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魂とか運命とか・・

一知半解男 さんとの言霊話に刺激されて・・関係のないお話を・・

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ちょっとコメント欄にも書いたけど、話す言葉を考え、決定しているのは「私」だから、言葉が霊を持つというか命が吹き込まれて一人歩きしちゃう・・といった考え方が言い訳っぽく思えて、お玉の中でなじみにくくなってきているのです・・・・こんなやくざなブログを続けてきた影響でしょうか・・ちょっとかわいくない・・自分・・

これと似たような思いは実は「運命」「運気」なんてものにも感じています・・

「神様がいないとは言い切れない・」・と晩年無神論者サルトルはこう発言してファンをどん引きさせたらしいですね・・・

死が近づくと誰しも不安になって
神様のことも考えるようになるのか・・

お玉は昔、幾人もの、死を目前にした友人達と
命の不思議さとか、死の許容、死後の世界
について話し尽くして、現実にそのあと永遠のお別れもたくさんして・・・・お玉はある時期 あまり死が恐くないとまで思っていたのですが、最近、この「死」や「魂」のお話と分けて考えたいなあと思うのが「運命」の話。


私の人生を決めるのは「わたし」・・という考え方に置いて、
お玉は神様を実は信じきれてないのかも知れない・・と最近思うのです。

お玉は人生には無駄なことは何一つないと思っていて、
以前はそれが神(もしくは何らかのエネルギー?)によって定められているのかなあと漠然と思っていた。「神様のお導き・・・」ですね・・・・結構「不思議」な経験をしているお玉には、違和感なかったし・・(どんな経験か・・また機会があればお話ししようか?)


でも決めているのは私・・いつも「私」・・
それに気がつくと、運命論は語れないように思えてきた。(本当はここ、認めたくないんですが)

運命だから仕方がない
という言い訳も自分の中で出来なくなってきた。
決めているのは運命ではなく「私」なのだから・・

なんていうのか、運命を言い訳に使いたくない。ってかんじかなあ・・・

このブログを初期から読み返していて、

この小さなお玉ブログの中でもいろんな事が起っているんだけど、

その全てはお玉自身で決めてきているンだなあという当たり前のことに気がついたんですよね。

今まではコメント欄のみんなに「導いてもらっている」とばっかり思っていたのに・・・

それもまた言い訳っぽいなあと自分の中で突っ込みを入れてます・・

とはいえ、魂は自由に飛んでいけるので、祀られてても嫌な人はすでに某所から逃げていっちゃって、家族や友人の元に帰ってきているはずだという、お玉のアバウトな宗教観はかわらない・・・

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突っ込まれるとおもっているでしょうが・
長い・・・・
常に長くなるようならば自身のブログへ持ち帰って下さい・


にょきさんへ。
 1:「極端に「糾弾」して「あいつらは駄目だ。腑抜けだ」だと罵倒。 私の協力している労組はこれを平気でやりますが、ぜんぜん嫌悪感を抱かれません」

 なるほど。そうですか?既に労働者の過半数、あるいは、会社から組合潰しなどを受けていないからですかね?

 2:「労組の無い会社にいる友人などに聞くと、労組が信頼されない最大の原因は左翼的な活動。 」

 最大の原因は会社の組合潰しの弾圧じゃないですかね?しかし、極左的な組合活動は信頼をされないでしょうね。暴力のイメージがある。

 3:「黙認」「追認」している労働者も、現行法治下にいて、現行法制を支持している限り、 現存労組が協力してリストラなどから守る事もしています。」

 ふんふん。これがあるから、罵倒しても信頼を得ているのでしょうね。

 4: 「自民党が60年間殆ど与党だったのは、自民党以外がそれ以下だったから。」

 これはどうでしょうか?自民党があったから、それ以外が抑圧されていたんじゃないですか?自民党がなければ必然的に野党第二党が政権政党、あるいは、連立政権でしょう。自民党、公明党が今現在、国民の人権を蹂躙しているのは明瞭ですよ。ですから、責任を取らせるには政権交代となるのではないですか?そして、自民党、公明党は野党を潰しにかかる。野党が潰された時は、野党を潰したのは自民党、公明党でしょ?これが因果関係ですよ。しかし、野党が政権交代をした時は、野党が自民党、公明党を叩き潰したということです。これが因果関係です。

