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8割が死刑存続派の中で・

ちょっと急ぎでコメントへの返事を・・


東西南北さん。

昨日書くべきだったかなあ・・その書き方では反発招くだけです・・・死刑廃止論を感情で話てはイケナイのは廃止論者も一緒です・・・あなたのその書きようは、一部の死刑存続派がお玉達に突きつけてくる言い回しと同じだ・ それでは何にも伝わらない。相手の意見を否定だけして、自分が正しいと主張する・・それではあなたの正義は伝わらない、反発を呼んでしまう。

くろねこさん。


>現状を変えたければ、どうすべきか?どう説得するか?
という視点があるのでしょうか?

お玉だけでなく、お玉達死刑廃止を訴えているブロガーは、その視点を何度も提示してきたつもりです。そして、時間を置くとまたこうやって同じようなコメントで批判を受け、また一から語らねばならない。くろねこさんですら、「現在の人権派や護憲左翼の態度」と一括りするのですから、こうやって記事にすることのリスクの高さもお察し下さい。
国民の8割が死刑存続・・・という流れの中で、なにを書いても半分も伝わってないのでしょう・・

きっと、論理を振りかざして死刑廃止論にこだわる頑固者にしか見えていない・・そうですよね。

さあ、この続き、なんて書こうかなあ・・・・・・・

追記

くろねこさん

 >後は犯罪被害者や遺族の声に、丁寧に耳を傾ける事が必要だと思います。

 >犯罪被害者や遺族の声が、一番説得力があると思います。

では、あなたにもこの本を読んでいるかと聞いてもよいですか・

犯罪被害者の声が聞こえますか犯罪被害者の声が聞こえますか
(2006/04/21)
東 大作

 http://potthi.blog107.fc2.com/blog-entry-58.html

犯罪被害者の為の法律をキチンと整備出来ている国はEU諸国です。おっしゃるとおり、この被害者救済への視点がなければ、死刑廃止着手にはほど遠いかも知れません・・不思議なのは、このことを教えてくださる死刑存続派の人をお玉は見たことがないことです・・・・死刑存続を訴える方々のうち、どのくらいの人たちが、この犯罪被害者等基本法http://www8.cao.go.jp/hanzai/kihon/hou.htmlのことを知っているのでしょうか・・

 大事なのは被害者遺族の方々の本当の意味での支援ではないのでしょうか?そこをないがしろにして、死刑にすることのみを煽るようなマスコミや世論はたとえ8割の支持があろうと正しいとはお玉は言い難いのです・

加害者の人権ばかりを見つめているわけではありません。

 

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犯罪被害者の声が聞こえますか犯罪被害者の声が聞こえますか
(2006/04/21)
東 大作

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Secret
(非公開コメント受付中)

ま さんへ
レスをありがとうございます。

>(前略)凶悪犯罪だけを考えたのではなく、例えばイジメなどの言葉、態度による暴力や、日雇い派遣などの劣悪条件を力のある側からの一種の暴力だと思っている(後略)

失礼いたしました。おっしゃるような拡張定義的な含意のあること想像すべきでしたが、無粋者ゆえつい突っ込んでしまいました(こんなのばっかりです・・・汗)。悪意地はまったくありませんので、ご容赦下さいませ。

>自暴自棄になって殺人という極端な行動に走るのではなく、絶望から自殺するという人を含めて、ここ十年常に3万人を超えているのは、やはり社会制度による(構造改革などの規制撤廃など)暴力的な面が背景にあるのは否定しがたい事実ですね。

借金まみれの国家財政ですから何らかの改革は必要ではあるのですが、相対的な「経済的弱者」に陥った方達への目配りが足りないのは事実だと思います。

>経済的困窮による自殺は一種の社会的殺人だとも思っていますが、私は企業幹部や悪徳政治家の経済犯罪には今よりもっと厳罰に処すべきと思いますがどうなんでしょうね?

一般論として、社会の風潮が厳罰主義寄りに傾いてはいないか?という懸念はあります。エントリからずれかかっていますのであわてて挿入しますと、無期懲役の判決が下された畠山鈴香被告に対してのアンケート調査で、半数以上の回答者が「死刑がふさわしい」と答えています。裁判員制度が始まればどうなってしまうのかと。安易に厳罰を唱えると、この流れに棹さすことになるやもしれません。
されど、まさんが安易と言いたいのではありません。案件ごとに個別に考えていくということなのでしょう。おっしゃるような経済犯罪や権力犯罪には、もっと厳しくのぞむ必要があるでしょうね(その他にも労働基準監督署の権限を強化するとか)。
それと政治家に対しては、ありきたりですが「選挙で落とす」・・・これが一番の妙薬ですか(しまらないコメントで、すみませーん)。


訂正
>殺人に至らなくても自殺者が…

意味不明の文章でした・

以下に訂正

自暴自棄になって殺人という極端な行動に走るのではなく、絶望から自殺するという人を含めて、ここ十年常に…



ペリフェラル さん
>ここは少し反論

指摘はその通りと思います。

殺人などの凶悪犯罪の統計自体は否定しませんが、凶悪犯罪だけを考えたのではなく、例えばイジメなどの言葉、態度による暴力や、日雇い派遣などの劣悪条件を力のある側からの一種の暴力だと思っているわけで、若干言葉足らずの面がありました。

また、殺人に至らなくても自殺者がここ十年常に3万人を超えているのは、やはり社会制度による(構造改革などの規制撤廃など)暴力的な面が背景にあるのは否定しがたい事実ですね。経済的困窮による自殺は一種の社会的殺人だとも思っていますが、私は企業幹部や悪徳政治家の経済犯罪には今よりもっと厳罰に処すべきと思いますがどうなんでしょうね?


