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国と個人は違います・・・

この記事に関してのお断り
これは死刑制度の是非を書いてるのではありません。
ただ、三輪さまのおっしゃっている 「「個人なら許す」「国は許さない」と言うダブルスタンダードです。 」
にはお答えしなければ・・と思ったもので。

今年もどうか、ポチッとお願いいたしますm(_ _)m



以前から書いているように、お玉は「~すべきである」という言い方があまり好きではありません。
そのくせ、憲法を自民党主導に改悪すべきではないと思ってますし、死刑制度は存続すべきではないと思ってます・・
「すべきではない」ことに「国は」という主語がつくとき、お玉は今の政権には手厳しい物言いをしています・・・

国と個人は違う。
また人の命や安全に関してお玉の中には「譲れない」思いがある。
「全体の利益のためになら、個人を犠牲にしても仕方がないんだよ、ほら、みんながそういってるでしょ。」
という論法でたとえ国民の多くが賛同していることがあろうとも、それを民主主義的だとはお玉は思えない。

人の命を考えるとき多数決は民主主義にならないとお玉は思っているのです。
それは「全体主義?」的なものへつながっていくのだと思うのです・・
このブログをはじめるまではそこが漠然としていて、うまく語れなかったのですが、
村野瀬玲奈ちゃんLuxemburg卿喜八さんや・・いろんな方達と接するうちに、
お玉は何が嫌なのか・・が見えてくるようになったと思う。

民主主義の落とし穴にハマった例はヒットラーですよね。
正規に国民が選んだのがヒットラーだった・・その結果民主主義は全体主義になっちゃって
ユダヤ人を迫害することでがまかり通った・・のですよね。
多数決は必ずしも正しくない・・

だから「立憲主義」という歯止めがあるのですよね。
この立憲主義をなぜか自民党の憲法審議会は「嫌い」ます。
個人なら許す、でも国は許さない・・これ、立憲主義につながってくる事ではないでしょうか?
ああ、だめだ・・うまく表現出来てないですね。

でも・・でも・・
歯止めがなければその時々の「政府」「国民」「マスコミ」の考え方で
国は動いてしまいます・・自民党が本当にしたいことは歯止めをなくした民主主義で、それは個人に我慢を強いることにつながるのだとお玉はおもう・・・ああ、この話も今年はじっくり書かねば・・

otamaお玉、FC2政治ブログランキング と 人気ブログランキング登録してます。いろんな人に憲法と平和を語りたいから、あんまり過激な事は書かないし、むずかしいことも能力不足で書けません・・それでも、お読み頂けましたら、どうかどちらも、↓ポチッとお願い致します
m(_ _)m 二つもあってごめんなさい


 
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(非公開コメント受付中)

ペリフェラルさんとMNGさんへ
ペリフェラルさんへ
お返事ありがとうございます。
こちらこそ、これからもよろしくお願いします。
今回は、私の不確かなコメントで、お手間を取らせてすいませんでした。


MNGさんへ
お仕事お疲れ様です。
何で、日本にはクリスマスや正月があるのでしょうか(笑)

>マスコミがスポンサーの顔色を見ながら・・
そうですね・・現状は、いかにして視聴率を取るかが、マスコミ(テレビ)の最大の目的になっているということですね。 
ですから、ニュースも視聴率の取れるものしか、報道しません。
殺人事件は削っても、朝青龍は毎日やる。
朝鮮総連は無視しても、アザラシはやる。

つまり、国民の見たいニュースを報道する・・ということでしょう。

私の『世論を見ながら・・』とは、こういう意味で書きました。

>沖縄はちょっと違う・・
ええ、ちょっと違いますね。
問題なのは、マスコミの報道だったと思います。
どう問題だったかは長くなるので、疑問があればまた聞いてください。

>恣意的な捜査がまかり通っている・・死刑が最高刑・・
この部分に関しては、その通りだと思います。
ただ、最高刑が終身刑でも懲役刑でも同じですね。
私にとって『冤罪』の問題は、『死刑廃止』よりも遥かに大きいです。
もちろん、国が冤罪を積極的に進めようとはしていないのですから、少しずつ良くはなるでしょうが・・
DNA検査、取り調べの公開・・あとアメリカでは『脳指紋』が裁判で採用されそうですね。

まぁ、冤罪を防ぐ決定的な方法がない以上、あらゆる手を打っていくしかないのでしょうね。





この件、最後にします。
田柄さんへ。

>お返事が遅くなってごめんなさい。

いいえ、こちらこそです。
本日、年末調整が終わって、ホッと一息ついております。

>基本的に世論はマスコミが作っていると思います。
ただ、マスコミも商売でやってるわけですから、世論を見ながら報道している面もあるでしょう。

世論を見ながらというよりも、ネタを提供してくれる警察と、スポンサーの顔色を見ながらだと思いますが。

>あと・・マスコミや国民の大合唱には、背筋が寒くなります・・ですね。
私も同意見です。
ただ、私は教科書の沖縄問題の時も、同じように感じましたが?

教科書の沖縄問題というのは、県民集会のことですね。
それを、マスコミに扇動された国民の大合唱と対応させるのは、ちょっと違うんじゃないですか?
県民集会はあくまで県民の内側から盛り上がったものであり、文科省による検定の方が、生徒を誤った方向に扇動するものだと思いますね。
そもそも今回の検定は、「沖縄集団自決裁判」の影響を受けたものですが、その裁判の原告側の主張がまったく的外れであることが、「山崎行太郎の毒蛇山荘日記」で明らかにされています。
非常に面白いです。
http://d.hatena.ne.jp/dokuhebiniki/20071110/p1

さて、背筋が寒くなると言えば、やはり冤罪です。
冤罪と言うとただの間違いのような印象もありますが、昨今の冤罪事件を見ると、そうではないようです。
富山の婦女暴行事件、鹿児島の選挙違反事件、愛媛の交通事故などを見ても、それは明らかです。
アリバイがあっても、証拠がなくても、とにかく自白を強要し、さらに証拠の捏造・でっちあげまで行なって、容疑者を有罪にしようとした結果が冤罪なのです。
そこには真犯人を捕まえることよりも、一旦目星をつけたらとにかく有罪に持っていくという、警察のメンツだけしかないようにさえ思えます。

こんな恣意的な捜査がまかり通っている現状で、最高刑が死刑である事は、非常に恐ろしいことではないでしょうか。
多くの方が述べられているように、無実の人が死刑になってしまっては取り返しがつきません。
警察の内情をよくご存知の亀井静香氏や、現場で警察との接触が多かった鈴木邦夫氏が、死刑に反対しておられる意味は大きいと思います。

今回の死刑の話題に関してはこれで書き込みを終えたいと思いますが、色々な方の意見を読むことが出来、とても有意義でした。
ありがとうございました。


田柄さん
なかなか、書くペースが遅くてすみません。

>私の周りだけかもしれませんから・・

そうでしたか。周囲の反応というのも、頭からバカにできるものではなくて、限界を弁えていれば一つの参考にはなると思います。

>ただ、一般の国民にとって、初めて目に見える形で現われた死刑廃止派が、安田弁護士だった・・というのは意味があったのでは?

「初めて」と言えるかどうかは保留しますが、「安田弁護士が、死刑維持派の数を何%なのかはっきりとは言えないが、増やした可能性がある」という言い回しでよいなら、同意いたします。

今回は、双方で合意できた点もいくつかあったと思います。また何かありましたら、よろしくお願い申し上げます。


ペリフェラルさんへ
あぁ・・そうですね。
私のコメントは、正確ではないですね。ごめんなさい。
確かに、安田弁護士は死刑賛成の世論を高めたというのは、根拠が薄いです。
私の周りだけかもしれませんから・・

ただ、一般の国民にとって、初めて目に見える形で現われた死刑廃止派が、安田弁護士だった・・というのは意味があったのでは?

世論の形成にとっては『事実』より『イメージ』が重要になるでしょう。
その意味で『ドラえもん』は、面白過ぎだったと感じています。



田柄さん
ご回答いただきましてありがとうございました。どうも記憶力が悪いもので、そうなると2006年以降ということになるでしょうか。

実は意図していた論点は、「私は『死刑賛成』の世論を高めた功労者は、安田弁護士だと思っています。」に対する疑義でした。
で、根拠になっている「まぁその結果が、世論調査に出ていますよね。」の世論調査とは具体的にどういった調査かも事前にお聞きするべきだったのが失念しまして、いつもながらやることがマヌケです(苦笑)。

先に話を進めますと、内閣府世論調査によると。
1999年 「死刑を廃止すべきだ」8.8% 「場合によっては死刑もやむを得ない」79.3%
2004年 「死刑を廃止すべきだ」6.0% 「場合によっては死刑もやむを得ない」81.4%

・・・となっており既に高いわけですが、それ以降の(一応ですが)「信頼」できるデータが見つからないので、本当に世論が高まっているのか、「功労者」が安田弁護士なのかが、私としては判然としないわけなのです。

「本来は、こんな不確かなことは書かないように心がけているのですが・・」とおっしゃってますので、それほど真剣に議論することでもないのかなという気もしますが・・・今ひとつ得心がいかなかったものなので。


ペリフェラルさんとMNGさんへ
ペリフェラルさんへ
いつもコメントありがとうございます。

ご質問の件ですが、
『ドラえもん』発言からだと思います。
この発言自体は、死刑廃止とは関係がありません。
しかし、多くの人が安田弁護士を認識したのは、この時からでしょう。

何の知識もなく、あの発言を聞けば・・良い印象は持たれないのでは?

