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知らないことの罪 命の話

今回、お玉が命の話をするときに心がけたことの一つに「神様の話はしない・・」があります。神様がたとえ、いなかったとしても命の重みは「変わらない」どんな人にとっても、命は重く価値があり、大切・・・・・

ただし、お玉自身は神様はよくわからないけれど、魂ってあるような気がしてるし、コウトさんの考えに近いかな・・・・

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 KYさん、ごめん、またあなたのコメント引っ張り出しちゃって・・

生命

全ての命に等しく価値があることは認めます。しかしそれでも命の価値は、平等ではないし、それを平等であると言うのも何か違うのではないかと思うのです。

アフリカでチョコレートというお菓子を見ることもなく死んでゆく子供たちの収穫をのうのうと食べて暮らしている私たち、そんな私たちが『命は平等に価値がある』と言うことにどれほどの『価値』があるのか、私は疑問に思うのです。

それが『正しい』ことは、理解できます。理解できますが、『共感』はできないのです。

それはまるでローマの総督がキリストの処刑の前に手を洗って『私はこの人の死に関係がない』と宣言したかのように、まったくの偽善のように罪深く感じられるのです。

ここでKYさんがおっしゃっている「アフリカの子供達」とはチョコレートの原料であるカカオの収穫のためにただ同然で労働させられ、そのために奴隷として売買されている子供達を指していますよね。そして、それを知らずにやれバレンタインだ、何だと日本ではチョコレートを大量に消費する・・あの子供達はこのばかばかしいお祭り騒ぎのために働かされているの?・・・・・・・

お玉は昨年のバレンタインのおりにこの話を取上げてます・・・・・と書いてから確かめたのですが・・どうも記事にしてないみたい(^_^;)・・そうか・・リアル社会ではフェアトレードの事をお手紙にしてチョコに添えてみんなに渡してたんですが・・・・紹介すら書いてなかったのか・・・

日本で売られているチョコレートの殆どはこのアフリカやアジアなどで奴隷として働かされている子供達の収穫したカカオから作られている・・子供達はカカオは知っているけれどチョコレートを見たことすらない・・

チョコレートを知らない子供たち

なにがアンフェアトレードで作られた商品なのか、お玉達が気がつかないことの方が圧倒的に多いです・・・これも「知らないことの罪」だとお玉自身は感じてます。知っていくこと、そして、考えることしか出来ずとも、折に触れ考え、伝えていくことでたとえ偽善と言われようとも「命のこと」を考えたい・・・そして、自分で出来る一歩から始めたい・・全ての私財をなげうって身を挺しなければ命のことを考えられない?命の重さがわからない?そんなことは決してないよ。その極端さは詭弁だと思う。

知らないことの罪を知る・・・・KYさんはそれを知っているんだとお玉は思う。語る方向は違うけど、思う気持ちは同じというか・・お玉って、考えが甘い?

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(非公開コメント受付中)

ちょっと遅いですか
もう適正時期を過ぎたコメントですが・・・

ひとりではいかんともしがたい問題に関して、トンボのめがねさんがおっしゃるようにジレンマを感じ続けていると、いつかそれに対するよい行動案を見いだすこともあるのではないか。そう思います。試行錯誤は許容したいもので、たとえば遠いアフリカのこどもの里親になってみたらどうなのかとかいうことも、考えてみればよいのではないでしょうか。実際に他人の人生の責任をとることはできないにせよ、まったく関わりを持てない関係でいるよりは、関わって多少の間違いを犯す方がずっと建設的、未来志向的だと思います。思考の堂々巡りよりは、やってみて修正していく方がベターではないでしょうか。


>た~んさんへ
>「偽善も善なり」で良いんじゃないかなぁ。
思考を止めてしまうので、だめだと思いますよ。
問題を深く考えるにはジレンマのようなものを感じ続けることが大切だと思います。
もちろん、必要以上に責任を感じることはないですが。


