2017/09
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憲法の理念とお玉ブログ

昔は多かったのよね。お人好しのお玉の「良心」に訴えかける批判コメント。なんだかねえ・・まあ、色々あったせいでだんだん性格悪くなっちゃって・・大抵のコメントでは動じなくなっちゃった・・可愛くないぞ、お玉。(爆)

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ダイスさんのコメントにだれぞが反応するかとちょっとわくわくしつつも・・
こりゃあ記事にしちゃおう!!ネタ提供をありがとう>ダイスさん
 

  >その憲法9条の精神とお玉基準では矛盾するのではありませんか?

そうですか・・?護憲派ブログを運営しているからコメント欄はほぼ全面開放してみんなに「対話」してもらってるのですけど・・どこが矛盾してるんだろう?

>行儀の悪い相手とは対話しないという態度は、例えば「北朝鮮とは対話しない」
という事と同じなのではないですか

対話や議論を持つには一定のルールは必要です。

北朝鮮だって行儀が悪い間は対話のテーブルにつけないよ、という話ですよね。

そもそも、その比喩がおかしいよねえ。あなたの護憲派はこうあるべきって・・・まさか・・九条を振りかざして海外の戦闘地域へ丸腰で日本の自衛官に和平を訴えに行けと??悪いけど、お玉はそういう護憲派じゃあないから・・・・このあたりの話はまた書きますけど、・・話逸れるのでまたね。

 憲法の精神(9条だけではない)を大事に思うから、コメント欄を開放して、異論もなるべく排除しない努力をしている。

しかも管理人には反論する能力が著しく劣るので、出来ない時は「しない」といっている。・・・ということをふまえて頂いた上で、行儀の悪い人の相手をお玉がする義理はない!!

(・・・と書きつつお玉のアホさを晒してどうするとやや情けなくなってきた~)

 >憲法9条の精神を単純に表現すると「実力行使はしない」「対話のみで問題を解
決する」となると理解しています

 >コメントの非公開とは、お玉さんによる実力行使なのではないのですか?
 行儀の悪い相手とは対話しないという態度は、例えば「北朝鮮とは対話しない」
という事と同じなのではないですか?
 返答しないというのは、国と国との交渉であれば「交渉決裂! さあ開戦だ!!」
という事なのではないですか

もう一度書くけど・・国と国との交渉であれば、相手が話し合いのテーブルに着くまでねばり強く説得する。ただ今右派左派入り交じって、皆様との「対話のみ」でにゃんころもちさんを説得中・・・・いきなり非公開などという実力行使はしていない・・・全てのコメントを表に出してます。で?どこが矛盾するのかな?

>しかしながら、こちらにはけっこうな論客方が集っていらっしゃるようなので、

そう、けっこうな論客がお玉ンちを気に入って議論しに来てくれているブログです

そして異論であっても排除せず対話を持っているブログです。

こんなやくざなブログ、読んでくれてありがと。  otamaそしてポチしてくれて、ありがとう!


↓お読み頂けましたら、どうかポチッとお願いします

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(非公開コメント受付中)

ダイスさんへ
>「自衛官である」 という事実のみをもって見ず知らずの個人に「人殺し」という 最大級の罵倒を投げかける輩ではないでしょうか?

従妹の結婚相手が三沢基地に勤務する航自の自衛官でした。従妹の母つまり叔母に向かって「自衛隊の仕事は人殺しじゃないか」とののしったことがありますが、今でもその時の叔母の悲しそうな顔が思い浮かびものすごく後悔しています。一面だけを見て判断する自分の誤りに気がついたからです。

>理念とか法学的な解釈とか…(中略)…「小難しい問題」が、いわば地に足がついていない存在である事の証明だと考えます。
>今度は、日常的な事柄での振る舞いから、主張する理念の解釈、この場合は憲法9条の解釈が、「逆算」されるという事を 意識される事を希望します。

現在、自衛隊の存在を否定するのは少数です。しかし、暴力装置を持つ軍隊という側面は否定できません。軍隊の本質はやはり武力攻撃だと思いますが、暴走させることなく専守防衛に制御させるのは国民の目です。

敗戦後の日本の歴史を振り返ってみても、民主党党首の小沢一郎までもが言っている「普通の国へ」などという安易な主張に惑わされることなく国民世論を冷静にさせている最大の要因は憲法9条の存在だと言えるのではないでしょうか。
つまり、国民の間で9条の会や9条ネットなどが無数に存在するのは、平和を希求する9条の理念が日常生活の中にどっしりと息づいているからだと思います。私たちの日常会話の中だけでなく、爆笑問題や北野たけしまでもがお笑い番組の中で9条堅持に言及するのはその証しでしょう。

9条の理念はあくまでも非暴力ですが、実力行使すべてを否定はしていないと私は解釈をしています。9条に国としての正当防衛までを明記していないのは、その権利が人類普遍の権利だからわざわざ明記する必要もないということだからだと思っています。
(ここのところの解釈が拡大解釈も含めていろいろあるから混乱するとも思っている)

「逆も真なり」が当てはまるのは、必要十分条件が満たされている時のみです。今回のエントリー内容の場合、逆が真と成りえないのは条件が十分に満たされていないからじゃないかと考えます。

ですが、ダイスさんの平和を語る時に気をつけるべき姿勢として「逆算」という面も軽視してはならないという問題提起は十分意義のあった問いかけだと評価します。


ダイスさん
ダイスさんのご意見は、バランスの取れた見方ですね。

>米軍にも米国にも。さすがに祖父たちが敗北したわけです。

3年前に死んだ、私の父も海軍でした。 日本人というのは、危機感を持っているときは凄い力を発揮するけど、少し成功したら慢心してしまうのですね。

日露戦争後の、野放図な大陸進出しかり、海軍に限ってもシーメンス事件などを起こしている。
昭和海軍も、真珠湾やマレーで大勝したら慢心して、ミッドウェイで大敗した。

ちょっと成功したら驕りたかぶり、相手を甘く見て失敗したら、ペチャンコになってしまう。 戦後、進駐軍のご機嫌を取るのに必死な、政治家や学者の醜態は、今でも続いています。

最近でも、バブル経済の頃は、アメリカにもう学ぶものはない、などと大言壮語していた学者や経営者は、今どうなっているでしょう? 私も含めて、自戒すべきことだと思います。

あるドイツ人にこう言われました。 
「一度や二度の敗戦で、くよくよするな。 また立ち上がれば良い。」と。

また、こうも言われました。
「占領されたからって、民族の魂まで失ってはいけないよ。 グローバリズムを進める、ハゲタカどもの思う壷だ。 外国人労働者を増やし過ぎてはいけないよ。 国内に価値観の混乱を招く。 ヨーロッパ各国が植民地を手放したのは、移民の流入に音を上げたからなんだ。」と。


アオネコさんへ
> 国民が個人じゃない、ならば民主主義の基本がお分かりで無
> いと思います。ファシズムを求めていらっしゃるようで。
 わざとですか?
 民主主義のために、民主制度を無視なさるつもりですか?
 人間が集団で暮らすために、個人個人が異なる考えを持った
まま集団としての秩序を維持するために、手続きが重要だと考
えていますが、まさかアオネコさんは、手続きが不要だと考え
ているわけではありませんよね。
 もし手続きが不要だと考えているのならば、それは民主主義
ではなく、さしずめ「俺様主義」です。
 さすがにそんな事はないでしょうから、私の発言の意図をご
理解いただけなかったのは、私の文章力のせいでしょう。しか
しながら、申し訳ありませんが、説明する能力と気力に欠ける
ようです。

 米軍に関しては、下請け的扱いを受ける事に屈辱を感じなか
ったと言えば嘘になります。
 しかし、それ以上に学ぶ事が多かった、というのが率直な感
想です。屈辱を耐えて学ぶ価値が有りました。米軍にも米国に
も。さすがに祖父たちが敗北したわけです。
 学んで、同じ事をやろう、というのではないですよ。違った
事、米国の価値観より世界に歓迎される事、それらを日本は為
すべきと考えています。その為に、米国ができる事、考えてい
る事を学ぶ事に価値が有ったと考えています。
 例えるならば、ローマの剣でローマを倒そうと欲するベンハー
の心境でしょうか。あるいは、日本海軍のルーツをたどれば勝
海舟は外せませんから、そのようなDNAを海自の中で知らず
知らずに受け継いだのかも知れません(って、勝海舟と私ごと
きを並べては… 説明しやすいけれど、これはハズカシイ…)。

> >申し訳ない。「法の無力化がそれを成し遂げている」の意味
> >がよく判りません。
>
> 多分、多くのここの方は分かってらっしゃると思いますよ(^^)。
 素直に判らないと言っているのに、この対応で…
> 自衛隊が国民を上から目線で見ていることが皆さんに示され
> てしまいます。
って言われてもなぁ。
 あと、私、何処かで災害派遣や救急搬送に価値が無いとする
ような発言をしましたか?
 正直、困惑しています。

 まぁ、万人に受け入れられる意見など極めて稀なわけですか
ら、「お互い様」という事にしていただけますならば、私の方
からも「このへんでお開き」をお願いいたします。


まさんへ
 私が頑固者で杓子定規なものの見方をするのは、実は個人的
な交友の範囲でも定説であるところです(^^;)。
 しかしながら、それ以上にものの見方が硬直しているのは、
図らずも心情を吐露したコメントに書いた、「自衛官である」
という事実のみをもって見ず知らずの個人に「人殺し」という
最大級の罵倒を投げかける輩ではないでしょうか?
 ここにはいないのでしょうが、私以上に「憲法全体の位置づ
けが硬直」した方を見かけたときには、ぜひその方の蒙を啓か
れるよう、お願いいたします。

 理念とか法学的な解釈とか、小難しい問題を「日常的な出来
事」に例えて説明するのは、有効な方法だと考えます。宗教関
係の経典なんかには豊富ですよね。
 当然、その例えに使われた「日常的な事柄」について、説明
しようとした理念と一貫した行動を求められます。
 これができない、という事は、その「小難しい問題」が、い
わば地に足がついていない存在である事の証明だと考えます。

 当然ですが「その比喩は適切か?」という問いは"あり"です。
ですから、元になる理念としての憲法9条の解釈が異なれば、
それを反映させる日常的な事柄に対して、判断が異なるのは、
了解です。
 今度は、日常的な事柄での振る舞いから、主張する理念の解
釈、この場合は憲法9条の解釈が、「逆算」されるという事を
意識される事を希望します。

 お玉さんが、「専守防衛のお玉ブログ」というエントリーを
揚げられた意図は、お玉さんなりの確認作業をされたものと理
解しましたので、私としては「コメントした甲斐はあった」と
考えています。


ダイスさんへ
 私も海自です(^^)。しかも、自衛官募集の地連勤務もしました。「入る人」の生の声も沢山聞きました。艦隊勤務を経験した人の話もよく聞きます。その多くは確かにダイスさんのように悔しさが滲み出るような声がありました。でも、国民に向けての呪詛の声はなく、米軍のアゴで使われていることへの苦情が多かったです。「国民は現状を知らないし」と。

>ここで言う国民とは、個人として国民であるわけないじゃないですか。個人の意見を一々反映させていたら、自衛隊じゃなくとも「仕事になりません」って。

軍事行動=仕事、ですか、ダイスさんが仰る危険な存在は。国民が個人じゃない、ならば民主主義の基本がお分かりで無いと思います。ファシズムを求めていらっしゃるようで。

>掃海部隊の派遣が、人間の尊厳を冒しているという趣旨ですか?