安田弁護士→死刑廃止→死刑廃止論者→ドラえもん(笑)
という認識の人達もいます。
本来は、こんな不確かなことは書かないように心がけているのですが・・
今回は、例の新聞を読まない人達が、安田弁護士の話題で盛りあがっていたのが印象的だったので書いてみました。

あっ! 私個人としては『クソ野郎』とは思っていませんよ。
一応、法学部卒なので(笑)


MNGさんへ
お返事が遅くなってごめんなさい。
そうですね・・
今回は珍しく?あなたと同意見です(笑)

基本的に世論はマスコミが作っていると思います。
ただ、マスコミも商売でやってるわけですから、世論を見ながら報道している面もあるでしょう。

朝青龍でテレビが盛り上がっていた時に、とくだねの小倉氏が
『朝青龍なんかどうでもいいんだ!こんなニュースやりたくない! でも数字が取れるから仕方がないんだ・・』
と発言したこともありましたよ。

あと・・マスコミや国民の大合唱には、背筋が寒くなります・・ですね。
私も同意見です。
ただ、私は教科書の沖縄問題の時も、同じように感じましたが?

う~ん・・ここは意見が違うかな・・(笑)




またまた、マルチレスで失礼します
kusukusuさん。
深刻な対立点はなさそうなので、私のほうからは終わりにしますが、いろいろと考えるための貴重なヒントを提供して下さいまして感謝です(今頃になってなんですが、ビラまき有罪のエントリでのご指摘もキラリと光っていて、思わず膝を打ったものでした)。ありがとうございました。

田柄さん。
いつも丁寧なご挨拶痛み入ります。

>そうですね。もちろん他にも理由があっても良いし、死刑に人権の問題があるのも判ります。

ご理解いただきありがとうございます。

>ただ、一般の国民にアピールするのにマイナスになるのでは? と思ったので書きました。

たしかに、マイナスになるものもあると思います。「死刑を廃止しないのは人権後進国だ」とか、「死刑を支持するなんて野蛮だ」などということは私は考えておりませんし、そのような物言いがいいとは思いません。

>国民にとって彼は『クソ野郎』になっているのでは?

まず、確認のため質問させて下さい。安田弁護士はいつからそのように思われるようになったのでしょうか?


何が世論を作るのか。
田柄さん、こんばんは。

>まぁその結果が、世論調査に出ていますよね。

>私は『死刑賛成』の世論を高めた功労者は、安田弁護士だと思っています。

>死刑廃止派の人達も、一般人からすれば、安田系に見えてしまうのでは?

やたらに世論調査を持ち出されますが、「一般人」の世論を形成するのは、やはりマスコミやワイドショーですよね。
しかし果たしてその報道やコメントは、客観的な事実なのでしょうか。

安田弁護士についても、光市母子殺害事件についても、テレビは常に一方的で予断に満ちた放送を流してきたのではないでしょうか。
最高裁の判決も「国民感情」を考慮したものだったと、ニュースで言ってましたし。
裁判所は事実と法律に基づいて判決を出すところだと思っていましたが、マスコミに作られた「国民感情」が影響を与えていたとは驚きました。

マスコミ、国民、検察、裁判所が一体になっての、「吊るせ、吊るせ」の大合唱には背筋が寒くなります。

そういえば最近やたらと少年犯罪の凶悪化とか言われますが、実際には以前の方が数段ひどかったようです。
http://kangaeru.s59.xrea.com/

マスコミのいいかげんな情報に流されないようにしたいものです。


また長くてすみません
>ただ、現実には教育刑と対価刑をハイブリッド的に運用していく(未成年には前者、成人には後者にウエイトを置く)ということになるのかもしれません。

でも、それは現状でもそうだから現状維持で死刑を廃止しなくてもいいのではということになる・・。
結局、応報とか対価の要素を完全に否定して、純粋に教育刑にするべきというのは無理なんですね。だって、応報の要素がまったくないならば軽犯罪、重犯罪の区別もなくなってしまう。万引きとかの軽犯罪は短い懲役期間にして殺人は重い刑にするというのを認めた時点で、犯罪の対価を基本にしている刑罰であることは認めている。(純粋に更生させるためだけに刑を与えるならば、殺人事件を起こした人間よりも万引きの常習者の方がもしかしたら更生が難しくて刑期が長くなるかもしれないが、さすがにそういう風に刑法を改めて純粋に教育刑にしろとは主張できない。)
で、その点は(対価を基本に刑罰を定めている点は)死刑廃止論者でも存置論者でもほぼ国民的合意が出来ていると思う。死刑を支持する人たちも、あくまであまりにひどい殺人事件を起こした人間には死刑しかないという主張でしょう。たとえばイランや中国では、殺人ではない、泥棒のような軽犯罪でも死刑になることがある。純粋に犯罪抑止のためだったら、むしろその方が効果的なんですね。泥棒でも死刑になることがあるなら泥棒しなくなる人は出てくると思うので。でも、いくら日本で死刑賛成の人が多いといっても、イランや中国みたいに殺人でなくても死刑にしろと主張する人はまずいないと思う。(三輪さんが中国の死刑は批判しないのかと言っていたけど、そんなことはない。今、書いたように、軽犯罪で死刑になることがあるという点で中国の死刑制度は日本以上にひどいものだと思います。)
だから、そこまでは存置派も廃止派も合意は出来ていると思うし、ただ、あまりにひどい殺人事件は死によってしか償えないのではないか?と考えるのが存置派で、それに対して廃止派としては、いや、そういうケースでも終身刑とか、あるいはあくまで更生させる目的は掲げるべきなので懲役100年の刑にするとか、そういう形で対価するように転換して、そのような犯罪者の更生に取り組むことで今後、同じような犯罪が起こるのを防止するための教訓も導いていく形で生かしていけないか?と主張しているわけです。


ペリフェラルさんへ
いつもお返事ありがとうございます。
そうですね。もちろん他にも理由があっても良いし、死刑に人権の問題があるのも判ります。
ただ、一般の国民にアピールするのにマイナスになるのでは? と思ったので書きました。

もし、本気で死刑を廃止するなら、一般の国民の支持が必要ですね。
そのためには、国民から反発を受けるような主張は控えるべきでしょう。
『人権』『世界の常識』などは、良いイメージを持たれないのでは?
あくまでも、刑罰の効率化のため・・改革の一端ですとした方が、可能性が高いと思いますが・・

安田弁護士に関しても、真剣に死刑廃止を目指していることを知っています。
彼の主張は正しいのでしょうね。
しかし、現実は?
国民にとって彼は『クソ野郎』になっているのでは?
もちろん、一部だけを取り上げたマスコミの責任もあります。
しかし、真剣に死刑廃止を主張する彼が、死刑廃止にブレーキをかけたのは事実でしょう。

死刑廃止派も、国民の反感をかわないような主張をすべきでは? と思いますが・・

う~ん・・私の日本国民の評価は、低すぎるでしょうか?(笑)↓


できるだけ切り詰めたつもりですが、長くなってすみません <(_ _)>
田柄さん。
こちらこそ、ありがとうございます。

>あとは(中略)このくらいで良いのでは?

はい、これらは理由になると思います。ただ、理由(論点)は他にもあって良いと思います。Wikiで紹介されているだけでも論点は13あります。どれに重きをおくかという点で、差はあると思いますが。

>私は、死刑廃止を訴えるのに、人権や国家権力やフランスの大臣を持ち出すのは、反対です。

フランスの大臣については、「そんなお話もあるか」ぐらいに受け取ってもらえればいいのではないかと個人的には思います。
人権については、田柄さんも指摘されていますが、冤罪で処刑されてしまってはその人の「生存権」を奪うことになりますので、人権の問題になるのです。
国家権力については、先の投稿で最初に触れています。ご理解いただけたと思いましたが・・・。

>死刑廃止派の人達も、一般人からすれば、安田系に見えてしまうのでは?