まさんへ
拙文を読んでいただきまして、ありがとうございます。

>ただ、今でも多くの日本人の心の中に生き続けているもので、作家で言えば多くの読者が共感する藤沢周一、山本周五郎あたりが書く下町庶民や下級武士の精神構造に底通するものではないかと推測しています(自信はありませんが)(汗;;)

そうかもしれませんし、そうあって欲しいものですね。
ところで、藤沢周平や山本周五郎などのファンは、死刑制度についてはどう考えているのだろうかと思います。とりあえず、藤沢ファンでありかつ存置派を一人知っています。まさんの周囲ではどうなのでしょうね。
刑事ドラマなんかで、正体を暴かれた犯人が自殺しようとすると刑事が制止して、「あなたは生きるのです! 生きて罪を償ってください!」みたいに諭すシーンがあります。けっこう感動的なのですが、視聴者はどう見ているのかなと。フィクションと現実は、違うものだと受けとめているのかもしれません。

>そういった、心の優しさから見た死刑制度とは、と思った次第で、もののあわれという心情があれば残忍な事件も少なくなるし、過度な加害者バッシングも少なくなる、あるいは死刑制度の見直しにも通じるだろうな、と考えた次第です。

ええ、そういう風にバランスよく作用すればいいなあと私も思います。

>(前略)短期で見れば今の殺伐とした、暴力が席巻する世の中が急によくなるとも思えず、反対にますます悪くなるのではと思います。

ここは少し反論。戦後日本における、近年の殺人事件の年間発生・認知件数は、最低水準からほぼ横ばいです。および、OECD加盟国同士での人口10万人当たりの殺人事件の発生率を比較すると、日本はかなりの低水準です。
殺伐感は殺人事件だけで量れるものではないのでしょうが、事故や自然災害などを別とすると、日本は比較的安全な国です。そんなに「暴力が席巻」しているというほどの世の中ではないような気がします。
もちろん、だから放置しておいていいということではありません。また、おっしゃるようにこの先、悪くなる可能性はあるのでしょうね。


あわれ考
もののあわれや多神教は、数十万年前から始まる原始時代から現代までの長い歴史の中で人口の多数を占めた農民(あるいは農奴)たちの生活の中で培われた風土であり、当然上部の支配者にも少なからぬ影響を与えたのではないかという認識でいます。
そういう意味で多田氏が「日本人の心の優しさ、美しさ、デリケートさの根源だ」と言われたと思いますが、これが日本においてすべてだと断言するものでもありません。

もちろん、外国の、特に農民達には持ち得ない精神だというつもりもありません。ロシアにおいても、あるいは悪名高き北朝鮮の庶民層においても同じです。

ただ、今でも多くの日本人の心の中に生き続けているもので、作家で言えば多くの読者が共感する藤沢周一、山本周五郎あたりが書く下町庶民や下級武士の精神構造に底通するものではないかと推測しています(自信はありませんが)(汗;;)

そういった、心の優しさから見た死刑制度とは、と思った次第で、もののあわれという心情があれば残忍な事件も少なくなるし、過度な加害者バッシングも少なくなる、あるいは死刑制度の見直しにも通じるだろうな、と考えた次第です。

私に限って言えば、多分死刑を求刑されるような事件は起こさないかも知れませんが、自分達の子供や孫まで考えるととても心配です。
私自身は長い目でみれば楽観主義ですが、短期で見れば今の殺伐とした、暴力が席巻する世の中が急によくなるとも思えず、反対にますます悪くなるのではと思います。といって事件を起こす本質的原因を正さない限り厳罰化してもよくなるとは到底思えません。

私の近所でも、婦女暴行殺人が起き、被害者遺族はもちろん悲劇ですが、加害者家族は家をたたんで行方知れず、今頃はひっそり傷が癒えるまでガマンの毎日だろうな、かわいそうだなと思います。
もしこれが我が家の出来事だったらといつも思っています。
加害者は事件後首をつって自殺したのですが、これが死刑で殺されても加害者家族はそんなに違わない心境になるだろうなと思います。


被害者とは
被害者感情、被害者の声に耳を傾けようという主張を見ると、その人はどんな被害者をイメージしているんだろうと思うことがある。

加害者の死刑を強く望む被害者。そんな被害者像が固定化されているような気がする。

しかしながら、被害者が必ずしも加害者の死刑を望むとは限らない。殺人事件における被害者と加害者の関係は2割があかの他人で4割~5割が親族関係である。一つの家族に被害者と加害者双方がいるケースはよくある。この場合遺族は加害者の死刑を望むのだろうか。

死刑存続に被害者のために、なんてことを言っておきながら、被害者支援に無関心だとしたら確かにどうなの?と思う。

被害者支援という視点からは、まず私達が抱く殺人事件の被害者のイメージが狭いと思う。その結果被害者支援が十分に行き届かなくなってしまうのではなかろうか。

最後に、死刑存続に「被害者のために」を挙げるのは当然だと思うし、そのように主張している人が支援に無関心だと思っているわけではないです。あくまでも無関心だとしたら、という話ですので。


多田富雄氏の意見と死刑問題について
>強さ、偉大さ、権威などを価値とする外国とは違った日本の価値観で、日本人の心の優しさ、美しさ、デリケートさの根源だ、と。
(ま さんのコメントより)

「強さ、偉大さ、権威」が、ことさら外国特有の価値観ということでもないと思います。それらは日本においても価値でした。時代ごとに、天皇や将軍、地方領主などが「強さ、偉大さ、権威」をふるっていました。下々の者は、それらに従順なこともあれば、面従腹背であったり時には反逆することもあるなどさまざまでした。でも、それは外国も同じことです。

「もののあわれ」といっても、それは一部に見られるだけのものかもしれず、「日本人の心の優しさ、美しさ、デリケートさの根源だ」とするのはいささか疑問です。
戦国時代から江戸期にかけては公開処刑が盛んに行われましたが、鈴なりになるほどの見物人が刑場に押しかけ、露店まででたという記録はあちこちに残っています。庶民の娯楽ですね。
合戦が起こった時も、付近の農民や町人の中には弁当をもって見物に来た者もいた・・・なんてこともあったそう。こういったことのみに着目すれば、「血に飢えた日本人」像だって作れそうです。

>強さ、偉大さ、権威などを価値とする外国の多くがいち早く権威が主体の死刑制度を廃止し、もののあわれを風土としてもつ日本でいまだに死刑制度を8割が支持している現状をどう考えればいいのだろうか。

そのような、二分法的な発想におおいに疑問があるということでしょう(二分法が常にいけないとは思いませんが)。
もしも「もののあわれ」を認めるとしても、だからこそ被害者(弱者)をあわれみ、反動として加害者を憎悪し、「許すまじ」という思いがより強くなる。死刑によって被害者に報いてやろうという気持ちが「もののあわれ」によって加増される・・・という図式だって描くことができるでしょう。


