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左翼の正直さ・・右翼の正直さ・・

超左翼おじさんがおもしろい記事を書いてます。

超左翼おじさんの挑戦

戦争責任の考え方 1

戦争責任の考え方 2

その中で東京裁判と死刑について述べられていて、

死刑制度に反対する人たちは、東京裁判やBC級裁判の被告が死刑になったことをどう考えているのか・・という厳しい問いかけをしてます。

そうだね、なかなかその事に自ら踏み込んでる左翼っていない・・

でもね、実はいる・・

うちで死刑問題を取上げた時、十文字さんが戦争犯罪者の死刑について
私達左翼はどう思うのかって今の松竹さんと同じ事を聞いてるんですよね。

あのときはぜんぜんコメント欄盛り上がらなかったけれど・・

お玉ブログ 2008.6.16

責任放棄は許さない  コメント欄より

皆様に問題提起します。

お久しぶりに投稿いたします。

>生まれつきの犯罪者がいない以上、私たちの社会には、

>犯罪の生まれる背景を放置し、その人を犯罪者にして

>しまった責任が存在するのは当然のことです。

といわれますが、それでは極東国際軍事裁判で、東条英機以下7名がA級戦犯として絞首刑にされたことも間違ったものだったのでしょうか? 死刑廃止論者は平和主義者を兼任している事が多いと見受けられますが、極東国際軍事裁判に死刑制度があったことを問題視する人は見たことがありません。 このことを「過去の事だから」として問題視しないのならば、日本の戦争責任も「過去の事だから」ということになってしまうでしょう。 それとも、私のような疑問を持つことのほうが、間違っているのでしょうか? お玉さまをはじめ、是非皆様のご意見をお聞きしたいです。[2008/06/17 09:58] 十文字(衆愚代表)


それともっと以前、死刑廃止論の中で

ライブドア版お玉ブログ 2006.9.21

お玉邸にて・・死刑廃止論大いに語る

ここで、「テロリストに対して死刑を用いることは、
テロリストの価値観をわが物にすることになる」

という事を紹介した時にテロリストは死刑になると英雄化されてしまう話を
書いたんだけれど・・・・・ここまでのことは他の方々も良く書いてるけど、
東京裁判の話は避けて通りがちでした。

おもしろいな。

コメント欄の展開も気になるし・・

右翼の正直さと左翼の正直さの対決のような・・

そんな感じがする

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Secret
(非公開コメント受付中)

妥協
太平洋戦争の結果についての「妥協」はとっくの昔に成立しています。
そうでなければ中国韓国が日本とこれほどまでに多額の貿易をすることなど絶対に不可能です。

しかしそういう妥協はいつか綻ぶ。それが今アジアで起きている不協和音の原因であろうと思います。

サヨクの方々は語り尽くし謝り尽くせば問題は解決すると思っていらっしゃるようですが、人間がそんなに理性的な存在であったことなど歴史上無いのです。
将来を担保に過去を清算すると言っても、現在の自分を清算してもらわなければ将来など見据えることもできはしないでしょう。今持っている人間から奪う。殺してでも。これが現在を生きるということです。清算を受け入れるような余裕のある人間には清算など必要がありませんし、清算が必要な人間は清算を受け入れるほどの余裕を持ち合わせては居ないのです。

ならばどうするか、今まで通り「妥協」のもと少数を圧殺しておくか、それとも彼ら虐げられた少数者のために大多数に出血を強いるか、どちらもできないとなれば、「敵」から奪い取るか、いずれかです。

さて、日本の隣国は何を選択するでしょうね? 私は「奪い取る」だと思いますよ。だってそれが一番彼らにとってリスクが少ないし、国内も団結するし、道義的にも「打倒日帝」ならば何をしても問題にはならないでしょうからね。


話がまぜこぜになっている
懲戒処分と更迭をまぜこぜにしてしまっていますね。

更迭は、空幕長としての適格性を問う話です。法令違反が理由となるときもありますが、能力がない、統率力がないということであっても、更迭するときはありますし、より適任がいれば、「交代」という意味で行われるときもあります。

一方、懲戒処分というのは、明らかに法律違反、命令違反、規則違反があったときの「ペナルティ」なのであって、これは明確に「その行為は、何に反したのか」という「根拠となる法」が必要となります。

田母神さんに対して懲戒免職を求めるならば、田母神さんがどの法令のどの条文に違反し、どの規定に基づいて、懲戒免職に値するということを、きちんと出していかなければならない。
しかし、懲戒免職を求める人たちは、弁護士も含めて、なぜか、それを示していない。完全に法を無視した自己の要望を垂れ流しているだけであって、発言に正当性がまったく見られません。
田母神さんの「論文」に関しては、私は閉口するほど稚拙なものだという印象ですが、でも、懲戒免職まで求めるというのは、よほど自分が好む歴史認識と異なる、自分が嫌悪する歴史認識を抱く人間の「存在」自体にアレルギーがあるんだろうなぁ、と感じます。でも、それを「理解する」と、田母神さんじゃないですが「日本は北朝鮮か!」という言葉が出るのも不思議ではないですね。(私はそこまで思いませんが。)

しかし、更迭に関しては、特に法令に反しなくても、たとえば今回のことのように「政府見解と異なる歴史観や憲法観を持っている」ということであっても、「その観念は、自衛隊のトップにふさわしくない」ということで「適任ではない」から更迭した、ということも、議論はあるでしょうが、特に否定されるほどのものでもないと思います。