安田氏については、長くなりますので論評は控えます。ただ言えることは、「一つのケースで、全体を判断しないでいただけたらありがたいです」というメッセージを、地道に訴えていくということかと思います。

kusukusuさん。
まあ、一律に合理的な量刑のあり方というのはないのですけど。

>その人間が本当に更生しているのか否かをどうやって(略)。

はい、「更生」するふりのうまい人が早期出所でき要領の悪い人が・・・なんてこともありそうです。反省しているしないにかかわらず、おこした罪の重さに応じてあがなう応報刑型・・・というか対価型の刑(変な表現かもしれませんが)のほうが公平な面があるのです。しかし、それのみでも欠陥はあるので、情状酌量のような情の要素も加味して判断するということになるのでしょう。

>どのような犯罪者でも更生させることを刑罰を与える目的にするべきではないか(略)。

私は教育刑も問題は多いと思います。長くなるのではしょりますが、「良心の囚人」問題等があります。
ただ、現実には教育刑と対価刑をハイブリッド的に運用していく(未成年には前者、成人には後者にウエイトを置く)ということになるのかもしれません。
最高刑を100年にするでもいいと思いますが、あまりに罪が大きいので払ってもらう対価(年数)も極大になり、「更生可能性」を上回ってしまうというケースがまれに発生するということなのだと思います。


終身刑について
終身刑については僕も考えがまとまっていないところがあるんですが、たしかに死刑を廃止するならばせめて終身刑をもうけるのではないと社会的に死刑廃止の支持は得られないだろうということはあるとは思います。
ただ、どうして死刑に疑問が持つのかという大きな要素としてあるのは、 Looperさんが言っていることに近いのかもしれないけれども、殺人を犯してしまった人間が更生することを断念してしまうものだから・・ということがあるんですね。どのような犯罪者であろうと、殺人を犯したものであろうと、やはり死刑という形で断念してしまわないで、その犯罪者を更生させることに社会は取り組むべきなのではないだろうか?・・ということ理屈でいくと、終身刑というのも、一生、その人間は刑務所から出て来れないわけだから、やっぱりその人間が更生することを断念してしまっているものなんですね。だから、どのような犯罪者でも更生させることを刑罰を与える目的にするべきではないか・・という考え方でいくと、死刑だけではなく終身刑というのもおかしいのではないか?ということになるかと思うんです。
だから、現在、僕がこうするしかないのかも・・と考えているひとつの案は、現在の刑法では死刑に当たるような殺人を犯した人間は、死刑廃止後、刑期を決めないで、完全に自由刑にしたらどうか?ということです。刑期が何年という年数は決めなくて、その人間が更生したとみなされたら刑務所から出れるということです。とはいえ、まったく刑期を決めないのではなくて、たとえば15年以上とか、最低年月は決めてもいいですが・・。そして、15年たってその人間が更生していると判断されたら社会復帰できるけれども、更生していないと判断されたら刑務所から出れない。これだと、いつまでも更生しない人間は結果として刑務所で一生を終えるから実質的には終身刑になるわけです。
もっとも、この案も、その人間が本当に更生しているのか否かをどうやって判断するのか?と突っ込まれるかもしれませんが・・。


ペリフェラルさんへ
コメントありがとうございます。 

もともと、私は死刑廃止に反対ではありません。
前のコメントに書きましたが、どちらでも良いという考えです。

ただ、死刑廃止派の主張に疑問が多いため、質問をさせていただきました。

正直、死刑を廃止したいなら、ペリフェラルさんの主張で押すべきだと思います。
あとは・・
・犯罪抑止効果からみて、終身刑は死刑の代替になりうること。
・もともと、死刑囚の数が少ないので、終身刑に切り替えても経費は増えないこと。
・冤罪の可能性があるので死刑は危険性が高いこと。
このくらいで良いのでは?

私は、死刑廃止を訴えるのに、人権や国家権力やフランスの大臣を持ち出すのは、反対です。
一般の人達は『ドン引き』しますよ(笑)

まぁその結果が、世論調査に出ていますよね。

私は『死刑賛成』の世論を高めた功労者は、安田弁護士だと思っています。

死刑廃止派の人達も、一般人からすれば、安田系に見えてしまうのでは?





田柄さん
>『人を殺す』ことに反対してるのに、『人を死ぬまで閉じ込める』のはOKなの?という単純な疑問です。

確かにどちらも苛烈な刑罰です。どちらが刑罰として重いか軽いかは、一概には言えないかもしれません。
しかし、「国家が強制的に生命を奪う行為」を極力減らしたい立場からすると、できれば死刑はやめてもらいたい。また、「個人が強制的に他者の生命を奪う行為」も正当防衛を除けばとても許されるものではなく、重罰は必定でしょう。この相克におけるぎりぎりの妥協ポイントとして、終身刑(絶対的終身刑を含む)を選択しているのです。
もう一つは、こうすることで「お互い歩み寄れないだろうか」という提案でもあります。政治は対立と合意形成が複雑に絡まり合って動いていくものです。「現在の制度のまま死刑だけ廃止したら、全ての殺人犯が20~30年程度で出所してきかねない。それはおかしい」という懸念を払拭し、少しでも維持派と廃止派の合意形成に近づけたいという思いから出されている代案なのです。


あらためて
人間として足りない行動をとってしまったことをお詫びします。
では、あらためまして、
あけましておめでとうございます
御迷惑おかけすることになりそうですが、今年も宜しくお願い致します。
本題に戻ります。
死刑と終身刑の違いについてですが、私は冤罪のとき救済できる余地を残すことだと思います。
国も人が運営する以上、誤りは必ずあります。国が行う事は全て正しいなんてあり得ません。当然国が冤罪で殺人を犯すのもあります。そこで私は殺人ではなく、拉致監禁ぐらいに抑える為に、死刑を廃止すべきと訴えているわけです。
殺してしまっては本人を救済できません…


Looperさんへ
お返事本当にありがとうございます。
・・前回の私のコメントですが、書き方が良くありませんでした。
解りにくかったと思います。ごめんなさい。

それで、犯罪者を死刑にするのは、責任の放棄になる・・ですね。
これは理解できます。そういう意味だったんですね。ありがとうございます。

次に、同じ犯罪を生み出さないように教訓を引き出す・・ですね。
私も、それは大切だと思います。
しかし、実際にどこまで出来るのでしょうか?
今までに、どのくらいの教訓が引き出せて、どのような効果があったのか・・

私はキビシイと感じています。

最後に死刑だけを特別扱いする・・ですが、
これは本当に、私の書き方が悪かったですね。

私の聞きたかったのは、
『死刑と終身刑とそれほどの違いがあるのか?』
です。
死刑廃止派の主張で、死刑廃止の代わりに終身刑を設ける・・というものがあり、疑問だったので書きました。
『人を殺す』ことに反対してるのに、『人を死ぬまで閉じ込める』のはOKなの?という単純な疑問です。


今まで、死刑反対派のコメントをたくさん見てきましたが、正直、Looperさんのコメントが一番理解できました。(同意できるかは、ともかく・・)

ありがとうございました。


「命が等価」なんて嘘
さて、挑発的なタイトルを提示しましたが。

「命が等価」なんてのは嘘です。大嘘。でも、大切な嘘。それが国と個人との違い。

個人にとっては命は等価ではありません。当たり前でしょう? 日々、報道で人の死が報道されています。時には扇情的に残された遺族の悲しみの様子を大写しにする。確かにそうした遺族の悲しみに接すると心動かされるのは事実。でも、それは他人の悲しみでしかない。

その証拠にしばらくすれば忘れるでしょう? でも遺族は忘れられない。これは第三者と遺族では命が等価ではないという証拠。人間は感情の動物であり、その感情においては「命は等価」なんてのは嘘だということ。もし、それが本当なら第三者だって遺族同様に悲嘆にくれることになり、こなすべき仕事だって手につかなくなる。報道を見たものすべてが仕事に手がつかなくなるなんて事態が起これば、経済にだって影響があるはず。社会に影響する巨大な個性が亡くなったときにはそうしたこともあるかもしれないが、通常はまずそんなことはない。これが現実。「命は等価」ではない。

だが国は、少なくとも民主主義国家はそんなことは言ってはいけない。「命は等価」でなければならない。それは私たちの祖先が多くの血を流して獲得した理念だから。たとえ嘘であっても、そうあらねばならない。これが個人と国との違い。個の感情と国家の理性の違いと言い換えてもよい。だからダブルスタンダードは当たり前。

遺族は加害者の命よりも被害者の命を重視する。だから加害者には人権を認めない。個の感情からすれば当然。だが国は、どちらの人権も認めねばならない。その地点に立ってこそ、Looperさんが提示した視点を持つことができる。

死刑はあくまで国の制度。国の制度は国家の理性によって立たねばならない。感情に支配される個人は、どうよくせいしようとも殺人を犯してしまうことがさけられない。が、理性に支配されねばならない国は、殺人を抑制することができるし、抑制せねばならない。「命は等価」で死刑を殺人と見なすなら国家の理性は死刑を廃止する方向へ向かうのが当然の帰結。