はじめまして~
なんつうか、
まぁ、
こういった議論については、
「偽善も善なり」
で良いんじゃないかなぁ。

チョコも食べるし車も使うし電気の無駄遣いもしてるだろうけど、「命は大事だ」とか「環境は大切だ」とかその他もろもろ主張したって良いんじゃないかと…。
結果的にそういった広く薄い世論や声が世界を変える事もあるだろうしね。

罪の意識があろうがなかろうが最終的に理想みたいな所に繋がっていけば、経緯なんかは割りとどうでもいいというか、
まぁ罪の意識を持って真剣に考える事とか大事ではあると思うけどね。
あまり原理主義的になってしまうのは、結局思考を狭めることになってしまわないかとか俺自身は懸念したりするかなぁ。
人それぞれスタンスが違って当たり前だと思うから、それぞれがそれぞれなりに主張するなり考えるなりすればいいわけで、「罪の意識がなきゃ駄目」とか人に強いたり求めたりする必要はなく、自分がそうであるならそうであればいいというだけの事で、
決まった型は無く、濃淡は人それぞれなんだから、あまりこだわり過ぎないでいいと俺は思う。
なんかもっと、やわっこくやわっこく考えても良いんじゃないかなぁ。


短く。笑
長文を書きたい気持ちにもなりますが抑えて抑えて・・・^^;
 お玉さん、文中でわざわざ触れて頂きありがとうございます。せっかくなので少し補足説明をば。私が神の概念を出すのは、簡単にいうなら人間の宿命である利己主義を緩和できる要素だと感じるからでもあります。果たして人間を上回る存在がなければ人は進歩していけるのか?理想、とも書きましたがそれも基本的には同じことです。手の届かないものであっても、それを目指すことで人は自己を発展させていくことができる生き物ですよね。私は人が神を目指すことを勧めているのではなく(それは傲慢です)、自他の幸福に少しでも寄与していける存在として生きるために、隠れた補助線として神を意識しておきたいだけです。そうでなければ、どこまでも自分の都合でモノを見る癖から逃れられないのでは、と思うからです。神が存在するかどうかなんて関係ない。ただ、小さな人間としての限界を乗り越えるべく、はるかかなたの目標を見ておきたいのですね。偶像としての神にはあまり関心を抱きません。
 本当はもっと書きたいことがありますが、おしまーい。(470字)


国が国民を守る?
親が彼らを守れない以上、代わりに誰が彼らを守るのでしょう。
外へ出ると見える事も有るのかもしれませんね。
不法滞在
http://blog.livedoor.jp/france_kappa/?blog_id=2077472


「遠くで作られた物が手に入りにくくて、近くで作られた物が手に入れやすい」「遠くの心配などする必要もなく、近くの心配だけしてればいい」「未来へ蓄えるのではなく、今を楽しめる」
こんな当たり前の世界になって欲しいです。


いえ・・・記事の状況によるのですが、今回は記事に即さない議論になってるとお玉が思ったので・・・あなたにそのつもりがないとしてもどうしても「決めつけ、レッテル貼り」と思われても仕方のない表現が多くて・・・そして、長文はやめて欲しいと何度言ってもやめて下さらないのは正直言ってしんどいです・・・
お玉は別に、お玉の書くことによって、人の意見を変えたり、共感して欲しいなどと思ってないのです・・あなたがそこにこだわるのであれば、やはりあなたはご自身のブログですべきだと思うのです・・・
あなたがKYさんのアフリカの子どものチョコレートの話をご自身の中でどう総括しているのかも気になってます・・そこを書いてくださらずにコメントを続けるので余計にお玉はジャッジを入れました・・


