以上、「超ロング」なコメントで非公開になるかもしれませんが、お許しを。

時間がかかるかもしれませんが自分のブログを持ちます。紹介はいりません。じゃ、お玉さんも頑張って運営してください。失礼しました。退散します。


熊毛さんほか常連者全てへ・・
「長い!!」そろそろだ~れも読んでくれなくなってます。持論展開はダメ。お玉のコメント欄は読者に読んで貰える場所であって欲しいです。なので、人に伝える努力の見える文章を書いて欲しい。持論展開では心には響かないのよ・・ゴメンね。厳しいこと言って・・
相手を組み付す為のコメントならばそれは不毛な戦争と同じです。
持論を思い切り言いたいのであれば、自分でブログを運営してTB下さい。お玉が紹介してあげるから。


軍命令と記すことが短絡的か?
>「軍命令ではなく、命令に等しい行為と戦況が、人を集団自決に追い込んだ」のが真相に近いと考えています。この行為を短絡的に「命令があった」として教科書に記すことこそ、事実に反するのではないでしょうか?

「命令に等しい行為と戦況」というあいまいな主張をどう理解していいか私にはわかりませんが、等しい行為が「命令訓示=自決せよ」ととらえればまさに軍命令と考えるしかあるまい。

さらに、私は沖縄タイムスの調査、沖縄県史、座間味村史、沖縄ノート」裁判乙号証などなど豊富な資料で明らかになった以下の理由で軍命令があったと判断しています。
(私自身すべてを詳細に読んだわけではないため、以下に述べる理由は資料のごく一部に過ぎないと思っています)

1.座間味島、渡嘉敷島は海上特攻の秘密基地であったという特殊事情があった
  ため、特別他島とちがう過剰な監視体制下に置かれていた。
2.沖縄の日本軍(第32軍司令官牛島満中将)は、1944年(昭和19年)11月18日
  に「報道宣伝防諜等に関する県民指導要綱」(乙33)を策定し、「軍官民共
  生共死の一体化」の方針を打ち出し、軍官民一体の総動員作戦を展開してい
  た。
3.1944年(昭和19年)9月に座間味島に駐留を開始した日本軍も、この方針の
  もとに、住居の提供、陣地の構築、物資の運搬、食糧の供出・生産、炊事そ
  の他の雑役等に村民(男女青年団など)を駆り出し、村民の住居に兵士を同
  居させ、さらには村民の一部を軍の防衛隊  に編入した。軍は村役場の会
  議室と地元の青年団が建設した青年会館に作戦本部を置き、村の行政組織を
  軍の指揮下に組み込み、村長、助役(=兵事主任、防衛隊長)などを通じて、
  村民に対して動員命令を下していた。
4.軍は、海上特攻という特殊な島の機密保持のため、村民に島外への移動を禁
  止し、さらに米軍に投降することを堅く禁止した。
5.日本軍の隊長や兵士から、「米軍の捕虜となった場合、女は強姦され、男は
  八つ裂きにされて殺される」などと脅され、いざというときは「玉砕」(自
  決)するよう、繰り返し言い渡されていた。駐留していた日本軍は、村民と
  ともに「玉砕」する方針を取っており、村民に対して米軍が上陸したときは
  玉砕するよう訓示していた。
6.大詔奉戴日に座間味島の忠魂碑前、慶良間島の分校で日本軍出席のもとで村
  民に米軍が上陸したときは「玉砕」するよう訓示がなされていた。
7.米軍上陸前後に住民は日本兵から自決をするよう指示され、その手段として
  手榴弾などが渡された。夥しい数の米軍の艦船等によって島を包囲され、航
  空機による空爆や艦砲射撃による激しい攻撃が続く中、逃げ場を失っておび
  えている村民の元に届いたのが、「軍の玉砕命令が発せられた」という助役
  の伝達であった。
8.軍から住民への命令は防衛隊長である助役(兵事主任兼防衛隊長)の宮里盛
  秀氏を通して、伝令を務めていた。助役ら村の幹部は、あらかじめ日本軍か
  ら、米軍上陸時には村民は自決するよう指示されていたので、45年3月25
  日の夜、伝令を通じて自決のため忠魂碑前に集合するよう村民に軍の命令を
  伝えた。
9.座間味島の日本軍の指示・命令は最高指揮官である梅澤部隊長の指示・命令
  ということになる。助役ら村の幹部は頻繁に日本軍の本部に通い、梅澤部隊
  長らから様々な指示・命令を受けていた。

以上のごく一部の資料からみても、「軍命令があった」と判断することが短絡的かどうかはおのずと答えが出るだろう。また、その他たくさんの事実、証言があるが、これをくつがえす有力な証拠はいまのところ存在しない。反対にこれらを肯定する新証言、証拠は現在の今でも発掘され続けている。
この悲劇は、あくまで天皇の軍隊という愚かな存在が引き起こしているのであって、他の理由はまったくない。ましてや住民の勝手な自死とは到底いえない。


事実関係は
教科書検定意見の撤回を求める沖縄県民大会の参加者は主催者発表で11万人。それにしても本当は何人来ていたんでしょうか?「数が問題じゃないんだ」との類の主張はその通りですが、事実を正しく報じることを求める側が、事実を偽って報じているのだとしたら、彼らの主張の正当性は失われてしまいます。いかなる場面においても事実関係は正しく報じて頂きたいものです。信頼に関わりますから。


まだやるの?
>「ナチス」という表現は、一つの喩え。

「ナチス以下」ですが?
喩えだからといってなにを言ってもいいわけではない。喩えとして不適切。

>主催者側がナチスと同列視されることが許せないならば、ナチスとは違うことを示せばよかろう。

「ナチスと同列視」ではなく、「ナチス以下」なんですが?
失礼ですが、よくお読み下さいますよう。「ナチス以下」とは、ナチスより酷いという意味なんですが。仮にもし「水増し」が事実であったとしても、そこまで言われる筋合いはないということ。

>きちっと示せればそれで疑いは解消される。

簡単におっしゃいますね。投票の数え直しや万国博などのようにチケット管理をしているのならともかく、屋外の出入り自由な集会の大群衆を後から正確に数え直すなど、困難の極みですな。
まあ、だいたいの傾向を掴むなら統計的手法をとるというのはありますね。
ちなみに↓こんなのもあります。

>産経新聞11月20日付けの記事によると日本会議傘下の全日本学生文化会議の学生達が9月29日の沖縄県民集会について沖縄県民を対象にアンケートをおこなった結果、「参加した」が11.2%だったと報じている。これを単純に沖縄県の人口と掛け合わせると集会参加者は約15万3966人という数字が算出されるんだけどw

これは母数も少ないし決め手にはならないように思います。どこかのマスコミが、アンケート調査をするといいと思いますね。「真偽」にこだわる方はぜひ働きかけてください。

追加
今見たら新しい投稿がされていて、もともと誤差のありうる、社会通念上もそれほど正確さが要求されているわけでもない、従って水増しがあったとしても犯罪にもならない「主催者発表」と、「選挙での投票」をごっちゃにして論ずる者がまだいるようで。
あーあ、もうさじ投げますわ(笑)。


ナチスを出した理由はただ一つです
ナチス党は結果的に選挙で民主的に選出された政権政党でした。
しかし、投票が多くなるように色々強引な事を行ったことは有名です。
しかし自己の正統性を示すためにも投票結果の数、即ち支持した主権者の数まで捏造はしていません。

私は浅学にも存じませんが「していた」と言うソースがあるのであれば私の例えは間違いです、謝罪と撤回をします。
それが無い場合、投票結果に該当する主権者の数を捏造した場合、この一点においてその団体はナチス党以下です。

乱暴にも強引にも聞こえる話かもしれませんが、民主主義の原理原則を考えればそうなってしまうのです。

だから私は数の正当性だけを意見しました。


歴史は歴史家が研究して判断すればいいこと、
思想、信条で決まるものじゃないでしょ!


疑いは簡単に晴れるのに…
「ナチス」という表現は、一つの喩え。政治目的のために事実を歪めて公表することの。主催者側がナチスと同列視されることが許せないならば、ナチスとは違うことを示せばよかろう。きちっと示せればそれで疑いは解消される。熱くなる必要などないのに…。


熊毛さんへ。
>私はあまり興味ないのが正直な思い。すみません。

もちろん熊毛さんのご自由なので謝る必要なんてないですよ。ただ、山本氏ほど「日本軍という組織は何だったのか、そして何が戦争に駆り立てたのか」を徹底的に分析した人はいないと思っているので、もし読んでいなければ、日本軍の実態を知るには絶好のテキストだと思ったものですから。

>意味がよくわかりません。結局天皇の軍隊は責任がないということですか?

うまく説明できず済みません。山本七平は、「判断を規制していって命令同様の一種の強制力を発揮する言い方」が日本軍では、多用されていたと説明していますが(これを彼は「軍人的断言法」と名づけました)、この結果、常に実質的な命令権者がおらず、戦後の戦犯容疑者裁判においても、実質的責任者が裁かれず、名目的命令権者が裁かれてしまうケースが多かったそうです。

これは何も軍隊だけではなく、日本の様々な社会に見られると思います。そして、不祥事が起こると、責任の所在が曖昧で誰が悪いのか判らない。日本の戦争責任の取り方が曖昧なのもこれが一因だと私は思っていますが。

これがそのまま沖縄戦にあてはまるか判りませんが、私ははっきりした証拠がない以上「軍命令ではなく、命令に等しい行為と戦況が、人を集団自決に追い込んだ」のが真相に近いと考えています。

この行為を短絡的に「命令があった」として教科書に記すことこそ、事実に反するのではないでしょうか?