それで済む話でしたら。そうではなかったですよね。そして、反対した人々は「こうなる(=実質米軍の指揮下でリアルに軍事行動を取る)」事を憂えて反対していました。自衛官すら。

>申し訳ない。「法の無力化がそれを成し遂げている」の意味 がよく判りません。

多分、多くのここの方は分かってらっしゃると思いますよ(^^)。

>民主主義を選択するということは、主権者として義務と責任 を負うという事です。自衛隊という組織の責任が軽くなるわけ ではありませんが、国民の責任が無いわけでもありません。

それは全くそのとおりだと思います。
でも、

>自衛隊のような組織は、政治が強いリーダーシップを発揮すれば、劇的に変革する可能性を持っています。

は、やはりファシズムになると思います。民主主義では「誰か何とかしてくれ」的態度は「怠慢」になるんですし。

掃海部隊の仕事自体を「悪い」とは私も思っていません。ただ、その「事実」がその後の日本の、或いは自衛隊の歩む方向をある程度限定してしまった、と思っています。私は自衛官時代に「なずな」というグループホームでの研修に参加したことがあります。そこで、「自衛官がこの研修に参加する時代になったのか」と驚きをもって喜ばれました。災害派遣や急病人の搬送に生きがいを持つ自衛官も大勢見てきました。そういう事が、ダイスさんにとってはあまり価値の無いことのように思われます。

また長くなってしまいましたm(__)m。
そろそろお開きにしましょう。続けると、自衛隊が国民を上から目線で見ていることが皆さんに示されてしまいます。お体大切になさってくださいね。お返事が遅くなって、申し訳ありませんでした。


アオネコさんへ
 自衛隊の「雰囲気」の色々ですね。確かに、「自衛官でも護
憲派の方は多い」という話はよく聞きました。ただ、個人的に
は会った事がないんですよね、護憲派の自衛官。
 自衛隊が、軍として本来の活躍をするために、国の体制(法
整備・国家戦略・装備及び調達方法・補給体制等々)と国民の
理解が、現場から見てあまりに低いレベルに留まっているので、
「こんなんで、やってられるか!」という意識の発露として
「護憲でいいよ、もう! あとはどうなっても知らん!!」と
いう趣旨での護憲意見なら、聞いた事があります。
 もっとも、私は海自でしたが、海自の中でも艦艇乗組員と陸
上配置の人間とでは、かなり温度差があった実感があります。
 基本的に国境の外側(公海)で活動し、外国海軍と友好・非
友好に接触する艦艇勤務者(私もその一人でした)の意識は、
少数派になるかも知れません。

> 自衛官も国民ですよね? 国民が国民に対話しようとしても
> 意味無いと? 国会を通せ、ってことでしょうか?
 自衛官として宣誓した時から、自衛官としての行動は、国民
の付託に応えるものでなければならない、と教育されました。
アオネコさんは、そうではなかった?
 ここで言う国民とは、個人としての国民であるわけないじゃ
ないですか。個人の意見を一々反映させていたら、自衛隊じゃ
なくとも「仕事になりません」って。そのために民主制度とし
て国会や選挙があるのでしょう。デモをするのが悪いのではな
く、デモの対象が不適切だったんです。

> その要件は充分に満たしていたと思いますが? それとも自
> 衛官だけの尊厳を意味するのでしょうか(日本国民の尊厳は)?
 掃海部隊の派遣が、人間の尊厳を冒しているという趣旨です
か? それでしたら、私は、人間の尊厳を冒してはいない、と
の考えです。
 明らかに「人間としての尊厳を踏みにじる命令」とは、今日
の価値観では、例えば、「一般市民の殺傷のみを目的とした命
令」等です。

> ふむ。自衛隊の存在が危険なのに法的な束縛が無い、と仰る。
> むしろ、法の無力化がそれを成し遂げている、とアオネコは
> 思いますが。
 申し訳ない。「法の無力化がそれを成し遂げている」の意味
がよく判りません。

> これは責任転嫁が過ぎませんか(^^;? ダイスさんは国民
> じゃないんですか?
 残念ながら、今日、各所で「自浄作用の欠如」が問題になる
責任は、国民に帰せられると考えます。私も、一国民として、
その責任を負わなければなりません。
 自衛隊のような組織は、政治が強いリーダーシップを発揮す
れば、劇的に変革する可能性を持っています。しかし、政治は
自衛隊を扱いかねているように見えます。そんな政治状況は、
つまりは国民がどんな政治家を選ぶのか、に帰結します。
 民主主義を選択するということは、主権者として義務と責任
を負うという事です。自衛隊という組織の責任が軽くなるわけ
ではありませんが、国民の責任が無いわけでもありません。


ダイスさん
>どうやって憲法9条の理想を実現するのか、その可能性・現実性のアピールする方法について、どのようにお考えでしょうか?

9条を永久欠番にするという提案はさておき、9条の精神のノウハウは、ここでも何度も紹介されている伊勢崎氏の著書をお読みください。一定の方向性が出ていると思います。それとアフガンの中村哲医師の行動や各NGOの行動も参考になると思います。
また、紛争が絶えない南米で軍隊を持たないコスタリカの経験もいろいろな本で紹介されています。

同時に、憲法9条の精神を生かすということは、何が何でも、例えば他国から軍事侵略された時、あるいはされそうな時に無抵抗で見過ごすということじゃないですよね。そんなお気楽な人は日本にはそうそういるとは思いません。

賛否は別として社民党も、村山・社会党時代に自衛隊合憲論を言っています。国会での最左翼の共産党も自衛隊の存在を認めています。

つまり、憲法は法律体系の最上位に占めていて、極めてシンプルです。だからいろいろな解釈が出てきます。特に9条などはその最たるもの。
その解釈が時の情勢を勘案しながら拡大されたり、人々の中では縮小されたりしているのです。私は解釈が異なるというのは今の法体系をとる限りしょうがない一面ととらえています。
もっとも、ドイツのような大陸法や米英法がいいかどうかはまた議論のあるとこですが。

ブログ運営の実力行使と憲法9条の精神が矛盾しているのではなく、ダイスさんの憲法9条認識、言い換えれば憲法全体の位置づけが硬直しているための矛盾だと考えています。


存在が憲法違反なら
 >ダイスさん

 私は以前書き込みしていましたが、最近ROM専門です。私が書くより説得力のある方大勢いらっしゃいますし。ただ、自衛隊の「雰囲気」は、経験者にしか分からない物がありますよね。
 
>いいですねぇ。何故かは知りませんが、私の周りには普通にい ましたよ「罵倒被害者」w。

 そういう雰囲気の方が多かったのでは(^^;? 私はお店で、「自衛隊は売買関係の書類が煩くて・・・」と文句を言われましたが、「皆さんの税金ですから煩雑なのはしょうがないんです」と納得して頂きました。公務員は奉仕者ですから。

>自分の要求を通す という「欲求」以外のエネルギー源を持っていない連中だと感じ ます。

その欲求はどこから来ますか(^^)? 「愛国心」に他ならないと思いますよ。利己的であれば、何もせず怠慢になっていればいいんです。ベクトルは違っても、誰かを守りたい心の発露だと思いますよ。

>それと、憲法違反であるかそうでないかの判断は、行動までの 時間的制約があるという意味で、私が例に挙げた掃海部隊派遣の 場合、国会の仕事でしょう。

自衛官も国民ですよね? 国民が国民に対話しようとしても意味無いと? 国会を通せ、ってことでしょうか?(何だか天安門の時の中国軍みたい)

>当然、軍人にも「命令を拒否する権利」が有りますが、それは、 明らかに「人間としての尊厳を踏みにじる命令」に限られます。

その要件は充分に満たしていたと思いますが? それとも自衛官だけの尊厳を意味するのでしょうか(日本国民の尊厳は)?

>護憲を主張する方々は、軍の存在自体を 危険視するくせに、その危険性にどう対応すべきかを考える事を 放棄していると感じます。まさしく「怠慢」なのです。

ふむ。自衛隊の存在が危険なのに法的な束縛が無い、と仰る。むしろ、法の無力化がそれを成し遂げている、とアオネコは思いますが。

>自浄能力が無いのは、自衛隊だけでなく、自衛隊に命令を下す 政府、政府の方針を決定する国会、国会の構成員たる議員を選出 する国民までもです。

これは責任転嫁が過ぎませんか(^^;? ダイスさんは国民じゃないんですか?

長くなりましたm(__)m。
自衛官で、護憲派の方は沢山います。OBの方も。海外派兵が決まった時、私が一番聞いた科白は、「自衛隊は戦争しないと思ったから入ったのに」でした。この人たちの意見を覚悟が無いから、とは私は思いません。
 私も怠慢は大嫌いですけど(笑)。


専守防衛
またダイスさんの持論展開されちゃいそうですが・・
お玉は確かに、護憲の観点でこのブログを管理している面があります。ただ・・・・明らかに「専守防衛」という観点で考えてる・・・・お玉からよそへ言論攻撃をしかけになど絶対に行かない。でも理不尽な攻撃を受けた時、ブログとコメンターを守るために「説教」するし、聞き入れてもらえず暴挙をやめない人は他のコメンターの「安全」のために、受け入れないという措置も辞さない。・・・と一応「よい子のお約束」に書いているつもり。

実際にはお玉自身がこのお約束を守れてないが為に時々ブログが「荒れちゃう」・・・・ブログ上でも専守防衛は厳格に守るべきかねえ・・・・・
続きは夕方に記事にしましょう。


山辺響さんへ
 私は、そんなに凄い人間じゃありません。その辺にいるバカで
利己的で、でも同時に人間が大好きだったりする、普通の人間だ
と思っています(もっとも周囲の評価に「変わり者」ってのはあ
るかも^^;)。

 私の主張も、挑発なんて大それたものではなく、本当に「願い」
なんですよ。
 いや、陰謀をめぐらせる事も出来る(能力ではなく「気持ち」
の問題として)程度に悪人ですが、この件に関しては、本当に
「願い」なんです。