お玉さんへ。
 うーん。東西こそなんか苦労をかけているみたいで申し訳ないです。お玉さんのいう「あなた自身の話を書いて欲しい」っていうのが本当によくわからないんです。東西のコメントは東西自身の意見だし、態度ですし。どこかの会社を代表しているわけでもなく、運動団体を代表しているわけでもないです。ともあれ、東西がこんな「難しい」世界観というか社会観を持つようになったのは、大学に入学してからです。それまでは受験勉強ばっかりでしたし、新聞も読んだことなかったです。でも、「大学に入学したら思いっきり社会を平和にするというかそんな学問ができるんや」「教科書がなくなって、テストもなくなるんや。自由」って理想に胸を膨らませて大学の門をくぐりました。しかし、大学の講義はまったくの期待はずれでした。高校の勉強となんら変化なしでした。東西は授業に出ないで図書館、古本屋さんで自分らしく独学で勉強しながら、選挙ボランティアをしたり、学習サークルで生命倫理、平和学をやったりしました。東西の人命観は医学生との学習会が今でも基本となってますね。しかし、東西は文科系ですので、どうしても経済、社会、教育、心理、政治、法学の方面に軸が行くわけです。東西にとって人命、生命を尊重するというのは自然と人類社会の中での自分の生き方という捉え方になってしまうのはこんな背景があります。高校生までは、作文というか友達と喧嘩したて仲直りした、とか。修学旅行で騒いだとか、なんていうか「楽しく毎日過ごしているなー」って感じで自然と人類社会の中で自分の生き方を捉えるという発想なり、認識はありませんでした。


お玉さんの「仕切り」方に
ちょっと感動している紅葉です。

ところで、私はKYさんのコメントに同感です。
>ただ、自分が完全ではないこと、そのことに対する罪の意識を心のどこかに持っているべきではないか、と、私は思うのです。

・・この部分にとても共感します。

「命」という単位で考えると、私の最優先する命は決まっています。我が子です。(主人も?^^;)
他の何であっても、そのために我が子の命を差し出せるものは在りません。
それは、どんなに他のかわいそうな人の話を聞き、学んだところで(悩みはするでしょうが)みじんも揺らぎません。たいていの人はそうではないでしょうか。

ただ、子どもたちにはこの平和な暮らしが「当たり前」ではないことは伝えたいと思っています。
何かを得るためには、必ずどこかしらでその代償が支払われているということ、そこをきちんと見て受け入れてから、世界観を組み立ててほしいです。

そのジレンマを理解した上で、
「命」という大きな単位ではなく、
「どこまでの範囲(地理的・時間的)の人のために」
「どのくらいの我慢をすべきか」
の話ができればいいなと思っています。
「命の重さ」というテーマだと、結論の出ない(もしくは決まっている)袋小路に入り込んでしまう気がします。


東西南北様
お玉があなたに言えば言うほど
多分あなたはこうやってどんどん長文で持論展開のコメントを書かれるんだろうとわかってはいるのですが・・

お分かりでしょうか?そうやってむずかしく語られるたびに、お玉が全く意図しない反論が来てしまう・・ここの管理人としてそれはとてもしんどく、議論が円滑に進まず、議論も誰にも理解出来ない難解でむずかしいものにしかなっていかないのですよ・・・しかも今回ははじめから「自身の話を書いて欲しい」とお玉はお願いしていませんでしたか?以前wakuwakuさんにも注意をしました、内容は違っていますが、聞き入れてくださらないという意味において、あなたも同様です。このような手厳しいコトを言うのは多分お玉だけでしょうね・・・でもお玉はこのやり方でしかお玉ブログを続けていくことが出来ませんので、どうかご理解下さい。ご自身で記事にして、TB下さい。
あなたがKYさんのことを思いやって書いているとわかった上で、なおこう言わざる追えない・・・申し訳ありません。




命が等価と言う表現をお玉はしていないので・・その言い方にとても違和感を感じます。同じコトを言っているといわれるのであれば、そうですかとしか言いようもないですが・・



KYさんへ。
 「自由主義であれ、共産主義であれ、人間は人間であり、人間は不完全である以上、そこには何らかの不平等や不条理が在るのです。それは誰かの責任であり、社会の皆の責任であり、そして人はそこで生きていくしかないのですから。」