東西南北さんへ
>当たり前です
当たり前なんかじゃありませんよ
「明らかな犯罪行為」を行った場合や法を犯した場合は
処罰対象になりますが間違っている、そして政府の見解と異なるとはいえ
「個人の意見」を表したのを処罰の対象ってそれなんて独裁国家?
少なくともわが国ではンな事認められません。
それは「シビリアン・コントロール」というより単なるパワハラです。

>出鱈目な自分の信仰、宗教、思想を事実として教育
アメリカでは「七日間の天地創造」や「進化論の否定」を学校の授業で行ってますし
日本では「国旗国歌に敬意を払うべき」という「法律」を犯した
「純然たる犯罪者」な教師もいるのでその辺は気にする事無いと思うのですよ。
「その法律が正しい」あるいは「間違ってる」はともかく
「定められた法」に反している以上「紛う事なき犯罪者」ですから。

>欧米の植民地政策も違法
その責任を問うのは非現実的ですね。
汚い言い方をすれば力なき正義は無力なのです。
第一被害者の方がその罪追求を望んでいないのですから
当事者でない赤の他人が口出しするものではないのです

>中国侵略
あれは自衛戦争などではありません。
どう言い繕っても紛う事なき侵略です。
自国と民を守ろうとしなかった、あるいは守る力が無かった
当時の中国と朝鮮政府に罪があったと言っているのです。
そしてもう一度言いますが「現代の法律や常識、論理で過去の事を語る」のは
ただの思い込みでしかありません。
菜食主義者が肉食う人を侮辱するレベルです。

あと、中国が犯した犯罪に関して全く語られないのは何故なのでしょう。
毛沢東はヒトラーなど足元にも及ばない、スターリンに匹敵する殺人狂ですが。
それとわたしが出した「戦争責任」についていかがお考えなのかお聞かせ下さい。
出来ればお玉さんもこれに関してはどう思われているか聞いてみたいです。


今は妥協の時代
これまでの皆様のご意見を見て、「なんだかな~」って感じがします。

東西南北さんは過去の戦争犯罪を厳格に問うのですが、シンペイさん、KYさんは時代が違うから無理でしょうという立場。

シンペイさんは中国の人権犯罪を問うけど、東西南北さんは問題にしないという立場。

そーいうわけで、話が一向にかみ合わないで、平行線が続くような気がします。これは日本の今の言論の縮図みたいですね。(例えば産経新聞VS週間金曜日みたいな…)

ところで、私が先日投稿いたしました、
『・「過去の戦争犯罪」を、「未来の戦争抑止」や「現在の人道支援活動」を行うことで、「救済不能な被害者を救済した」ということにするという妥協を、戦争当事国が認めあう。(例えば東南アジア・南アジア・アフリカ等における食糧支援やエイズ・児童買春撲滅、教育支援、地雷撤去など) 』
という意見について、東西南北さんは如何思われますか?

また、nanashi さんがご紹介してくれました伊勢崎賢治さん出演の「世界一受けたい授業」で、伊勢崎さんが、「日本は第二次世界大戦後、無条件降伏しましたよね。これからの戦争は絶対ありえません。戦争の終結はある程度の妥協、必ず妥協なんですね。妥協を何処まで妥協するのか。シエラレオネの場合は100%妥協。」ということをおっしゃっておりましたが、このことについて如何思われますか?
http://jp.youtube.com/watch?v=0aJmJkxg3Z8

http://jp.youtube.com/watch?v=1IzjU2zaV48

21世紀は、「戦争が起きたら断罪する時代」から、「戦争を起こさない+起きた戦争を、たとえ人権を犠牲にしてでも双方の妥協を促すことで早期終息させる」ことが望ましい時代となったのではないのでしょうか?

そのような手前、東西南北さんは時代遅れのような気がします。

まあ、私の「日本の戦争責任妥協案」に関して、東西南北さんは「地雷撤去などの人道支援はやって当然!その上で戦争被害者への謝罪と賠償をすることがアジアの信頼を得る正しい道」と反論されるかもしれませんが、そのような硬直したスタンスだと、「如何にして妥協するか」ということに関する熟慮が求められる今の国際社会に対応できない、無力な存在になってしまう危険性があると思います。


シンペイさん、KYさんへ。
シンペイさん、KYさんへ

 1:「シビリアン・コントロール」とは「軍事における最終決定権を政府と議会が所有する」 という事です。「軍人の処罰権を政府と議会が持っている」のではありません。

 それは違いますよ。自衛官を懲戒処分にする権限を含めてシビリアン・コントロールです。当たり前です。

 2:「こっちの論理でお前ら叩き潰す、そっちの自分を守る権利は認めない」 と言ってる様なものですが。ベクトルを変えただけの暴虐な圧政ですよ。

 感想、価値観の妄想レベルが問題所在ではありませんよ?田母神さんは自衛官の職務として自衛隊の幹部教育において、事実無根の歴史観・思想、宗教教育とあたかも歴史の事実であるかのように行っていたんです。ここに問題があるのです。思想・信条・信教を問題にしているのではありません。田母神さんがどんな思想・信仰を持っていても構いません。当たり前です。問題は自衛隊内の教育、幹部教育として出鱈目な自分の宗教・信仰・思想を歴史の事実であるかのように教育した点にあります。既に述べましたが、田母神さんは日本は侵略国家ではなかった。それは濡れ衣であるという個人的な信仰・宗教を歴史の事実として教育したのですよ。厳格にシビリアン・コントロールするのであれば定年退職扱いではなく、懲戒解雇という行政処分をせねばなりません。