> 武力を使えるのに使わない。
> 使う誘惑に耐える。
 ここまでは、自分の事ですから、そういうつもりで主張してい
ました。でも、
> 相手にも「そんなこと言ってて使うんじゃないの?」という警
> 戒心・疑念を抱かせない。
これは買被りです。ここまでは考えていませんでした。
 うん、でも、確かにこのフェーズに到達する事は重要ですよね。
良い啓示をいただきまして、ありがとうございます。

> ※でもダイスさんは、9条は支持していなくても前文は支持して
> いるような予感がするな。
 これに関しては、残念ですが「ハズレ」です。
 現状では、「平和を愛する諸国民」がいる事はともかく、その
公正も信義も、信頼していません。人間は、そもそも利己的な存
在で、その人間の集団である国も利己的な存在だと考えています。
 利己的な存在同士を協調させるためには、利益の共有が必要だ
と割切っている部分があります。
 方法・ノウハウという事にこだわっているのは、そのためです。


まさんへ
 何度も書いているように、私はお玉基準に賛成なのです。
 お玉基準のように実力行使を含むブログ運営と護憲の主張の何
処が整合しないのか? 以下の説明ではどうでしょう。

 護憲の主張=国際社会において実力行使によらずに問題解決を
図る方法が存在する。
    ↓
 そのノウハウをより簡単な問題であるブログ管理に応用できな
いか。
    ↓
 実際には、実力行使を用いた管理が為されている。つまり、護
憲派が存在すると考えているノウハウは、現実世界の、国対国の
問題よりもより簡単な問題に対しても「無効」なのではないか。
    ↓
 前提条件である「国際社会において実力行使によらずに問題解
決を図る方法が存在する」が否定される。
    ↓
 そのまま護憲を主張しつづければ、存在しないものを存在する
かのように主張する事になり、不誠実ではないか。

> 個人的には憲法9条は現実政治を勘案すればするほど改定すべ
> きでないという感が強くなります。
> それにしても「平和主義」と憲法9条との関係がイマイチよく
> わかりません。
 宿題にさせておいてもらった「逃げ道の無くし方、無くした後」
についてを書くチャンスを下さいまして、ありがとうございます。
 まず、憲法9条を「改定」する必要など無いのです。文面は、
一字一句変える必要がありません。そのまま、憲法9条を憲法か
ら削除し、9条を「永久欠番」にしてしまえば良いのです。
 日本人の国民性からして、「永久欠番」にする事によって、強
烈に記憶されます。同時に「生きている条文」ではなくなります
から、個々のケースに対して憲法違反を根拠にした反対ができな
くなります。
 日本国民の意識は、「憲法9条は理想だよね」というテーマで
話せば、気持ちの濃淡はあるにしても、立場を超えてある程度理
解しあえる状況にあると考えます。その「理想を語った条文」が、
生きている条文であるがゆえに弊害をもたらしてるのならば、条
文として殺してしまう代わりに、より強く人々の記憶に残るよう
にすればよいのです。
 当然、その記憶が、将来「理想を実現しよう!」という方向に
向かうのか、はたまた「昔、9条なんて非現実的な条文が在った
んだよね」となってしまうのかは、今護憲派をやっている方々の
「憲法9条に頼らない主張」の中身に左右されます。
 平和主義の立場にたてば、基本的に戦争に反対するはずです。
戦争の被害が、甚大で深刻なものになるからですよね。言い換え
れば、平和主義とは、「常に戦争被害の最小化を図り、被害ゼロ
を目指す立場」という事でしょう。
 問題は、戦争被害そのものが複雑であり、日本以外の国の思惑
が絡み、単純な反対だけでは「被害の最小化」が困難なケースが
想定される事です。
 この被害の最小化を追及する立場こそが、現実的な平和主義で
はないでしょうか。状況によっては軍事的な恫喝を行った方が被
害が少ないと考えられるケースも、可能性を否定できないでしょ
う。
 目の前に突きつけられた現実は、残念ながら「きれい事」では
すみません。むしろ犠牲=人命を数値化して機械的に扱う事を要
求される「汚れ仕事」です。この「汚れ仕事」をこなすのには、
憲法9条は貢献しないばかりではなく、有害なのです。
 また、差し迫った脅威を感じずとも、今も地球上の何処かで、
誰かに、脅威が迫っているのが現実でしょう。そうした方々に、
「こうすれば戦争しなくとも問題解決できますよ」という方法・
ノウハウを提示できるよう、日本が研究・実践する事に大きな意
義が有ると考えます。
 世界は、「汚れ仕事」で回っています。脅威が迫っている地域
や国は、特にそうです。ロジックだけでなく感情も絡んできます
から、更に厄介です。そうした所に、理想だけを投げ込んで、実
が得られるでしょうか? 理想だけでは駄目だと考えます。

 「理想は、これ。それを実現するために、まずこうやったら上
手くいったよ。」

 こうやって方法・ノウハウと一緒に渡してこそ、理想は生きて
くるものと考えます。そのために、まず「汚れ仕事」に手を染め
なければならないのです。そして、より理想に近い形で、その汚
れ仕事を解決してみせなければなりません。汚れ仕事に手を染め
ても魂まで汚されてしまわない様にしなければならないのです。

 護憲を平和主義の怠慢と評価するのは、護憲が「汚れ仕事を忌
避する口実」になっていると感じるからです。

 まさんのお友達である空自の方の話も、この主張に沿っている
のではありませんか。
 「自ら血を流す覚悟のない愛国心なんて、ボクは腹の中で笑っ
ているよ」この言葉は、愛国心を理想の一種と捉え、その理想の
実現のために「血を流す=汚れ仕事を引き受ける」を求めている
言葉と理解しました。
 私の主張との違いは、対象が護憲派か改憲派か、という事でし
ょう。
 今回、護憲派に対して意見していますが、改憲派に対して意見
を求められれば、この方と同じように「覚悟はあるのか?」とい
う問いを発する事になると思います。
 あぁ、ここで言っている改憲派とは、正確には「自衛隊海外派
兵推進派」といった立場でしょうか。もっとも、私は、全ての海
外派兵をマイナスな事柄とは捉えていません。


アオネコさんへ
 文面から推測するに、アオネコさんも退役自衛官なのですね
(過去ログに記述があったらご容赦ください。さすがに全部に目
を通していません)。
 いいですねぇ。何故かは知りませんが、私の周りには普通にい
ましたよ「罵倒被害者」w。
 常識によって行動している護憲意見の方からすれば、「そんな
連中と一緒にするな!」というのはごもっともとも思います。で
も、やっぱり、思考が憲法9条に甘えている(と私が感じる)部
分で、「護憲派」と一括りになってしまうのですよ。

> 「憲法違反の可能性がある命令を拒否しましょう」 だと類推で
> きます。
 これは違うと思います。一つには、現場にいた者の主観ですが、
隙あれば派遣予定の艦艇に不法侵入しようと虎視眈々と狙ってい
るあの目は、犯罪者に類似するものでしたね。自分の要求を通す
という「欲求」以外のエネルギー源を持っていない連中だと感じ
ます。
 まぁ、私の主観はともかくとして、自衛官に「憲法違反の疑い」
を拒否させたらば、自衛官自身が存在できなくなります。
 それと、憲法違反であるかそうでないかの判断は、行動までの
時間的制約があるという意味で、私が例に挙げた掃海部隊派遣の
場合、国会の仕事でしょう。
 そのプロセスを経て正式に命令された事柄ですから、「軍人と
して拒否してはならない」のです。どうしても拒否したければ、
自衛官(軍人)である事を辞める必要があります。自衛官が、
「国会の判断が誤りだ」と言い出せば、それこそ好き勝手に物事
を判断できる人間に武器をあずけている事になってしまいます。
 当然、軍人にも「命令を拒否する権利」が有りますが、それは、
明らかに「人間としての尊厳を踏みにじる命令」に限られます。
それ以外は、軍を政治のコントロール下に置くために、徹底的に
命令への服従を求める必要が有ります。
 シビリアンコントロールとは、軍(軍人)にその持てる武力を
「政府の決定した目的」以外に使用させない、という事でしょう。
政府の決定に異議がある場合は、政府に抗議するのが筋です。現
場の自衛官に命令拒否を求めるなど、ただの「甘え」です。
 また、何が「人間としての尊厳を踏みにじる命令」にあたるの
か、命令拒否が発生した場合その妥当性を判断するのは何なのか、
は軍法と軍法会議によるべきです。
 憲法9条のせいでこの軍法と軍法会議がもてない日本では、自
衛隊という実質的軍隊、つまり国内最大の「暴力装置」が、その
構成員の良心によってのみ秩序が維持されているという、非常に
不安定な状況に有ります。

 これだけでも、自衛隊の存在を容認するのであれば、憲法9条
に強い不安を感じます。護憲を主張する方々は、軍の存在自体を
危険視するくせに、その危険性にどう対応すべきかを考える事を
放棄していると感じます。まさしく「怠慢」なのです。

> 私は自浄能力の無い、動脈硬化に陥った組織だと判断したから
> です。
 同意です。
 自浄能力が無いのは、自衛隊だけでなく、自衛隊に命令を下す
政府、政府の方針を決定する国会、国会の構成員たる議員を選出
する国民までもです。


賛同はできないけど凄い
→ダイスさん、
あなたに全面的には賛同できませんが、ある意味、降参ですm(__)m

というのも、あなたは9条護憲派よりも、さらに上を行く平和主義者・非戦主義者のように思えるからです。あなたは9条護憲派に対して、「あんたらの平和主義は、9条なんていう条文に頼らなければ主張できないのか?」と挑発している。

武力を使えるのに使わない。使う誘惑に耐える。相手にも「そんなこと言ってて使うんじゃないの?」という警戒心・疑念を抱かせない。そういう平和主義は無いのか、と。

あなたが言っているのは、護憲派に対する、そういう挑発なのだ、と私は受け止めました。うーむ、これは凄い。実際、ダイスさんのコメントには「外国(中国とか朝鮮とか)の脅威」なんて言葉はまったく出てこないしな……。

これに対して私は、「あのね、アナタそんなこというけど、それは理想論なの。現実はね……」と、まるでふだん改憲派が護憲派に言いそうなことしか言えません。もちろん言いたいけど、ちょっとそれは情けないから言わない。いやはや。

※でもダイスさんは、9条は支持していなくても前文は支持しているような予感がするな。

「土俵の違い」に関しては、もう少し言いたいこともあるけど……まぁそれは、この際いいや。

>> 護憲派/左翼に対する批判はあっても、憎悪は感じられない。
> 実のところ、憎悪する気持ちは、有ります。

仮にあるとしても、それを相手に感じさせないのが、「お玉基準」で言えば「お行儀の良さ」だと思います。


ダイスさん
ダイスさんの主張はわからなくもないのですが、憲法9条の持つ理想と、現実的な実力行使という言葉を一括りにして理想論(現実論か?)として展開しているから混乱するのであって、ダイスさんも否定しない現実の立場で見れば、それぞれケースバイケースで考えればなんら矛盾はないと思います。