いくつか反論
まずは
>コギトエルゴスムさま
グリーンピースジャパンについては、あれが当然だと思います。
現在の法律では現行犯で無い限り警察ですら
捜査令状が無ければ他人の家を勝手に調べることは許されません。
何者でも、どのような理由があろうとも、です。
にも関わらずGPJは西濃運輸によって運ばれている他人の荷物を「盗み出し」「勝手に開けて」
あまつさえ「食べている」のです。
もし荷物が揮発性の液体だったりしたらどうするつもりだったのでしょう。
日記や、恋文だった時にはどう責任とるつもりだったのでしょう。
さらに穿った視線で見るなら、彼らが荷物を摩り替えたという可能性も低くありません。
「中に現金を入れていた。盗んだだろう」
などと言われた場合「自分の無実」を証明する方法などありません。
せめて第三者立会いの元であれば100の罪が90くらいにはなったかもしれません。
しかし、もう一度言いますがGPJは他人の荷物を盗み、勝手に開けた挙句に
着服してしまっているのです。
いったい専制国家や独裁国家の秘密警察以外、何所の国のどのような組織が
これを正当だと言い張れるのでしょう。
少なくとも民主主義国家において目的は手段を正当化したりはしません。

>死刑廃止
よく「罪を自覚し、反省してから罰を受けるべき」と言われる方が
居られますが私はそうは思いません。
他人に向かって「お前は俺の思うまま、俺が考えるように心を変えろ」
なんて傲慢 なんて侮辱 なんて恐ろしい
そして「反省してないから罰を与えない」というのは本末転倒にも程があると思います。
勿論反省するのが一番とは思いますが「犯した罪に相応しい罰」
これは治安維持における大前提ではないのですか?
「十人殺しても二十人殺しても犯人の命は保たれる」ってどうかと思うのですが。
あと誰も返答してくれないのでもう一度言いますが
「罪を犯した者を無罪にしてしまう人権運動」についてどう思われますか?
過去に例があるのですが。
それと「死刑は犯罪抑止力足り得ない」というのは
一体どのような論拠があって何を何と比較して言われてるのでしょう。
「罰が重ければ人は慎む」証拠ならあるのですが。


ミーシャさんへ
レスをありがとうございます。

>父にも「70以上は裁判員になれない」と言ってあるので、今のところそれを信じているのですが、当分、内緒にしておきたいです。

そうですか~。正確な確率は分かりませんが、高齢者であればなおさら、一生招集がかからない可能性は高そうですからね。来たときに考える、ということでもいいのかもしれませんね。
おっしゃるような性格的・健康的な事情もあるのですから、無理は禁物ですね。

>実は私自身、もし当たったら、高齢の親の介護をしているのでとかいって、なんとか逃れたいのが本音なんですけれど。

私もやりたくないです^^
「なにが何でも死刑にはさせないor死刑にしてやるっ」と事前宣告すれば逃れられるかも!?
「市民の司法参加」という理念には引かれるところもあるのですが、現行制度は問題が多いなあと思っております。


>Looperさま
Looperさんが「さま」づけをお嫌いなのは承知してますが、宛名ということでご容赦ください。こう書かないとこちらの気分が悪いもので。

>死刑が被害者救済の遅れの免罪符となっているのでは?

そうとは思いません。と言うよりも、そこまで被害者のことを考慮しているとは思えない。「お上意識」でのお役所仕事で「黙って従え」の意識が強いと思います。
被害者救済法は、死刑の廃止・存続と関係なく早急に整備されるべきです。
「死刑が被害者救済の遅れの免罪符となっているのでは?」との問いかけは、死刑廃止への手段と言うよりも救済法早期整備のための手段として有効かと思います。

>死刑存続派にも、これらの整備を強固に主張して欲しいと思います。

同意します。
しかし、これらを整備するには(人権を至上命題とされる)死刑廃止派の方々の気に障る提案がどうしても出てしまいます。
例えば児童福祉なら親権の制限・養護施設への児童の強制保護。捜査方法改善なら通信傍受・司法取引・囮調査。
これらを踏まえた(或は潰した)上での整備案が廃止派から出てこないことには、いつまで経っても有効な論議はできないでしょう。

>順序としては死刑廃止や、少なくとも執行停止問題がむしろ先

いきなり「死刑廃止」という実だけをおいしく戴こうとするから無理が出ます。
執行停止の前の段階として「六ヶ月以内の執行」を定めた刑訴法を改正することが先でしょう。
現在、鳩山大臣はバッシングを受けていますが、法務大臣に違法行為を強いるというのは悪い冗談にしかなりません。


>十文字(衆愚代表)さま
社民党保坂氏も同じようなことを書いておられました。
http://blog.goo.ne.jp/hosakanobuto/e/27c56aa0c5044fee3d9d07d43be5d6ee
怨霊信仰による死刑廃止論は話のネタとしては面白いのですが、イッてしまうと「続発する凶悪事件は、執行された死刑囚の怨霊による祟りだ!」になってしまうので困り物です。(笑
神道と仏教こそが日本人の死生観を考える基盤になると思うのですが、現在の死刑廃止論はキリスト教の影響が余りにも強く、そこが議論のすれ違いを生むもとになっているのではないでしょうか。
「何故人を殺してはいけないのか」にも、キリスト教なら簡単に答えが出るのです。


ベリフェラルさんへ
>裁判員候補となった者は、裁判所から送付される質問票に答えて返送し、正当な理由がなければ裁判所の呼出しを拒むことはできない。正当な理由としては、学生であること、70歳以上であること、やむを得ない事情があることなど。

なるほど、「70才以上は拒むことが出来る」という意味だったのですね。どこかで読みかじって勘違いしておりました。ご注意、ありがとうございます。父にも「70以上は裁判員になれない」と言ってあるので、今のところそれを信じているのですが、当分、内緒にしておきたいです。

父は口では「悪い殺人犯を死刑にしてやりたい」などと言いますが、その実、ものすごい小心者でもありますから、実際に殺人事件の裁判に立ち会って、死刑判決などに参加しても、平然としていられるものかどうか、わかったものではないのです。三年前に脳梗塞をやって以来、少々、後遺症もあり、今もお医者さんにかかって薬を飲んでおりますので、もし当たってしまったら、そんなことでも言い立てて辞退させたいです。

実は私自身、もし当たったら、高齢の親の介護をしているのでとかいって、なんとか逃れたいのが本音なんですけれど。


ミーシャさんへ
横レス失礼いたします。

>そして現在、すでに70才以上の高齢者なので、裁判員になって悪い殺人犯に死刑の判決が出せないのが残念だそうです。

細かい事情は分かりませんが、文章だけから判断しますと、たぶんお父上は裁判員にはなれると思います。最近見直しされたのかな? 間違ってたらどなたかご指摘お願いいたします。