 3:「あの当時日本以外は一遍の汚れもない清らかな聖人ばかりでただ日本とドイツのみが邪悪であったと言われるのでしょうか?」「現代の常識で過去の出来事を語ってはいけない、というのは当たり前ですよね。」

 そんなことはいっていませんよ。欧米政府の侵略・植民地支配も違法です。だから、原爆投下の戦争責任をアメリカ政府に問わねばならないと東西は主張しています。しかし、欧米政府が侵略・植民地支配を違法だと認めなめれば日本政府も違法と認めないのですか?アジア諸国の人々の門族自決権を侵害する侵略戦争と植民地支配の違法性と戦争責任を取らないのですか?自分たちの国の政府が起こした侵略戦争・植民地支配に対する戦争責任をきちんと追究し、アジア諸国の民族への反省を態度で示す。その上で、欧米政府の戦争責任を問うべきではないですか?この自主独立の態度が国際法です。ちなみに、民族自決権は前国家的に存在する基本的人権ですから当時も今も将来も歴史普遍的に存在するのであって、当時は存在しないという主張は完全に妄想ですよ?当時もどの国にも民族は存在したんですから。

 5:現代の倫理からすれば認められるものではありませんが「自国を守る力がないのが悪い」があの当時の常識。

 ですから、どこが自衛戦争だったんですか?単なる侵略戦争じゃないですか?いつ、どこに、どのように日本の領域にアジア諸国の政府の軍事攻撃があったのですか?そんなものはありませんよ。自衛戦争でない以上、侵略戦争です。これが歴史の事実です。自存自衛の戦争などというのは完全の宗教です。当時の国家神道の残滓ですね。今の右翼・靖国史観の妄言です。

 6:「先に私の発言「原爆投下はされるべきだった」という元長崎市長の発言について如何思われますか?」

 当然ですが、首長ですから罷免・辞職勧告に値します。排除せねばならないし、国民が主権を発動し、叩き潰さねばなりません。何度もいいますが、これが国民主権下におけるシビリアン・コントロールの実質なんですよ。形式を論じても意味がありません。

 7:「わたしは被爆二世です。核兵器は許容出来ませんが投下自体はいわば「勝った者の特権」とすら思っています。 問題なのは世界全てを滅ぼしうるオモチャを所持し続けてる事だと思うのです。」

 原爆投下を仕方ないなどと言う気はまったくありませんし、その戦争責任の違法性を徹底的にアメリカ政府に認めさせ、謝罪と賠償を要求することは当然です。被爆者にとっては今現在の問題なのです。もっとも、被爆者でなくとも核軍縮は今現在の問題です。ゆえに、被爆者への補償運動と連帯して核兵器廃絶の運動を行うことはアメリカ政府と日本政府に対する日本人民の権利です。

 ともあれ、核兵器廃絶では協力できるようですので嬉しく思っています。日本政府の核武装など全否定せねばなりません。核武装をするとは断言しないが、核武装のカードをちらつかせた恫喝外交を推進する必要があるという右翼さんもいますからね。安倍・麻生・中川昭一自民党衆院議員などは日本政府の核武装も検討するという発言をしましたね。非核三原則を国是とする日本国民として完全に否定せねばなりません。これも罷免に値する発言です。 

 


教育・・・?
自衛隊員に思想教育ですか?
それってなんて毛沢東?(笑)

そもそも軍隊に特定の思想教育を義務づけるという方向性そのものが間違いです。その思想があなたにとって都合のよいものである間は、あなたにとってはそれでもいいでしょうが、往々にしてそうした教育は為政者の為に歪められるのであるという事実を考慮されたほうがいいのではないでしょうか?


シンペイ様

歴史認識に関しては、ひとつの事象であっても、「見る角度」によっては異なる評価が出てくるのですから、あまり深入りすることではないように、私は思います。
といっても、田母神さんの「論文」は、「感想文」として見ても、雑だなぁっていう感じしかしませんでしたけどね・・・。歴史認識がどうこうという以前のレベルだと感じました。(汗)


シンペイ様、KY様

シビリアンコントロールに関してのご発言については、シンペイ様ご指摘で正解ですが、田母神さんの件に関しては、処罰そのものが適正かどうかという点で微妙だなと思います。
自衛隊法第46条第1項の規定のうち、第1号と第3号の適用は確実に無理で、第2号の規定に該当するかどうか、という話になりますが、いくら政府見解を否定する歴史認識とはいえ、「個人的な考えを公表したにすぎない」もの、それも「田母神氏の空幕長としての職務遂行に、田母神氏の信条を反映した、政府見解を否定するような命令等を行った形跡がない」状態であるにも関わらず、『隊員たるにふさわしくない行為』として処分が適切かどうかといえば、賛否両論になるのは当たり前で、仮に懲戒相当と認定して、自衛隊法に基づいて処分したとしても、「減給5分の1を1か月」で空幕長を更迭するぐらいがせいぜいだと思います。