ですが、お玉ブログの掲載基準は、お玉さんも明言されている通り、基準にはいくつかの例外規定があり、その例外基準はお玉さんの「感情」、つまり「愛」が感じられるかどうかという極めて恣意的な基準なので、いまここで、実力行使云々を真面目に考えてもバカバカしくて意味はないと思います。
でも、「いかなる場合でも、実力行使の権利・能力・可能性を放棄すべきではない」というダイスさんの考えならお玉基準も整合性はあるのかとも考えます。

いずれにしても、個人的には憲法9条は現実政治を勘案すればするほど改定すべきでないという感が強くなります。その理由は戦後60年間の憲法9条をとりまく環境であり、差し迫った脅威は存在しないという現状認識が基になっています。同時に現実に憲法を合わすという憲法哲学は抑止一つ見ても際限のない軍拡になります。立憲主義の立場にあるわが国が国の都合に合わせて改憲をすればどうなるかは火を見るよりも明らかでしょう。

民主党の議員の硬直した対応が考えの基点になっておられるということですが、護憲派にもいろいろな方がおられ、このような人ばかりでないことはネットを調べてもすぐわかると思います。それにしても「平和主義」と憲法9条との関係がイマイチよくわかりません。

ダイスさんは元海自の方とか、私の親しい友人に空自を定年で退職された方がいましたが、昨年病気でなくなりました。ずいぶん年上でしかも思想が真反対なのに終生の友としてよく我が家で一杯お酒を飲みながら憲法や地方自治で侃々諤々の論争をしました。

彼の持論は憲法改正ですが、「自ら血を流す覚悟のない愛国心なんて、ボクは腹の中で笑っているよ」というものでした。戦場の悲惨さも知らずに高みの見物で憲法改正など言ってほしくないというのが彼の原点でした。また、敗戦によって家族の崩壊、隣近所のつき合い、上級生、下級生のつながりなどが希薄になったのが社会混乱の原因だという見かたで、この点はジャーナリストの、“むのたけじ”と同じだと思っています。

日米安保も片務性から双務性になれないのは憲法9条が足かせになっているからであり(安倍前首相がよくいっていた)その結果ベトナム戦争でもイラク戦争でも日本人の血は流れませんでした。ところがお隣の韓国の米韓相互条約の影響は、双務性をもつ条約であるが故にベトナム戦争で自国民5000人も血を流したことになっています。
我が友人の「血を流す勇気もないのに9条改正などお気楽に言うな」というのは米韓相互条約のことを意識して言っていたと今では思っています。


私は一度も罵倒されませんでした。
こんばんは、お玉さん。
ダイスさんが海自の方だと伺って、ついコメントを(^^;。

>よく、護憲派から「人殺し」などと罵られたものです。それも制 服で町を歩いていていきなりです。

それは大変でしたね(^^;。私は一回もありませんでした。制服で食事に行ったり、買物したり、観光したり、ごく普通に行動していましたが、一度も。それにたぶんそういう方は護憲派では無いと思いますよ。逆に、右翼の街宣車が左翼の方を批判に来るのを「味方」と喜ぶ幹部は一部(あくまでも)いましたが。

>「命令を拒否しましょう!」
この目で見て、この耳で聞きました。武器を持った自衛官(軍人) が、独自の判断で行動して良いというのか?! 日頃「軍の暴走」 とか主張しているのは何なんだと。

これは別に矛盾していません。
シビリアンコントロールはそういう意味では無いですし。ここで言われているのは「憲法違反の可能性がある命令を拒否しましょう」 だと類推できます。例え上官の命令でも、「不法」と判断した場合は拒否する権利が兵一人ひとりにあります。(自衛隊ではこの教育をしていませんが)

なぜ、自衛隊を辞められましたか(^^)?
報われないからでしょうか? 
私は自浄能力の無い、動脈硬化に陥った組織だと判断したからです。

お体大切になさってくださいね。


あぁ、しまった!
 すみません。ひろとさんのご提案を見逃して投稿してしまいました。

 確かに、ちょっと「独り言」的な内容のコメントを連続してしてしまっています(反省)。
 マイペースでしか対応できませんが、できる限り流れに沿った回答・問題提起を心がけて行きます。


山辺響さんへ
> よく言えば純粋すぎる、悪く言えば原理主義だと思います。
 実は、私、護憲派には徹底的に「純粋」にこだわって欲しいので
す。

 また私的な経験を書く事になって申し訳ないのですが…
 実は、退役自衛官(海自)です。
 よく、護憲派から「人殺し」などと罵られたものです。それも制
服で町を歩いていていきなりです。実際、自衛官に限らず軍人とは、
極端な表現ですが、敵も味方も「如何に効率よく殺すか」をテーマ
にした存在とも言えます。ですから、あながち「人殺し」と呼ばれ
る事も間違ってはいないわけですが。
 ただ、この軍人の「人殺し」とは、軍人以外の人間が「人殺し」
を考えないで済むようにするためのものです。私は、その事に誇り
を持っていましたし、周囲の人間達は理解してくれていました。
 しかし、護憲派は、いきなり罵倒する。制服を着用しているとい
う形で、存在を知っただけで。ネットの話じゃないですよ。リアル
で、顔を突き合わせて、一面識も無い自衛官にですよ。
 また、湾岸戦争後、海自掃海部隊が初めて海外に派遣される時、
呉に来た抗議団体(=護憲派)が、言っていました。
「命令を拒否しましょう!」
この目で見て、この耳で聞きました。武器を持った自衛官(軍人)
が、独自の判断で行動して良いというのか?! 日頃「軍の暴走」
とか主張しているのは何なんだと。

 しかし、「国民の生命・財産を守るため危険を顧みず任務を遂行
する」と宣誓したのは本気です。上記のようなむちゃ(私から見れ
ば「むちゃ」と言ってもかまいませんよね)を言う護憲派も、日本
国民として守らなければなりません。いや、彼らを含めて守りきる
事こそ、自衛官の誇りでしょう。
 とはいえ、あまりに口惜しい。
 せめて、護憲派には、本当に憲法9条を理想と考えているのなら
ば、徹底的に理想を追求して欲しい。見ず知らずの人間をいきなり
罵倒するにたる矜持を示して欲しい。シビリアンコントロールを無
視するような主張ではなく、現実的な主張をして欲しい。

 個人的な経験に基づく事柄ですから、一般化するなとの批判は甘
受します。しかし、私のこの願いは「不当」でありましょうか?
> 護憲派/左翼に対する批判はあっても、憎悪は感じられない。
 実のところ、憎悪する気持ちは、有ります。しかし、それでは先
に繋がらないと考えます。だから、せめて、護憲派には徹底的な純
粋を求めたい。これが偽らざる気持ちです。

 話が変わりますが、外交・安全保障問題とブログ管理では、土俵
が違うという意見を複数いただきました。そして、それらに「いや
同じように考えるべきだ」という趣旨でコメントを返しました。
 この事について、ちょっと気になる事柄があります。よろしけれ
ばご意見ください。

 この土俵違いの問題ですが、これは本来、改憲派が指摘すべき事
のはずなのです。
 それはこういう事です。
 まず、護憲派は、憲法9条の理想実現の可能性として、身近で個
人的な事柄から「実力行使を伴わない問題解決」を実行してみせる
べきではないでしょうか。
 例えば、削除や掲載拒否といった実力行使を使わずに、意見の対
立があるテーマでブログなりBBSなりを管理してみせ、そのノウ
ハウを抽出・一般化し、外交・安全保障問題への応用の可能性を提
示する。
 憲法9条の理想が実現する可能性を具体的にアピールする方法と
言えませんか。
 しかし、この方法に、皆様が私に投げかけた疑問「土俵が違う」
が立ちはだかるわけです。「ノウハウの一般化は適正なのか」「本
当に外交・安全保障問題に応用できるのか」と。

 私の問題提起(何度も書きますが、私はお玉基準に賛成なのです)
に、まず「土俵が違う」と考えた方々は、どうやって憲法9条の理
想を実現するのか、その可能性・現実性のアピールする方法につい
て、どのようにお考えでしょうか?


ダイスさんへ
 ダイスさん丁寧な対応ありがとうございました。護憲を掲げるならば対話・掲載拒否すべきではないのではないかという問題についてお互いの主張・根拠出つくした感があります。お互い納得できない部分もあると思いますが(笑)ダイスさんから新たな問題提起もされていることですし、よければここらでこの問題については終了ということでどうでしょう?


ひろとさん、わこさんへ
>  お玉さんが誰かの掲載を拒否したからといって戦争は起きませ
> ん(笑)だとすれば掲載拒否を認めてもなんら不都合はないので
> は?軍事力による抑止力を考慮する必要はないのですから。
 戦争とは何ぞや? 国と国がするもの。では、国とは何ぞや?
 いか様にでも解釈できる抽象的な事柄です。ただ、国も個人と同
じような性質を持っている(当然個人とは異質な性質も持っていま
す)と言えます。
 ですから、個人レベルの問題解決の方法を国レベルに置換えて思
考するのは、実際の戦争回避の具体案を提案するのに、有効な訓練
となります。重要なのは、国には、個人に対する警察や裁判所のよ
うな上位の実力行使装置が存在しない、という事です。
 戦争を「できうる限り避けたい事態」と定義して、身の回りの事
柄に当てはめてみていただきたい。
 ブログ管理であるならば、戦争=「炎上」でしょうか。

 私の批判が、回りくどく判りにくいもので申し訳ありません。
 そうですね。
「平和を求めるとか言って、自分が国の立場だったらって、本当に
考えてる? 身近な事柄に当てはめて思考してみている?」
といった処でしょうか。

 かけ離れた事柄の共通点に注目して同一視する理由は、ここにも
あります。

> 軍事力は国民を守る事に使われるかもしれませんが、歴史的に見
> て、しばしば国民を統治する為に使われていることの方が多かっ
> たと思います。
 そのとおりですが、軍事力=国の実力行使以外に国民を守る術が
無いのも事実です。わこさんもその事を理解しているから、
> そんな人間はしばしば、国難を言い立てて戦争に持ち込みます。
> そんな政治家を規制するためにも、交戦権は認めないと言う方針
> を守っているほうが、国民が被害を受ける可能性が少ないのでは
> ないかと思います。
と書かれたのでしょう。
 しかしながら、鎖国が可能ならばともかく、今日の日本の置かれ
た立場で平和主義を実現しようと考えるならば、他国にアピールす
るものでなければならないと考えます。
 問題解決のさい「実力行使は出来るけれどやらない」で解決でき
るのを最上と考えるとしたのは、この他国へのアピールを意識した
結果です。
 将来、日本が首尾よく武力に頼ることなく問題を解決したとき、
「良くやった」ではなく「武力を使えなかっただけだろ」と評価さ
れたらば、せっかくの快挙も台無しです。
 多くの人が、ブサ面のニートが「俺は結婚できないんじゃない!
 しないんだ!!」って叫んだら、「あぁ、そうですか」と言いつ
つ心の中で冷笑するのではありませんか? 下品な例えで申し訳あ
りませんが、憲法9条には、そういった意味でも世界にアピールす
る力が不足しています。
 政府をその都度コントロールするためには、日頃から多大な努力
を払う必要がありますが、平和主義で生きて行こうと考えるならば、
労を惜しむべきではないと考えます。