 5:「主権者の平和運動が戦争を防止する原因であり、政府の決定が原因で戦争が結果する。これは、明確な間違い。左翼を例外として、主権者の支持によって起こった戦争が殆ど。」

 そうですか?政府の決定で戦争は起こるのであり、戦争反対の主権者を弾圧するのが政府じゃないですか?戦前、戦中で明らかですよ。ゆえに、日本国憲法は政府の決定による戦争の惨禍が起こらないように定めたし、政府が国民の平和運動を弾圧しないように人権条項を規定しています。しかし、政府は憲法を破り、戦争に参加し、戦争を準備し、人権を弾圧していますよ。これに対抗するのが国民主権の国民運動、平和運動です。ともあれ、政府を支持する有権者もいますが、何故、政府を支持するのでしょうか?その背景、原因には何があるのでしょうか?これが憲法の基本だと思いますよ。しかし、「平和運動は、主権者の支持に繋がったときだけ効果があります。」 というのはよくわかりますし、主権者の責任です。「また、当事者の一方だけを批判する偏った平和運動は全く効果がありません」というのもわかりますが、政策の決定権を持っている政府の責任と政府を支持する、あるいは、黙認する国民の責任は同列ではないでしょう。なぜならば、選挙の時だけに判断したのであり、個別政策については国民投票で判断していないわけです。多くの国民は騙されて政府に期待して投票しているのではないでしょうか?つまり、政府が国民を騙す原因であり、国民も騙されている人が多いのではないでしょうか?政府は国民を騙すために教育、マスコミ、労働条件などあらゆる手段を使っていませんか?それに対して、嘘を見破っている人々の国民運動、平和運動がある。これが原因して政府の嘘が見破られる。政府に騙されないように、国民自身が人権、平和、国民主権の学習をしていかねばならないんでしょうね。





ここまで落ちてから書くのも良くないかもですが
>主権者の平和運動が戦争を防止する原因であり、政府の決定が原因で戦争が結果する。
明確な間違い、左翼を例外として、主権者の支持によって起こった戦争が殆ど。

平和運動は、主権者の支持に繋がったときだけ効果があります。
また、当事者の一方だけを批判する偏った平和運動は全く効果がありません。

>選挙に当選すれば有権者の「期待」を裏切って戦争でも社会保障切り下げでも強行採決でも何でもやるのが自民党、公明党ですからね。
そんな自民党が60年間殆ど与党だったのは、自民党以外がそれ以下だったから。
それでも自民党勢力が政権から降りた事が何回かあったのは、全数投票も代議制も大きな差は無いと言う証明。

>極端に「糾弾」して「あいつらは駄目だ。腑抜けだ」だと罵倒
私の協力している労組はこれを平気でやりますが、ぜんぜん嫌悪感を抱かれません。

労組の無い会社にいる友人などに聞くと、労組が信頼されない最大の原因は左翼的な活動。
「労組って自衛隊反対とか言って虐殺は批判しなかったり、無策なまま与党に反対ばかりして、会社が潰れてもお金をもぎ取ろうとする組織でしょ、何でそんなのに協力しているの?」
と真顔で言われます。
色々私の現状を説明したら友人からは労組への理解を得られましたが、一般人の認識はそんなものです。

また、「黙認」「追認」している労働者も、現行法治下にいて、現行法制を支持している限り、
現存労組が協力してリストラなどから守る事もしています。

労組の寄ってたつ物や背負っている物、なぜ労組が代議制なのか考えればわかる事なのです。
そんなに難しい事ではないのです。


にょきさんへ。
1:「主権者は自己の権利において行動する事が求められ、行動しない人は黙認・追認と言う責任が発生します。 」

 うーん。主権者の平和運動が戦争を防止する原因であり、政府の決定が原因で戦争が結果する。これが因果関係の基本ですが、「黙認・追認」の人や政府に賛成する人の責任も住民投票、国民投票があれば確実にあると思いますが、今は選挙に当選すれば有権者の「期待」を裏切って戦争でも社会保障切り下げでも強行採決でも何でもやるのが自民党、公明党ですからね。