参考
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%A3%81%E5%88%A4%E5%93%A1%E5%88%B6%E5%BA%A6


村野瀬玲奈さんへ
>ミーシャさんのお父上の話、世間にはそういう「善良な」人が多いだろうということは想像できます。そういう人を憎む気はないとしても、そういう調子で死刑判決を求められたら、司法の秩序や整合性は混乱しそうですね...。

仰るとおりです。私も父が高齢で裁判員になれないのは正直、良かったと思っています。でも、もっと若くても父のような考え方をする人はたくさんいるでしょうね。

私が心配なのは死刑反対派にとって、一番厄介な相手は、うちの父のような「サイレント・マジョリティ」の賛成派ではないかということです。

死刑賛成派でも、こちらへ来て議論しているような方たちは、少なくとも死刑というものに向き合って、それがなぜ必要なのかということを反対派の人たちにも説明しようとしていらっしゃいます。でも、父のようなタイプの人たちは死刑制度に反対している相手などは、それだけで、おかしな奴、非常識な奴という先入観で切り捨ててしまうので、めったなことでは反対派と意見を戦わせようとすらしないのではと思うからです。


あわれ
佐賀県の吉野ヶ里遺跡を見学したことがあるが、この環濠集落は4~5千年も続き、他国との交易も盛んに行われて相対的に平和な時代だったと聞いた。もののあわれという精神風土は、農耕が主体であった大昔の時代の共同作業の中から培われたのだろう。
原始時代から奴隷制、農奴制(封建制)明治維新後の資本主義に移行する中で、最底辺に位置する人間に夢や希望があふれていたとは思えないが、周りの大半が貧乏で、相対的にそのことを感じないことが長く続く世の中であったと思う。

翻って、現代の労働形態はどうだろうか。派遣などで働く人たちが500万人とも、パートや臨時、嘱託を含めると1500万人以上も存在するという。しかも骨太の方針の結果ここ数十年で急激に増加した。仕事は共同作業が大半だと思うが、そういった人たちの近辺には同じ仕事をしている正社員やあるいは公務員、官僚などが数千万人存在し、いやでもその人たちの生活が垣間見えるはずである。成果主義が蔓延する中で、もののあわれというような心境になる労働環境にないのはたしかだろう。

テレビコマーシャルで際限なく流される消費社会の宣伝の中で、この格差に直面した人の怨嗟が究極の形で凶悪犯罪に向かっていっても不思議ではない。それを危惧する世論調査も出ている。

佐木隆三が家庭環境の悪化が、大宅映子が豊かになった社会が、要因にというが社会の発展は必然的に豊かさを生む。しかし問題なのは、一方への富の集積が多くの底辺の労働の実りをかすめ取る形で実現し、それが顕在化すれば、潜在的な不満が溜まりそのはけ口に犯罪に走ることは否定できない。死刑を含む厳罰化などの対症療法的な策では防止は限られるだろう。

大企業は利益を生むシステムの為にワンコールワーカーを生む労働者派遣法などを押し付けている。それを政府が後押しいている。凶悪犯罪の元凶は押し並べて政治・経済問題であると思う。死刑にしてほしいと被害者遺族が思うような凶悪犯罪を少なくするのはシステムを変えない限りムリだと考える。


くろがねさん
>被害者とその遺族の気持ちを考えようとするのなら、被害者救済法の整備を。

近代刑法の基本は、「目には目を」という応報刑論には立っていないのはご存じだと思います。ところが、日本では未だにその考えが根強く、被害者救済よりも犯罪者への応報をメインにしているように思います。その典型が死刑制度だと思います。

だから、「死刑が被害者救済の遅れの免罪符となっているのでは?」と書きました。死刑が廃止されれば、その免罪符は使えなくなるという側面もあるのでは?と考えております。

>加害者の立場に立って考えようとするなら、児童福祉・社会福祉の整備を。
>冤罪の可能性を考えるのなら、警察・司法組織の改革・捜査方法の改善や法整備を。
>死刑執行停止を求めるのなら、まず刑訴法の改正を。

はい、死刑存続派にも、これらの整備を強固に主張して欲しいと思います。なぜなら、これらはすぐに改善される事ではありませんから、先に死刑が廃止or執行停止されないと、それまでの間に冤罪死刑執行を生み続ける事になります。

加えて、これらがどんなに整備・改善をしても、人が判断することですから冤罪の可能性がゼロになることは考えられませんので、冤罪問題の解消は、死刑廃止しか方法がないでしょう。

このように、順序としては死刑廃止や、少なくとも執行停止問題がむしろ先なのだろうと思いますね。


>ミーシャさん
ミーシャさんのお父上の話、世間にはそういう「善良な」人が多いだろうということは想像できます。そういう人を憎む気はないとしても、そういう調子で死刑判決を求められたら、司法の秩序や整合性は混乱しそうですね...。ちょこっと感想を言わせていただきました。


思ったこと
東西南北さんへ

趣旨がズレているように思います。
治安維持法は戦前の話で、死刑制度の存廃論議は戦後60年以上たっった今の話でしょ?(…とまあ、お玉さまから突込みが入るかもしれませんが、先に突っ込んでおきました。)


くろがねさんへ

>順序が違う

私の思っていた「死刑制度」に関するほとんどのことを簡潔に述べて頂いた感があります。

>また、「EU諸国では…」「先進国では…」「アムネスティによると…」
>と例に挙げる方々もおられますが、死生観・宗教観の問題でもあり、
>単純に比較するのも如何かと。