むしろ、命令は無かったにもかかわらず、集団自決に追い込まれたのはなぜなのかを考えさせた方が、本当の反省につながると思いますけど。

「命令があった」となってしまえば、「じゃ命令が無ければよかったのにね」で思考がストップしてしまい、何一つ真相に迫ることができなくなることのほうがまずいのではないでしょうか?


tararico さん、一知さんへ
tararico さんへ
宮城初枝さん、晴美さんの件に関しては今年の6月、大阪地裁に晴美さん本人が陳述書を提出されています。
http://www.sakai.zaq.ne.jp/okinawasen/chinzyutu1.html

陳述書を読めば一目瞭然なのですが、初枝さんが言ったとされる軍命令はなかったとの証言が歴史修正派の捏造であったということが明らかになっています。
改めて藤岡某、梅澤某らの狡猾さ、意地汚さが浮き彫りになると思います。

一知さんへ
故山本七平氏の評価については、私はあまり興味ないのが正直な思い。すみません。
私の人生観(哲学)の基は女の目線。「元始女性は太陽であった」の通り、女をバカにするとろくなことがない。戦争好きでマッチョな人ほど女の目線を気にすべきだと思いますが、武器をダシに小銭を稼いでいた守屋のブランドオバサンみたいな女はいただけない。

>これは、日本軍だけでなく、現代社会でもよく見られる病理(命令でないが故に、責任の所在がわからない)ではないでしょうか?
>これは「命令でないのに命令に等しいやり方」での悲惨な結果なのです

意味がよくわかりません。吉兆のあの女社長みたいな言い方ですが、結局天皇の軍隊は責任がないということですか?
住民達は勝手に肉親を殺しあったのでしょうか?

だが、軍の秘密基地であった渡嘉敷村や座間味村の住民は勝手に死んだのではない。また、こういう非戦闘員(戦闘員ではない!)の集団自死は歴史上きわめて珍しいうえ、軍の関与を否定され、金がほしいからウソの証言をしていると指摘されたら死んだ人も浮ばれないだろう。

>短絡的に「命令があった」とすることは、却ってこの問題点を矮小化し

太平洋戦争で死んだ人数はアジア各国で2000万人以上、日本人も350万人以上が無駄死にしたと言われているが、なぜこのような無謀な戦争が引き起こされたのか、天皇政府・軍の方針、行動、国民の意識、マスコミの役割など未だに解明されていない事柄について、一つ一つを丹念に掘り起こすことを通して検証していくことこそが平和につながると思う。

今回の問題でもフレームアップ的手法で「直接的な軍命令の証拠はなかった」いうと論拠で軍の行動をあいまいにすることこそ戦争責任の矮小化につながると考えます。


誰がヒートアップしているのかな? キョロ、キョロ(笑)。
>自らの政治意思を反映させるのに事実を捻じ曲げることは許されない。

ハイハイ、「事実」を捻じ曲げてはいけませんね。それは承知の上での話ですけどね(笑)。

しかし
1.主催者に水増し意図があったということは、まだ明らかになっていない。
2.「11万人」がウソであったということが、まだ確定されたわけではない。
3.以下のような意見もある。
>人数は、千人単位で誤差はあるかもしれませんが、あんなものでしょう。
>主催者が理論的に積み上げていくと、その数字になるのです。
4.もちろんこれらが「絶対に正しい」と言うつもりもない。

こういう言葉はあまり使いたくはないが、まだ「容疑」の段階であるということですな。まだ、この段階であるにもかかわらず、「このまま放置すればナチス以下の行為に成り果てます」などと犯人扱いして誹謗するのは、いかがなものかと申し上げたいだけです。


コギトさん

不毛なのでやめようと思ったのですが、わたしはその「tarakoさん」でないのをお伝えしないとと思い、もう一度だけ書き込ませていただきます。こちらには初めておじゃましました。
Tararico(スペルは違うかも)とは、ある歌手の本名なんですよ(笑)語感がおもしろいでしょ。きっとロック検定に出ますよ~。

ご心配は無用です。わたしたち日本人は、教育の場や色々な国内メディアによって、日本人は残忍なことをした、日本は悪であると十二分に吹き込まれてきました。個人的には映画なども多く見てるほうですし、正直もうおなか一杯です。

軍命はなかったとする側でも、沖縄の悲惨や日本軍の所業を知らないわけではないでしょう。それだけ多くの出版物などが昔から大量に出回っています。しかし、集団自決の軍の命令に関しては、いまだ証明することができない、それゆえに教科書には載せるべきではない、と言っているだけです。日本軍や日本国に対する沖縄県民の無念を受け止める場は数多くあってもいいし、あるべきだと思います。沖縄が悲劇を背負ってきたことは事実なのですから。しかし、係争中、真偽の不確かなものまでを、教科書にだけはもちこむべきではないと言っているのです。どうして教科書にこだわるのか、本当に不可解です。否定の声を押してまで教科書での一文を勝ち取ることに、一体どのような思惑があるのでしょう?
客観的に見て、その不自然な強引さがエゴに映りかねないんですよ。

というか、あ、あれ?
>集団自決も、教科書に記述がなくなれば、沖縄の人たちの苦難の歴史はどこにも届きません。

集団自決自体は削除しないのでは?軍の命令とか強制とかの表現のことだと思っていたのですが?

また、「11万人」は間違っていました、ほんとうはこうでしたと、数字を主催者が訂正した上で、それでもやはり数の問題ではないのです、と言うならまだ見直されもするでしょうが、
数字もうやむやなまま強弁するが、一般に対する説得力をなくしていることをどうして理解なさらない方がいるのか?これは「信用」を重んずる日本人にとっては非常に大事なことなんです。他の国ではそれも通るかもしれませんが。教科書問題の本質に興味のない人たちでも、「あー、あの沖縄の11万人(笑)捏造集会ね(大笑)」という印象でそこだけを切り取られおもしろおかしく語られてしまうんです。沖縄集会側がいくら訴えたところで、一般の人たちのこの冷めた感情は、確実に沖縄集会と一般国民の間に溝を作ってしまったのです。わたしはそれこそを恐れます。沖縄を失いたくないからです。

>沖縄の人のためではないですよね。沖縄は防波堤であり、沖縄県民は単なる捨て石にされただけです。太田中将がいくら「後世、ご高配を」と懇願しようとも、戦後も沖縄は、昭和天皇によってアメリカに差し出されたのです。そんなことは教科書に記述されていませんよね。そのことを知っている人は内地に、一体、何人、いるでしょう?

勉強不足なんですが、沖縄を戦場に選んだのは日本軍なんですか?米軍が攻めてきたから沖縄が戦場になったと思っていました。また、捨石にされたと思われるのも戦後統治からみても致し方ないことですが、沖縄を死守するのは日本全体のためでもあるけれど、当時日本だった沖縄のため「でも」あると思います。昭和天皇の一存だけで沖縄が切り離されたとはわたしには考えられませんが、本土を分割統治などされるよりは沖縄を、との見解が天皇陛下以下日本政府にもあっただろうことは、確かに容易に想像がつきます。また、太田中将の打電には胸に迫るものがありますね。お金が全てではないとはいえ、わたしはこの電文が遺族年金などにちゃんと反映されていると思います。

戦時下で日本兵が残虐なことをしていたというのも理解しているつもりです。
兵士が残虐なのは、日本軍に限ったことでもないです。日本軍は軍規が厳しいので、戦闘時以外は無意味な拷問や強姦などはむしろ少なかったほうだとは思いますが。
現在の価値観、平時の価値観で当時を一方的に断罪するのは、わたしには抵抗があります。
また、戦時下でもない統治下での日本で、米進駐軍や朝鮮進駐軍の暴虐が横行していたことも、
覚えておいて損はない事実ですね。


脱線しましたが、いずれにしても、なぜ誰も主催者に問い合わせるなどしないのでしょう?沖縄集会を尊重している側の誰もがそれをしないのは、一体どういうわけかと不思議に思うばかりです。


熊さん

丁寧なご返答、わざわざありがとうございます。
あなたの冷静で格調高いコメントを拝見していると、ほんとに自分の感情的な文章に恥じ入ります。以後気をつけます(笑

戦争をよくご存知らしいあなたに、わたしのような知識の乏しい新参者が何か言ったところでお役に立たたないのはよくわかりましたので、
軍命がなかったと証言したのはたった一人ではないことだけ貼らせてもらいます。読み飛ばしていただいて結構です。
住民被害の様子の詳細なWIKIですが、一応こちらも載っています。

「座間味島の宮城初枝(当時青年団長、集団自決で生き残った)は「1945年3月25日に村の有力者5人と隊長にあった際に、隊長は『自決命令』を発していない」との手記を遺しており娘の宮城晴美が2000年に『母の遺したもの』としてその手記を出版した。それによると「厚生省の職員が年金受給者を調査するのため座間味島を訪れたときに、生き証人である母(宮城初枝)は島の長老に呼び出されて命令があったと言って欲しいと頼まれ、(本当は命令はなかったが)命令があったと証言した」と告白した。」


なにか誤解されたように思いますが、もちろんわたしも9条支持派です、世界にこの精神が広まることを願っています。
特に、朝鮮戦争が終結したら、統一朝鮮にぜひこの9条を差し上げたいです。
幸い韓国でも9条には大いに興味をお示しで、日本の護憲団体にも合流なさったようです。
これからのアジアの平和のために、ぜひ9条を統一朝鮮にも作ってもらう運動が日本で起こればいいと思っています。お玉さんや熊さんのような知識の豊富で行動的な方にぜひ先導していただきたいものです。


お返事遅れました。
ペリフェラルさんへ
わざわざ調べていただき、ありがとうございます。
そうですね・・たしかに新聞を読んでいる人の方が多いでしょうね。
ただ、読んでるといっても、どこを読んでるのか・・・・もう、よいですね(笑)
長々とありがとうございました。

すずめさんへ
初めまして・・ですね。
教えていただいたサイト読んでみますね。
ありがとうございました。
熊毛さんへ
まぁ私の疑問こそ、
人数偽装以上の『真実の枝葉末節』ですからね(笑)
ただ、誰もこの点に触れないのは、何故なんでしょう?
あった派も、なかった派も、こんな事は気にならないんでしょうか(当り前かな?)
最後に・・沖縄以前にも集団自決が起きたことがあります。
会津戦争において、鶴ヶ城籠城が決定したときに、
足手纏いにならないようにと、女性や老人が自害しています。

もともと、日本人の考え方に入っているのかも、しれません(武士道?として)
まぁレアケースではありますが・・
ただ、当時の日本陸軍の上層部には、東北武士達(笑)の孫が多いので・・




>それとも、一部の人にしか自決命令を出さなかったのか・・
>だとすれば、何故なのか?
>本当に自決させようとしていたのなら、何故、命令し、手榴弾を渡しただけで済ませたのか?
>何故、確認のために、兵士を同行させなかったのか?