 しかし、にょきさんの言わんとしていことはたぶん理解できます。労働運動も労働者が全員参加で経営責任を追及しながら、説明責任を求め、自分らでも経営できるくらいの勢いで学習していくべきですね。わかります。

 問題は、労働組合に団結しない。労働組合を支持しない労働者の「黙認」「追認」なんです。これも正当だと認めると労働組合なんて要らないとなる。しかし、極端に「糾弾」して「あいつらは駄目だ。腑抜けだ」だと罵倒してみても労働組合にますます嫌悪感を抱かせることになる。難しい。「黙認」「追認」している人の態度が実は、リストラを現実化する力になっている、ということをどうすれば気づかせることができるか?本当に難しい。

 


他の話は別として、経験上。
>経営を決定するのは経営者なんだから、労働者の責任など存在しません。
これ、関係者としては一番看過できない。
その会社がどうにかなったりリストラがあったりしたとき、自分に責任が無いという労働者が一番悪い。
と、労組の先輩達や上部団体の人に何度も言われました。
数年来労組やってますが、おかしな決定を経営側がするときには労働者は阻止しなければなりません。
その為の労組であり労働法です、実際に私の所属する労組はそれをやっています。
私が「賃下げが運命だなー」なんて言ったら「会社も労組もやめてしまえ」と見放されるでしょう。
(※今まさに闘争中)

だから責任が無いというのは日本全国の労働組合の顔に泥を塗る、責任逃れの行為。


>自民党・公明党政権を選んだのは国民なんだから、国民に責任がある、という自己責任論ですね。

私は元自治労の関係者から、旧社会党で村山政権時に閣僚をやった人の話を伺った事がありますが、要は社会党には全く政権は無理だったと言う事でした。
1億の国民を食わせる為に政権を運営すると言う事はとてつもなく大変な事であり、能力無く普段批判しかしていない人達が政権を取れないのは全くもって真っ当だと言う事でした。

どういう事かと言うと、選ばなかったり反対した人達は、代案を出したり成り代わって組織を運営する責任があると言う事です。
それを疎かにしている場合、黙認による承認行為による責任は存在します。

これが政治に関わった左翼の関係者から聞いた話です。
上記の労組の話と基本は同じ、責任が無いと言うのが最も愚かな態度。


>さらに、住民投票、国民投票で反対した人と賛成した人では、責任が違います。
これは正しいようで一番恐ろしい「自分は反対なら従わなくていい」という無法者の考え。
単純に言えば「殺人は罪である」と言う住民投票、国民投票で反対すれば殺人者の責任が変わるのかという話。


>実態は政権政党の独裁に近い体制
社会党は政権を取りました。
民主党も参議院では勝ちました。

簡単に言えば6割の有権者が反対すれば簡単に政権は転覆します。

確かに今の自民党ら与党は、チャーチル評した民主主義と同じような状態でしょう。
しかし他勢力が頭を出さないのも、まさにチャーチルの言葉通りと言えます。

主権者は自己の権利において行動する事が求められ、行動しない人は黙認・追認と言う責任が発生します。
私は労組をやったお陰でその事がよくわかりました。


政府、経営者の責任を追及することが前に進む人間。
 一番、おろかな態度は、自民党・公明党政権を選んだのは国民なんだから、国民に責任がある、という自己責任論ですね。企業経営の場合にも同じです。経営を決定するのは経営者なんだから、労働者の責任など存在しません。にもかかわらず、経営の失敗を労働者へ責任転嫁し、労働者をリストラする。

 こうして、政権政党、経営者が国民、労働者へ自らの責任を転嫁することが運命論、宿命論の原因です。労働者、国民の方は「そうかー。国民が選んだ政府だし、国民の責任だな。経営の決定権はないけども、賃下げも運命だなー」と思い込まされるわけです。

 政府が国民の責任だ、というのであれば、与野党で対立している法案、予算案については国民投票、住民投票で国民、住民に直接の意思を問うべきです。それをしないで国民、住民が選挙で選んだのだから国民に責任がある、などというのは運命論ですね。