よって、処分をもって対処するよりも、発表された論文の内容がどうか、ということで対処するのが『二度と再発しないように』の唯一の方法なのかも知れません。


ジョークなら5点、本気なら・・・・・困ったな
>東西南北さん
>仕方ないという態度はどうでしょうか?
そうであれば、原爆投下も仕方ないと発言した自民党衆院議員の問題発言も
看過するのでしょうか?
では先に私の発言「原爆投下はされるべきだった」という
元長崎市長の発言について如何思われますか?
わたしは被爆二世です。
核兵器は許容出来ませんが投下自体はいわば「勝った者の特権」とすら思っています。
問題なのは世界全てを滅ぼしうるオモチャを所持し続けてる事だと思うのです。
少なくとも原爆投下とその被害について根に持ち賠償と謝罪を求める気はありません。
それとよく「戦争責任」と言う方が居られますがその「戦争責任」とは
どのような事に対する責任なのでしょう
「戦争の原因を作った責任」ですか?
「戦争を始めた責任」ですか?
「戦争に負けた責任」ですか?
「原因を作った責任」ならば第二次世界大戦の原因を作った責任においては
ベルサイユ条約を締結した
ロイド・ジョージらに求められるべきでしょう。
あるいは中国内乱を始め、国力を削ってでも権力を求めた
毛沢東らも戦争責任から逃れられないでしょう。
「始めた責任」「負けた責任」は十文字さんが仰るとおり既に
犯罪者として処刑された人たちが居られます。
それとも彼らの死などどうでもいいから日本は
永遠に責任を背負い続けるべきと言われるのでしょうか。
中国がベトナム、チベット、インドに侵略戦争を行ったという行為は無視して。

>日本の軍国主義国家によるアジア諸国への侵略行為を
止めさせようとした米英などの国家に対する戦争
・・・・・それはなにかのジョークですか?
ぶっちゃけて言えば「独り占めは許さん、自分らもアジアを
貪り食うんだ分け前よこせ」な戦争ですよ?
アメリカはフィリピンを植民地としていましたしオランダ、フランス、イギリスは
言わずもがなです。
それともあの当時日本以外は一遍の汚れもない清らかな聖人ばかりで
ただ日本とドイツのみが邪悪であったと言われるのでしょうか?
司馬遼太郎などはそのスタンスみたいですがね。
ついでに言っておきますが朝鮮併合はあの当時
「文明国」と呼ばれる連中ほぼ全てが承認した、あの時点での国際法に
正式に認められたものですよ。
そしてそのような「強者による論理」に飲み込まれるのを防ぐために
行われたのが「明治維新」です。
現代の倫理からすれば認められるものではありませんが「自国を守る力がないのが悪い」
があの当時の常識。
現代の常識で過去の出来事を語ってはいけない、というのは当たり前ですよね。

>シビリアン・コントロールを厳格に律する
もう一度言います。
「シビリアン・コントロール」とは「軍事における最終決定権を政府と議会が所有する」
という事です。
「軍人の処罰権を政府と議会が持っている」のではありません。

>そのような物理的なクーデーターを防止するには、4で述べたような措置が必要
それは「こっちの論理でお前ら叩き潰す、そっちの自分を守る権利は認めない」
と言ってる様なものですが。
ベクトルを変えただけの暴虐な圧政ですよ。


若干の考察
 お玉さまに拙論をご紹介してもらっている以上、拙論の解説をさせて頂きます。

 まあ、もっと早く投稿できたかもしれませんが、肉体労働と子供向け小説の懸賞に投稿作品を執筆中で忙しくて…。
そして、最大の理由としては、やはり「超左翼おじさん」のご意見が一通り出揃って、それを拝見してから投稿したいと思いました。

 コウトさんもおっしゃっているように、「戦争責任の考え方・6」まで出揃っているのですが、一通り読むとなかなか興味深いことを書かれております。

 さて、お玉さまも松竹伸幸氏も、「ABC級戦争犯罪者は、死刑に処されるよりも生きて謝罪した方が良かった」という結論では一貫されていると思います。また、このような問題に真正面から向き合われる姿勢も、大変尊敬できます。

 とはいえ、他の死刑廃止論者がこの問題に対して無視を決め込むのは、このことを追究すると、「なぜ日本だけが責められなければならないのだ」という感情論に加担する危険性があると看做されたからだと思います。

 実際問題として、死刑になった1000名以上のABC級戦犯(註:中国・旧ソ連での死刑囚は含まれない)は、二度と帰ってこないのです。

 具体的に来週公開する中居正広さん主演の映画に、「その後」があったとして考えてみましょう。
http://www.watashi-kai.jp/cast.html

 「どうしても生まれ代わらなければならないのなら、私は貝になりたい……」という遺書を残して、中居さんは死刑となりました。
遺族はこう思うことでしょう。
「お父さんは私たちまでの罪を背負って、私たちの身代わりとなったのです。お父さんのことを忘れずに生きていきましょう…」
こうして、家族に降りかかった理不尽な出来事に一抹の慰めをもって、家族は昭和を生きていきました。

 日本は韓国に賠償金を支払い、中国と国交を結び多額のODAを提供し、その他東南アジアの諸国ともODAによる強力をする事でアジアは和解し、次第に15年戦争のことは歴史上の一つのでき事となっていったのでした…。

と思いきや!