まさんへ
 判りにくいのは、私の文章力の無さです。努力しますのでご容赦
ください。
> お玉さんが掲載拒否、あるいはそれにともなう対話拒否という実
> 力行使をすることは支持できないと理解しました。
 私の、お玉さんへのスタンスを説明します。きっと理解の手助け
になると思うから。

 まず、何度も書いているように「お玉基準に賛成」です。また、
お玉さんが平和を求めていて、人間を愛している方なのだと理解し
ています。
 であればこそ、そのような方には憲法9条にとらわれないで平和
を追求していただきたい。お玉基準を運用できているという事は、
汚れ仕事にも負けない心を持っているという事だから、現実路線で
平和を追求してほしい。
 このコメント欄に集う方々も、お玉さんの管理宜しきをえて、皆
様粒ぞろいです。
 こういう方々には、憲法9条などという逃げ道は、あえて禁じ手
にして平和を語っていただきたい。

 いささか捻くれた処がありますもので、突っ込む形から入らせて
いただきました。
 でも、どうやらここは素直に語ってもよさそうな場らしいと感じ
ましたので。

 巷では護憲派に突っ込む方々が多々いらっしゃいます。まぁ「ネ
ットウヨ」などと揶揄されたりもしています。
 でもね。そんなネットウヨな方々の中には、「本当に平和を求め
ているなら、一緒に現実の世界で手を汚す努力もしようぜ! 少な
くとも平和のための汚れ仕事の価値ぐらい認めてくれよ」との思い
の方が多々いると確信的に想像する次第です。


平和主義者の怠慢
 どうも疲れがたまっていたようです。マッサージに行って、ぐっ
すりと寝ました。でも、その分の仕事が終わったのが今…(T_T)

 まずは、予告しました「憲法9条を平和主義の怠慢」と考えるに
いたった経験を紹介します。
 父が、地元の民主党国会議員の有力支持者の一人で、その議員と
は一対一で話をする事が出来たのです。で、時はイラク戦争勃発直
後、「日本はイラク戦争(=米国)を支持するか?」が争点だった
時期。
 その議員は「支持しない」との意見。まぁ、これは良いのですが、
私はその指示しない理由が知りたいと思い、直接質問したのです
「なぜ、支持しない方が良いのですか?」と。
 議員からの答えは「憲法9条違反だから」。
 正直、唖然としました。
 国会とは法律より上位の国の意思決定機関なのではないの? 国
権の最高機関なんじゃないの? だから憲法にも改正条項があるん
じゃないの?
 それなのに、例え憲法といえども現行法違反だから反対って、立
法府の一員たる自覚は無いのかい?! と感じました。
 「議員が示した憲法違反だからという理由は、担当行政機関の防
衛庁の官僚が言う台詞であって、立法機関である国会の一員の見識
としてはおかしいのじゃないの?」と重ねて質問しましたが、答え
は「憲法違反」の一点張り。
 国会議員と直接話が出来る立場は貴重なものだと考えていますが、
その議員と袂を分かつには、十分でした。国会議員としての矜持も
無かったのかと。
 誤解の無いように強調しておきますが、袂を分かつ理由は、イラ
ク戦争への評価ではありませんよ。現行法しか判断基準を持ってい
なかったからです。

 なぜ、かの議員は安全保障問題に現行法以上の判断基準を持てな
かったのか? かの議員は、皆様もご想像のとおり「護憲派」であ
りました。
 戦争反対。これは理解できるし賛同する。では、なぜ戦争反対な
のか。どうやって戦争を回避するのか。こういった点で具体的な提
案や理由の説明が、少なすぎやしないかい。
 なまじ憲法9条が在るから、それに甘えていないかい、と結論し
た次第です。
 国会議員のように、年がら年中政治の事を考えている人間にして
この体たらく。日常の片手間に戦争の事・政治の事を考えている市
井の人間においておや。
 実際、このブログが例外的であって、護憲を主張するブログやB
BSは、私の経験上、大概閉鎖的でした。主張を支える中身が無い
から、議論が出来ないのだと理解しています。

 憲法9条に甘えているから、平和主義を主張するのに護憲しか言
えない。米国が嫌いだという方は護憲派に多いけれど、ではどうす
れば米国の言う事をきかずに済ますのか、具体的な主張が無い。

 その都度、個々のケースを真剣に、かつスピーディに議論し、ベ
ターな選択を繰り返す事が、平和の構築と日本の安全・繁栄を達成
する王道であると考えるので、国会議員まで劣化させる憲法9条と
いう「逃げ道」など、きれいさっぱり無くしてしまうのが、平和主
義者の生きる道と考えます(無くし方、無くした後にも意見あり、
でもいっぺんに書くのはしんどいので、これは宿題にさせて下さ
い)。

 ちなみに、自衛隊を海外へ派遣するための恒久法を、という動き
も、同様の理由で反対です。
 どんなに辛くとも、その都度、個々のケースについて議論する。
これの避ける逃げ道は例外なく塞ぐべきと考えています。


完璧に
Venomさん、記事違いだ・・

でなんでこうなったのか、さかのぼったら、ちえんさんの2008.07/31 19:21分 が原因かな?その時点で気がつけてないお玉も悪いけど、ここで何人死んだかの話で盛り上がらないでね。歴史修正論はこんな記事違いコメント欄で書いて盛り上げて頂くような、チャチな事ではないので、やめておくれ。
この手の話題はお玉の能力を超えるので、「とほほさんち」を紹介するようにしてますが・・良ければちえんさんも覗いてね。
http://t-t-japan.com/bbs2/c-board.cgi?id=sikousakugo

##および、連投はやめてねとなんどもお願いしてます。4つ目は悪いけど表に出さないよ。>Venomさん


ちえんさん、
>これは違います。中国にはまだたくさん先の大戦で事実を見た人が生きているということです。

日本軍に殺された中国人は何人ですか? こないだ胡錦濤でしたっけ、「3500万」と言ってましたね。 終戦直後は200万と言ってたのに、これはまたすごい増えっぷりですね。

まあとにかく3500万だとしてみましょう。 で、中国共産党に殺された中国人は何人? 大躍進で4000万、文革で3000万、国共内戦や天安門その他もろもろで1000万、ざっと1億人近くが殺されてます。

で、何ですって? 「中国にはまだたくさん先の大戦で事実を見た人が生きている」んですか? 
ほほう、じゃあ大躍進や文革はもっと新しい出来事だし、その犠牲者は日本軍に殺されたよりはるかに多いんだから、中国共産党の残虐な実態を見た人は、もっとたくさん生きていますよね。 なのに共産党に対する怨嗟の声が上がらないのはなぜですか?

ちえんさんは自分の共産主義者の歴史歪曲を信じたいために、当たり前の事実を極端に信じることができなくなっているのではないでしょうか?

>従軍慰安婦はいないと言った人たちへ。

そんなことを言ってる人はいないと思いますよ。 「慰安婦」はいた。 けれど当時は、「従軍慰安婦」という制度も用語も存在しなかった。 「従軍慰安婦」という用語は、作家の千田 夏光が1973年に初めて用いた言葉です。

>looperさんが示した資料だけで、十分です。  この資料に反駁することはできないでしょう。

いいえ、いくらでも反駁できます。


ひろとさんのご意見に賛成です
平和主義者は国際紛争の解決に、武力を行使する事を問題にしているのであって、デモとかその他諸々の普通の人間のやることを、規制しようと言うのではありません。
為政者が間違った事を国民に強制している時には、大いに反対を表明し、デモでも、ストでもやって生活を守る事は、国民の権利として認められているのではなかったかしら?

それから軍事力で国に、守ってもらうと言われますが、国というものは、(国土は固定していますが)固定したものではなく、民主主義国日本では政治は只の人間、ルールに従って権力を得ただけの、元々只の人間ががしているものです。
軍事力は国民を守る事に使われるかもしれませんが、歴史的に見て、しばしば国民を統治する為に使われていることの方が多かったと思います。
ルールに従って選ばれた人間でも、ルールを破ってでも権力に居座りたい人間が出ないとは限りません。
そんな人間はしばしば、国難を言い立てて戦争に持ち込みます。
そんな政治家を規制するためにも、交戦権は認めないと言う方針を守っているほうが、国民が被害を受ける可能性が少ないのではないかと思います。
今の売国政治家連を見ていてその感を強くした所です。


訂正
>勉強不測

勉強不足でした。

勉強不足でごめんなさい。


ダイスさんへ
>「実力(武力)」の部分をそれぞれのケースで想定される「他者が 持たない特別な権限」といったものに置換えて解釈してください。

 この解釈は妥当ではないでしょう。ダイスさんの解釈だとあらゆる特別な権限を9条によって禁止しなければならなくなります。捜査権限、裁判権、税金の徴収、私人によるブログの運営まで。9条が戦争放棄の規定であることをお忘れではなかろうか。

 9条が禁止しているのは武力行使、簡単に言えば戦争行為です。私たちはあらゆる実力行使を禁止することに同意しているのではありません。

>軍事バランスによる戦争抑止を認める者には、対話を拒否する資格があると考えます。 理由は、対話を拒否した後、戦争に発展しないように抑止する現実的な方法が、軍事力に基づいた「損得勘定」だからです。

 お玉さんが誰かの掲載を拒否したからといって戦争は起きません(笑)だとすれば掲載拒否を認めてもなんら不都合はないのでは?軍事力による抑止力を考慮する必要はないのですから。

>より重大な問題に、問題解決に有効な方法を禁止していながら、その有効な方法を自分の問題を解決するときには、ちゃっかり使用する、という身勝手は許されるべきではないと考えます。

 戦争行為と掲載拒否両者の違いから許されるのではないでしょうか。実力行使という一言で両者をくくるにはあまりにも違いがありすぎます。両者は異なるのですから行使しても身勝手ではないでしょう。

 頭痛とのこと、お体お大事に。


誤読ですか
ダイスさんの主張に、

>ただし、護憲を主張するならば、実力行使も、返答・対話拒否もしてはならないと考えます。実力行使や返答・対話拒否が、憲法9条の精神に反するからです。

とあったから、お玉さんが掲載拒否、あるいはそれにともなう対話拒否という実力行使をすることは支持できないと理解しました。

そうではなく、「いかなる場合でも、実力行使の権利・能力・可能性を放棄すべきではない」ということですね。

でも、上の主張と、下の主張は論旨が違うような気がしますが、どうなんでしょう。

また、護憲派の主張で限定した実力行使、例えば侵略を受けた時の正当防衛をも認めていない政党、あるいは個人はいないのでは?
勉強不測で申し訳ないけど、そういう主張があれば紹介してください。