直接の答にはなりませんが、「ありったけの地獄を集めた」と言われた沖縄戦。
それがどんな様子だったのか、こういうところから想像してみては?
こういう状況で何ができたのか。何をしたのか。その時の精神状態はどんなものか。
▼沖縄戦史   公刊戦史を写真と地図で探る 「戦闘戦史」
 http://www.okinawa-senshi.com/



熊毛さん、前回の主張は山本七平の受け売りです。
>こういった説を初めて聞いた。学会に発表してみては。

これは何も私が言い出したことではなく、山本七平が著書「ある異常体験者の偏見」で既に主張していることなのです。

陸軍下級将校として従軍しフィリピンのジャングルを彷徨い、戦犯収容所に収容された経験を持つ山本氏は、この本のなかで、戦場では人間がどうなってしまうかを鋭く説得力をもって描写しています。

宣伝になりますが、私は護憲派の学者が出しているような底の浅い平和論を読むより、この本を読んだほうがはるかに戦争と平和について見つめなおすことになると思います。

右も左も是非一度読んでみることをお勧めします。日本人必読の書と言っても過言ではありません。

>「軍命令の有無」と「軍の強制・関与の有無」は違わない。

熊毛さんの言いたいこともわかります。「軍の関与が、命令に等しい」と強調された点は私もそのとおりだと思う。

これは、日本軍だけでなく、現代社会でもよく見られる病理(命令でないが故に、責任の所在がわからない)ではないでしょうか?

命令を下すという行為は責任を負う行為ですが、日本社会では命令という形を取らず、雰囲気で事を進めようとする悪癖があるような気がしてなりません。

そうした問題があるのですから、「軍命令はあった」と教科書に載せるべきではありません。これは「命令でないのに命令に等しいやり方」での悲惨な結果なのです。

それを短絡的に「命令があった」とすることは、却ってこの問題点を矮小化し、隠蔽し、これから学ぶ生徒たちに戦争の実態を間違って把握されてしまうだけではないでしょうか?


田柄さんへ
>集団自決者の人数は、1000人とも言われていますが、軍命令があったにしては、少なすぎると思いませんか?

沖縄において集団自決があったのは軍がいた所だけと言われています。

もちろん、当時全国民は「官軍民共生共死」「生きて虜因に辱しめを受けず」の教育を受けていて、戦闘の激しいところでは自決する住民の存在もありました(サイパン島など)

今教科書などで問題になっているのはその中でも特に悲惨だった慶良間諸島の渡嘉敷村と座間味村の事例です。生き残った住民は、軍の命令と認識していたという証言をしていることの真贋が問われているのです。

この強制集団自決問題はすべてが明らかになったわけではなくまだまだ研究発掘が進んでいる途中です。
真相が闇から闇へと葬られることもあると思いますが、私は軍命令の存在の正誤も大切でしょうが、自らの手で肉親を殺さなければならなかった時代を検証することのほうがより大事だと考えています。
一部の左翼・リベラル・まともな保守人、あるいは創価学会幹部などのごく少数の宗教人を除き、ほとんどの日本人が戦争体制に組み込まれることに疑義を持たなかったのですから。私の親父もその内の一人ですが(苦笑)

これらを含む歴史認識については色々なところで記述がされていますから自分で見つけて納得してください。

参考までに、

http://www16.atwiki.jp/pipopipo555jp/pages/651.html

http://mphoto.sblo.jp/article/5976589.html


主張の核心
自らの政治意思を反映させるのに事実を捻じ曲げることは許されない。にょき氏の主張は実に一貫しているし、同氏の主張の核心はその一点だけ。人数云々は事実を捻じ曲げることの事例として取り上げているにすぎない。ヒートアップして、そのことをいつまでたっても解らない人がいらっしゃる。困ったものだ。


熊毛さんへ
あの・・前回の熊毛さんへのコメントですが、酔っぱらって書いてしまいました。本当にごめんなさい。
お気を悪くされたと、思います。もう酔っぱらって
書くようなことは、二度といたしません。
本当にすいませんでした。

それで、私が集団自決について、疑問に思っていることがあるのですが、熊毛さんはどう思われますか?

集団自決者の人数は、1000人とも言われていますが、軍命令があったにしては、少なすぎると思いませんか?
30万人のうちの1000人しか自決していない・・軍の強制があったとしても、29万9000人には、効かなかったのでしょうか? 
逆に0.3%の人にしか効果がなかったことが、
強制と言えるのでしょうか・・
それとも、一部の人にしか自決命令を出さなかったのか・・
だとすれば、何故なのか?
本当に自決させようとしていたのなら、何故、命令し、手榴弾を渡しただけで済ませたのか?
何故、確認のために、兵士を同行させなかったのか?
これが私の疑問です。




一知さんへ
>最初にはっきりさせておきたいのが、「軍命令の有無」と「軍の強制・関与の有無」は違うということ。

船場吉兆の謝罪会見が昨日ありましたね。彼らは「会社ぐるみでない、パートがかってにやったことだ」といい続けていたが、やっと認めた。

一知さんなら「在庫を少なくしろ」をどう受け取ります。文字通りそう受け取りますか?でも普通はそうは受け取らないでしょうね。偽装をしてでも売りさばけと受け取りますよね。それが縦社会の常識。上司・上官の命令は神の声でとても反論はできないもの。

同じく、軍の「生きて虜囚の辱めを受けず」をどう受け止めます?
死ねと命令は出してない、辱めを受けるなとしか言ってないと強弁してもそれは通用しないですよね。要するに死ねということでしょう?
「軍命令の有無」と「軍の強制・関与の有無」は違わない。
そう思いませんか?

>戦地の証言ほど当てにならないものはありません。

203高地の「死んでもラッパは放しませんでした」は相当脚色されていると何かの本で読んだことがあるけどねぇ~??
400万年前、人類が誕生した瞬間から、そのほとんどは伝聞から歴史が作られているということ。文字ができたのはたかだか数千年前。戦場の証言が当てにならないのなら過去の歴史上の戦争はすべてが夢うつつのようなものか(笑)
アイヌ民族は口伝で文化を継承、ニュージーランドのマウイもそう。彼らも多くの戦いを経験しているがそれらもそうか?
こういった説を初めて聞いた。学会に発表してみては。


いくらなんでも「ナチス以下」はないでしょう。
>このまま放置すればナチス以下の行為に成り果てます

そこまでおっしゃるのであれば、あなたの方も、その集会が政府にもっとも大きな影響を与えた要因が「人数」であるという、明確な証拠を出す必要がありますね。

>さて、政府は教科書問題に沖縄の集会も踏まえて動きました。
>その集会が政府を動かすもっとも大きな要因は人数です。
>(繰り返しですが、主権者の意見だから、人数の多寡が問題になります。)

そんな「方程式」どおりに動くとは限りませんよ、政治はね。選挙は別として「人数」なんか重視するとは限らない。
例えばかつての安保闘争。国会周辺を、ある日は170万人ものデモ隊が取り囲んだとか、ある日の集会には全国で560万人にもおよぶ参加者があったとか言われます。この数字だって実際はもっと少なかった可能性がありますが、少なくとも「11万人」なんていうレベルではない。それでも「国会周辺は騒がしいが、銀座や後楽園球場はいつも通りである。私には“声なき声”が聞こえる 」とか言って時の政府は耳をかしませんでした。
集会ではないが世論調査だって、政府の政策を支持しない結果が出ることはよくあります。だからといってそれが「国民の声」であるとして、ほいほい聞くわけではない。
逆に、集会にさほど多くの人数が集まらない運動に対して政府が動くことだってあります。ハンセン病訴訟や薬害の問題などがそれですね(私の記憶違いで、これらに11万人規模の「主催者発表による」集会が行われていたら訂正いたします)。

過去の例からも分かるように、一つの集会の「人数の多寡」なんて、「11万か数万か」の違い程度では、どれほど影響に差があるのかどうか。測定は困難でしょうね。
自民党政権の政府は十分にしたたかです。彼らにしてみりゃ、たかだか1億2千万人の中の「11万人」です。政府が本気で突っぱねる気なら、これを楯にしてはねのけるでしょう。はねのけなかったのは複合的な要因があるでしょうが、「身内系」の人が幅広く参加したことが大きいでしょう。人数をいうなら、これら「票になりそうな人」のことを最優先に考えた可能性の方が高いでしょうね。純粋に左翼だけの集会だったら、どれだけ集まろうと自民党政府は冷たいですよ。
どちらにしても今のところ、その人数が「もっとも大きな要因」と断定できる話ではないですね。

批判するのは結構ですし、推測をもとに、ものを言うこともかまわないでしょう。しかれど、それをもってして「このまま放置すればナチス以下の行為に成り果てます」とまで難詰するのは、あまりにも大げさな中傷発言でしょう。

追加しておきます。

>総理が「11万人と言うのも動いた一因だ」と言う発言をしています

これじゃあ、やっぱり「もっとも大きな要因」かどうかなんて分からないじゃないですか(笑)。


田柄さんへ
こちらこそ、お付き合い下さりありがとうございます。

>新聞を読む一般の人と、読まない一般の人・・どちらが多いのでしょうね・・

なかなか明確なものは見つからないので推測になりますが。
http://www.murapal.com/jcj/jcj1001.html
ここによると新聞の発行部数は5302万部です。ただこれは全国紙・地方紙・スポーツ紙を合わせたものです。スポーツ紙538万部は除くと4764万部になります。
http://www.jabc.or.jp/
またここによると2007年は「新聞は58社78紙を収載、朝刊総計45,762,354部」となっています。
減ってきたとはいえ世帯普及率は高い水準にあります。そして、多くの世帯で1紙を2~数人で読んでいます。

ただ「どれぐらいの日本人が新聞を読んでいるのか」という命題においては、この数字を割り引く必要はあるでしょう。複数の新聞を取っている世帯もあるでしょう。疑えばきりがないが、公称発行部数なんか怪しいという説もあります(しかし、反論材料もない以上、データとしてはこれを使うしかない)。
ただ新聞は図書館や公民館にも置いてあって、そこで読んでいる人もいます(私も取っていない時期があって、その時は図書館でチェックしていた)。会社にも置いてあるところがあって、そこで読んでいる人もいます。多少は相殺できるでしょう。
まあ、推測ですが依然、「読んでいる人の方が読んでいない人よりは多そうだ」ぐらいのことは言えるのではないでしょうか。

>ただ、私のまわりには、新聞を読まない人間が、大勢いるんです(笑)
>あまり良い言い方ではないですが、ペリフェラルさんとは、生きてる世界が違うのかもしれません(笑)

なるほど。よろしければ田柄さんからも教えてさし上げてください。口コミもバカになりません。
あと、新聞を読まなくてもテレビは見る人も大勢いるでしょう。テレビもくいちがいのでるデータは極力、両方明記(独自調査もできれば)するようにしてもらえればと思います。私が言えるのはそれぐらいですかね。

>私も少しこだわり過ぎかなと、感じています。

田柄さんさえよければ、この話はこれで終わりということで。


田柄ちゃんへ
まともに応答するのがバカバカしいほど田柄さんの稚拙な質問ですが、まぁガマンして答えましょう。

>『このおにぎりを喰え』なんて、マヌケなことを言いますか?普通、銃で撃つんじゃないですか? 違いますか?