 近隣諸国や日本の所謂「左翼」の人が、「戦争責任」で大騒ぎを始めました。
「日本は侵略戦争をした歴史認識が無い」
「従軍慰安婦や南京大虐殺に対する賠償がなされていない」
「日本は『人道への罪』に対する償いは果たされていない…」
etc….

 これを見た遺族の人はまず、こう思いました。
「お父さん(マサヒロ)の死は、一体何だったの?」

 お父さんなどABC戦犯はその身をもって「国家の罪」を償ったはずなのに、「日本が罪を犯した」という近隣諸国からの声は日増しに酷くなるばかりです。
「道義的責任を果たせ」と主張する日本人は誰一人として、「お父さん(マサヒロ)の死」について、何も語らないばかりか見向きもしません。
賠償金もODAも、要するに「足りない」の一点張りです。
近隣諸国もちっとも「人道を尊重する国」には見えません。にもかかわらず日本に対しては口やかましく「人道」についてあれこれやかましく批判してきます。

 挙句の果ては、「北朝鮮による拉致問題」です。

 この「人道に対する罪」に対して、左翼の人々もさぞ激しく批判するだろうと思いきや、だんまりを決め込んだり、酷いのになると「まあまあ冷静に。日本だって悪いことをしたんですから…」

 こういう状況になって、遺族はとうとう堪忍袋の緒が切れます。
「お父さん(マサヒロ)の死は犬死だってか?
ふざけるなバカヤロ~!!(怒)」

 未亡人はその怒りをバカらしい戦争を起こして敗北した日本国に向けました。そして、二度と戦争を起こしてはならないという決意を新たにしました。

 それに対して息子はこう思いました。
「日本が負けたからこんな罵りを受け続けているんだ。日本は二度と戦争に敗北してはならない。そのためにはしっかりとした軍隊を持たなくてはならない。敗北をしないためには、腹立たしいけど今はアメリカと組んで『敗北をしない』ことを第一に考えないといけない。そのためには憲法を改正しなくてはならない」


 さて、未亡人と息子の二つの考えが出てきましたが、あなたはどちらに共感しますか?

 残念ですが、今の日本には息子の意見に共感する人が多いようです。



「今週の冷徹な現実」

 未亡人と息子、この両者の主張には一面の真実が含まれているのは事実である。
 日本はバカらしい戦争に負け、勝者であるアメリカに屈服した。「戦争責任」や「人道に対する罪」とは、以下のことを実行する為の大義名分であった。
・米国人捕虜が、日本人看守に対して報復する。
・日本をアメリカに反抗する国から、アメリカの国益に貢献する国家に作り変える。
・アメリカが「戦争犯罪に類されかねないような行為」を正当化する。

 仮にもし、日本が敗北を認めず戦争を続行し続けていた場合、村上龍の小説『五分後の世界』の様に、日本人の一人ひとりまでに「戦争責任」や「人道に対する罪」を問われることはなかったであろう。(ただし、『五分後の世界』においては虐殺に継ぐ虐殺により、日本人の人口は26万人になってしまった)

 ゆえに「戦争責任」や「人道に対する罪」は、勝者であるアメリカが問われることはなく(田母神氏はこのことに理解がなかったのだろうか?)、また敗北を認めていない国の人(例えばイラク人やセルビア人)に「戦争責任」や「人道に対する罪」を認めさせることはできないのである。
 「中居さんの死刑」は、アメリカの占領政策で行われた瑣末な出来事の一つに過ぎない。

 戦勝国にとっては、対日外交において極めて有効なツールである為、戦争被害者が全て死去したとしても、問われ続けられる可能性がある。
 しかし、「戦争責任」や「人道に対する罪」の追究は、安直な運用により「新たな戦争の火種」となる危険性が高い。
なぜなら、当事者のナショナリズムを煽るからである。
 そのため、近年においてはその取り扱いは極めて慎重である(イラクやユーゴ紛争、シエラレオネなどアフリカでの非人道的行為に対する決着の付け方を参照すれば、その傾向は顕著である。

 この論理に対し怒りを覚える日本人は多いであろうが、イラク人やセルビア人は「当たり前のことだ」と理解を示す可能性が高い。




『今週の希望のライム』
(この言葉の元ネタがわからない方は、此方の本をご覧下さい)
http://www.youngsunday.com/rensai/comics/one_on_one.html

 上記が示すように、私は「戦争責任」や「人道に対する罪」に対する「すべての被害者への謝罪と補償」というある種の偽善と欺瞞が含まれている問題が、それを解決することで何らかの有益な結果をもたらす為には、きわめて深い熟慮が必要であるし、また「すべての被害者」を救済することは不可能だと思います。
 何をもって「謝罪と補償」とし、何をもって「救済された」のか、極めて曖昧であるからです。

 まず、「中居さん」のような「昭和殉難者」も被害者に含まれるといえますが、彼らをどう救済するのか、皆目見当がつきません。
 また、朴裕河さんが著書、『和解のために』指摘しているように、「償い事業を担ったアジア女性基金」が迷走してしまったのも、その救済の困難さを示していると思います。
http://mainichi.jp/enta/book/hondana/archive/news/2007/01/20070121ddm015070007000c.html
 