参考までにですが、お玉さまがお気に入りの鈴木 邦男さんの死刑廃止意見がありましたので、参考までにご覧ください。
日本の歴史を引き合いにして、なかなか面白い死刑廃止論を述べられております。

http://homepage2.nifty.com/shihai/message/message_suzukikunio.html

なお、このサイトはアムネスティのもので、最下段にある「トップページに戻る」から他の「死刑制度の廃止を求める著名人メッセージ」を読むことができます。

他の人の意見も、鈴木さんに負けないほどの面白い意見を述べているものもあります。

しかし、過激な意見が多い…。


にこにこ仮面さんへ。
 なるほど。にこにこ仮面さんの指摘は正しいようですね。失礼しました。

 治安維持法で大弾圧を受けた日本共産党自身が次のように述べていますね。

 「治安維持法は、国内の反戦平和のたたかいだけでなく、朝鮮の独立運動の弾圧に猛威をふるい、多くの人を死においやりました。同法は1925年5月、天皇の「勅令」によって、本国と同時に、朝鮮、台湾などの植民地にも施行されました。同法適用の最初は日本本土では26年1月の京都学連事件ですが、朝鮮ではそれより前の25年11月、66人が検挙された第一次朝鮮共産党事件があります〔京都大学人文研の水野直樹助教授「日本の朝鮮支配と治安維持法」(旗田巍『朝鮮の近代史と日本』所収)による〕。朝鮮半島における治安維持法を使った弾圧の残酷さは、本国ではなかった死刑が実行されたことにもあらわれています。同法違反で逮捕され、虐殺・獄中死したのは本国では、約2000人ですが、死刑判決はでていません。」

(出所:http://www.jcp.or.jp/akahata/aik4/2006-09-20/20060920faq12_01_0.html)

 とはいえ、全体主義の人権の関係で治安維持法で処罰された人々の事例を出したのであり、治安維持法が全体主義を実現した人権侵害の法律であることは事実だということです。全体主義と人権の関係を考える時には、正しい事例の提起ではないでしょうか?つまり、戦前は全体主義の暗黒時代だったというのは「思い込み」ではないということです。


単純な父
私の父は単純な男なので、昔から殺人犯などが捕まると、すぐに「あんなのは死刑だ。磔(はりつけ)獄門だ!」と言います。どんな事情があろうと、人を殺したりするのは大悪人に決まっているからです。冤罪を主張して何年も争っている人などがいると「命欲しさに嘘を言ってるに決まっとる。一度は自白したのが何よりの証拠だ」と決め付けます。

「お父さんこそ、冤罪で捕まっても、刑事さんに『お前がやったんだろう!』と凄まれれば、すぐに『やりました』とか言うんじゃないの?後で『俺はやってない、信じてくれ』と言っても、『あのオヤジならやったかもしれません、どうぞ死刑にしてください』と言ってしまうからね」と言っても、そんなことは絶対、あるはずがないと思い込んでいるようでした。

なぜなら、「自分は善良な市民で殺人などには間違っても縁がなく、そして日本の警察が間違うはずがないから」。そして現在、すでに70才以上の高齢者なので、裁判員になって悪い殺人犯に死刑の判決が出せないのが残念だそうです。

私は死刑制度には反対ですが、死刑に賛成8割という人のうちのかなりの部分が、もしかして父のような、単純でお人好しな人たちで構成されているのだとしたら、憎む気はしませんが、説得するのはたいへんむずかしいだろうと思います。


順序が違う
被害者とその遺族の気持ちを考えようとするのなら、被害者救済法の整備を。
加害者の立場に立って考えようとするなら、児童福祉・社会福祉の整備を。
冤罪の可能性を考えるのなら、警察・司法組織の改革・捜査方法の改善や法整備を。
死刑執行停止を求めるのなら、まず刑訴法の改正を。

その上で「死刑廃止」を主張されるべきだと思います。

また、「EU諸国では…」「先進国では…」「アムネスティによると…」と例に挙げる方々もおられますが、死生観・宗教観の問題でもあり、単純に比較するのも如何かと。

死刑制度は廃止されなければならない制度なのは確かでしょう。
しかし、EU諸国の物まねで廃止するだけでは、結局「他人を殺しても自分の命は保障される」「人には人を殺す権利がある」との間違った意識を与えるだけのような気がします。


昨日のNスペ「追跡・秋葉原・・・」を観て
感じたことは、秋葉原の無差別殺傷事件を死刑制度は止めることができなかったということです。
彼はその圧倒的な孤独感から、周囲も自分自身も見えていなかったのだと思います。
もちろん死刑制度もその頭になかったでしょう。
必要だったのは、ネットではなく、生の人とのふれ合いだったと私は思いました。
秋葉原で事件が起こったとき、同僚が死刑にすればいいといいましたが、
私はそれでは問題は解決しないと思います。



東西さん、訂正してね
>治安維持法で死刑にされた人々がいました。非国民と世間で言われていた人々です。

内地では、治安維持法での死刑はなかったはずですよ。転向させるのが方針でしたし。戦前が暗黒時代だと思い込むのはかってですが、ありもしないことを言いまわるのは、まずいですよ。訂正してください。
議論を獄死とか拷問死とかにシフトするのは無しですよ。(念のため)


>伯爵さん
伯爵さん、こんにちは。
いつかは私の「国旗国歌強制反対」についての記事にコメントをいただきましたよね。私もその一人である、数ある「国旗国歌強制反対」の主張を念頭において今回のコメントを書かれたと想像しますが、たとえば私が「強制反対」と、「強制」のところを強調して書いているのに、あなたのような考えの多くの方はそれを無視するんですよね。考えの違いはあるとしても、少なくとも他人の主張は正しく理解してほしいと願います。


まさんへ。
 まさんのいう、「もののあはれ」の感性を日本人は失ってはいません。それは、被害者遺族の人々が凶悪犯罪によって殺された時にも発露しています。第三者の私たちでさえ被害者やその遺族の立場に立って感じることはできます。その時の心境は「もののあはれ」です。言葉にならない心境です。無言であるが、心境は確かにあるのであり、「もののあはれ」です。では、こんな心境を持った人間が復讐、報復、憎悪感情を同時に持っているのは何故でしょうか?やはり、凶悪犯罪が極めて反人類的、反人間的な行為だからこそ、その行為に対して反撥する激情なのでしょう。この意味で、この感情自体は人類的、人間的な「怒り」の感情、「不正」を憎む感情だとは思います。しかし、やはり、人間同士で憎しみ合う感情が未来永劫、存続することは人間らしいとはいえない。こうした憎悪感情を抑制する方法の1つとして、第三者はもちろん、被害者、被害者遺族も自分だけの立場ではなくて、加害者、犯罪加害者遺族の立場に立って感じてみることだと思います。もし、自分が被害者ではなくて、加害者だったらどうだろうか?あるいは、加害者遺族であったら大切な人である加害者に対して憎悪はあるであろうが、やはり「もののあはれ」になるのではないだろうか?このように加害者の立場、加害者遺族の立場にも立って死刑問題を考え、感じてみると、「もののあはれ」の感情は憎悪感情を上回るのではないか?今の死刑存置、執行8割の世論は、加害者、加害者遺族の立場ではなく、あまりにも被害者、被害者遺族の側にたち過ぎてバランスが悪くなった状態ではないでしょうか?一般的には加害者の人権ばかり、と言われていますが、原状は被害者、被害者遺族の感情を思いすぎており、自分が加害者になった場合、あるいは、自分が加害者の遺族になった場合を忘れているのではないか?ここに「もののあわれ」を感じる感情がなくなってきているように錯覚する理由があると思います。