だが、「信なくして国立たず」という。この信は個人の感情に寄るのも事実。「当然の帰結」が当然に信を得る結果となるかどうかはわからない。


水差しますね
冤罪ってご存知ですか。日本一有名なブロガーも、死刑ではないものの冤罪というものを取りあげていました。私は有名どころで名張毒ぶどう酒事件を冤罪と判断します。死刑肯定の方は一度、日本と海外の犯罪検挙率と有罪確定率、他の冤罪事件について御自身でお調べになられてはいかがですか。
そして、あなたは既に執行された冤罪死刑囚にどのような補償ができますか?
所詮“人間”が、同レベルでしかない“人間”を裁くことに無理があるんです。


死刑肯定論者のみな様へ
反死刑論者のみなさんへ

コメントする上での礼儀を守りましょう
こんな小学生みたいな事を言われ、死刑肯定の議論をするとは何とも情けない!
そんな礼儀を守れない方に死刑肯定を語る資格なし。
ましてや
人様のブログにURLも入れずに村野瀬さんやお玉さんを誹謗中傷するのは、人間の行う行為だとは思いません。
URLを入れ正々堂々と議論しましょう。
小学生並の礼儀は身につけましょう。


Looperさんへ
正直、私は死刑廃止に、今現在は反対という考えですが、Looperさんのお話については死刑存置の立場であっても踏まえておくべきものだと思います。

確かに、近代法における刑罰は、教育刑であって応報刑ではありませんし、今後もこの傾向で刑罰があらねばならないのは事実ですが、当の被害者遺族にしてみれば、刑罰に応報の意味を持たせて自分自身の憎しみや悲しみを昇華している人もいます。

この点について、Looperさんは、『死刑廃止=加害者が死刑になる可能性すらない状態』を被害者遺族に対して、直接どう語りかけ、どういう態度で臨むべきなのか、それをお聞きしたいと思います。

「消極的な死刑存置論」というのは、「自分の身内の人が殺された場合」を想定するがゆえに、「被害者遺族に対するアプローチ」で死刑廃止の支持ができないのです。
おそらく、ほとんどの人がそこが分かれ目になっているでしょうから、その点について、Looperさんは死刑廃止を実現するにあたって、どうお考えなのか、ぜひともお聞かせいただきたいですが、いかがでしょうか。


田柄さん
>レイプも誘拐も窃盗も詐欺も駐車違反も・・全て社会にも責任があり、みんなで罪を負え・・ということですか?

どなたかも言われてましたが、生まれつきの犯罪者がいない以上、私たちの社会には、犯罪の生まれる背景を放置し、その人を犯罪者にしてしまった責任が存在するのは当然のことです。
で、実際、その責任を社会が認めているからこそ、刑務所の運営費、犯罪被害者給付金などに税金が使われているのです。その犯罪者を生み出した責任を、私たちの社会はすでに負っています。にもかかわらず、最も責任の重い殺人犯にだけは、なぜかその責任を途中で放棄する・・・その根拠こそ何なのでしょうね?教えていただきたいです。

むしろ、なぜその殺人という犯罪を生んだ原因の証人である殺人犯の言動から、その犯罪の根を探り、2度と同じ犯罪を生まない教訓=被害者の命の尊さを生かす教訓を引き出そうとしないのでしょう?なぜ、その重大な犠牲の上に生かすべき教訓の根を簡単に絶やそうとするのでしょう?犯罪者だけを「死刑」にして、我々の社会がそこから何の教訓も得ず、何も変わらず、同様の犯罪者を生み出し続けていて、どうして被害者の命に報いることができると言うのでしょう?

> それとも、死刑だけが特別なのでしょうか?

死刑という刑罰が、懲役刑とは質的に全く異なる特別な刑罰であるのは論を待たないと思っていたのですが・・・
むしろ、殺人犯にだけ「死刑」という特別扱い(責任放棄)をする理由が分かりませんって話です。


死刑についての討論になってますね・・
「国と個人」ということで、下で私は政府の公共側面についての意見(「盛り上がってますね」)を書きました。

国・政府・個人についての私の考えを短く書くと、
国=個人の集まった共同体 (あるいは家族・地方・各種団体などの小共同体の共同体とも見なせる)
政府=共同体の運営組織であると同時に、公共としての役割を果たすための権威を持つ。

ここのコメント欄で、死刑についての討論になっているようですね。

死刑の賛否について、コメントできるほどの考えはまとまってないですが、いろいろ思ったことを書いてみます。

死刑について考えられる最大の問題は、誤審による誤った死刑判決でしょうね。

有罪率99%以上の状況では、死刑判決も歪みが多い。すなわち誤審による死刑が多発している可能性がありますね。

有罪率99%以上で、司法権を検察庁が事実上持っている状況、三権分立が守られてない状況なので、死刑執行を積極的に賛成できない状態です。

特に最近の清和会支配下の政府、国民の利益を無視し「公共」であることを放棄しているも同然の政府に、死という制裁権を与えたくないです。



Takashi さん

あのね、村野瀬玲奈さんのブログも読まず、お玉の死刑廃止論のカテゴリーも読まずあなたは書かれていますね・・・
私たちはこの問題に向き合ってずっと考え記事を書いております・・

>村野瀬玲奈さんのような思い上がった発言は極一般の掲示板では
>受け入れられないでしょう。
>集中攻撃の対象になりますよ。

そのような脅し文句をおっしゃるのであれば、ここでコメントすることを許すわけには参りません。あなたは理解していないでしょうが、お玉はここのコメント欄をほぼ全面開放しております。あなたもおっしゃっているように、死刑肯定派が8割とも言われる現状の中、「死刑廃止論」というテーマを取上げ、勇気を持って書いている人たちのリスクも理解出来ずに、そのような物言いをなさるあなたこそ、お玉には受け入れるわけにはいかない。
人の書いているものもキチンと読んでコメントしなさい。村野瀬玲奈さんが提示している記事もキチンと読んだ上でコメント下さいますように・・








討論中で
失礼しますが発言させて下さい。

>「死刑には犯罪抑止力がある」という思い込みがあること、
>死刑制度についてのさまざまな情報が十分に
>知らされていないことなどがあげられるでしょう。
>それが全部ではないと思いますが...。

まったく世論の意見を汲んでいない
的外れの意見だと思います。
多くの圧倒的多数の死刑賛成派の意見を別に代表するわけではありませんが
犯罪抑止力より多くの皆さんが考えているのは
被害者の立場になって考えているからだと思います。
"山口県光市で起きた母子殺害事件"での本村さんの
真摯な訴えでの真っ当な極刑論
多くの世論はこう言った報道を興味深く目にしています。
今の時代はネット社会で情報が余りすぎるほどにありふれております。
自身のみが全ての情報を把握しているような
村野瀬玲奈さんのような思い上がった発言は極一般の掲示板では
受け入れられないでしょう。
集中攻撃の対象になりますよ。

あなたは以下のような言っていますが

>「被害者遺族に向かって死刑廃止論を主張してみなさい」
>と言わんばかりの主張は反則だと思いますが、

このような発言も一般世論の多くの考えを汲んでいません
反則と言うこと事態
的外れな意見でしょう。
多くの一般世論は被害者の立場になっているのです。
何時自分が被害者になるかもわからない世の中で
司法と言う関われない壁
どうしようもないやるせなさに
辟易しているのです。


>愛読者さん
愛読者さんは私の前のコメントの前半部の「結論」を読み落とされたようですのでもう一度繰り返しておきますね。

「愛読者さんのおっしゃることは日本も死刑廃止を目指してはいけない理由にはなりません。」

>それであなた様はいったいどのような理由で死刑制度を廃止すべきだと仰っておられるのでしょうか?

私のブログの「死刑廃止」カテゴリー
http://muranoserena.blog91.fc2.com/blog-category-4.html
に集めた記事の数々、そこからはったリンク先の数々がその答えです。

>なぜ圧倒的多数の国民が死刑制度を支持しているのだと思われます?