 さらに、住民投票、国民投票で反対した人と賛成した人では、責任が違います。

 要するに、今の日本の政治体制は国民主権といいながら、その実態は政権政党の独裁に近い体制であり、議会主権といってもいい状態です。国民が自分の決定権を行使できない状態に置いているのは政権政党なのであり、それが国民の無力感の原因、自己責任論の原因、運命論の原因、偶然論の原因です。


いろんなところに神様が
一言で言えば『人知を超えるもの』ということだと思います。四川の大地震もそうですし、大衆心理だってある意味「人知を超える」のかも知れません。

「運命」が必然か偶然か、仕方がないことか避けられることかは、細かく精査すればわかるでしょうが、それよりも大切なことは、その「運命」という「現実」に対していかに向き合うか、ということでしょう。つまりは、「現状を認めた上で、自分としてどう取り組むのか」ということ。これができればできるほど、人間というのは前に進めるんじゃないかと思います。嘆いていても仕方がない。


運命論のメリット
自分が欲しくはなかったもの、
自分の責任とは思えない災難、
自分が選んだわけではない宿命、

さまざまな艱難辛苦が、押し寄せてきたとき、

たとえ、
自分で望んだものではないとしても、
『それもまた人の運命』と、それをしっかり受け止めて、
自分のものとして、抱きとめて生きる決意、
未来へ向き合う勇気を、与えてくれること、かな。

それは、決して諦めではない。
むしろ、現実を直視して、しっかり立ち向かうことだと、わたしは思う。

あとは、わこさんが、わたしの言いたいことを、言ってくれている気がする。


「正直言って、ランキング上位の右派系ブログさんには勝てそうもないです・・」
 と書かれていますが、お玉さんが30位ぐらいにいることは十分凄いことだと思いますよ。
 お玉さんは御自分で左翼ですと公言されていますが、今左翼の支持者は共産・社民あわせて5%です。それに民主党左派の支持者をあわせても8%ぐらいのものです。有権者の1割もいない左のブログが、30位につけているのはたいしたものです。
 お玉さんの発言が、この結果をまねいているのでしょう。そこは自信をもっていいと思いますけどね。


Venom さん

あなたのいけないところはね・・
そうやって人の書いた、たった一文を見ただけで
ご自身の全てが否定されたと思い込まれるところですよ・・
そして、攻撃的で?だらけなコメントを送ってきても・・
これでは議論にはならない・・

靖国参拝を欠かさない護憲派がいたり、靖国否定する護憲派がいる・・
お玉のような反日護憲派もいれば、愛国心溢れる護憲派もいる・・

そしてもちろん改憲派もいる・
その全てが納得出来うる文章なんぞ、書けるわけもなく、
あなたの怒りを静める方法なぞ、お玉は持たない、
悪いが、議論に値しない・・

靖国参拝を欠かさない信心深い愛国心溢れるあなたを誰も否定なぞしない。
そして、記事違いでなければ靖国論を展開されてもお玉はキチンと受け入れる・・

そのやり方があなた及び他のお玉批判者に理解出来ないというのであれば
それも甘んじてうけます・・でもここでその記事違いな批判を展開されても
うけることは出来ない。ご自身ブログを持ってTB下さいな。


>魂は自由に飛んでいけるので、祀られてても嫌な人はすでに某所から逃げていっちゃって

靖国のことですか? 魂に物理適法則なんて適用できないでしょ? つまり魂の居場所は一箇所じゃない。 戦死者の魂は、親族の墓地にもいるし、靖国にだっている。 つまり何箇所にも同時に存在できるってのが、魂の不思議なところです。 

証明なんて不可能なんだから、大勢のひとが、”そこに戦死者の魂がいる”と信じれば、いることになるんです。 それをごまかそうったって無理です。

あなたの宗教観や死生観はご自由ですが、靖国を愛する多くの人々の死生観を切って捨てるのは、余り感心できませんね。
ちなみに私の叔父も、レイテで戦死しました。 20年前に死んだ祖母も、3年前に死んだ父も、最期までレイテを訪れて、線香でも上げたいと願っていました。 もちろん叔父の墓は、故郷にあります。 でも祖母や父は、叔父の英霊が靖国にもいると、固く信じていました。 だから今でも私は、彼らの代わりに、東京出張のたびに靖国参拝を欠かしません。 

それが悪いとおっしゃいますか? 悪いのは「祀られて嫌な人」だけですか? 嫌かどうか、本人に聞いて確かめたのですか?