ちかごろの日本は
死刑存廃をうんぬんする以前に、ちかごろの日本は少々異様というしかありません。
裁判所が死刑判決を下すと傍聴席から拍手する人。
法相がベルトコンベア式処刑を行うたびに拍手喝采する人々。
お茶の間とスタジオが法廷となって「死刑だ、死刑だ」の大合唱。その代表的な例が「光市裁判」の被告・弁護士に対するバッシングでしょう。あまりにもの不公正さにBPOも警告を発しました。
何か、鬱憤、閉塞感のはけ口が死刑だ!死刑だ!に向けられているように思います。
大阪の「橋下フィーバー」、橋下知事を非難すると大バッシング。小泉フィーバーの時もこういったことがありましたね。これに相通じるものがあるように思います。
世論調査では、日本国民の8割が死刑存続派ですが、死刑存置国では、死刑存続派が多数派である場合が大半です。人間は既成事実に弱く、死刑制度があればそれを当然として受け入れてしまう人が多いのです。昨年、死刑廃止を正式に憲法に明文化したフランスでさえ、死刑廃止を決定した時点では、6割が死刑存続派だったのです。しかし、いざ死刑を廃止すると死刑廃止派が多数派となりました。
多くの国では死刑存続派が多数派の中、死刑制度の誤りに気づいた指導者が国民を引っ張っていく形で死刑廃止を決定という例が圧倒的です。
ある死刑存置国(世論調査ではやはり死刑存続派が圧倒的です)のお偉いさんが言った言葉、「我が国においては、死刑廃止は時期尚早、しかし死刑制度はいずれ廃止されなければならない制度」
早かれ遅かれ死刑制度は廃止されなければならない制度であることは間違えないと思います。



あと廃止派の方は
連投すみません。
自分のブログを出して申し訳ありませんが、私も含め、廃止派の方は、こういう意見にも向き合う必要があると思います。
http://luxemburg.exblog.jp/4247272/


世界的には存続派は少数
どちらが多数、少数というのは母集団次第で、先進国は圧倒的に死刑廃止です。非合理的な観念がまだまだ強そうな世界では死刑存続といえます。うちの村ではおらが多数派だ、ではすまない事態です。
 また、そのことはただの多い少ないの問題ではなくなっています。死刑存続の日本には欧州議会のオブザーバー資格も与えられず(http://www.deljpn.ec.europa.eu/union/showpage_jp_union.death_penalty.php)、死刑の可能性ある犯罪者の引き渡し拒否もほぼ常識であることからすると、もはや民主主義の問題ではない、立憲民主主義の理解にも関わりますが、法律をもってしても人の命を奪うことは許されない、そこまで来ています。ロシアも2004年の学校占拠無差別テロ事件(子どもを含む331人死亡)で死刑を求刑しませんでした。


「因果応報」という考えがあるから、容易に死刑廃止論者は増えないと思う。
 あと死刑廃止論者が、犯罪抑止面からだけ言ってるが、被害者(遺族)救済の面から考えたら廃止なんて考えられない、だって加害者が生きてることが許せなく、加害者が命で償って初めて救われたとかんがえる被害者(私はこの感情が自然だと考えている)がいるのだから。
 死刑廃止論者には偽善のにおいがして与できない。


あわれ
そのまんま東の「愛のムチ条例」、案の定それに反対する意見続出、怒ると叱るは違うという、感情的になりやすいムチは指導とはいえないらしい。

死刑は怒るか、叱るか?

日本の風土として、昔から「もののあわれ」というのがあったと、多田富雄氏(東大名誉教授-脳梗塞で障害者になった)が朝日新聞の連載インタビューで語っておられる。

ものの「あわれ」という美学は、滅びゆくものへの共感や死者への鎮魂、弱者への慈悲などあわれなものへの思いが日本の美学の大切な要素になっている。強さ、偉大さ、権威などを価値とする外国とは違った日本の価値観で、日本人の心の優しさ、美しさ、デリケートさの根源だ、と。

こういった風土は、アニミズムなども含めて、特定の偉人からつくられたものではなく、名もなき多くの民が何万年、あるいは何十万年もかけて生活の中から築き上げてきたものだと思う。

だといって外国の精神風土を否定するものではなく、調和の取れた新たな風土を我々は築きあげればいいのではあるが、強さ、偉大さ、権威などを価値とする外国の多くがいち早く権威が主体の死刑制度を廃止し、もののあわれを風土としてもつ日本でいまだに死刑制度を8割が支持している現状をどう考えればいいのだろうか。
それとも「もののあわれ」なんて化石のごとく、今の日本には存在しないのか。

また、光市事件の被害当事者の本村氏が高裁死刑判決時の記者会見で、(被告も含めて)3人の命が失われる悲しさという意味(テレビで瞬間的に聞いただけなので正確ではないが)のことを語っておられたが、死という厳罰を望む心境であっても命の大切さについても斟酌されている姿に、これまで氏の姿勢に違和感を持っていた自分だが、何とも言えない思いにとらわれた。

今のままでは死刑が確定しそのうち執行されるだろうが、執行された後の氏の心境を知りたいと思うのは不遜だろうか。


 私もくろねこさんと同様に、左翼に期待しているんです。労働者保護・生活向上の1点で。民主党でも勿論、自公よりはるかにましなんですが、より左翼色の強い共産や社民にも期待してるんですよね。
 ところが左翼は、死刑反対とか国旗国歌反対とか、共産主義国擁護とか拉致問題無視とか、どうしてこう国民感情を逆なでする事がセットでついてくるんでしょうか?
 いまだに日本だけ軍事力を放棄しろとか平気で言う左翼が圧倒的に多いし。
 もっと国民の多数が安心して支持できる左翼になってほしい。それで、今の搾取されまくりの労働現場を、権力をとって変えて欲しいと切に願います。
 お玉さんは他の左翼と違うと評価しています。だからあえて愚痴を書いてみました。お目汚し失礼しました。