銃殺が普通?さぁそこまで知らないなぁ。ただ、捕虜とかスパイと断定された住民が銃剣や日本刀で殺されたと本で読んだことがありますが。沖縄でも銃でなく銃剣で殺された事実はありますけど、これも普通じゃない?

>では、その司令部は移動中に損害を受けてますか?だいたい、目の前に敵が来てから移動なんかしません。余裕がない!は言い過ぎでしょう。

あのねぇ、あなたは戦争をあまりにも知らなさ過ぎる。
四方の海を米軍の軍艦に囲まれて、司令部を移動せざるをえない状況に陥っているのに、のんびりハイキングに行くみたいに 移動するわけなどないじゃないか。ホント、想像力欠如もいいところ!

>私は逆に、それだけ沖縄の人のことを想っていたのだと、思います。

まったく勝手な言い分だ。住民を思うのなら早々に降伏すべきだ。住民を巻き添えにした沖縄戦の一番の責任者は戦況が判断できない天皇政府そのもの。だいたい太平洋戦争を起こしたことを無謀であったと認識しないかぎり勝手な解釈しかできなくなる見本だね。

>どうしても殺さなければならないのなら、普通、銃で撃つでしょう。もしくは、置き去りにして逃げれば、良いのでは?

逃げた人がいるなぁ、偉そうに「捕虜になってはいけないよ、捕虜になるくらいなら自決してね」って言ってた沖縄守備隊の梅澤隊長。この人、慰安婦を連れて米軍に投降したよ。そして自分は戦後ヌクヌク生きていて、「沖縄ノート」という本に裁判を起こしたんだって。
そういえば、関東軍も将校の大半がさっさと自分達だけ逃亡して、残された兵隊や国民が帰国するのに塗炭の苦しみを味わったということがあったなぁ。その中の残留孤児が今でも苦しみの境遇にさらされている。

>『軍命令を出してまで、集団自決を強制した理由は何ですか?』

お玉さんも「とにかく調べて読んで判断してね」って言っているように、あなたが自分の頭で近代の歴史を勉強されて判断してくださいね。

沖縄戦は突然あの島だけに起きた戦いではなく、明治・大正・昭和と続く天皇制(国体)の歴史の終着点間近の出来事であったということ。その中には戦後も続く国体護持という歴史上の恥部である思想がいまでも連綿と続いているという現状にも直視すべきだ。

その時、靖国派(歴史修正派)の薄汚れた説だけに目を通さないことが肝要だと思います。
これまでのコメントを垣間見るに、そう頭の悪いお方じゃなさそうだし。


数は重要です、きわめて重要です。
総理が「11万人と言うのも動いた一因だ」と言う発言をしています、だから数の検証は極めて重要です。

私がこだわるのは、それが日本国憲法を守ることだからです。
集会の性質とか正邪とか、そういう問題ではないのです、憲法9条以上に最重要な3大原理の「国民主権」に関わる、多くの主権者の意見だから本質的に行政は動いたのです。

当然、多数の人がいる=票田と言う打算もある事でしょうけれど、自衛隊のシビリアンコントロールと一緒で、主権国家では主権者の意見に対して対応する義務があるんです。
数が揃えば尚更です。
(だから署名活動が存在します)

気づいて下さい、これを放置することは全く同じプロセスを踏めばどんな意見も政府に通る、又は通す理由に出来ると言う事になるんです。

消費税を50%にする集会を2万枚のチラシを用意して行ったら、チラシが全部無くなりました。
会場は2万人程度を収容する場所だけど11万人集まりました、確認の必要はないけど確かに11万人です。
政府はこの集会を重く見て「11万人と言う人数も検討する一因でした」とのコメントを出した後に消費税50%の検討に入りました。

こう書けば恐ろしさがわかりませんか?

みんなで確認すればいいじゃないですか。
それを誰もしないのが、私は怖くてたまらないのです。


tararicoさんって、元tarako さん?
tararicoさんへ
沖縄がエゴ? 沖縄が孤立? よく、そんなことが言えますね。

tararico さん>日本軍が沖縄を死守しようとした事実の方は一切鑑みない上、沖縄県民ばかりか日本人を一番多く虐殺したのがアメリカ軍だったということをすっかりお忘れなのが、非常に奇矯に映るんですよ。 教科書に記述などなくても、一般的に日本人は沖縄の人々に深い同情をよせています。沖縄犠牲を強いられたのは事実です。軍命はなかったとする側でも、集団自決そのものがなかったとする人などいません。 しかし、だからと言ってことさら米軍でなく日本軍の方を残忍であったと強調したり、自分たちだけが被害者だ、あったかなかったか定かでないことも教科書に載せろなどというのは、沖縄のエゴととられてしまうんです。それは日本全体からの沖縄の孤立に繋がってしまうんです

コギト「日本軍はなんのために、沖縄を死守しようとしたのか?
沖縄の人のためではないですよね。沖縄は防波堤であり、沖縄県民は単なる捨て石にされただけです。太田中将がいくら「後世、ご高配を」と懇願しようとも、戦後も沖縄は、昭和天皇によってアメリカに差し出されたのです。そんなことは教科書に記述されていませんよね。そのことを知っている人は内地に、一体、何人、いるでしょう?

集団自決も、教科書に記述がなくなれば、沖縄の人たちの苦難の歴史はどこにも届きません。

tararicoさんは信じたくないでしょうが、日本軍は残忍なことを本当にしたのですよ。東南アジアの行く先々で、日本軍は現地の人たちをスパイだとして次々と拷問して殺したことを知らないのですか?
ネット右翼は、中国と韓国だけが日本に敵対していると勘違いしていますが、東南アジア全域が日本への怨嗟の声で満ちていたことを知らないのでしょうね、きっと。

日本軍のひとりひとりは悪い人ではなかったと私も思います。でも、軍の命令や上官からの強制があると、軍人は果てしなく残虐なことをしてしまうものなのです。だから沖縄の人たちもネットサヨクもシンパイでならないのです。憎しみではありません。」


無理やり「軍命令があった」とする理由がどうしてもわからないのですが?
熊毛さんが仰るように、確かに誰もが納得できる証拠(文書)というものが存在しないから、問題になっていると思います。

だからこそ、ごり押しはすべきでないと思うのです。教科書に載せるのが真実であるべきと仰るのなら、誰しもが納得できる事実に限るべきではないでしょうか?

最初にはっきりさせておきたいのが、「軍命令の有無」と「軍の強制・関与の有無」は違うということ。私がここで問題にしているのは、「軍命令の有無」であって、軍の強制・関与がなかったと主張しているわけではないことはご理解ください。

そして、生存者の証言をもってしても、「軍命令があった」と判断する事は残念ながらできないと思うのです。

そもそも、戦地の証言ほど当てにならないものはありません。ちょっと想像してもらえればわかると思いますが、戦場というのは、情報を全く遮断され、あらゆる流言蜚語が飛び交い、「社会通念」が通用せず、何を信じたら全くいいのかわからない世界です。まさに「人は人に狼」状態なわけです。

それに加え飢餓状態に陥れば衰弱して正常な判断すらできなくなる。

そうなると、敵と味方を間違えて撃ったり、銃撃と反対の方向に銃を構えてしまうような現象が出てきます。

つまりその渦中にいる人間が認識したことは、本人にとっては「真実」でも、事実とはかけ離れている恐れが充分にあるわけです。

この結果、集団の一人が判断した事実が、その集団にとっては紛れもない「真実」に転化し、暴走することも当然起こりえると思います。

また、証言する人が、記憶を再構成してしまう可能性もありえます。本人にとっては思い出すのも辛い記憶でしょうから、無意識的に何かに原因を転嫁してしまうこともありえないとはいえないでしょう。

私は(個人的にですが)、彼らの証言は、伝聞と体験が混同したタイプが多いのではないかと思います。

こうしたことを考慮すれば、残念ながらそうした証言のみで「軍命令があった」と判断するのはあまりにも早計だと思わざるを得ません。

今現在でも、「日本軍の関与」は否定されておりません。なぜ、事実かどうかはっきりしないものを強引に載せる必要があるのでしょう?

例え今載せることに成功したとしても、証拠に基づいていないかぎり、何年経ってもこの問題は蒸し返されると思います。

最後に、生存者の陥った境遇に同情することと、その証言を検証する事は別問題であることは強調しておきます。


熊毛さんへ
では、一つずついきますよ
毒おにぎり!を食べさせるのが、のんびりと言えるか!・・ですか。
では、熊毛さんが殺し屋で、ターゲットを殺しに行ったとき、銃を突き付けて
『このおにぎりを喰え』
なんて、マヌケなことを言いますか?
普通、銃で撃つんじゃないですか? 違いますか?
これが、のんびりでなくて何ですか?

司令部が移動中なのに、のんびりと言えるか!・・ですか。
では、その司令部は移動中に損害を受けてますか?
だいたい、目の前に敵が来てから移動なんかしません。余裕がない!は言い過ぎでしょう。

命令なしに、貴重な手榴弾を渡すわけがない!・・ですか。
私は逆に、それだけ沖縄の人のことを想っていたのだと、思います。
どうしても殺さなければならないのなら、普通、銃で撃つでしょう。もしくは、置き去りにして逃げれば、良いのでは?

壕の奥に引っ込んで怯えていた日本軍・・ですか
では、それだけ怯えていた日本軍が、集団自決に拘った理由は何?