 この問題を解決する為には、先ずは日本、中国、韓国等、それぞれの国の人々が過去の出来事に対し、情緒的に共感し非論理的になる、つまり民族主義的衝動を、各々の国民が押さえ込めることが先ず大前提でしょう(朴裕河さんも似たようなことをおっしゃっております)。
その上で、
・『和解』とはなにか、を戦争当事国の間で論理的に検証し、「救済」の方法を確定させ、確定後は一切の変更を認めない。
・「過去の戦争犯罪」を、「未来の戦争抑止」や「現在の人道支援活動」を行うことで、「救済不能な被害者を救済した」ということにするという妥協を、戦争当事国が認めあう。(例えば東南アジア・南アジア・アフリカ等における食糧支援やエイズ・児童買春撲滅、教育支援、地雷撤去など)
・『和解』の一環として、戦争犯罪を死をもって償った人々がいることを、アジアの国の人々に知ってもらう。

 という手法だと、合理的かつ効果的に人道救済ができて、かつ「戦争責任の追及が新たな戦争の火種となる」ことを回避することができるのではないでしょうか?


若干どころか些か長文となってしまい、申し訳ございませんでした。 


論点が多いので
僕は器用ではないのでふたつ以上のことを同時に処理するのは不得手です。デュアルコアじゃないんですね。^^;
ここではいつものことながら色々な論点が話題になっていますが、まわらない頭で考えることを少し書きます。

>あの当時の日本の行動は間違い無く侵略です。もっとも現代はともかくあの当時では仕方が無い、と言わざるを得ません。 60年前のあの時代、自分を守る力が無い「弱い」は罪でした

仕方がないというのは、政治的にもっとよい対処策を考えて行動するほど賢くなかった、あるいは余裕がなかったという意味に捉えればよいのでは。喩えが悪いかも知れませんが、今の日本では年間の自殺者数がとても多いですね。彼ら彼女らは、そうするしかないほど追い詰められた存在だから、他に手段がなく死を選ぶ。もしもその人らに、自分が置かれた状況を脱するだけの能力や資質があればそうはならないのですよね。でも現実は違う。こうすればよかった、ああすればよかったと後で他人は言うかも知れない、でも現実に起こったことは変えられない。そのとき我々がとるのが、仕方がない、という受容の仕方なのだと思います。
 もう少し言うと、過去のことは変えられない、でもそこから学んで未来に生かすことはできます。日本もアメリカも、また他の国々も、してはならないことをした過去をいまさら変えられはしません。ですがこれから先は、というように考えればよい。え?今でも余裕がないんですか?じゃあまた誰かを犠牲にするしかないんですかね。

なお、過去をふりかえってこれからにつなげる、という観点では、お玉さんが紹介している松竹さんのブログが興味深いですよ。自分のじゃないけどURL欄にリンクをしときます。


シンペイさん、KYさんへ。
 シンペイさんへ。

 1:「中国に対してのあの当時の日本の行動は間違い無く侵略です。もっとも現代はともかくあの当時では仕方が無い、と言わざるを得ません。 60年前のあの時代、自分を守る力が無い「弱い」は罪でした、間違いなく。」

 仕方ないという態度はどうでしょうか?そうであれば、原爆投下も仕方ないと発言した自民党衆院議員の問題発言も看過するのでしょうか?

 ともあれ、アジア諸国への日本国家が侵略と植民地政策を実行したという歴史の事実を認識している点では同意です。

 しかし、そうであれば、日本の軍国主義国家によるアジア諸国への侵略行為を止めさせようとした米英などの国家に対する戦争、つまり、1941年から始まる太平洋戦争についても侵略戦争続行のための戦争ではないですか?米英などの帝国主義国家も同罪じゃないか?という反論はそのとおりですが、しかし、日本の軍国主義・帝国主義がアジア諸国を侵略し、植民地化した歴史の事実は反省し、認める必要があります。これは歴史観、国家観のレベルではなく、事実認識の問題です。地球は自転しているか否かと同じレベルということです。感想を聞いているのではないのです。

 2:自衛隊に関してはシビリアンコントロール。

 そうですね。自衛隊内の教育内容、方法をどうするかということでいえば、「叩き潰す」という態度は誤りです。しかし、あのような発言をしたい以上、退職扱いではなく、懲戒解雇処分とする必要があるのではないですか?それは「叩き潰す」、あるいは、「排除」するという表現でもよいのではないですか?国民の人権を擁護し、シビリアン・コントロールを厳格に律するには当たり前の処分だと考えます。

 KYさんへ。

3:バカは出てきた時に叩けばいい。

 そうだと思います。ゆえに、田母神さんを退職扱いではなく、懲戒解雇処分にする必要がありました。

4:再発防止策とは?

 まずは、自衛隊内の教育内容、方法を徹底的に国民へ情報開示し、透明化することです。今回のような出鱈目な感想文が自衛隊幹部によって教育されていたわけです。まず、教育内容を透明化する必要があります。さらに、自衛隊を国家権力の方を向く軍隊ではなく、国民の方を向いた軍隊へ民主化しながら、縮小・解消していくために自衛隊に労働組合を認めるべきです。開かれた民主的な自衛隊への改革を急ぐということです。もちろん、憲法違反の自衛隊ですから、順次、縮小していくことは当然ですが、その過程で自衛隊を活用する必要性が生じた場合には、徹底的に国民の安全を守る民主化が必要だということです。

 5:「相手の存在そのものを認めないという言論で彼らを押すならば、当然彼らからもあなた方の存在を(物理的に)認めないという反動。」

 そのような物理的なクーデーターを防止するには、4で述べたような措置が必要なんですね。

 