くろねこさんへ。
 まったく逆ですよ。くろねこさんのような態度が自民党、公明党の政治を現状維持するんですよ。自民党、公明党政権の死刑執行行政を停止するには、くろねこさんが、死刑廃止論を積極的に展開し、死刑執行を停止する政権を国民と共に造る運動をすることです。くろねこさんのように「高みの見物」で死刑廃止の世論が過半数になるまで人権派・左翼の揚げ足でも取ってアドバイスしている振りでもしておけばいいかってって態度こそ、むしろ、死刑廃止運動を遅らしているんですよ。くろねこさんの真意が死刑廃止にあるのであれば、自分の態度として死刑廃止運動、死刑執行停止運動へ参加すべきです。そして、死刑廃止運動をしている人には、多種多様な方法、形態、物言いがあります。それを統制し、自分の物言い、形態、方法に従わせようとすることは運動の自殺行為です。死刑廃止の1点で行動を連帯していくことが死刑を廃止する運動を盛り上げるということであり、くろねこさんの消極的な死刑存置論などが死刑廃止運動を盛り上げることはありません。


>村野瀬玲奈さん
はじめまして。くろねこと申します。
 後ほど、お伺いさせてもらいます。
ボリュームがありそうなので、少々時間を。


<おまけ②>

>東西さん
 自分は「消極的死刑維持派」です。

 東西さんが、あまりにもトンチンカンな事をしているから…余計なお節介をしただけ。

 それは、東西さんが絶好調になって、反自公の票が減るのが困るから。
単にそれだけ。

 竜宮城(理想)での宴会はやめて、玉手箱を開ける(現実を見る)べし。

 
 自分は保守側の人間ですが…もう少し左翼や護憲リベラルが現実と向き合って、しっかりしないと…世論全体が右に行き過ぎる。これを一番恐れています。
 右も左も極端になると、ろくな事がありませんから。

「護憲リベラル」の人たちが、玉手箱を開ければ、社会全体が少しは良い方向に進むと思うのですが…



東西南北さんもくろねこさんの意見から学ぶべきところがあります。そこをまず謙虚に見つめてご覧・・人の意見を聞くこと・・自分の意見ばかり言わずに相手の書いていることを良く読むこと・・書く時は一気に書かずに行間をとって読み手が読みやすいような工夫もそろそろ覚えた方がいいと思う・・

くろねこさんも、彼はたしかに実直でまじめで表現がストレートすぎて、反対意見の人には伝わりにくい、けれど真実も言ってくださってるのです・・そこを読みとってあげてね。だって、あなたもお玉な常連なのだから・・

被害者救済の法律整備についてもお勉強してみてね・・


くろねこさんへ。
 勇気を持ってください。くろねこさんに言えるのはそのことだけです。くろねこさんは、いつも自分のことを「田舎人間」と言いますし、東西のことをムラ社会のアイドルみたいなことを言っていますが、くろねこさん。上でも言いましたが、全体主義と人権の関係を学習してみてください。村野瀬さんも御自身のブログを紹介してくださっております。そして、死刑廃止派の支持拡大について、本当に心配しているのであれば、自らの態度で示してください。必死に死刑廃止を訴えて、そのぞれの思い、形態、やれることとやっているのです。その人たちに対して、自分は消極的な死刑賛成派でありながら、いわば「高みの見物」的な態度で「死刑廃止派の支持を拡大する為には、何の効果もない」とか、「東西さんのような態度では、死刑廃止派が、一般社会からますます相手にされなくなる事だけは言えます」だとか根拠のない決め付けをしているのがくろねこさんです。くろねこさん。死刑廃止の支持拡大を誠実に応援する真意があるのであれば、くろねこさんは、どんな死刑廃止論を支持拡大するのですか?それをご自身の態度で示してくれませんか?


民主主義では
大多数が選択した結果であれば仮に過ちだとしてもこれまた大多数の意見により訂正するという手順を踏まないと

死刑に関してはそれこそいろんな人間が様々に考えて死刑制度賛成派が8割なんでしょう
人を殺すな
これは誰しも知っていますが現実なくなりません
遺族の復讐権を取り上げ、また近所にそんな殺人鬼が住んでほしくないなど様々な理由がありますが、正直言って世間の認識とずれているのでは?

ですがいろんな意味で議論は賛成なので、死刑廃止を訴えるのであれば理論的にプラス感情、心に響くようにしないと


お玉さんへ
「犯罪被害者の声が聞こえますか」については読んでいません。

 立ち読みして、購入する価値があると思えば購入します。

と言う事です。


<おまけ>

>東西さん
 ここで、一生懸命、田舎人間の上げ足とってもね…
 死刑廃止派の支持を拡大する為には、何の効果もないと思いますが。

 東西さんのような態度では、死刑廃止派が、一般社会からますます相手にされなくなる事だけは言えますね。
 結果的に、誰が喜ぶのでしょうか???
また余計なお節介をしてしまった。


(ネット)世界は広い
>不思議なのは、このことを教えてくださる死刑存続派の人をお玉は見たことがないことです

私は逆に、このことを教えてくれる死刑廃止派の方を見たことがなかったんですが。ここに来るまでは。
被害者遺族に関して出てきた廃止派の方々の意見は、「怨み憎しみ以外のことを生きる支えにすべき」とか「犯人との対話がお互いに影響や癒しを与えることもある」などと言った、とてもごりっぱな意見ばかりでした。当然、感情論で沸騰。その中で「被害者遺族に対して法的なケアを」と死刑存続派の方々が主張すると言うパターンが多かったですね。
「それは当たりが悪かった」「日頃の行いが(略」と言われれば、その通りですが。

確かに日本では犯罪被害者及び遺族に対する配慮がされていませんでした。遺影を法廷に持ち込めるようになったのも、ごく最近です。「お上が仇を討ってやるから、黙ってお上の申す通りにせよ」との感覚があったのではないかと邪推しております。
犯罪被害者支援救済法が早急に整備されなくてはならないというのは同意しますが、それは死刑が廃止されるか否かとは無関係でしょう。と言うよりも、救済法が整備されて被害者遺族の感情をひとまず考えなくて良いところから、死刑のこと・死刑囚のこと・犯罪とそれを生み出した社会のことを考えていくべきではないかと思うのです。