あの・・熊毛さんに聞きたいんですが、そもそも
『軍命令を出してまで、集団自決を強制した理由は何ですか?』
そこまでする理由が、あったのですか?



tararico へ
tararicoさん、断っておきますが、特段あなたのコメントを待っているわけではありませんから…

>近年、琉球政府当事者である照屋さんから、「遺族年金のために、軍命があったかのように申請書類を作成した」との証言まででているわけです。

あぁ~このことね。命令はないとする唯一の証言ですね。初めて知りました。でも、申請書類を作成した時よりもっと前に、戦後まもなく住民たちは証言しているのです。ということは年金需給目的のための証言ではないということ。
あなたがこの証言を信用するかどうかは自由ですが、私は実際に現場にいた人の証言を信用したい。軍が命令文を示さなかったとか、はっきり死ねと言わなかったから命令はなかったという立場にないということ。
手榴弾を2発手渡し、一つは敵に、一つは捕虜にならない為にと言われれば、これは軍による強制(命令)と住民が受け取るのは自然な成り行き。

疑わしきは罰せずとか法治国家云々については、この問題とチョイずれているし、あなたの言うことが意味不明なためコメントできない。
ただ、教育の独立性を有形無形の圧力で破ったのは文科省のほうであったということだけ指摘しておきます。

>熊さんはやはり沖縄戦を「沖縄人対日本軍人」とお考えのようですね。

誰もそんなことは考えていませんよ。バカバカしい!

沖縄の住民と日本軍がドンパチやりあったということがあればそう思いますが、そんな事実はない。あるのは日本で沖縄が唯一戦場になったということ、
そこにはアメリカ軍の圧倒的な攻撃と共に、日本軍の住民に対する横暴がたくさんあって、日本軍に殺された住民も一人や二人ではないという事実があるということ。自分の国の軍隊に敵と思われ殺される。子供が泣けば自国の軍に殺される、などなど、まさに阿鼻叫喚の悲劇です。
その代表的なのが日本軍のいた島だけに起こった軍の強制による集団自決。

こういった事実に真正面から見ようとはしないから、またぞろ9条を変えて自由に戦争のできる国にしたいという馬鹿げた主張が出てくる。情けない限りだ。

>処分した側の立場では、軍隊・島民全体を危険に晒す恐れがあるのなら、それもやむをえない処置だったとは考えられませんか?
>ただの横暴で島民を処分するほど、日本軍に余裕はなかったはずです。 沖縄のエゴととられてしまうんです。それは日本全体からの沖縄の孤立に繋がってしまうんですよ。

もし、もしもあなたが、あなたのお父さん、お母さんやオジイ、オバァや姉や妹が日本軍から殺されたとしてもこんな言葉が出てくるのなら、私はあなたを人間とは思わない。犬畜生にも劣る言葉と思う。

>日本軍の方を残忍であったと強調したり

実際すべての兵隊が残忍なわけではないと思っているが、軍の体質として残忍なことをしたことは否定できないし、だからと言って強調するつもりもない。ありのままを認識すべきと思う。

一知さんがいいと思うのはあなたの勝手です。どうぞご自由に。
私とは何の関係もない、ホント、こんなコメントはアホクサァ~~の一言(笑)


ありがとうございます


tararicoさん
僅か数十分の未承認が我慢出来ませんか?お玉も忙しい・


あれ?
熊さんがお待ちのようなので、わたしのコメントを開けてくださいませんか?


確かに、熊さんに対する個人攻撃のみのようなコメントになってしまったので、削除しました。
前回載せてもらえなかったので、実は載るとは思いませんでした(笑


軍命があった確たる証拠というのを私は知らないのですが、
近年、琉球政府当事者である照屋さんから、「遺族年金のために、軍命があったかのように申請書類を作成した」との証言まででているわけです。
http://www.sankei.co.jp/seiron/wnews/0608/web-news0827-1.html
こちらのブログではこの証言はとっくに精査されたのかもしれませんが、
両論がある以上、真偽の疑わしい案件は、一般書でなく最も公正中立であらねばならない教科書にはとにかく載せないのが、法治国家(教育と司法は違いますが)であると思います。
「疑わしきは罰せず」と同様の考えです。或いは、慎重で完全な両論併記です。
軍命があったとするオジイやオバアたちの「証言」は信用するのに、あれは創作でしたとする照屋「証言」は断じて信用しないなどということは、卑怯でない熊さんはなさらないですよね?
事実も確認できないまま一部の国民の感情で歴史教科書が書き換えられていたら、どこかの人治国家と同じになってしまいます。

熊さんはやはり沖縄戦を「沖縄人対日本軍人」とお考えのようですね。
疑いある行動をとる者が、スパイとされて処分される事例もあったのは知っていますし、実際にはそれが誤解であればもちろん本当にお気の毒と思いますが、しかし、処分した側の立場では、軍隊・島民全体を危険に晒す恐れがあるのなら、それもやむをえない処置だったとは考えられませんか?ただの横暴で島民を処分するほど、日本軍に余裕はなかったはずです。
同情をよせるのはわかりますが、個に感情を向けすぎて、全体を把握しなくてはいけない者の立場には一切目を向けないようですね。また、日本軍が沖縄を死守しようとした事実の方は一切鑑みない上、沖縄県民ばかりか日本人を一番多く虐殺したのがアメリカ軍だったということをすっかりお忘れなのが、非常に奇矯に映るんですよ。
教科書に記述などなくても、一般的に日本人は沖縄の人々に深い同情をよせています。沖縄が犠牲を強いられたのは事実です。軍命はなかったとする側でも、集団自決そのものがなかったとする人などいません。
しかし、だからと言ってことさら米軍でなく日本軍の方を残忍であったと強調したり、自分たちだけが被害者だ、あったかなかったか定かでないことも教科書に載せろなどというのは、沖縄のエゴととられてしまうんです。それは日本全体からの沖縄の孤立に繋がってしまうんですよ。
(ところで地元の自民党議会のスタンスは、選挙向けなので信用に値しないと思います(笑
自民党にも元々野党真っ青な輩がいますから)

当初は「軍命があった」と強弁していたのに、軍の命令そのものの証拠がみつからないと「軍の関与があった」という玉虫色の表現に。
当初は「11万人もの人が!」と数を強調していたのに、実態がばれると「数の問題ではない!」
正義を自負する側がこれでは、なんの説得力もないと思いませんか?少なくとも第三者の私にはそう見えます。

そして、一知半解さんのコメントが最も的を射ています。


どっちが感情的?
tararicoさ~ん、

こういうコメントは卑怯だと思いませんか?

事実をお示しになって具体的に反論されればそれなりにお答えしますが、あなたの意味のない感情的な反論には答えようがない。
論拠も示さない人から法治国家云々なんてねぇ~。

騒ぎ立てる人間の証言って実際に集団自決の現場に居合わせた人のこと?
あなたの言い分じゃ、自民党に所属する沖縄県議会議長も騒ぎ立てる側の一人ですね(笑)

じゃ、騒ぎ立てない人の証言を紹介して(^^
あなたと違って少なくとも聞く耳は持っているつもりですから。

>沖縄戦とは一体誰と誰が戦った戦闘なのかわからなくなりますね。
沖縄住民対日本軍人のようですよ。

実際に住民をスパイ扱いにした例はたくさんあります。
軍にガマを追い出された例もたくさんあります。
あなたも感情的に考えるのではなく、沖縄の歴史について勉強されることをお勧めします。


他人に厳しく自分に甘い
にょき様などが、ここで問題視しているのは、事実を捻じ曲げることを許さないと主張する側が、事実を捻じ曲げることを平然としているというダブルスタンダードな姿勢のこと。これは軍の命令云々とは別のことです。それを解っていない方がいますね。


のんびり
>米軍が上陸している最中に、文書で軍令を出す余裕はない・・・・
本当にそうでしょうか?
余裕もないのに、村人を集合させたり、毒おにぎり!を食べさせようとしたり、随分のんびりしていませんか?
私は『住民を自決させよ』という、軍上層部からの命令は出ていないと思います。


毒おにぎりを食べさす状況がのんびり!?
もし自分が、自分の子供に毒おにぎりを渡され殺せと迫られたら、のんびりと思いますか?
親から、これ食って死ね、と言われたらのんびりと思いますか?
私だったら発狂するかもしれない。
あまりにも住民の経験を斟酌しない非情な悲しい想像でしかないと思います。

米軍上陸で、首里城にあった司令部が追いやられてガマに移ったという状況をはたしてのんびりといていたと思えるのでしょうか。命令文を作る余裕などあったのでしょうか?

ガマの入り口に住民を置き、それを盾に一番奥に陣取った軍。一番ビクビクしていたのは兵隊達だったとか。

畏れ多くも天皇のものである手榴弾を2個住民に渡し、1個は敵兵に、1個は自決用に渡した行為が強制・命令でなかったらナンでしょうね。
のんびりしたお遊びでしょうか?
風潮だけで大切な軍の武器を住民に渡すでしょうか?
上層部の命令なしに最前線の部下がそのような行為に走るでしょうか?

皇軍による「生きて虜囚の辱めを受けず」という教育が強制でないとしたら、この戦陣訓は単なるお題目だったのでしょうか?

先の大戦を聖戦と見る戦前の亡霊的靖国派は、命令文という直接の証拠がないから軍による強制はなかった、住民証言だけで強制と主張する人間は、冤罪を主張する資格はないなどという馬鹿げたロジックで天皇軍の犯罪をおおい隠そうとしているが、詭弁そのもの。

大江健三郎氏も裁判で証言した「日本の軍、沖縄の第32軍、2つの守備隊が、そのタテの構造ぐるみ、700人にも及ぶ島民に『集団自決』の死を強制した」という指摘を私達も構造的に考察すべきだと思います。

それにしても、私がもし自決の現場を経験した住民だったらどうかといつも考える。

「軍による命令なんて証拠がない。あれは住民が勝手に死んでいっただけ、金がほしくて強制されたと主張しているんだ」と言われなき中傷にさらされたら、果たしてそれに反論するだけの気力が湧くだろうか?