「死刑には犯罪抑止力がある」という思い込みがあること、死刑制度についてのさまざまな情報が十分に知らされていないことなどがあげられるでしょう。それが全部ではないと思いますが...。


どうしてでしょうか?
>あまりにも遺族の方々の気持ちを察しない無責任な発言だと思います。

どうしてそのように言われるのか、よく分かりません。
僕の発言に問題があると思われたのなら、もっとどこがどう問題なのか、分かるように書いて頂けないでしょうか?
僕の考えが間違っていると思われるのであれば、どこがどう間違いなのかをもっと具体的に指摘してください。
このような言われ方では、いったい、何が問題であったのか、よく分からないまま、非難を浴びているみたいで、正直、とまどってしまいます。


>「死刑にはする事が出来ません」とは断言できないと思うんですが。

私はあくまでもこれまでの通例ならば無理だと言ってるのであって
可能性無いなどとは言っておりません
なので遺族の方々が極刑陳情書なるものを世論に求めて
出している訳です。

>このような殺人事件が起こらない社会になってほしい…というのは、
>殺人事件の被害者遺族の方々の思いなのではないかと思いますから、
>そうした被害者遺族の方々の思いをより実現させるためにも、
>死刑制度を廃止したほうがいいのではないか?と考えます。

あまりにも遺族の方々の気持ちを察しない無責任な発言だと思います。
平和な母子家庭で結婚迫った一人娘を
ある日突然惨い殺され方をしたのです。
特に残された御母様は何をすればいいのでしょうか?
残された愛娘のブログでされている署名を見れば極普通考えられる
行動でしょう。
赤の他人である私は、いくら立場になって気持ちを考えても
どうしようも出来ません
署名に協力するくらいが関の山です
だから、私は
主要先進国の中で真っ当な司法制度を推進して
死刑制度を残してほしいと言っているわけです。


本文に対して
本文についてコメントすべきでした、すみません。
 民主主義が万能だったら魔女裁判で人を殺すことも可能となります。だから立憲主義があるわけで、多数者支配的な民主主義に歯止めをかけているわけですね。但し、それでも裁判所の手続によって慎重にやるなら死刑を言い渡すこともできると言えばできます。だから立憲主義は必ず死刑廃止につながるということではないと思います。しかし立憲主義諸国のほとんどが死刑廃止を選択していることは、立憲主義は究極の人権侵害である死刑をもはや許さないというところまで来ているのかもしれません。
 犯人を殺せば被害者が生き返るのなら、死刑は人権保障になるでしょう。しかし、実際にはもう一人の命がなくなるだけです。これは理念や理想や空論ではなく、現実です。死刑があれば凶悪犯罪が減るというはっきりしたデータがあれば先進国は喜んで死刑を選択するでしょう。私もそれで凶悪犯罪が減るなら死刑大賛成です。しかし、残念ながらそういう関係にないのです。理念ではなく数字が死刑廃止を導きます。
 この現実の前に説得力を感じる人が圧倒的だから死刑廃止をした国々が復活させることはまずないわけです。
 何の説得力もない無意味な感情論で行われる死刑は、立憲主義の求める純理性や冷静さの対極にあるのかもしれません。


>村野瀬玲奈 様
>死刑を廃止した国も、死刑がある間は死刑は「合法」で「正当」な制度でした。それでも「合法」で「正当な」手続にのっとって死刑は廃止されました。

今の日本では死刑制度は合法です。
廃止したかったら正当な法の手続きを踏んで廃止すればいいんです。

>それらの国では今では死刑は人道に反する違法な制度となりました。

それらの国ではそうでしょうが日本国は違いますよ。

>一方、「合法」で「正当」な日本の現憲法を変えようとする人たちがいますけど、「合法」で「正当」で国民の大多数の支持を受けている憲法を愛読者さんのおっしゃる理由で変えてはいけないということなら、それはけっこうなことだと思いますが...。

憲法を変えるかどうかを最終的に判断するのは日本国民です。また結果に不満があったとしてもきちんとした民主的な方法で選挙などの結果が出たらそれに従わなければなりません。(一部政治家にはその事が分かっていなくて官直人さんのように『有権者が馬鹿だから民主党が選挙に負けた』などとテレビで言う方々も見受けられますが、困ったものです)

それであなた様はいったいどのような理由で死刑制度を廃止すべきだと仰っておられるのでしょうか?『諸外国が廃止しているから』だけですか?
それと、なぜ圧倒的多数の国民が死刑制度を支持しているのだと思われます?
なぜ死刑反対派が支持されなくなってきているのだと思います?

もし説得力のある死刑反対論をお聞かせいただけるのでしたら真面目に拝聴させていただきたいです。


>wakuwaku_44さん
「被害者遺族に向かって死刑廃止論を主張してみなさい」と言わんばかりの主張は反則だと思いますが、それでも答えてみようと思います。

>1.当事者たる被害者遺族が死刑廃止を納得するためにどうするのか、そしてそれは被害者遺族が納得しうる根拠があるのか。

まず、被害者遺族が例外なく皆犯人の死刑執行を望んでいるというところが疑問です。有名な例では原田正治さんがいらっしゃいます。原田さんは自分の兄弟を殺した犯人の死刑執行を望みませんでしたが死刑は執行されました。あなたは原田さんの意思に沿ってこの犯人の死刑執行に反対したでしょうか、それとも、原田さんの意思に逆らってこの犯人を死刑にせよと主張したでしょうか。原田さんを「納得」させる答えは可能でしょうか。

また、殺人ではなくて過失致死で人を死亡させてしまった場合、被害者の遺族が「過失致死であれ人を殺したことにはかわりなく、私は深く傷ついているのだから、死刑を受け入れて罪を償いなさい」と強く要求し、世論に訴えたら、その遺族を「納得」させる答えは可能でしょうか。

遺族の「納得」「だけ」を主張の主眼にすえるなら、このようなことまで考えなければならないと思います。

ちなみに、原田さん以外にも殺人事件の被害者遺族で死刑廃止を訴える人はたくさんいます。さらにちなみに、私のブログには死刑賛成の被害者遺族と死刑反対の被害者遺族がお一人ずつコメントを残していかれました。立派な返事かどうか全く自信はありませんが私はそれぞれの方に精一杯返事しました。私の返事に興味ある方は私のブログの「死刑廃止」カテゴリーの記事の中から探してご覧ください。

>2.当事者たる被害者遺族が、死刑廃止によってもたらされる何かしらのマイナス(物理的・精神的な側面を含む)を甘受しなければならないことと、その理由は何か。

死刑を廃止しつつ、被害者遺族の経済的、精神的両面を支援する政策の実施は可能であり、死刑制度だけが被害者遺族への癒しだと決める理由はありません。その精神にもとづいた記事も、十分といえるかどうかわかりませんが私は自分のブログで書きました。

もう一つ。凶悪犯人に死刑を望む声をあげる人だけが犯罪を憎み被害者を思いやっていると言わんばかりの主張も反則だと思います。1981年にフランスで死刑廃止を担当したロベール・バダンテール法相が1970年代に弁護士として担当した凶悪犯パトリック・アンリは別の凶悪殺人事件の裁判が行なわれている裁判所の前に集まった群衆に混じって「犯人に死を!」と叫んでいたのです。また、幸いなことにお玉ブログにはそのような人はいませんが、死刑廃止を訴えるブログ記事に書き捨てのヘイトコメントを残していく人たちが本当に被害者のことを思いやっているかどうか私にはわかりません。

長くなってすみません、お玉さん。自分のブログ記事としても出せるように保存しますので、長すぎるので却下ということであれば自分のブログでも出します。


Takashiさんのコメントですが
>この夏に起こったOL拉致殺人
"名古屋拉致殺人事件"
に関しては
日本のこれまでの司法の常識では死刑にはする事が出来ません

ちょっと気になったんですが、これは、1人殺しただけだから、2人以上、殺害したら死刑になるというのが通例なので死刑にすることが出来ないという意味ですか?
それとも、3人で殺しているから、その3人の犯人の中に、首謀者とか、共犯者とか、いるだろうし、刑罰に差が出るだろうから(特に自首している人間は情状酌量の余地があると思いますし)3人ともは死刑にならないだろうという意味ですか?

1人殺したからということだとすると、2人以上殺したらというのはあくまで通例ですので、1人殺した場合でも、この事件のように特殊性があり社会に衝撃を与えたケースでは首謀者と思われる人間が特定されたら死刑の判決が出る可能性はあるのではないかと思います。「死刑にはする事が出来ません」とは断言できないと思うんですが。

ただ、3人とも死刑の判決を出すべきだということだとすると、自首した人間も情状酌量とか、まったく認めないことになってしまうので、それはまた別の問題をはらむのではないか?と思います。
これは死刑廃止の考えから言うのではなくて、裁判で自首しても情状酌量をまったく認めないという判決が出るようになると、今後、殺人事件を起こした犯人が自首しても刑が軽くなるわけではないからと自首することがなくなってしまいかねません。むしろ、自首しても死刑になるのであれば死刑になる恐怖心からますます自首しなくなります。そうした影響を考えると、自首した人間まで情状酌量の余地をまったく認めないで死刑の判決を出すようにすることは殺人者が自首する可能性をますますなくしてしまうので社会防衛上も問題があるのではないかと思い
ます。
特に、この事件の場合は、自首したから第2、第3の殺人事件がふせげた可能性がありますから、自首した人間は刑を軽くする制度だからこそ、犯人が自首し、第2、第3の被害者が出ることをふせげたのではないかと思います。なのに、自首した人間まで死刑にしてしまったら、今後、似たようなケースの事件で、より兇暴な連続殺人になってしまうことをふせげなくなってしまう危険性があるのではないかと思います。

なお、僕は前のコメントでも分かる通り、死刑にはある程度、抑止効果はあり、そういう面でのメリットはあるとは思ってはいます。しかし、同時に、死刑制度があることによって、犯罪者を更生させたり殺人事件が起こらない社会にする努力をすることがなおざりにされてしまっている面もあると思うので、死刑制度を廃止したほうが長期的には殺人事件が減っていくのではないか?と思うのです。
このような殺人事件が起こらない社会になってほしい…というのは、殺人事件の被害者遺族の方々の思いなのではないかと思いますから、そうした被害者遺族の方々の思いをより実現させるためにも、死刑制度を廃止したほうがいいのではないか?と考えます。


私、色々と考えるのですが
私がもし
司法を裁く裁判官、検事、弁護士
になったら
どうのような立場をとるのだろうかと
裁判進める中で事件のただ一つの真実が公にされるわけです。
"山口県光市で起きた母子殺害事件"
の裁判官
"名古屋拉致殺人事件"
の裁判官

公正にこれまでの慣例や常識を考慮して
裁かなければならない立場
自身の願望を無視しなければならない訳です。
難しい司法試験を合格して極めて優秀な限られた者のみが
裁判官になっている訳ですが
考慮した判決と自身の願望による判決
心の中で葛藤があるのではないでしょうか?