>くろねこさん
「ルール」について、こんなことを考えました。どう思うか、おきかせいただければうれしいです。

『「ルール」が破られるときに社会の発展がある。』
http://muranoserena.blog91.fc2.com/blog-entry-683.html



くろねこさんへ。
 くろねこさんは、少数者の人権を擁護することが憲法である、という基本を知っていますか?全体主義と人権の関係を学習することをお勧めします。例えば、治安維持法で死刑にされた人々がいました。非国民と世間で言われていた人々です。くろねこさんのいう「ルール」だと非国民と言われた人々は死刑でもやむを得ない。消極的に死刑になってもやむを得ないということになりませんか?つまり、くろねこさんの態度は、治安維持法を違法とすることができなかった人権派・左翼が悪かったのであり、多数の支持を得る運動を実現できなかった「非国民」らが悪いという責任転嫁をしていることになっています。これは憲法を根本から否定する態度です。死刑になった「非国民」らが悪いのではなく、治安維持法という法律を立法し、執行し、死刑を執行した権力が悪いのではないですか?権力の責任こそ問うべきではないですか?これが憲法ですよ。まったく屁理屈でも身勝手でもありません。くろねこさんは、消極的に死刑に賛成のようですが、人命を断絶する行為は積極的に反対することが憲法ではないですか?世論の多数が死刑執行賛成なら人命を断絶することが、くろねこさんのいうルールなんですか?


一般社会を考えて説明すべきでは?
お玉さん、こんばんは。

 同じ事を、何回も説明する事は当たり前の事だと思います。
 そこで各自が疑問に感じれば、色々考えるはずです。

 まず、どうして死刑廃止派の人たちが、一般社会の理解を得られないのか?ここと向き合う必要があるのではないでしょうか?
 2割の人しか賛同者がいない。あと4割を切り崩さなくてはいけない。この現実を直視することが、死刑廃止派には一番必要な事だと思います。

 その為には、どうしたら良いかを考える事が必要ではないでしょうか?
 
 自分の目からすれば、どうして凶悪事件で、死刑になりそうだから死刑に反対と騒ぐのでしょうか?これはおかしいです。
 ルール(憲法・法律)を守れと言う人たちが、ルール(憲法・法律)を守らないのはおかしいでしょ。
 君が代も同じ。

 冤罪の可能性があるから、死刑には反対だと丁寧に地道に言った方が賛同は得やすいのでは?
 後は犯罪被害者や遺族の声に、丁寧に耳を傾ける事が必要だと思います。

 犯罪被害者や遺族の声が、一番説得力があると思います。

 自分達はこんなに理想で良いことを言っているのに、社会が理解しないのが悪いと言うよりも…
 まず犯罪被害者や遺族が何を求めているのか把握する事が、死刑廃止の一歩ではないでしょうか?

 消極的、死刑維持派のたわごとでした。


それでもなお...
私はこのようにとらえています。
国民の8割が死刑存置に賛成、決して死刑廃止に反対が8割ではない、と。違いはあまりないかも知れませんが、少しでも希望を持ちたい。
また、人類の英知に期待したいとも思っています。理想主義に過ぎるとは思いますが、少なくとも気持ちの上だけでも理想を持っていなければ、この国で生きることがばからしくなります。
・・・・・それでもなお、そういった犯罪人を受容できる社会を作ることが、人類の発展というのではないかと、思うのです。
私も含めて死刑廃止論者は疲れますが、何度でも何度でも、ゼロから論議しなくてはなら
ないのでしょう。それでもなお多くの方には理解が得られないと、半分諦めながらも、また議論をしなければならないのでしょう。


グリーンピース2人逮捕
記事違いですが、下記ブログ参照ください!

【「天下の大悪法・裁判員制度徹底糾弾!!高野善通の雑記帳」
2008年6月20日『恐怖の国策捜査・グリーンピース捜索』
  
・・・本日、グリーンピース幹部が、水産庁調査捕鯨船・日新丸の乗組員が自宅に送った鯨肉を無断で持ち出したとして窃盗容疑で逮捕されました。この鯨肉は、日新丸乗組員を業務上横領罪で東京地検に告発した際、横領した証拠の現物として提出されたものです。今回の逮捕についてグリーンピース側は「業務上横領の証拠保全のため正当業務行為であり違法性は阻却され、不当逮捕だ」と猛反発しています・・・http://cgi.members.interq.or.jp/enka/svkoya/blog/enka/xn--fcrpb68l47o056c/2008_6_20_1006.html

コギト「国費横領の日新丸や共同船舶は不起訴で無罪放免。
おかしいとは思いませんか?」


追加
「論理を振りかざして死刑廃止論にこだわる頑固者」と書いていますが、論理をふりかざすのは当然だと思います。論理がないとだれも相手をしませんから。
 今のところ死刑反対派の論理が、人を説得できていないだけだと思います。
 また、その論理が相手に伝わっていないのではなく、伝わっているけど説得できるだけのものがないんだと思います。
 どうぞこれからもお玉さんの論理をふりかざしてください。ただ相手を説得できる論理へと発展させてください。
 期待しています。

 


 私なんかは、何で死刑がいけないのか逆に不思議です。悪いことをすれば罰が与えられるし、限度を越えた悪いことには死刑が与えられる。ただそれだけのことだと思っているので。
 でも、死刑に反対する人がいることも認めるし、限度を越えた悪いことには死刑でなくて終身刑を与えようというのも政策の一つだと思います。
 ようはどちらが国民の多数の賛成を得るかでしかないと思ってるんですよ。そこで死刑反対派のみなさんに提案ですが、死刑反対が正しいことで、死刑制度が間違っていることだという主張の仕方をやめたらいかがでしょうか。現にその主張の仕方で反発を買っているだけで全く好転していないので。
 正しいか間違っているかではなく、死刑と終身刑をそれぞれただの政策のひとつとして、メリットデメリットを論じるような、そんな死刑反対の意見も見て見たいと感じました。



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お玉なブログを展開する、とんでも博愛主義者。愛は海より広くそして深くありたい!と願っていたが、叶わないときは暴れる傾向にあり。昨年某国営放送局のやくざな討論番組に出たせいで、年恰好がバレちゃって・・・・・・ま、お玉に会ってみたいと思ってくださる読者の方は、お玉がいろいろな形でかかわるイベント、コンサートの会場へGO!

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