その前に、ダイスさん、お体を大切に、健康が一番ですよ。


異なる基準の使い分け
→ダイスさん、

にゃんころもち氏の場合と違って、あなたの考え方は筋が通っているように思います。「ダイスさんはこう考えているんだろうなぁ」というのが何となく分かりますから(理解が不正確な部分はご容赦)。何より、あなたのコメントには、護憲派/左翼に対する批判はあっても、憎悪は感じられない。

ただし、私が同じように考えるかというと、そういうわけでもありません。

まず、国政を語るレベル(護憲/改憲)と、生活レベル(ブログの管理とか)で、基準が整合していなくても、別に問題はないと私は思います。

これを、「国政レベルで9条護憲を叫ぶなら、生活レベルでも対話拒否は許されない」、あるいは逆に「改憲を主張するならば、生活レベルでも対話拒否OK」みたいなのは、よく言えば純粋すぎる、悪く言えば原理主義だと思います。こんな言い方はとても失礼になってしまうかもしれませんが(すみません)、それはちょっと「大人じゃない」という気がします。

もちろん護憲の側にも、いわば「護憲原理主義」みたいな人はいると思います。先のコメントでダイスさんからご紹介がありましたが、福島瑞穂が実際にそのような主張をしているとすれば、彼女は護憲原理主義者と呼ばれるべきかもしれません。私は(護憲派ですが)そのような考えには与しません。

日本を代表するある映画監督の言葉に、「どうでもいいことは常識に従い、重大なことは道徳に従い、芸術のことは自分に従う」というのがあります。

けだし名言である、と私は思います。

もちろん、このようにレベルに応じて二重(あるいは三重、四重……)の基準を使い分ける場合、その矛盾があまりにも大きいと、いずれは破綻を来すのは容易に想像のつくところです。ですが私には、「お玉基準」と「護憲(特に9条支持)」は、なるほど異なる基準ではありますが、大きな矛盾をはらんでいるようには思えません。

なんでか、というのは長くなるので稿を改めますが(すみませんちょっと予定が迫っているので)、一つ、「にゃんころもち氏のコメントは拒絶されるが、ダイスさんのコメントは(諸々の点で恐らくお玉さんとは真逆の立場であろうにもかかわらず)拒絶されない」という明白な事実に、そのヒントはすでに示されているように思います。


NoTitle
 朝から頭が痛く、昼食も食べられませんでした。こちらの都合で
申し訳ないですが、返答はちょっとゆっくりにさせてください。

quine10さんへ

 飛躍している中間が埋まるよう、おいおい説明していきます。
 とりあえず、権利を蹂躙する実力行使を抑止するために有効なツー
ルは、憲法ではなく「軍法」だと考えています(実力行使の主体が
軍である場合に限定ですが)。
 憲法によって規定するべきではないと考える理由は、価値観の変
化するスピードが、昔に比べると早くなっていると感じるからです。
「昨日賛成だった戦争に今日は反対」も「昨日反対だった戦争に今
日はやむをえない」も、普通に存在するようになってきたと感じま
す。
 この様な状況でベターを選択し、ベストを追求するためには、そ
の都度、面倒がらずに議論をする事が有効と判断した結果です。
 今日、憲法9条は「平和主義の怠慢」であると考えています。そ
う考えるようになった個人的な体験がありますので、次回書きます
(ちょっと、今日はシンドイ)。このテーマは、私も書きたいこと
が色々ありますもので。

 改憲を主張する人間は、「返答・対話拒否」オッケーです。
 より正確には、軍事バランスによる戦争抑止を認める者には、対
話を拒否する資格があると考えます(憲法9条を素直に読めば軍事
バランスによる戦争抑止とは相容れませんよね)。
 理由は、対話を拒否した後、戦争に発展しないように抑止する現
実的な方法が、軍事力に基づいた「損得勘定」だからです。
 最近は、護憲派の中にも現状追認的に自衛隊の存在(軍事バラン
ス)を容認する方が増えているように思えますが、その場合9条第
2項との整合がとれないでしょう。
 この二つから、護憲派に対話拒否の資格なし、としています。
 余談ですが、「戦争になってもかまわない」と考えている相手に
は、この事では批判はしません、この事ではね。

山辺響さんへ

> 要は、逆に「(ブログの管理レベルで)実力行使を認めるんなら、
> (国政レベルで)護憲を語る資格なし!」に近いのかな、と何と
> なく理解(合ってる?)。
 合ってます。
 個人的な心情は、そのとおりです。しかし、公に議論しようと考
えると、いささか表現がきついので、前回の投稿のようにしました。
 より重大な問題に、問題解決に有効な方法を禁止していながら、
その有効な方法を自分の問題を解決するときには、ちゃっかり使用
する、という身勝手は許されるべきではないと考えます。

まさんへ

> *お玉ブログの運営方針は実力行使を認めているから賛成できない
 これは、誤読です。お玉基準を支持します。
 適正なブログ管理をされていて、色々な論客が集える(平和主義
をうったえんと志す)ブログには、護憲などという怠慢は止めて、
現実に即した平和主義を追求していただきたいと希望しています。
 いかなる場合でも実力行使をすべきか、と問われれば「状況しだ
い、一概には言えない」となります。
 私の主張は、「いかなる場合でも、実力行使の権利・能力・可能
性を放棄すべきではない」です。
 問題解決のさい「実力行使は出来るけれどやらない」で解決でき
るのを最上と考えています。


ふふふ
→「ま」さん、ダイスさん、

私がダイスさんなら、

>あらゆるケースでも実力は行使すべき?それともノー?
>それとも「土俵が違う」から一概には言えない?

「ブログ管理においては実力行使は必要。国際レベルにおいては、実際に行使するかどうかはともかく、少なくとも、実力を行使する権利は留保し、その能力も保持しておくべき(したがって9条は改正)」

と答えるところだけどなぁ……。



ダイスさんへ
ダイスさんの言わんとするところは、ケースによって「実力行使」を使い分けるなということですよね。

ところがダイスさんの考えは、

*お玉ブログの運営方針は実力行使を認めているから賛成できない
*憲法9条は実力行使を認めていないから賛成できない

となっていますが、

あらゆるケースでも実力は行使すべき?それともノー?
それとも「土俵が違う」から一概には言えない?



とりあえずの理解
→ダイスさん、
>> 犯人逮捕のときに実力行使してはならないことになりませんか?
>>  そんな馬鹿なことはありませんよね。
> そんな馬鹿なことを代表的な護憲政党である社民党の福島瑞穂氏が主張したと記憶しています。護憲派の全てが、とは言いませんが、その馬鹿なことを求めている護憲派の方々も存在しますよね。

ここを読んだときは、あれあれ?と思ったものです(過去形ね)。

私「ダイスさんのような考え方だと、こういうことになりませんか?」
ダイス「そんな馬鹿なことを福島瑞穂も言ってましたね」

え、それじゃダイスさんは福島瑞穂と同じことを言っていることになりはしない?……と思ってしまいました(過去形ね)。

護憲の旗を掲げるなら実力行使をするべきではない、というのは「そんな馬鹿なこと」ですからね。


> まぁ、確かにちょっと強引な解釈であるな、と自分でも思いますが。「実力行使の必要性を認識しているのに」というニュアンスとご理解ください。

でも、これを読んで……。

要は、逆に「(ブログの管理レベルで)実力行使を認めるんなら、(国政レベルで)護憲を語る資格なし!」に近いのかな、と何となく理解(合ってる?)。

とりあえずここまで。



ダイスさん
はじめまして

>実力による裏付けがない「権利」など存在するのでしょう
か? 私は、存在しないと考えます。

ここは100%同意です。しかし、この文章から次の文章

>今、当り前のように享受している権利や自由が大切なものだと考
えるならば、それらを保証する実力と実力行使の可能性に何ら制限
を設けるべきでない。

には、論理的な飛躍があります。

「実力行使の可能性になんら制限を設け」ない、ということは、権利を蹂躙する実力すら排除しない、ということですよね?
とすれば、実力は、権利を守るよりは、権力を蹂躙するように機能します(それが歴史の教えるところです)。で、そのような事態は着々と進行中です。
ちなみに言うと、戦争は他国民の権利を蹂躙する行為に他なりません。日本においては、沖縄に象徴されるように(軍の集団自決への関与・強制)、自国民の権利の蹂躙でもありましたが。
自国民の権利は守るが、他国民の権利は蹂躙する、はダブルスタンダード以外の何物でもありませんよ。

ちなみに言うと、憲法問題は、「政府にどのような命令をするか」という問題であり、コメント欄をどうするかは、「どのようにブログ運営をするか」の問題です。
これは別の問題ですし、別問題と考えられる「べき」です(問題を真面目に考えたいのであれば)。

もう一点

>護憲を主張するならば、実力行使も、返答・対話拒否も、
してはならないと考えます。

「返答・対話拒否」が望ましくない(修正しました)のであれば(僕はケースバイケースと思っています)、政治的立場がどうであれ(護憲であれ、改憲であれ)すべきでない、となるはずです。
政治的立場の一方に「だけ」、特定の規範やルールを課すと「すれば」、それもダブルスタンダードと呼べます。

ちなみにお聞きしますと、改憲を主張する人間は、「返答・対話拒否」オッケーなんでしょうか?
理由を添えてお答えいただけるとありがたいです。


実力の裏付けのない権利や自由は存在するのか?
 長くなるのも読みづらいので、分割しました。連投をご容赦くだ
さい。

 私が、このような疑問を持つにいたった背景に、「私達の日々の
生活は、日本国の実力によって保証されている」という現実認識が
あります。山辺響さんが書かれた警官の事など、この現実を端的に
表した事例でしょう。
 私達個人に対しては、国という個人とは隔絶した実力を有する存
在がありますが、国際社会において、国力の違いはあれど各国々を
超越した存在はありません。そうであれば、各国々は、それぞれ我
が身を自分の実力で保っていく必要がある、と理解しています。
 つまりは、私達は諸々の権利や自由を「日本国の実力」によって
保証されている、という事です。

 実際、実力による裏付けがない「権利」など存在するのでしょう
か? 私は、存在しないと考えます。
 今、当り前のように享受している権利や自由が大切なものだと考
えるならば、それらを保証する実力と実力行使の可能性に何ら制限
を設けるべきでない。ゆえに、憲法9条に反対。

 憲法9条反対まで行かなくとも、最低限、身近な事柄の中で「実
力行使の必要性」を感じたならば、「日本国には?」と考えてみて
いただきたい。
 憲法9条などなくとも、平和主義にのっとった国の運営は可能で
す。二重基準に気付かない振り(をしているように見える)、ある
いは本当に気付いていないのか、そんな事はやめるべきでしょう。


NoTitle
 某所で、同じ問題提起をしてみましたが、まったく無反のでした。
いや、反響があるというのはうれしいものです。

 まさんを始めとする「土俵が違う」という方々へ。
 そのとおり、土俵が違います。憲法9条は、外交・安全保障問題
を対象にした条文です。外交・安全保障問題は、それこそブログや
BBSの管理なんかとは次元の違った、私たちの生活に直接関わっ
てくる最大級の重要事項です(あぁ、でもけっしてお玉さんを始め
とするブログ等の管理者の努力や苦労を軽視する気は有りません)。
 失礼承知で言わせてもらいますが、外交・安全保障問題に比べた
ら、ブログ運営など「もう、やめた!」と放り出す事も可能な軽い
事柄であります(重ねて書きますが、そうであっても当事者である
管理者の方々が並々ならぬ努力を払っている事は理解しています
よ)。
 その軽い事柄を処理するのに、実力行使を必要としているのに、
より重要な事柄である外交・安全保障問題では、それを使うな、と
いう主張になるから、「適正なブログ・BBSの管理」と「そのブ
ログ・BBSでの護憲の主張」の組合せに、疑問を感じるのです。
(適正でない管理と護憲の組合せは、問題外!)