無情はたまた無常、戦争の不条理さを恨みながら口を閉ざして死んでいくだけだろうか。


補足訂正
一部を、お詫びして以下のように補足訂正します。

>一般に、出生率でも有効求人倍率でも山の標高でも、一応信用するに足ると目される数値データは、一項目に対して一つしかありません(条件付けによるさらなる分類はあります。あるいは算定方法などに疑問符をつけられるものもあるでしょうが、細かいことを言っているときりがない)。データに幅があると、その数値の信頼性は落ちます。


決定的証拠
当事者である生存者の証言は決定的な証拠にはならないようです。第三者の個人的な意見のほうが正しいなんて初めて聞きました。
ちなみに軍の命令による自決の強要があったのは、当事者の住む沖縄では常識らしいですよ。一度沖縄へ行って聞き取り調査でもしたら真実に近づけるのではありませんか?
沖縄は今も多大な犠牲を強要されています…辺野古とか…
ジュゴンがいなくなるのも近いですね…


ペリフェラルさんと熊毛さんへ
ペリフェラルさんへ
お返事ありがとうございます。
新聞を読んでいれば、一般の人でも判る・・その通りだと思います。
ただ、私のまわりには、新聞を読まない人間が、大勢いるんです(笑)
あまり良い言い方ではないですが、ペリフェラルさんとは、生きてる世界が違うのかもしれません(笑)
正直ビックリしました。
新聞を読む一般の人と、読まない一般の人・・どちらが多いのでしょうね・・
私も少しこだわり過ぎかなと、感じています。

熊毛さんへ
米軍が上陸している最中に、文書で軍令を出す余裕はない・・・・
本当にそうでしょうか?
余裕もないのに、村人を集合させたり、毒おにぎり!を食べさせようとしたり、随分のんびりしていませんか?
私は『住民を自決させよ』という、軍上層部からの命令は出ていないと思います。
しかし、当時の風潮?として、現場の部隊が
『いざというときは、これで自決せよ』
と言って手榴弾を渡したのだと、思っています。
感覚的には、ゾンビ(笑)に囲まれ、食べられそうになってる人に、渡すのに近いでしょうか?

言葉としては『軍命令』よりも『軍強制』が近い・・のかな? もっと良い言い方があればよいのですが。




田柄さんへ
>ただ、大多数の『一般の人々』にとっては、どうでしょうか?

私も『一般の人々』のうちの一人ですが(笑)。冗談はともかく(失礼しました)、一般の人であっても日頃新聞を読んでいれば、「集会の参加者数」というデータは「それほど信用がおけるものではない」ぐらいは分かりそうなものでは? だって、主催者と警察の二種類の数字を目にするのですから(ときには警察発表ははしょられることもあるようですが)。
出生率でも有効求人倍率でもなんでも、数値データは一項目に対して一つしかありません(条件付けによるさらなる分類はありますが)。食品表示も、ある製品に対する表示はもとから一種類しかありません。ここが大きな違いです。

「集会の参加者数」は、カウントする側によって「活動家は除く」といったような異なる条件付けがされているわけではありません。なのに異なった数値が出てくる。であれば、群衆の数なんてのは、数える人によって異なってくる、アバウトな大ざっぱなものだぐらいのことは容易に推定できるのではないでしょうか?
さらに進んで、「警察発表なんて信用できないよ」とか、あるいは「主催者発表なんて怪しいことが多いみたいね」などと考えるようになれば、立派に『一般の人々』から「卒業」となるでしょう(笑)。

>業界では当たり前でも、一般の人が聞くと驚くようなことがあります。 それと同じかなと思ったので、吉兆の話を書いたのです。

今回は警察発表はなかったとのことですが、昔から「集会の参加者数」が二種類出てくることは、新聞を継続的に読んでいれば、一般の人でも分かることです。テレビでも言うことはあり、公にされているのです。 べつに「業界」とやらに精通していなければ判断できないことではありません。

>それであれば『業界の常識』ではなく『一般の常識』に合わせていく必要があるのでは?と思ったので。

そうですね。もしも過剰に水増しして平気な体質があるのなら、それは改めた方がいいと思いますよ。そこは同意した上で書いているつもりです。
ただ私に言わせれば、もとから振幅のあり得るおおざっぱな「その程度」の数字の「真偽」に、こだわりすぎのような気がします。主催者側にもその批判者側に対してもです。


証拠?事実?
>決定的な証拠も出さずに、

決定的って何ですか?
軍令が示された文章?それとも軍上層部の証言?

激戦地である沖縄で、その米軍が上陸しているまさにその最中に文章で軍令が出るわけなどないじゃないですか。戦争のせの字も知らない空論としかいいようがない。

決定的な証拠を、もし軍令文とか軍の上層部の証言でしか証明できないとする立場なら、
それは砲弾が飛び交う最中の現場を知ろうとはしないか、あるいは軍の非道なやり方を擁護し、大東亜という思想に被れた恐ろしい人間としか考えられない。

しかも、今裁判で話題になっている守備隊の梅澤元隊長は、自らは「生きて虜囚の辱めを受けず」と部下に言いながら、自分は従軍慰安婦と一緒に米軍に投降したという、まことに恥ずかしい(?)終戦を迎えている。しかも自分のしたことに1遍の反省もないという。
こんな男がまともなことを言うはずもないじゃないか!(笑&怒)

今回の教科書問題は、執筆者も怒るように事実に反する記述変更が、しかも文科省の圧力で引き起こされたことが発端。その前提に赤松・梅澤隊長の遺族等が起こした裁判がある。その裁判の背景になったのがいわゆる情けなくも誤読による記述で書かれた曽野綾子の「ある神話の背景(『集団自決の真実』)であったのは先の裁判での原告側の証言で明らかになっている。

沖縄の強制集団自決だけでなく、時の天皇政府・軍隊の考え方は「生きて虜囚の辱めを受けず」で、それは広く国民に行き渡っていた。この事実も教育の影響の恐ろしさであることは論を待たないし、当時の自決、例えばサイパン・バンザイ自決などが「生きて…」の影響下にあったという状況の中で、広義の意味で強制と捉えられるのは言うまでもない。

再度強調したい、教科書には真実を記述すべきである。
その真実が一部の国家権力の圧力によって書き換えられたところに問題の根深さがある。その怒りが沖縄の集会に結実されたのだ。教科書問題は戦前戦後における沖縄の置かれているフラストトレーションの爆発であり、沖縄の「虎の尾」を踏んだと表現した人もいたがまさに真実を変えようとする策動に対する怒りの現れである。

その事実経過を見ようとはしない一部の勉強不足の人たちが、軍命令の文がないから、強制は事実でないとほざいているにすぎない。

私は、机上の空論ではなく、是非沖縄の人たちの証言の元になった原体験を聞く耳を持ってほしい。真摯な態度で聞く耳を持っている人なら右翼左翼問わず誰でも軍の強制があったと認識するだろう。

http://www.news.janjan.jp/column/0712/0712080875/1.php



はじめまして兵庫パパ厳勝と申します。
一知半解さんと全く同じ意見です。教科書とはシンプルに真実を掲載するべきだと思います。その真実をどのように捉えるかは生徒に任せるべきです。反戦思想も愛国心も教科書や教師が誘導すべきではないと思います。ただ私も客観的に見ていわゆる左側の方々の主張はどうも納得いかない。私は不勉強ですが概ねこんな風に理解しています。沖縄での集団自決を指示した軍命令文書は残っていない。でもその当時の社会情勢いわゆる軍国主義が沖縄県民を自決へと追い込んだ。だから軍命令は教科書に明記するべき。というところですかね。
でもね、この理屈ならその当時の戦争がらみの自決は全て軍命令になりますよ。例えば北海道で起きた「真岡郵便局事件」(だったかな?)とか。


そもそも
左は「軍命令があった」、右は「軍命令はなかった」で「事実」の捉え方が違っていますので、片方が事実でないと決め付けて議論してもすれ違うだけではないかと思いますが?

私自身は、教科書の記述変更は、新たな資料が出てきた時に限るべきだと思います。本当に教科書に事実しか載せてはいけない(中韓のような洗脳するための教科書なら別ですが)とするなら、デモとか「沖縄の気持ち」とかによる圧力に応じてはいけない。民主主義以前の問題だと思います。

「事実」に対抗できるのは「事実」だけなのです。「事実は民主主義などによって決まるものではない」のです。このことを理解していない人達が多すぎる。

左翼以外の人から見れば、決定的な証拠も出さずに、とにかく「数でごり押し」して変更させているようにしか受け取れません。本当に事実だと思っているなら、その証拠さえ出せば済むはずではありませんか(今のところ、出していただいている証拠は、左翼以外の方を納得させるものではないと私は思っています)。出せないのなら、ごり押しすべきでないのです。

右翼の策動だの仰る以前の問題ではないでしょうか?


落ち着いてください
え~と・・ですからお玉さんの記事に対して、にょきさんがコメントを書きました。
その中で人数偽装について書かれたので、そこに対してのコメントが来て、またそれについて・・という流れでしょう。
ですから、ここでは誰もすり替えなんてしてませんよ。
まぁ、どうでも良いことかもしれないですね(笑)

あと琉球民族って・・どこまでが琉球民族ですか?
1/2琉球は? 1/4琉球は? 1/8琉球は? まるでヴァンゼー会議ですよ(笑)
沖縄に住んでる日本人が、独立したいなら、すれば良いでしょう。    
でも、そこに民族は関係ない。
まぁこれもどうでも良いのかな・・(笑)



人数はなるべく正確に発表するべきである。ここでコメントされてる方がすべてそうではありませんが、人数の疑惑を主張そのものへの疑惑にすりかえる勢力がいるからです。
敵は狡猾なのだから、闘うためにはつけこまれないようにしなければならない。戦術のひとつとして。
と、ここまで述べた上でもうひとつ。
「民主主義の権利の行使」にあたり、数は軽くはない要素の一つですが、この場合は選挙ではないのだから最終的な根拠ではありません。決して少なくない一定数が声をあげたその中身に妥当性があり、無視できなかったということです。


小選挙区制にしたのは確かに野党のときだったようです。日本新党あたりの頃でしたね。私の記憶違いです。これに関しては誤りを認め謝罪致します。申し訳ございません。
話しを戻しますが、人数云々は南京虐殺等でも言われますが、本来あったかなかったかだけでできる話でもあります。集会の人数であった事になった訳ではありませんよね。
また人数に関するコメントが最初ではありませんよね。お玉おばさんの問題提起が最初です。人数は関係ないと書いてらっしゃいます。それでもまだ人数にこだわるのは何故でしょうか。
国際社会の流れでは、ソ連はじめ東欧諸国は民族単位の国家に分裂しました。国連かなにかに関する事で民族自決って昔むかしに習った覚えがありますが、琉球民族の沖縄が独立したって何も文句の言える事ではないでしょう?まさか、日本が単一民族国家だなんて思ってませんよね。
日本民族の一人として独立したほうがいいんじゃないの?と、提案しているつもりですが。
もう一つ、アイヌ民族に北海道を返却して独立させるってのも…
話が逸れて申し訳ございませんでした。