 


東京裁判は難しいですね
東京裁判に限らず、第二次大戦で行われた「裁判」は、『軍法会議』として考えても、とても「法の裁き」とは程遠い、とても「裁判」とはいえない代物だとは思います。
しかしながら、この理不尽かつむちゃくちゃな「裁判」で、たとえ無罪であったとしても、ある程度「生贄」が犠牲にならなければ、戦勝国の国民感情への「慰め」はできず、日本国民も「敗戦をどう受け止めるのか」という虚脱した心を引きずり続けることになったのかも知れません。

そういう意味では、死刑制度の問題として同じ次元で語れるものではなく、もっといえば『死「刑」』という文言が適切なものかどうかも、本当は問われてしかるべきものではないだろうか、と思います。

と、こう反論しておきながらも、納得しきれない人もいるというのは理解します。そもそも、私自身「なんとか意義を見出そう」ということで、東京裁判は考えているわけですから。


追加
「二度と再発しないように」ですか?
じゃあ北朝鮮による拉致を否定し続けた土井たか子と社会党を完膚なきまでに
「叩き潰さなければ」なりませんね。
「原爆は落とされるべきだった」という発言が「二度と再発しないように」
本島元長崎市長とその同調者は徹底的にマスコミ、国民、野党が
「叩き潰しておかなければ何度でも頭をもたげてくる」のですね。

もう一度いいます。
「徹底的に叩き潰しておく」とか「反省を態度で示さなければならない」
といった考えは「文民統制」とは百万光年くらい
離れていますよ。


二度と再発しないように?
サヨクの一部の方々が言う「二度と再発しないように」という趣旨の主張は不可能事を相手に押しつけているようにしか見えません。バカは出てきた時に叩けばいいのであって、あなたがたがバカではないかどうか常に証明しろという悪魔の証明を求めるのはどうかと思います。

まあ、憲法違反の自衛隊の存在そのものを認めていない方々なのでしょうから、そういう主張になるのでしょうが、相手の存在そのものを認めないという言論で彼らを押すならば、当然彼らからもあなた方の存在を(物理的に)認めないという反動が有ってしかるべきであろうということは記憶しておくべきだと思うのです。

戦後サヨクの一部がとった不可能なきれい事戦略がサヨク全体をしてうさんくさいもの、非現実的なものとして貶めて来たことは反省されるべきでしょう。
もしそうした非現実路線さえ無ければ、我々はもうちょっと団結できたでしょうし、そうなれば今のように非正規雇用があふれ労働者の権利が踏みにじられることは無かったはずなのですから。


東西南北さんへ
その考えはどうでしょう
まあどっちかってと右翼に近い考えを持つ私から見ても
彼の論文は色々間違えています。
中国に対してのあの当時の日本の行動は間違い無く侵略です。
もっとも現代はともかくあの当時では仕方が無い、と言わざるを得ません。
60年前のあの時代、自分を守る力が無い「弱い」は罪でした、間違いなく。
それはともかく「叩き潰しておかなければ」という考えはあってはいけないものです。
落ち着いて冷静に話し合い、相手の意見に受け入れる部分があるなら受け入れ
受け入れ難い部分があるなら落ち着いて相手を説得する、それが
民主主義国家だと思うのですよ。
それに自衛隊に関してはシビリアンコントロールとは
「最終的な命令権が政府や議会にある」のです。
「幹部が私的に右翼な発言したら叩き潰す」は日本のみならず地上のどこの国でも
文民統制とは言いません。
むしろそれはスターリンとか毛沢東のような人殺しが大好きな左翼の思考に近いです。


KYさんへ。
 1:戦争犯罪の死刑も国家による報復殺人であって、平時における死刑も報復殺人であるから同列なんですよ。不必要な人命断絶であって、正当防衛ではないということですね。

 2:死刑廃止と報復戦争廃止は同列です。死刑廃止と戦争放棄という比較は正当防衛か否かの点で分岐します。

 3:要は、人類は共に生きる存在である法的存在であるにもかかわらず、違法な人命断絶行為である殺人や戦争が起こるのは何故か?その原因はどこにあるか?という認識が戦争への反省、凶悪犯罪への反省、教訓という科学です。

 4:田母神さんの発言内容は完全に右翼・靖国勢力のものですね。つまり、靖国史観なるものを容認する非科学的な感想文、妄想を徹底的に国民、野党、マスコミが叩き潰しておかなければ、何度でも「頭をもたげてくる」ということです。このような人物を閣議決定で任命した政府への責任追及を徹底的に行うことがシビリアンコントロールの実質となります。政府は田母神発言の背景・土壌、原因について野党に追求されていますから、要求された調査を徹底的に行い、マスコミ、国民、野党へすべての情報を開示し、反省を態度で現さねばなりません。あわせて、二度と再発することにないように、どんな対策を採るのか?についてもきちんと政府が反省を態度で示すかどうか?うやむやにして幕を引いて逃げるのが自民党・公明党のやり方です。

 


左右の意味はないけど
戦争犯罪に関しては、コウトさんが見事に説明してくださっているので、私は割愛します。しかも、これ以上ないほどわかりやすい説明ですよ、これは。

田母神さんの件については、私はむしろ安心しています。
シビリアンコントロールについての懸念がどうこう言われていますが、本当に文民統制が危険な状態にあるならば、そして、国民の支持なくして軍が政権を掌握することが可能であるならば、逆にこんな論文が世に出ることはありません。