山辺響さんへ
> 犯人逮捕のときに実力行使してはならないことになりませんか?
>  そんな馬鹿なことはありませんよね。
 そんな馬鹿なことを代表的な護憲政党である社民党の福島瑞穂氏
が主張したと記憶しています。護憲派の全てが、とは言いませんが、
その馬鹿なことを求めている護憲派の方々も存在しますよね。
 まぁ、確かにちょっと強引な解釈であるな、と自分でも思います
が。「実力行使の必要性を認識しているのに」というニュアンスと
ご理解ください。

ひろとさんへ
> ダイスさんが言う実力行使って何?
[株式会社岩波書店 広辞苑第五版]
ある事をしとげるために、説得などの平和的手段によらず、実力
(武力)に訴えること。
特に、労働争議でストライキなどを行うこと。
 ほぼ、この辞書に載っているとおりの意味で使っています。ただ、
「実力(武力)」の部分をそれぞれのケースで想定される「他者が
持たない特別な権限」といったものに置換えて解釈してください。
 ブログやBBSでは、管理者が持つ管理権限が「実力」に当りま
す。
 例えば、
「お行儀よくしないと、コメントを表示しない」
「核開発を止めないと、経済援助しない」
 スケールも影響も大違いですが、やってる事は、基本的に同じで
しょ。
 ただし、何度も書きますが、私は「実力行使が悪い」と考えてい
るわけではありません。むしろ「最大多数の最大幸福を実現するた
めに実力行使が必要な場合が多々存在する」と考えています。


国家はなんのためにあるのか
『戦力の不保持』だの、『戦争放棄』だのというのは、スローガンとしてはともかく、国家のありようを決定する憲法に明記するようなことではないでしょう。

日本政府がどうにも国民を守る決意が感じられないというか、他国の政府が抗議すれば国民も領土も放棄して逃げそうな弱腰な態度に終始しているのは、憲法を盾にして『戦争から逃げている』からではないでしょうか?


ダイスさんへ
戦争と非掲載、両者にはかなり違いがある。両者の差異を軽視して、実力行使という概念でひとくくりにしているから混乱が生じてる。ダイスさんが言う実力行使って何?

9条が禁止しているのは武力行使。問題解決の手段として戦争をするべきではないと書かれてる。それは戦争がもたらす結果が悲惨だから。非掲載と比べるまでもない。

対話拒否が9条の精神に反するというのはよくわからない。対話を重視するといっても結局は程度問題。場合によっては対話拒否してもなんら問題ない。


べのむさんへ
中国人はお上の言うことを、ほとんど信じないと聞きます。 お上の、統計数字や毒入り食品などに関する発表も、眉にツバをつけて聞いているそうです。 そこで不思議に思った日本人が、「あなたたちは、毒入り食品などに関する発表は信じないくせに、どうして日本軍の過去の蛮行については、お上の言うことを鵜呑みにするの?」と聞いたら、相手の中国人は答えられず、「そういえばそうだな、あれ? 何故だろう?」と考え込んでしまったそうです。 彼らの感情においては、「残虐な日本に勝った中国人は偉大だ!」という宣伝を信じていた方が、優越感を満足させられて、耳に快いからかも知れませんね。

 これは違います。中国にはまだたくさん先の大戦で事実を見た人が生きているということです。
 べのむさんは自分の国粋主義者の歴史歪曲を信じたいために、当たり前の事実を極端に信じることができなくなっているのではないでしょうか?

 従軍慰安婦はいないと言った人たちへ。

 探してもないと言っているうそはすぐにばれました。この段階で従軍慰安婦はいないと言っている人たちへの信頼がゼロになります。
 looperさんが示した資料だけで、十分です。
 この資料に反駁することはできないでしょう。

 せっかく事実を示してもらったのだから、人として性奴隷にした旧日本軍の蛮行と当時の天皇の責任を認めるべきでしょう。今の政府ですら深く謝罪しているわけですから。
 大切なのは誰が見ても揺るぎがない証拠ですら、恥ずべき旧軍の実態を暴いている。証拠はないが、証言としての旧軍の兵士の発言をみれば、さらにひどいことが行われたことは明らかだ。
 性奴隷制が無かったといっている人たちは、一枚の紙切れ、しかも証拠隠滅された紙切れが、発見されないというだけの論理しかない。
 また、最初のうちは違ったといううすっぺらいいいわけくらいしかない。
 性奴隷制がなかったという兵士たちの証言は一切ない。これだけでも強い証拠である。また、性奴隷制がないと言っている兵士がいるとして、その人が内地勤務だけだったら、その人間のあさましさを笑うしかない。

 しっかりと動かない証拠を、見つめるべきであろう。
 事実は、膨大な数の女性を、レイプし、殺した旧軍の恥ずべき実態があった。それが戦争の実態である。
 その戦争を繰り返したくないと思う気持ちから9条がある。今イラク戦争で帰還した兵士の精神異常が問題になっている。そのことに改悪改憲派は沈黙しかできない。なんとも無責任なことか。無抵抗の人間を敵だと教え込まれ、無差別に殺戮をして、精神に異常をきたしている人が多くいる。戦争を必要だからするんだという人間に聞く。無抵抗の人間や子供を、無差別に殺戮することが必要か?戦争はそういうものだと戦場にたった兵士がそう証言している。戦争はやめろという兵士が声をあげている。そういう声は誰でも調べられる。
 なぜ、それでも戦争を起こそうとする側にまわろうとする?
 答えてくれないか?そんなに無抵抗な人間を殺戮したいのか?それで家族を守りたいといえるのか?
 私が聞いているのは、相手が攻撃してくることに対しての反撃ではない。
 なんの罪もなく、抵抗もしていない人間を殺戮する戦争が、今の戦争なのだ。その戦争をなぜそんなに求めると思われるようなことをいうのか?という質問だ。
 戦争の実態を知らなかったというなら、そう答えてほしい。そして戦争をしている攻撃している兵士の声に真剣に耳を傾けてほしい。今はその声をいくらでも聞けるのだから。机上の空論はやめてほしい。


言い換えの趣旨は?
→KYさん、
>そこらへん皆さんどう思ってらっしゃるんでしょう? やっぱり理想は理想として、現実は現実として別物ってことなんでしょうか? だとしたら国の基本たる憲法に『できもしない嘘』を書いてあるってこと?

うん、私は憲法に書いてあるのは理想だと思っています。九条に限らず、二十五条の「健康で文化的な最低限度の生活」だって、現実にはあまねく保障されているわけではないしね。二十七条の「勤労の権利を有し、義務を負う」だって、じゃあ現実に失業者はどうなのか、とかね。

だから、憲法に書いてあることは「めざすべき理想」。日々、一歩でも近づけばいいんじゃない? まぁ後退することもあるだろうけど。

だから(ちょいと脱線するけど)、たとえば「現実にあわないから」という理由での改憲論はナンセンスきわまりない。理想が現実とイコールでないのなんてあたりまえでしょ。すでに実現していることばかり国の最高法規に羅列しても意味がない。

で、KYさん。「理想は理想として、現実は現実として別物」とおっしゃるのはいいとして、なんでその「理想」の部分を「できもしない嘘」なんて汚い言葉に言い換えるのかが、よく理解できません。めざすべき理想=できもしない嘘だと思っていらっしゃる?


9条
>憲法9条は、諸々の判断なんか知った事じゃない「実力行使は禁止だ」「能力も持っちゃいかん」という法律でしょ。

それはずいぶん勝手な思い込みなのでは?

「国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。」

ごらんのとおり、9条が否定しているのは「国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使」です。

これを支持するからといって、同じ原則が個人ブログの運営に適用されるべきであると考えるのは牽強付会もいいところ。

その伝で行けば、日本国憲法を支持する警官は(てか、憲法の尊重・擁護は彼らの義務でもありますが)、犯人逮捕のときに実力行使してはならないことになりませんか? そんな馬鹿なことはありませんよね。

先のコメントで「ま」さんがおっしゃっているとおり、「土俵が違う」。

日本が生物多様性条約の締約国であることを私は支持していますが、私の部屋のなかでは生物多様性など認めません。ゴキブリも蚊も断固叩きつぶします。これまた「土俵が違う」のです。


あえて言わせてもらうと・・・
コメント欄でさえ『コイツは言ってもどうにもならないな』って奴は居るわけで、実社会ならもうそんなのは当たり前に居るわけで、国際社会となればもうそもそも根底の常識から疑いたくなるようなのさえ居るわけで、そんな世界に対抗するのに『9条護憲』ってどうよ? 戦力の不保持って何の冗談よ? それってダチョウが地面に頭だけ突っ込んで現実逃避してるのと同じじゃね? と思うわけです。

確かに全部まとめて腕力・武力で解決ってのも単純すぎる発想だけども、そういう暴力の裏付けのない言論って意味あるの? 気狂いコメントを消すことのできる権限がなければ、まともな掲示板運営なんかできるわけがないでしょ? 誰もがまともで節度あることが前提でまともに動いた組織なんてあるの? と。

そこらへん皆さんどう思ってらっしゃるんでしょう? やっぱり理想は理想として、現実は現実として別物ってことなんでしょうか? だとしたら国の基本たる憲法に『できもしない嘘』を書いてあるってこと?

日本は本音と建前の国ですけど、憲法にまで本音と建前がなくてもいいと思うのですが、どうでしょう?


護憲派に徹するべき
>ただ、みんな誤解しているようですが、お玉ブログがランキングで上にいられるのはコメント欄のお陰です・・決して記事への評価だけとは思ってない。(そりゃ少しくらいは評価して欲しい記事もあるけどさ)

またまた、謙遜などして!