運命論のメリット、デメリット
お玉さん今日は、先日は私のブログに、お優しいコメントを有難うございました。

私はこの世に生まれてきたのは、この世で演じたい人物になるためだったのではないかと思ったりしたこともありました。
そう考える事が自殺を思い止まらせるためにも、最も説得力があるかとは思えるのですが、
そういう考え方が、常識になってしまうと、
今度は悲惨な位に苦労している人を見ても、あれは生まれる前にあの苦労を経験しようと生まれてきた人なのだから、親切のつもりでいらぬおせっかいをして、邪魔をしてはいけないなどと、不人情を正当化する言い分けになってしまうことに気付きました。

「袖摺り合うも他生の縁」とか。
この世は縁ある人を精一杯、愛するための場なのではないでしょうか?

愛を外れた考え方をしていると、行き詰ってくるというのがこの世の法則の一つではないかと、今は感じています。


destiny
ご無沙汰でございます。運命ですか、いま革命ロシアがどうしてあらぬ方向へと変質していったのかツラツラと書き始めたところなのですが、これが実に偶然と必然とが複雑にからみあった「数奇な運命」。私は、共産主義あるいはその過度期である社会主義が、かくのごとき人権抑圧国家として完成するとを「運命」とすることを退けるものであります。

人が自らの意志で自由なる運命の選択をしうるほどに人はいまだ完全なる自由を手にしてはいない。とてもタイトな選択しか許さない外的な強制力が、運命として圧倒的多数の庶民の頭をとらえて放さない。そんな、運命を生みだしているのは圧倒的多数の庶民の頭の中にある共有意志、意志と言葉(言語)は双子の兄弟。だから運命は庶民のおもいが一つになって良しも悪しくもつくられるし、であるから当然それをかえることはできる。そのためには、オピニオンリーダーが必要なのではありますが。と今日はちょっと観念的なお話でした。ちょっとお疲れモード中、お邪魔しました。


平和運動の責任。
 戦争は政府が起こします。政府が決定して戦争は起こります。戦争は決して運命でもないし、偶然でもない。そうであるから、日本国民の平和運動が原因して戦争を抑止する。日本国民の平和運動が平和の原因であって、良心的な政府が平和を実現しているのではない、ということでしょう。

 平和運動を草の根の国民で団結して推進していく限り、政府は戦争を起こすことはできない。それが議会制民主主義です。平和運動は必ず時の政府を監視し、戦争勢力、改憲勢力の政党、政治家をあぶり出し、護憲勢力を議会の多数にせねばならない。


お玉さんおはようございます。
ご無沙汰しております。

仰りたいことよくわかります。
自分も似たような考えを持っています。
「自分の判断」が「結果」を招いているということを認めるのは、ちょっとしたジレンマですよね。
やはり、防衛本能(この場合、他人のせいにしたい気持ち)が働くのでしょうか?
しかし、この考え方を原理主義的に解釈し、他人に強制(法整備)していくと、お玉さんの敵「新自由主義」ができあがります。
ここもジレンマですね。

だからと言って、この考えを否定していくと「何でも他人のせい」「政治家のせい」という無責任な社会風潮が蔓延・・・・ジレンマです。

もしかして、右派と左派の対立の原因の一つはここにあるかもしれませんね。

意味不明ですか?文章力なくてごめんなさい。



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2008/05/28 四万十は、今は晴れているが、またしばらく、天候が崩れるようだ。私の体調は、次第に回復している。最近は珍しく、連日ブログの更...
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お玉なブログを展開する、とんでも博愛主義者。愛は海より広くそして深くありたい!と願っていたが、叶わないときは暴れる傾向にあり。昨年某国営放送局のやくざな討論番組に出たせいで、年恰好がバレちゃって・・・・・・ま、お玉に会ってみたいと思ってくださる読者の方は、お玉がいろいろな形でかかわるイベント、コンサートの会場へGO!

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