まる出し馬鹿さんへ
人数に、こだわるもなにも、元々にょきさんのコメントから始まってますから・・・・誰もすり替えてないですよ。
あと民族の異なる沖縄って何ですか? そもそも民族って何?
そんなものに、何か意味があるのでしょうか?
日本人って、日本の国籍を持っている人間のことですよね?
沖縄の人も、東京の人も、ラモスも、ボビーオロゴンも同じ日本人です。
みんな同じですよ。


阪神大震災の折、「ルール通り」に外国からの支援に応じきらなかった村山内閣も、ほめられるのかな。


検定間違いがそもそも問題
人数に妙にこだわる人がいらっしゃるようですが、教科書に事実が記載されない事は問題にはしないのですか。
真実を削除されたから抗議集会が行われた。この経緯を理解できない人がいるようですね。沖縄が日本に所属することを選んだのは沖縄県民である事を忘れてはいけないと思います。日本国が過去の過ちを繰り返すなら、民族の異なる沖縄は琉球として独立すべきでしょう。本土にとって都合の悪いものをたくさん押し付けられているのですから。
沖縄県民は怒っています。真実の教育の問題を人数の問題にすりかえないでください。


目的が正しければ…
田柄様、にょき様

御指摘の通りかと思います。目的が正しければ何をやってもいい、という考えが右にも左にも多いのは困ったことです。ダブルスタンダードに右も左もありませんね。


ここでも嘘発見
>小選挙区制も自民党が作ったルールですよね

小選挙区制が導入されたのは自民党が野党に転落していた時期のことである。


教科書問題私考
?もう少し、自己批判的な動きがあって欲しいと願います。

同感です。当然参加者の数は正確に発表すべきです。だが、秘密裏に行われた集会ではなく晴天白日の下に開かれた集会であるということ。数えたければ誰でも数えられる集会であったということだ。

沖縄集会は一部左翼の反戦集会と違って超党派の集まりだった。その熱気が教科書問題を動かしたのは事実だし、これを圧力と見るか民主主義の勝利と見るかは集団自決の捉え方、総じて言えば戦争をどう見るかによって違うと見る。
だが、圧力とは右翼テロや大企業、国家権力など権力を持っているものの陰湿なやり方をさしているのであり、民主主義に基づく意思表示は圧力に当たらないのは自明の理である。

ファシズムはナチのやり方を見るまでもなく「微笑み」ながら、「民主的な手続き」あるいは辺見庸の言葉で言えば「鵺」のような雰囲気を醸成しながらジワジワ覆いかぶさってくる。
その手段として為政者は教科書問題に見られるように教育を自分たちに都合のいい様に変えて行きたい思惑を持ち続けている。

かって中教審の三浦主門(読解力のない誤読作家曽野綾子の夫)は「できの悪い子は勉強しなくてもいい、決められたことを守るように教育すればいい」と言い放った。
この言葉に見え隠れするのは民主主義的な思想は持つ必要はない、上からの命令に反発しない人間にしたいという思い上がった意図がある。

教科書問題は単に軍関与があったかどうかの問題だけでなく、国家権力(文科省)の憲法違反の圧力!を許すことかどうか、教育の独立性を保つことができるかどうかに収斂すると考える。

追記
政府は、米軍再編にともなう戦闘機配備に反対した岩国市に対しそれまでの補助金をカットするといういやらしい仕打ちをしてきた。補助金を当てにしていた新庁舎の建設が中断せざるをえない事態に追い込まれているが、自民党系や公明党の市議らは合併特例債を転用したいという市長提案を拒否、岩国市は窮地に追い込まれている。
(特に公明党の態度には陰湿さ、いやらしさを感じる。学会・党の体質からでているのだろう)

先日こうした国のやりかたに反対する集会が岩国で開かれた。沖縄集会の参加者数が頭にあったから、自分なりに数を数えてみた。
やり方はある一定の面積に何人参加しているかを数えて、それを全面積に広げて換算した。主催者発表は1.1万人、朝日新聞は数千人、私は9千人~1万人前後と数えた。


大事なこと
ペリフェラルさんへ
そうですね・・ここに来ている方や活動をされている人達にとっては、当たり前の事だと思います。
ただ、大多数の『一般の人々』にとっては、どうでしょうか?
私は飲食の世界で働いていますが、業界では当たり前でも、一般の人が聞くと驚くようなことがあります。
それと同じかなと思ったので、吉兆の話を書いたのです。

そして、このような集会は誰の為のものなのでしょう? 普段、このようなことに興味のない『一般の人々』にアピールするためでしょう。
それであれば『業界の常識』ではなく『一般の常識』に合わせていく必要があるのでは?と思ったので。

にょきさんへ
そのとおりですね。
特に、主催者の側から再検証の動きが出てこないのは、本当にマズイです。
『自分達は正しい事をやっているのだから、批判は許さない』みたいな雰囲気なんですかね?

ヒトラーだって困ってる人を助ければ、ほめられるし、マザーテレサだって万引きすれば、捕まります。
それが判らないんでしょうか?(笑)


僕の論点は、元の教科書の問題のウェイトは小さいです
過去の発言をも言ってきましたが、私が重視するのは民主主義と日本国憲法です。
(予防線張っておきますが、民主主義はチャーチルに批判された問題があることは理解しています)

さて、政府は教科書問題に沖縄の集会も踏まえて動きました。
その集会が政府を動かすもっとも大きな要因は人数です。
(繰り返しですが、主権者の意見だから、人数の多寡が問題になります。)
それが捏造であれば「捏造すれば政府を動かせる」と言う恐ろしい事態を残すことになります。

かつてナチス党は選挙時の細工で票数を(有る意味で)操作して、結果的に政権をとりました。
しかし、実際に投票された投票箱の中身までは捏造していなかったと言われています。
(※無論当時のドイツ国民はその後のナチス政権を支持しましたから、結果としては民主的承認をされたとも言えるわけですが・・・。
ヒトラーが誇りに思っていた事の一つは「民主的に選ばれた代表」だった事と言われています。)

沖縄の件は、このまま放置すればナチス以下の行為に成り果てます、そこが問題なのです。

慣習も何も、行政に影響を及ぼした行為に一定の疑義が生じた以上、監査するのが当然の行為です。
現在20万人、11万人、4万人、2万人と言う数字が出ており、それぞれ「知事発言
、開催者当初発表、後日の関係者および警察の発言、実数計測・周辺環境類推によって言われています。
個人的には現地滞在1万数千人、延べ4万人と言った所ではと感じていますが、人間が集まった時には放物線的に問題が発生することを考えればさほどずれているとは思いません。
(ミリタリー趣味で遭遇するのは、100人でも1000人でも、人間が集まって行動するのは、衣食住、衛生、運搬の面で恐ろしく大変だと言う事です。Webでの11万人検証の事例としてGLAYの20万人コンサートを例にしている人がいましたがよい参考対象と思います)

選挙でも選挙違反があれば後からどんどん捜査します、選挙管理が民主主義の根幹の一つだからです。
正直「じゃあみんなでもう一度確認してみよう」と言う声が主催側から出てこないのに恐怖を感じます。
反戦集会に参加すると、身内同士で自分達は正しいと言い合って批判を許さないファシズム的な空気があって恐ろしくなることがあります。
もう少し、自己批判的な動きがあって欲しいと願います。


ルールを作ったのは誰?
いつも思うのですが、ヨーロッパ発祥のスポーツのルールを作ったのはヨーロッパの人、ノルディックスキー複合なんて荻原さんがキングオブスキーになってからルールを変えてます。
小選挙区制も自民党が作ったルールですよね。それで憲法に定められた公正な選挙でしょうか。百歩譲ったとして、小泉の解散は憲法違反なのは明確であり、今の衆議院は公正な選挙ではありませんよね。憲法では解散の条件が定められていますがその条件に合致してはいません。
少なくとも現政権に正当性はありません。
現状を無視する訳ではありませんから、こちらは正当に選挙して本来有るべき姿に政治を変えていくつもりです。
ルールを変えてまでルール、ルールってどうなんですか。
そのうちルールを無視して誰もが納税を拒否してもいいのでしょうか。


「よく参加する」わけではありませんが、主催者発表を聞いて「そんなにいたかなあ」と首を傾げたくなることは度々ありました(もちろん警察発表も信用できるとは限らない)。ホスト側は過大に見積もる傾向でもあるのでしょうか? だとしたらあまり良いことではないですね。
ただ、野外での集会やデモとなると算定は難しいでしょうし、さほど正確な数字は求められないとは思います。私自身は割り引いて受け取るようにしています。例えば発表が「11万人」であるなら、まあ実際は数万から11万の間だろうぐらいに捉えておけばいいのではないですか。
二通りの発表が出ることからも、集会の人数データの信頼性が低いなんてことは、以前から広く知れ渡っていることだと思っていたのですが、そうでもないのでしょうか。

>さらに11万人もの人だという認識だからこそ政治も動いたのです。

そもそも、「11万人」とかいう話に驚いたかビビッたかは知りませんが、その数字を素直に受け取って、それを基に政府(政治)が「動いた」というのも「正確な情報」なのでしょうか?
もし、その通りだとしても、それはそれでお粗末な政府ですなあ。集会の主催者発表など「鵜呑みにできない」ことも知らないのでしょうか? いや、集会やデモに警察や公安を派遣しているのは、なにもその場の治安を確保するためだけではないでしょう。いろいろな情報を収集しているのではないですか。誰も注進する人はいなかったのですかね。それも信じがたいですが。


熊毛さんへ
そうですね・・私は集会自体を非難するつもりは、ありません。
今回まずかったのは、福田内閣でしょう。
事実上、政治家による教科書の書き直しになってしまったのですから。

仮に、軍による強制は無かった集会(笑)が20万人を集めたとしても、それによって教科書が変わるのは、認められません。  

集会によって内容がコロコロ変わるのって、可笑しいですからね(笑)

あと枝葉末節って・・誰が持ち出したとかの問題ではなくて、参加人数に疑問を持たれてしまったのが、問題なのでは?

もし、11万人が嘘の発表だったなら、熊毛さんは問題だと思われますか?
それとも・・?