コメントしたくなる記事、および采配がいいからですよ。論争する双方の気持ちが高ぶれば人格攻撃まで発展しちゃうこともママあるが、そんな時やんわりとお叱りを受けることで双方冷静になれます。私も時々お叱りを受けるが、ムカッとしてもそれは「愛のムチ」として受け止めています。

他に例を出して申し訳ないけど「わこ」さんのブログをちょっと拝見したのですが、竹島問題で丁々発止論議がされています。なかなか面白い論争ですが、韓国の態度を非難されているお方が論争相手を「蛆虫」呼ばわりしています。にゃんころもちさんの態度もこんなに直接的ではないにしても似通っています。

こんな言葉を読めば例えその論に正当性があっても気持ち悪くなるだけですが、その点お玉ブログはそういった感情に任せた意見は通用しません。
いわば「お玉憲法」が貫徹しているから通用しないのだと思います。

しかもお玉さんは護憲派、だからお玉憲法は改憲されないと思います

以上、お玉さんに対する提灯意見です。

ダイスさんの意見は一見もっともらしく聞こえますが、私はそうは思いません。
お玉さんの態度を逆手に利用して改憲に結びつけるなんて、そりゃちょいと論理の飛躍。保守派あるいは倫理観の欠如した人でも護憲派はいっぱいいるし、左派や清貧の人でも改憲派います。

9条を変えたくない人に生活信条(ここではブログ運営)まで強制することは言い過ぎでしょう。日頃の生活態度を絡ませて9条を語るのは、一言で言えば「土俵が違う」ということ。ボクシングを土俵の上でやっても試合にはならないでしょう。


そうですか
たのしんでもらえるためにはお客さんの参加する姿勢も大事ですよねー。^^
議論しにくるからには難しいんでしょうけど。

このブログを読むと涼しい風が吹いてくる、みたいな効果を出したらどうでしょう。クーラー要らずで省エネですよ!(どうやるんだよ) いや、抽選でかき氷をサービスとか・・・(自爆)


NoTitle
 あぁ、なんとエントリーになってる!
 初コメントで… にゃんころもちさんに嫉妬されちゃうかもw。

 冗談はさておき。

 最初に再確認させてください。
 私は、お玉基準の中身については「概ね同意」です。そして、意
見の対立が明らかに予測されるブログやBBSの管理者が、何らか
の実力行使に裏付けられた管理方法を採用する事を支持します。

 ただし、護憲を主張するならば、実力行使も、返答・対話拒否も、
してはならないと考えます。実力行使や返答・対話拒否が、憲法9
条の精神に反するからです。

> いきなり非公開などという実力行使はしていない・・・
 でも、諸々の判断の結果、実力行使をしていますよね。
 お玉さんが、単純な9条原理主義者ではない事は理解しています
が、では「日本が諸々の判断の結果、実力行使をした」場合に、お
玉さんは、日本を支持なさいますか?
 いや、当然「諸々の判断」の内容が妥当かどうかを考えて、単純
に白黒つける事なんかしませんよね。
 国の有り様も、ブログの運営も、こういったレベルに単純化して
しまえば共通するものでしょう。
 しかし、憲法9条は、諸々の判断なんか知った事じゃない「実力
行使は禁止だ」「能力も持っちゃいかん」という法律でしょ。少な
くとも「理想はそうだ」と述べてるのだと理解しています。
 その理想に共感するのならば、他者(日本国や改憲派の日本人)
に求める前に、自ら実行すべきでしょう。
 コメント欄を開放して議論してもらうスタンスは、政治ブログの
運営としては「すばらしい」事です。でも、護憲を主張するブログ
と見るならば、当り前も当り前、単なる入り口でしかないでしょう。

 反論しない、反論できない。これが国と国の交渉の場で通るでし
ょうか? 「反論できないと言う事は、こちらの主張を認めたのだ
な」とごり押しされるのがおちでしょう。相手に開戦する意思が在
る場合に反論しなければ、即「開戦」ですよ。
 日本に護憲を求めると言う事は、相手が行儀が悪かろうが何だろ
うが、日本国民の平和と安全のために、日本を代表して対応する政
治家や外務省の担当者に、「お玉さんが拒否した事柄を求める」事
になります。
 個人の有り様としても、身勝手過ぎやしませんか、と護憲派一般
に感じています。

 もっとも、この問題は護憲派が「ずるい奴」なわけではなくて、
憲法9条がただのトンデモなのが第一の原因だと理解しています。
 憲法9条なんか破棄してしまっても、平和主義に沿った意見表明
や政策提案あるいは政府批判、何だって出来ますし、支持する人間
も大勢出てくるだろうと考えています。
 憲法9条なんかさっさと捨てて、護憲派ではなく平和主義者にな
るべきなのではないでしょうか。
 余談的な内容になりましたが、私のスタンスを説明するための一
文として追加しました。ご容赦ください。


NoTitle
>ただ、「快適に過ごす」はないでしょ!笑  読みやすさを維持する、くらいですよね?

本当にお玉はね、うちに遊びに来てくれるお客さんには快適に過して頂きたい・・のですけどねえ。これだけ重たい議論続けてきて、快適もないわな、たしかに・・たのしんで・・・も違うよな・・・・ああ、書くほどに自爆・・


NoTitle
はじめまして、『巨大派遣会社と戦うドンキホーテのブログ』の管理人です。
ぜひとも、相互リンクをお願いします。
m(_ _)m


快適に過ごすって(笑)
えー、僕はどちらかといえばお玉さんの味方でいたいと思っておりますが、太鼓持ちではないので少々の文句は言ったりしますです。コメント欄のおかげでランキングが上位であることは異論なし、ただ、「快適に過ごす」はないでしょ!笑  読みやすさを維持する、くらいですよね?
 他のコメントにありましたが、ブログで書いていることは街で演説することと等価ではないと思います。ブログはあくまでも個人が自分の主義主張をみなに披露する場であり、それにコメントする不特定多数にどんな態度で臨むかはブログ主の裁量でよいはず。お玉さんはなにも九条の精神を実践してブログで世界を平和にしてみせると宣言しているわけではないし、お玉基準がいかに恣意的であろうと結果的にみなが読みにきてくれる場であれば問題はないと思いますよ。


まさん・・
わざと書いたね(T_T)

ただ、みんな誤解しているようですが、お玉ブログがランキングで上にいられるのはコメント欄のお陰です・・決して記事への評価だけとは思ってない。(そりゃ少しくらいは評価して欲しい記事もあるけどさ)

お玉の所でコメンターの皆さんが、快適に過して頂くために、このコメント欄の治安の維持こそがお玉の使命と思ってます・・・


お玉さんとは
立憲主義とは、「憲法によって支配者の恣意(しい)的な権力を制限しようとする思想および制度」ということです。

ですが、お玉ブログは立憲主義に基づいて運営はしていない!
だから、日本国憲法9条の精神などまったく関係ありません。

なぜなら、お玉ブログはお玉さんが絶対君主であり、戦前日本で言えば天皇に相当するもの。だからお玉基準はお玉さんが勝手に絶対的に取り決めたお玉憲法で、このブログに参加するその他大勢はそれに従う義務があります。その基準に合致しない行儀の悪いコメントは掲載を拒否されても文句は言えない立場です。
こういうのを「あんたが大将」と言います。この場では「お玉が大将」です。

だから、この基準に疑義を持つ人は自分の王国を創設して自らが法になればよろしい。その国でいろいろお玉さんの悪口を言えばよろしい。

ブログを開設する場合、知力とかはあまり関係ありません。嫌な質問の時は開き直って「答えるだけの能力なし」とだけ言えばコメンテーターはこれ以上反論できなくなるからです。

ですが、やはり絶対君主も人の子、常々人気ランキングを上げたいと思っています。だからネットを見る人の気持ちも斟酌する必要に迫られます。リアルな世界で言われている「世論」という言葉がこれに相当します。
絶対君主といえども、目的のためには「世論」は無視できません。「世論」はしばしば間違いも犯すが、「世論」は究極的にみれば被支配者(この場合、コメンテーター)の立場を反映することになります。「世論」に反映するとは、ブログ運営はもちろんですが、記事内容も大切な要素になります。だから、「世論」を無視するブログは下位に低迷します。

「世論」形成の為に、
今回勇気を出してお玉さんに臨んだ「ダイス」さんはエライ!
拒否されて続けても懲りなく投稿しつづけた「にゃんころもち」さんも、その行為はエライ!
(コメントの内容ではないので、その点は勘違いしないように)
その影響か、お玉さんもその熱心(執拗か?)な投稿=世論にちょっと心を動かされたのでしょう。

ですが、お玉憲法が「改正」されることはまず考えられないでしょう。



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「智恵は自ら知ること能はず。」古い書物で見つけた言葉です。 智恵と言うものは自分で知ることは出来ない、知ろうとして知ることが 出来るものではない。と、いう意味です。 私もそのとうりだと感じています。 だから、智恵は人に強要してはならないと思います。 その人
北京五輪用に 興研社の医療用使い捨てマスクが 500枚選手・役員用に配られるそうだ。 このURLで実物が見られます。 http://www.koken-ltd.co.jp/mini/topic1.htm 北京では交通規制や 工事の中止等 短期的対策をとっているが 心配である。 *********
ほんとうに久しぶりに「大西宏のマーケティング・エッセンス」をのぞくと「民営化」の語が見えて、おもわず反応してしまいました。一部を抜...
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[格差社会] ブログ村キーワードhttp://diamond.jp/series/worldvoice/10012/ 雇用環境も福祉も欧米以下! 日本は「世界で一番冷たい」格差社会米国の著名社会...
08年7月30日 水曜日  憂楽嘲(ごまめの翁)ブログの目次 1・イチロー3000本安打達成{/arrow_r/}(ここからお入り下さい) 2・福田さんの5つの安心プラン{/arrow_r/}(ここからお入り下さい) 3・WTO交渉決裂{/arrow_r/}(ここからお入り下さい) 下のURLは私の所属してい
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プロフィール
Author:お玉おばさん
お玉なブログを展開する、とんでも博愛主義者。愛は海より広くそして深くありたい!と願っていたが、叶わないときは暴れる傾向にあり。昨年某国営放送局のやくざな討論番組に出たせいで、年恰好がバレちゃって・・・・・・ま、お玉に会ってみたいと思ってくださる読者の方は、お玉がいろいろな形でかかわるイベント、コンサートの会場へGO!

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基本的に愛が感じられないコメントはダメ、 (臨時追記)人が知恵熱だといってるのにばんばん記事違いなコメントをこれでもかと送ってくる愛のないものは、完璧にお玉基準的アウト。お玉基準がわからない人は、文句があればよそで愚痴いってOK !基準に対しての文句は受け付けません~~~ここはお玉のテリトリーだもん。なのでよろしく。/p>

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