極一般の常識ある人間が多勢を占める中で
やはり一般世論は過半数が死刑賛成になります。
私は中国のように人権を無視して正当な司法の過程を介さずに
無差別に公開処刑などしろとは言っておりません
明らかに惨い殺人犯が司法の場で公にされたらのみ
死刑を賛成しているのです
主要先進国の中で真っ当な司法制度を推進して
死刑制度を残すのであれば
他の主要先進国も理解を示してくれるでしょう。
私は
日本の司法制度が他国の模範となって死刑制度が残ってくれることを望みます。


>愛読者様
>死刑制度は国民の代表が正当な法律に基づいた手続きで制定し国民の大多数の支持を基に運営している、どこからどう見ても合法で正当な制度ですよ。

死刑を廃止した国も、死刑がある間は死刑は「合法」で「正当」な制度でした。それでも「合法」で「正当な」手続にのっとって死刑は廃止されました。それらの国では今では死刑は人道に反する違法な制度となりました。愛読者さんのおっしゃることは日本も死刑廃止を目指してはいけない理由にはなりません。
一方、「合法」で「正当」な日本の現憲法を変えようとする人たちがいますけど、「合法」で「正当」で国民の大多数の支持を受けている憲法を愛読者さんのおっしゃる理由で変えてはいけないということなら、それはけっこうなことだと思いますが...。

>マスコミ等で目につく死刑廃止運動家の皆さんが実際にやっている事はどうなんでしょうね。

具体的に何を指しておっしゃっているのか不明ではお返事できません。

>法廷が政治運動の場であるかのように勘違いして(それとも意図的に?)

光市事件の現在の弁護団のことをおっしゃっているのでしょうか?この弁護団には死刑賛成派も反対派もいて、弁護内容も死刑廃止を訴えてなどいないのですが、ご存知ないのでしょうか。したがって、そのことを前提にしたあなたの主張にお付き合いすることはできません。


盛り上げたいですね
死刑賛否と言うことで
興味深く拝見させてもらいました。
人間尊い命を考えた場合
死刑廃止論の根拠となる倫理展開されるのは
当然でしょう
世界の流れとしては
いずれ死刑廃止されるのは必然的な流れかもしれません

しかし今の世の中
想像を絶するような惨い残酷な殺人事件が無くなる事はありません
今現在、マスコミ一般世論から注目あびている
"山口県光市で起きた母子殺害事件"
この夏に起こった
"名古屋拉致殺人事件"

以上の二つの事件の内
"山口県光市で起きた母子殺害事件"
に関しては最高裁において死刑を審判される可能性が高いでしょう。
死刑でないと一般世論に対して納得させることが出来ません

しかし、
この夏に起こったOL拉致殺人
"名古屋拉致殺人事件"
に関しては
日本のこれまでの司法の常識では死刑にはする事が出来ません

以下のブログは殺された女性が運営していた極普通な内容のブログです。
一度開いてみて下さい。
http://kuishinbounagoyan.blog96.fc2.com/

私の意見としてはこのような惨い殺人事件が続く限り
明らかに司法の場で惨い殺人犯を裁くことが出来たのならば
限定してでも死刑制度は残してほしいと願っております。

"名古屋拉致殺人事件
この殺人犯の極刑を科す署名が一人でも多く増えることを望みます。


>村野瀬玲奈 様

死刑制度は国民の代表が正当な法律に基づいた手続きで制定し国民の大多数の支持を基に運営している、どこからどう見ても合法で正当な制度ですよ。
死刑制度を廃止したいのならばきちんとした法律の制度にのっとった手段で説得力力のある提案をしなければなりませんが、マスコミ等で目につく死刑廃止運動家の皆さんが実際にやっている事はどうなんでしょうね。

法廷が政治運動の場であるかのように勘違いして(それとも意図的に?)多くの犯罪被害者や犯罪被害者家族を踏みつけにする事がまともな行為だとお思いなのでしょうか?

死刑廃止運動家の方々がやっている事は本村さん達に対して失礼極まりない行為だとはお思いになりませんか?


盛り上がってますね
「公」的なものと、政府について私の考えを書いてみる。

政府は共同体(国)の代表として、公的権威を持ちます。政府は、公的なものを担保として、共同体の構成員に対する制裁権を持っています。

「公」とpublicは違うという主張がありますが、「公」という漢字の原義はpublicと同じで、開かれたものです。「私」は逆にとじられたものです。

「公」的組織は必ずしも一般民衆に開かれてないにせよ、私的に利用されない(はずの)組織です。「公」的とは多数の利益を代表することです。

民間組織に政府の役割を代行できるわけがありません。NGOと名をついていても、経団連・民間議員でもそれは同じです。

民が政府を代行できるわけがないです。政府はすべての民に対する責任、1億人の重みがかかっています。いわゆる「民」は一部の利益しか代表せず「私」と同じです。

仮に政府が責任を果たさないにせよ、責任を果たすことが期待されていて、その責任が政府の権威の源泉です。

過去日本や中国の政権が「公」を自称したがるのは、そちらのほうが地位が安定するからです。
「公」を自称しても、必ずしも「公」としての責任を果たすわけではないですが、「公」を自称することで行動が縛られます。
「公」を自称しつつ私的な行動をすれば、地位が不安定になります。

日本でいえば、院政になって暫くしてから朝廷の権力は縮小しました。

院政期以前、天皇は公的役割に縛られて私的に領土を使えなかった。
それで、院政期以降に大規模な私的財産としての荘園を増やしていった。
一見権力は増えたようでも、公的役割を放棄したも同然です。

皇室が大荘園をもってなければ、承久の乱は起きなかったでしょうね。


wakuwaku_44さん
勝手に議論展開方法のしきりをするのはおやめください。


死刑廃止論の方々へ
死刑廃止論の方に言いたいのは2つです。

1.当事者たる被害者遺族が死刑廃止を納得するためにどうするのか、そしてそれは被害者遺族が納得しうる根拠があるのか。

2.当事者たる被害者遺族が、死刑廃止によってもたらされる何かしらのマイナス(物理的・精神的な側面を含む)を甘受しなければならないことと、その理由は何か。

要するに、『当事者たる被害者遺族に向けて、どうメッセージを発し、どう処置するのか』ということを述べないといけないかな、と感じます。

賛成論者を批判するのもいいですが、当事者でもなければ被害経験もない人で、被害者を思いやって賛成している人に死刑廃止論を並べても、「私自身は別にいいが、当事者はどうだろ。」という話にしかなりません。

そのあたりをぜひとも展開していただければ、とお願いしたいですが、いかがなものでしょうか。


三輪耀山さんへ
 犯罪の原因は人間自体にあるんではないですよ。この事実が担保です。人は生まれながらに犯罪者ではないということです。ゆえに、社会から殺人を無くすには殺人者を死刑にしてみても、人が生まれてきた社会に殺人の原因がある限り、殺人は繰り返すのです。ゆえに、死刑の犯罪抑止力は証明できるわけがない。死刑は殺人を繰り返させるだけです。犯罪抑止力とは犯罪の原因をなくしていくこと、すなわち、社会を人間らしくしていく人間を教育する隔離教育刑であり、殺人者自体を生まれながらの殺人者として死刑にするのは事実無根の差別主義です。人間は生まれながらに犯罪者ではないというのが事実です。平等だとか公平だとかいうならば共に生きるということです。共に殺しあう、死なしあうのは平等でも公平でもありません。それは事実無根だからです。

 結局、犯罪被害者も犯罪者加害者も社会に犯罪の原因がある限り救われないし、明日、犯罪加害者または被害者にあるかもしれない。ですから、お互いが連帯・協力して社会にある犯罪の原因を人間らしく正してしていく必要があります。人間は生まれながらに犯罪者ではありません。人間を犯罪者にするのは社会です。ゆえに、どのようにして反人間的な社会を人間らしくしていくのか、という教育刑こそが人間らしいというわけです。