こんな論文が出された時点で、マスコミを含めて非難や批判が沸き起こるほど「警戒」されたわけでしょ?
作戦を確実に成就させるには、作戦を相手に読まれないようにしなければならないわけで、こんな論文を世間の目にさらして、注目させるのは、かえって警戒心をもたらし、監視を受けるようになるだけです。

つまり、田母神さんの行為は、かつての軍国政治を実施させたい人の行為とは正反対ってわけです。

話は少し脱線して、お玉さんには申し訳ないですが、一応、念のために。

日本人は「軍が政治を支配する」ことに関して、かなりの誤解があります。

「統帥権干犯問題」は、「議会VS軍」ではありません。「民政党VS政友会」と「海軍の内部分裂」がミックスされたものです。しかも、「話せばわかる」という名言を残した犬養毅が、浜口内閣の海軍軍縮条約に対して「統帥権干犯だ!」と攻撃したのであり、真珠湾攻撃の連合艦隊司令長官・山本五十六が事務レベル交渉の日本側代表で、軍縮には賛成の立場でした。

明治憲法の当時ですら、こんな状態です。今現在において、文民統制を覆そうと思ったら、どれだけの労力と時間がかかるのか、それを反戦平和の人たちは、的確に認識しておくべきだと思います。警戒心を持つことはいいことですが、過剰になるとかえって逆に針が振れることになる。これを肝に銘じておくべきですね。


戦争犯罪
戦争裁判は戦争の延長であって、平時の裁判行為とは名前こそ同じですが別物だと思うのです。

死刑廃止と戦争放棄を同列に語れないように、戦争犯罪者の処刑と平時の犯罪者の死刑は同列に語るべきものではないと思います。

「人の命を奪ってはいけません」というきれい事が通じるのなら、そもそも戦争なんて起きないのですから。


わかりやすく書けないので
上記リンク先で議論されている人たちのように豊富な知識を持っていないので、素人の意見になってしまいますが。
戦争犯罪の裁判では、平時の法律とは違った判断基準があるような気がするんですね。言ってみれば戦争は、大きな権力を持つ者が勝手な意思で多くの人間の命をもてあそぶ行為です。素直に考えると、戦争に関与する人はみな、犯罪性に手を貸していると考えても間違っていないようにも思います。それが、徴兵のように強制されて関わるのか、本人が善意と思ったとしても積極的に関わるのか、上から下まで程度の違いはあるでしょう。でも基本的には戦争遂行そのものに関わることが間違いではないか、という視点で見ることが必要ではないかと僕は思います。ですから、正義のための戦争はやむをえないのだと信じる人々は自身の犯罪性には目をつぶっているわけで、他人があなた悪いことしてるよと言っても聞き入れられないでしょう。
 さて、戦争裁判において裁く側は善であるとされますね。戦勝国も戦争を推進したことには変わりないのですが。その点でいうと、戦争裁判は必ずしも善悪の判断を下す場所ではなく、敗戦国に損害を賠償させるという建前を広く示すものと捉えるべきではないか。敗戦国の責任者を死刑に処するのは、つらい思いをした人々の怒りや悲しみをそこに集約して、精神的被害を賠償させようとする意味合いを含むのではないか。ただ、裁判で決着したとしても民衆の怒りがそれで収まるとは限らない。そのマイナスの感情を無視していたら、あとあとの関係にも響く。その意味では、戦争裁判は権力者たちの都合によるとりあえずの解決方法であって、必ずしもその戦争で被害にあった、あるいは関与させられた膨大な数の人々の精神的・心理的苦痛を根本的に和らげるものではないともいえます。国際政治上での戦争責任のありようと、民衆レベルでの責任、言い換えれば被った痛みや苦しみに応えられるだけの善意のリターンとは、異なるものであると考えるべきかも知れません。
 突っ込まれてもうまく返答できないかも知れないですが、気になったのでちょっと書いてしまいました。論理的に未熟なのはご愛嬌です。


田母神氏
多分、前空幕僚長に関連しての話題にも繋がりますね。死刑どころか殺人兵器使用を堂々と主張するところは本物の馬鹿ですね。文民統制の必要性を、はからずも公論に載せてくれました。
「前(幕僚長)田母神は、身が持たんぜ」ぜんたもがみはみがもたんぜ(回文)
また、以前も書きましたが、本来右翼は国を憂いて体制批判をし実力行使も辞さないのが今は政府批判もしなくなりましたね。



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田母神俊雄前航空幕僚長が歴史認識に関する政府見解を否定する論文を公表した問題をめぐり13日、自民党の各派総会で、青年将校らがクーデターを企てた2・26事件などを引き合いに「シビリアンコントロール(文民統制)をしっかりしないといけない」と危ぶむ声が相次い...
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やれやれ、なんだか田母神氏を巡って、すったもんだの大騒動になってきましたね。 言論の自由とか、文民統制とか色んな方向に議論が行っちゃ...
08年11月12日  水曜日  憂楽嘲(ごまめの翁)ブログの目次 1・参考人田母神氏{/arrow_r/}(ここからお入り下さい) 2・給付金{/arrow_r/}(ここからお入り下さい) 3・首相も知事も揺れている。{/arrow_r/}(ここからお入り下さい) 下のURLは私の所属している護憲+グル
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