 東西はあなたが自己責任論に押しつぶされて自己嫌悪を陥ることを心配しています。貧困、戦争、人命の不平等、差別などは決して人類、人間が原因ではない。みんなで勤労しているのに企業は一部の人間集団の物になっている「利己主義」不合理。新自由主義に基づく自民党、公明党政府権力の社会保障、教育政策の貧困。政府が引き起こす戦争による民間人の被害。巻き込まれ。分けても、「罪のない 」人間がたくさん殺される戦争。自分の生活を勤労で成りたたせることと、労働運動、政治運動、平和運動を対立させて、「出世主義」にだけは走らないでください。

 「全ての私財を投げ打つのは偉人かもしれませんが、身近な人間、例えばその人の子供から見れば、自分の食事も学費も満足に出してくれない、尊敬できない存在でしかないと思います。実際に私にはそういう親類が居ました。先日死にましたが、子供たちはそんな事情でとっくに縁を切っており、誰一人葬儀に顔を出しませんでした。自分が最初に幸せにしなければならない存在を幸せにできなかったのだから、それは寂しいけれど当然の報いでありましょう。」

 このように家庭を崩壊させた原因は果たして、その親類の家族の責任なのでしょうか?それもあるでしょう。しかし、どれだけがんばって勤労しても低賃金、不安定雇用、企業倒産、下請けいじめ。まじめに勤労する人が報われている経営環境なのでしょうか?あるいは、政府は生活者の人たちが将来不安なく安心に暮らせる社会保障、教育を実現しているのでしょうか?相次ぐ無駄遣い。企業団体献金。天下り。資産家優遇。大企業優遇。こんな中で親類の人も懸命に勤労し、苦労してたんじゃないでしょうか?

 もちろん、両親が子供の養育費を出すことで資本主義経営と政府の貧困な社会保障から子供を守らねばなりません。しかし、個人では限界があるんです。どうか、親類の人を軽蔑し尊敬できないなどという孤独感だけは克服してください。

 では。


 


お玉さんへ
>すべての私財を投げうたなければ・・命の重さを・・・

私が書いたのは、
『すべての命が等価』と言うならば・・ということです。

他人の命を大切に思うことに、反対しているわけではありません。

『収入の1%を寄付している』
『1年に一度、アフリカの子供について考える』

どちらも良いことだと、思います。

ただ、『すべての命を等価』と言い切るのは、どうなんでしょう?

現実には無理でも、スローガンとして叫んでいるだけ?

『すべての命が等価』とは、とても崇高な理念だと思っています。
ですから、軽い気持ちで使って、汚さないで欲しい・・・
せめて、
『すべての命が等価なら良いね』 
くらいにならないでしょうか?(笑)

人の命を大切に思うのは、当たり前です。
ただ、人によって大切さに違いはでるでしょう。

『自分の命より大切』
『収入の1%分くらい大切』
『カカオ豆くらい大切』

どれが正しいということはありませんから、自分に合ったものを選んでいけば良いのでは?




罪の意識
全ての私財を投げ打つのは偉人かもしれませんが、身近な人間、例えばその人の子供から見れば、自分の食事も学費も満足に出してくれない、尊敬できない存在でしかないと思います。

実際に私にはそういう親類が居ました。先日死にましたが、子供たちはそんな事情でとっくに縁を切っており、誰一人葬儀に顔を出しませんでした。
自分が最初に幸せにしなければならない存在を幸せにできなかったのだから、それは寂しいけれど当然の報いでありましょう。

できないことを前提に語るのは詭弁です。だから自衛官でなければ国防について語れないとか、私財を全部つぎ込まなければ募金して移植治療を受けてはいけないとかいう意見に私は賛成しません。

ただ、自分が完全ではないこと、そのことに対する罪の意識を心のどこかに持っているべきではないか、と、私は思うのです。

自由主義であれ、共産主義であれ、人間は人間であり、人間は不完全である以上、そこには何らかの不平等や不条理が在るのです。
それは誰かの責任であり、社会の皆の責任であり、そして人はそこで生きていくしかないのですから。

最期に皆様方へ、長々とお付き合いいただきありがとうございます。
大変考えさせられるコメントを数多くいただき、また心の暖かくなるコメントもいくつかいただき、大変感謝しております。

また何かありましたら。

それでは



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