 最後に格言です。死刑・戦争は国家権力を道具にした殺人である。民主国家における最大の刑事政策は福祉政策である。


目には目を歯には歯を?
重ねてお邪魔します。
三輪耀山さまの書いておられることは,書き方は乱暴ですが,多くの死刑存置論者の共通意識ではないかと思います。
しかしそれは,「目には目を歯には歯を」のハムラビ法典の考え方であり,人類が4000年を費やして築き上げてきた文明を否定する考え方だと思います。
やや意地悪な言い方を許していただければ,お金を盗んだ者はお金を取られず,人を殴った者は殴られず,人の腕を切り落とした者は腕を切り落とされないのに,人の命を奪った者だけが命を奪われるのはおかしいのではないでしょうか。


三輪さんにお答えします
人の命は等価だと思いますよ。
そのことと死刑廃止を訴えることとは僕の中ではなんにも論理的に矛盾していないように思えるんですけど・・。
僕が反対しているのは、殺人者には死を与えるといった形で応服刑で刑をかすことですから。生命が等価だからといって別に殺人者を殺すという形で刑を与える必要はないと思います。等価な形で、目には目をみたいにしか、刑罰をかせられないのあれば、たとえば人を殴ってけがさせた人には同じように殴ってけがをさせればいいし、金を盗んだ人には同じ金額をその人から取り上げればいいということになるのではないでしょうか。でも、そのような刑罰の与え方は野蛮だから刑期などに換算しているわけでしょう。どうして殺人の場合だけは死刑という形で同じ目にあわせないといけないのですか?殺人の場合も無期懲役など、他の形に換算して刑を与えればいいだけのことではないのでしょうか?
なぜ殺人の場合だけは無期懲役ではダメで死刑にしないといけないのかを、
三輪さんや死刑賛成論者の人達にお尋ねしたいです。

>ともかく、社会が死刑廃止で混乱した時の担保をどうするのかだ。

死刑を廃止してこそ、人間を更生させ、殺人者をより少なくするということにもっと社会が取り組むことになると思います。死刑にするからという形でセーブすることが出来なくなりますから。現状は死刑制度があることに人々が安心してしまっていて、人間を更生させたりそもそも殺人事件が起こらないようにする努力がなおざりにされてしまっているように思います。なので、死刑を廃止した場合、短期的にはたしかに殺人事件が増えたり社会が混乱するかもしれませんが、長期的には人間を更生させ、殺人事件がもっと少なくなる社会にすることにより人々が取り組むようになるので殺人事件が
減っていくのではないかと僕は思います。


Looperさんへ
えーと・・殺人は社会にも責任がある・・ですか?
では、暴行も社会に責任があるのですか?
レイプも誘拐も窃盗も詐欺も駐車違反も・・全て社会にも責任があり、みんなで罪を負え・・ということですか?
     
そして、死刑は責任の放棄・・ですか?
では、懲役は責任の放棄? 罰金も責任の放棄? 犯罪者に罰を与えること自体が責任の放棄になる・・ということですか?

それとも、死刑だけが特別なのでしょうか?

私には死刑だけを特別扱いする理由が判りません。

何かあるのでしょうか?



社会の罪
殺人は、殺人者にはもちろん責任はあるが、それを生み出した社会にも同様の責任があることを忘れてはいけないと思いますね。
殺人者にのみ罪を被せ、社会全体でその罪ごと負う覚悟もなく、その個人を死刑にして安心するような社会では、いつまでも殺人者を生み出し続けるだろうし、被害者救済の社会的責任を果たす視点も生まれないのでは?と思います。
被害者の命の尊さを生かす道が、最終実行者の命を絶つことであるはずがありません。死刑制度は単なる尻尾切り、自分たち自身の責任の放棄なのではないでしょうか。


三輪さん、いまあなたのしていることは、単なる持論展開です。かなりみんながきちんと議論しようとしている中、あなただけがだだっ子のようにまくし立ててます・・そういう姿勢ならば「水掛け論」以下のコメント欄にしかなりません。お玉はそんな物はいらない・・今のあなたの書き方では、読む価値すら見いだせません。話し合う余地を与えない文章を書きたいのならば、あなたのブログでどうかおやり下さい。TBして頂くだけで充分です。および、そちらでお玉のことを晒して頂くことも構いません・・

村野瀬玲奈さんはこの件についていくつものエントリーを立ててます・・あなたの疑問に答えられる物もいくつも提示し続けてきています。でもたぶん、何を書こうが、あなたには届かないのでしょうね。それも致し方ないとは思います。でも今あなたがやっていることは、単なる文章の暴力に等しいよ・・もう少し話し合える度量のある文章でかくことができないかな?



で、死刑廃止論者の方々。

貴方がたに取っては、殺人被害者と殺人者の命は等価なのか、等価ではないのかを問いたい。

等価ならば何故人の命を奪った者がノウノウと生き延びて人権を保たれるのか、その理由を述べてくれ。
正常な人間に納得できるようにな。

で、等価でない場合は何故殺人者様だけがそんなに偉いのかを教えてくれ。

殺人の対価が処刑である事が抑止力にならないと言う方々は、何処の誰がそんな事を言っていて、その妄言を真に受けた馬鹿民族、馬鹿国家が蒙る被害を誰がどう担保するのかを教えてくれ。

ええ?担保もなしに空理空論を唱えて、それを信じて民族ぐるみ、一億人以上が大変な目にあって社会が混乱しても私なーんの責任も取りませーん。
とか言う無責任な事をその論者は言ってないだろう?

どんな担保を差し出してくれるのか、それもお聞かせ願いたいな。

できんだろう?そんなことは。

貴方達、揃いも揃って自分達の美しい理念に酔ってるだけだと思うね。

ともかく、社会が死刑廃止で混乱した時の担保をどうするのかだ。
それをまず伺おうか。こんな重大な事項で担保もなしに理念だけで何か行うなんてありえないだろうからな。

それをまず差し出してくれ。話はそれからだ。


「死刑反対派の方々」ってのは、おしなべて人の死を等価と捕らえない、そう言う傲慢さが私は許せないんです。

中華人民共和国のあの死刑は「無罪だろうと有罪だろうと構わない単なる命に関しての価値観が徹底的に欠如している国家」の証だと思う訳ですが、貴方がた「死刑反対派」はその事を徹底的に無視して中国との友好を叫ぶ。
中国の全ての欠点を目を閉じて耳を塞いで、その癖に友好を叫ぶ時だけ大声を上げる。

目も耳も閉じてる癖に口だけは開く。
全くみっともないね!

その反対に、審理に審理を重ねて、その上で死を与える日本の死刑制度に異を唱える。

最低のその下の醜いダブスタだと私は言ってるんです。
日本の裁判に異を唱え、死刑制度に異を唱えるなら、何故中国の死刑を糾弾しない?
一度でも貴方がたは中国の死刑制度に異を唱えたか?ブログだけではなくね。

所詮、日本のやってる事だけは間違っていると言いたいのでしょう?
それとね、多分ですが、日本で死刑制度がなくなったら、海外の犯罪者が日本になだれを打ってやって来ますよ。

何処の国より待遇の良い刑務所の上に、死刑制度が無い国なら「日本で拘束されて日本で裁いて欲しい」と言う事で、「日本で刑罰を受けるために日本人を殺す外国人が出て来る」と言うのが自明の理な訳です。
そうすれば「死刑の無い日本の刑法で裁かれる」と言う事になりますからね。

悪いんですが、この国を地獄にする運動とやらはやめて下さい。
正味の話、今の日本の死刑制度も生温いね。
人は一人殺せば死刑。それが正しいね。

人の命は等価だからね。二人以上殺さなければ死刑にならない。温過ぎるよ。

ところで、コメント欄中に「死刑囚が自殺する」と書いてたけど、それがどうかしたのか?
良心の呵責か、死ぬとわかってる運命に失望したのかはわからないが、他人を殺した奴が最後に自分を殺しただけだろう?
それは「自分も人、他人も人」と言う事を最後の最後までそいつが理解できなかっただけじゃないか?

死刑の手間が省けただけ良かったじゃないか。
そんな奴更生できないし、最後の最後まで人殺しだったってだけだろう?
違うのか?