詭弁は見苦しいし卑怯だ!
>今回の問題は、圧力で教科書の記述が変わる前例を、作ったことでしょう。

そうです。田柄さんのおっしゃるとおり、文科省が圧力をかけたというのが、一番の問題です。
その前段に先の戦争は聖戦だったという一部のアホどもの集団である靖国派による「沖縄ノート」の裁判がある。

それに対して、先の集会は、憲法21条に基づき、そうじゃない、集団自決は軍の関与があったという集団自決を経験した人々を含めて、その主張に賛同する自民党から共産党までの人々が結集したといういうのが構図です。

国の理不尽な介入に民主主義的な態度を表明しただけのことがなぜ圧力か?

圧力とは、暴力など危害を加えることを表明するような脅しを圧力という。

朝日新聞神戸支社の田尻記者を鉄砲で惨殺した赤報隊のような卑劣な行為を圧力と言う。

>人数偽装を枝葉末節な問題って・・・吉兆も、本質は味であり、日付の偽装は枝葉末節な問題だと、言いたかったでしょうね(笑)

偽証って誰が偽証したの?主催者?じゃ誰が真実の数を知っているの?
どこの誰が主催者以外にカウントしたの?警察?それとも田柄さん?
そもそもこういった枝葉末節なことを言い出したのは誰?
11万人だったら集団自決の軍関与は真実で、4万人だったらウソとでいうの?

靖国派がほざいている数字がまさか真実じゃないでしょうね(大笑)

もし、こういう集会が気に入らなければ、こういった事実はないよという集会を
沖縄で20万人でも30万人でも集めてやったらいかがか。
もしそういう集会が成功裏に終わったとしても私はこの集会が圧力とはけっして
非難はしない。

頑張って(笑)


まる出し馬鹿さんへ
仮に『事実』として、
事実のためならルールを破っても良いと思われますか?
私は事実のためだからといって、ルールを破るのは認められません。
逆に誤っていると思っても、ルールに則って処理されたなら、認めるべきでは?


圧力を掛けたのは誰?
教科書に今まで記載されていた「事実」に対して、圧力によるものかどうかは不明ですが、変更がなされたのはご存知ですよね。それに対する沖縄及び他の地域の民意が、再び事実を教科書に記載させる方に向かわせただけです。
先ず事実の表記をさせないようにした「既に戦後ではない派」の圧力があったはずで、「日本国がなくなるまで戦後派」の私には沖縄のオジイやオバアの証言からの民意を、圧力とは全く思えません。
偏向報道かもしれませんが、公共放送の予算を人質に天皇の戦争責任を問う番組を放送させないようにした(内容を変えさせ教育放送の深夜に放送させた)圧力は、総理という職をを放り出したアベシンゾーとかいう人ではありませんでしたか?


キチンとしないと
つまり、国がルールを破ったのだから、ルールを破って何が悪いってことですか?
今回の問題は、圧力で教科書の記述が変わる前例を、作ったことでしょう。

人数偽装を枝葉末節な問題って・・・吉兆も、本質は味であり、日付の偽装は枝葉末節な問題だと、言いたかったでしょうね(笑)



教科書レベル(笑)
教科書にこだわる理由がよく分からないところですね。
当事者である沖縄の人が発言するのは自然と感じるけど、東京の省庁がいったい何を。

教科書なんてあんなもの、数日で読み終えて、あとは三年間自分の学習をするものでしょう。自分の教科書の受けた検定の経緯ぐらい、小学生でも読んでいる。
雑誌感覚で読み捨てるものに、国の威信をかけるというのは、「だから日本の知的水準は下がったんだ」と感じるところですね(笑)。


詭弁
教科書検定における文科省の介入、つまり国家権力の介入が問題の発端であることに目を逸らせてはいけない。
(介入問題は、国会における共産党・赤嶺議員の質問に文科省はしぶしぶ認めた)

そうした動きに、多くの親族友人を軍命令による集団自決でなくしたあの忌まわしい沖縄戦を経験した沖縄県民の怒りが爆発したのは当然の帰結。

県民の怒りを反民主主義と規定するのなら、民主主義とはいったいなんぞや?

黙って国家のやり方に粛々と従うのが民主主義なのか?

11万人が4万人だったとか、はては、熊大生が写真の人数を数えたら2万5千人だったとかいう胡散臭いことが飛言的に言われているが、参加者数を数えたのは唯一主催者である。その発表が一番真実に近い数であろう。しかも会場に入りきれなかった人もたくさんいたと報告されている。

だが問題の本質は集団自決に軍が関与したかどうかであって、枝葉末節なことで問題の本質を覆い隠す靖国派の詭弁には心底怒りを感じる。


パンドラの箱を開けましたね
これで政治的に教科書問題に介入する糸口ができてしまいました。
今回は市民運動が介入の切欠になりました。
次回は以降政治家や業界団体が政治介入を教科書に行ってくるでしょう。
その時は是非必死でやり返して下さい。無駄でしょうけどね。
短絡的で無思慮な反射行動で、何十年間も沢山の人々が頑張ってきた事を全てふいにしましたね。

もう教科書は圧力を加えたら変更してよいという前例が今回できてしまいました。
一時の勝利に酔えばよろしい。
でも、今回の見せ掛けの勝利は後遺症が非常に大きなものになるでしょう。
末代まで後遺症が残るでしょうし、もう引っ込みは付きません。

日本は反民主の方向にどんどん流れて行きますね。
もう教科書問題は「圧力」でどうにかなる問題に矮小化されてしまいました。
他ならぬ平和勢力の行いでね。

報いはこれから何十年も掛けて受ければよろしい。
でも忘れてはならない。圧力で教科書を変更させたのは沖縄の住民と、それを唆した者達であったと言う事を。

少なくとも、私は今後の教科書問題では貴方がたの味方は一切しない。
圧力を市民がかけても良いが、国家がかけたら悪だ。まさかそんなダブルスタンダードは口にしませんよね?

横暴な行いには、横暴な反撃があるでしょう。自業自得と諦める事です。


業界の常識
常識ですか・・その常識は誰の常識でしょう?
11万人集まったと聞いて
『そんなに集まったんだ』と思った一般の人達が、実は二万人でしたと知ったらどう思うでしょうか?
けっして『そんなの常識だよね』とは言わないでしょう。
『騙された!』と思う人もいるのでは?
そして、それは大きなマイナスになります。

主催者に責任はありません・・ですか?
つまり、参加人数を偽装するのは、業界では当たり前。
チェックしなかった警察が悪い。
私達の真剣な想いの前では、水増し発表は問題ではない。・・・・これって食品偽装と同じでは?

これからは、正確な人数を自分達でカウントして、発表した方が良いと思います。
もう時代も違うし、業界の常識は一般には通用しません。
にょきさんの言われるとおり、正確な記述を求めている側が、嘘をつくのはマズイでしょ。
お客様に見捨てられますよ。本当に。




にょきさんへ
にょきさん>これでは反戦平和団体は「嘘つき」になってしまいます。

嘘つきではありませんよ。デモや集会の参加者数は主催者発表と警察発表と、二つあるのが常識です。集まった人は警察発表数を聞いて、「そんなに少なくないよ!」と憤慨するのが常です。最終的には、11万人と9万人なら、実数は大体10万くらいに収斂していきます。
沖縄大会は、なぜか、警察発表がなかったようですね。
「主催者側が警察を脅して発表させなかったとか、警察が怖がって発表しなかった」とか、産経新聞は言い振ら回していましたが、やるべきことをやらなかったのは警察であり、主催者や参加者に責任はありません。
そもそも、紙面に写真も掲載せず、老眼の人では発見できないほどのちっちゃな記事を載せただけの産経新聞に、いっぱしのジャーナリスト気取りで正義面してギャーギャー言う資格はないし、言われる筋合いもありません。 

大体、”人数を、数えた、数えた”と得意になっているが、産経は自社撮影の写真さえ所有していなかったのでは?(うそだの捏造だのと書くだけしか能がない新聞だから当然でしょうが)。

私も、よくデモや集会に参加します。こんなに凄い集会は初めてと思った時でも、翌日の警察発表が少ないと、「うそ~」と腹がたちます。
東京まで往復3時間、交通費3千円、厳寒の夜など泣きたくなります。
でも、何もしなかったら、もっと酷い世の中になってしまうと、切羽詰った思いで、ひとりでも多く、その『ひとりでも』になるために、冬の夜も、雨の夜も、皆、参加しているのです


超党派の大会だったよ
沖縄県民大会については、超党派であったことが重い。
〇大会実行委員長は、仲里利信・沖縄県議会議長
〇主催は、県議会各派や県PTA連合会など22団体で作る実行委員会
〇仲井間弘多・沖縄県知事も参加
〇6月末までに県議会と全41市町村が検定意見の撤回を求める意見書を可決。超党派の大会への流れをつくった
(参考・引用:2007年9月30日『朝日新聞』)
(これをいくらなんでも「この新聞社の記事では…」とケチつけることはできないでしょう。)
集会について主催者発表と警察発表がズレているのはいままでもちょこちょこ目にしたおぼえがありますよ。


沖縄の11万人の件は、事実がわかった後に是正する姿勢が無かったことに問題があるのですよ?

あの集会の後、警察や反戦集会関係者から「実際には4万人強だった」と言うコメントが出た後に反戦平和集会に出席しましたが「11万人が」を連発、これだけの人たちが集まった集会だからと「11万人も集まった」事を重視して集会を行っていました。
私は正直、頭を抱えながら集会を傍聴していました。(下手なことを言っては恩義ある人に恥をかかせてしまいますし。)

これでは反戦平和団体は「嘘つき」になってしまいます。
「今までの色々な数字も嘘だったのではないか」という推測すら具体性を持ってきてしまうのです。

さらに11万人もの人だという認識だからこそ政治も動いたのです。
これは国民主権、民主主義の理論が働いています、「多くの主権者の意見だから」動いたのです。
このままでは嘘をついても人数を誇張すれば意見が通ると言う恐ろしい事態になってしまいます。
(これはナチスドイツの手段と同じです。)

だから、正義を主張する者ほど情報は正しくあらなければなりません。



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●「外交政策勉強会」 福田首相私的懇談会(07/12/9発足)◎五百旗頭真 防衛大学校長△岡本 行夫 元首相補佐官 小此木政夫 慶応大教授△北岡 伸一 東京大教
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