そんな奴は弱虫だな、ただの弱虫。
人を殺したのなら、それを悔い改めて、裁きの一瞬前まで殺した人の為に「もう二度と人は殺さない」と決意して、従容として刑場に赴くべきだ。
結果としては死ぬが、それでも死の瞬間まで人を殺さない、自分を殺さない事を選んだと言う事で、自分の殺した人と自分自身に希望を持てる筈だ。

そうでない奴などただの身勝手なカスだろう?最後までそいつは人殺しだっただけだ。
悔い改めてなんかいなかった、それだけだ。


「一般大衆への説明の機会」
>『死刑をなぜ廃止しなければならないかをきちんと現実と向き合って一般大衆に説明してこなかった』事

とは、具体的にどういうことなのかよくわかりません。
死刑については、説明すべき点が非常にたくさんあります。一度や二度の説明では済みません。説明の機会をどのように作ったら広く「賛成派」の方々に聞いてもらえるのか、お知恵を貸していただければ幸いです。


こんばんは、本年もよろしくお願い申し上げます。

さて、あまりに基本的な事で申し訳ないのですが、大手の各通信社と新聞社が昨年行った死刑に対する世論調査で各社によって若干のずれはありますが、概ね死刑賛成派が7割を超過していましたよね。(とある新聞社の調査では死刑賛成派が8割以上)
ほんの20年前までは国民の中の死刑賛成派と反対派の比率がほぼ拮抗していたのに現在は死刑賛成派が圧倒的多数というのが現実です。

私は死刑反対運動が国民からここまで壊滅的に支持されなくなった原因は運動家の方々の『一般大衆に対する態度が傲慢すぎた』事と『死刑をなぜ廃止しなければならないかをきちんと現実と向き合って一般大衆に説明してこなかった』事が大きいのではないかと思います。

これまでの流れからみると今後も今の流れは止まらないでしょう。今後も今までのような一般大衆を馬鹿にしきった態度&内容で運動をやっていけば、死刑賛成派が9割を超えるかも知れませんね。


被害者の気持ち
お邪魔します。
死刑賛成論者のみなさま。
佐世保の事件もそうですが,殺人犯が自殺することがよくあります。
これについてどう思いますか?
「死んだのなら少しはマシか。」と思いますか?
私は,「死ぬんなら殺すなよ。」と思います。被害者の死が全く無意味になってしまうと思うからです。
私は私の家族が誰かに殺されたとして,犯人に死を望むつもりはありません(実際にそうなってないからだと言われればそれまでですが)。それでは余りにも虚しすぎるからです。
犯人が更正すれば,一人の人間を救ったということになります。
更正しなかったとしても,犯人を憎むなり,罪を憎むなり,その気持ちがそれなりに自分に生きる力を与えてくれると思います。
繰り返しになりますが,例えば,「あなたのお子さんが殺されました」と連絡を受けたとして,それに続いて「犯人は自殺しました」と言われるのと「犯人は捕まりました」あるいは「逃走中です」と言われるのとで,どちらが辛いかを考えるとき,死刑はなくすべきかと思うのです。


こんばんは
明けましておめでとうございます。
また古い記事ですみません。
「犯人を死刑にしたから被害者の人権保障になるわけではないこと」「自分が被害者遺族の場合、犯人を火あぶりにして欲しいという感情をもつかもしれない。だからといってそのまま国がそれを実現してはならないこと」「終身刑には死刑の3倍のコストがかかる」などを書いた過去の記事をTBさせていただきました。死刑は文字通り安物の正義ですね。


こんばんは。

>それと、これはきちんと言っておきたいのですが、世界の死刑の9割は中華人民共和国で行われており、死刑囚は札を胸の前に吊るされて晒し者にされた挙句、塀の前に引き立てられて、後頭部からダムダム弾(国際法で禁止されている代物)で頭部を吹き飛ばされます。

>その後遺族に「死刑の代金」を請求するそうですね。
貴方、そう言うのをどう思われますか?

当然、よろしくないと思います。

日本の時代劇で見られる、「市中引き回しの上、獄門磔」と似たような感じでしょうか。

それとも三輪さんは、日本も中国のようにどんどん死刑をやればいいとおっしゃるのでしょうか?

中国の死刑は当然批判されるべきであり、それと同じように、日本の死刑も批判されるべきなのではないのでしょうか。


三輪様へ
>それとね・・・私の知り合いで殺人被害者の遺族会があるんですよ。
関西の人達です。一度お引き合わせとかしましょうか?

たぶんあなたが言われているのはこの会のことではありませんか?

http://otama.livedoor.biz/archives/50592171.html

あなたは本当にお玉が何も分らず、きれい事だけで被害者遺族の気持ちも分らず死刑廃止を訴えているとお思いですか?違いますよね。もしそうならば、このような書き方をあなたはしない。もっとあなたは知的に文章を書ける方です。あなたが時々発作的にお玉の所に来て「叫び」のようなコメントを残されていくのは何故なのでしょうか・・・お玉は構わないけれど、でもあなたらしくない・・死刑存続を感情論だけで訴える事はあなたでなくても多くの日本人ができることです。


うーん。全然おっしゃってる事がわかんないです。
【殺人】
(理由)
裁判などの公平で公正な法制度の中での決定ではなく、あらゆる意味で個人的な理由。
あるいは利害関係などの清算を目論む。
あるいは利益の為に人を殺害する。
(手段)
私的な暴力による殺害。
(方法)
刺し殺す、縊り殺すなどの方法による残虐な殺害
(動機)
全てにおいて個人的な理由

【死刑】
(理由)
裁判などの公平で公正な法制度の中での決定。社会的な法制度の枠内での死を与える。
利害関係は無く、法制度の枠内での決定。
利益の為に人を殺害する訳ではない。懲罰の最大の形として、改悛の余地なく、更正の前に罪を償える可能性が無いと数年間の審議の後に決定される。
(方法)
絞首刑による瞬間的で苦痛の無い死
(動機)
殺害(しかも複数の被害者が存在するん場合)によってのみ死刑の判決が下る

さて、どっちが世間から見て正しいんでしょうか?

個人なら天下御免で個人的な理由で殺しても、罰で死を与えられない。
そんな「殺す者の勝ち」と言う風な社会は要りません。不要です。
そんなの地獄と何の変化も無い。

貴方、他人事だからそんな事言えるんですよ。
一度殺人被害者の身にもなって見なさい。それと殺人被害者の遺族の身にもね。
なれないってのなら、貴方は鬼畜ですよ。
殺人者を庇う事で「私って良い人!」って風に自己陶酔してるだけに思えますがね。

それと、これはきちんと言っておきたいのですが、世界の死刑の9割は中華人民共和国で行われており、死刑囚は札を胸の前に吊るされて晒し者にされた挙句、塀の前に引き立てられて、後頭部からダムダム弾(国際法で禁止されている代物)で頭部を吹き飛ばされます。

その後遺族に「死刑の代金」を請求するそうですね。
貴方、そう言うのをどう思われますか?

それとね・・・私の知り合いで殺人被害者の遺族会があるんですよ。
関西の人達です。一度お引き合わせとかしましょうか?

ご高説を彼らにお聞かせ願えたらと思いますが・・・。
日当と電車賃払いますから、一度その人達に会って、貴方の存念を聞かせてあげて欲しいものです。
どんな目で睨まれるか、ちょっと私も興味あります。

ともかく、そう言う人達のケアしてる身にもなって下さいな。
理念振りかざすのは良いけど、殺人者がやった者勝ちになるような地獄の世界を作り上げるのに手を貸すような真似はしないで欲しいですね。

人を殺した者は罪の償いで自分の命も奪われる。
これが公平であり公正であり、社会に正義をもたらす助けになると私は思ってます。
私達がリンチで殺人者を裁くのではなく、国が代わって行ってくれるのだから、私は死刑制度を支持します。

大袈裟に国がどうこうと言うよりも先に、死刑制度は「犯罪被害者の遺族が望む社会正義」であると言う事です。

人の命を考えるとの事ですが、人の命は絶対的に等価です。
人を殺した者は、殺した人から奪った命の代償として殺される必要があります。

その代行を行っているのが国です。
それだけです。貴方は論点を全く取り違えている。

国=悪と言う観念的な短絡で、死刑制度を否定するのは完全な倒錯であると私は思います。


民主主義は多数決だけではない
多数決至上主義の民主主義はポピュリズムに陥り、全体主義にいたる危険性を孕んでいる。これを阻止するのは立憲主義だ。この考えを私たちはこの一年間、【竜援塾】でしっかりと学びました。
一人ひとりの幸福を実現するための政府(国家)であれば、国民は国と個人を分けて考えなくてもすみますが、そのような政府を主権者である私たちが実現するまではわけて考えないわけにはいきませんね。
地方自治体を最近接の政府と考えれば、2月の岩国市長選挙で井原氏の再選を何とか実現させなければと思います。



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 「殺したら殺される」、この素朴な倫理的視点に罪はない。どころか、空想してみてほしい、もしこれが本当に人間界の法則ならば、つまり自然の法則のように、自動的に「罰」として人間に与えられるならば──
(記事起草日 2008年1月1日) 遅くなりましたが、2007年9月30日の記事、 「死刑廃止FAQを作ってみようかな。」 http://muranoserena.blog91.fc2.com/blog-...
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