今一番大事なもの・・無国籍に置かれている子供の人権
2008-11-19(Wed)
なんでこんなに法案を通すのを急いでいるのか・・
それは今年の6月4日にあった最高裁の判決があったからですよね。
フィリピン人の母と日本人の父との間に生まれた子どもたちが日本国籍を求めた裁判で、最高裁は六月四日、両親の結婚を国籍取得の要件とした国籍法の規定は「法の下の平等」を定めた憲法に違反するとし、原告全員に日本国籍を認めました。この時のこども達のうれしそうな顔・・お玉良く覚えているよ。
国籍法の規定が憲法に違反すると認められた・だから法律を改正する必要があった・・
現在の国籍法では日本人女性と外国人男性の間に生まれた子どもはは無条件で日本国籍となるけれど、日本人男性と外国人女性の間に生まれた子どもは結婚しているか、出産前に認知していなければ日本国籍は認められない・・・
無国籍になってしまう子どもの人権を一番に考えるから憲法違反と認められた今回、急いで法案を通そうとしている。ここまでの流れをお玉は当然と思ってます。
で、右派の方々が危惧している偽装国籍問題をどうすればいいのか・・・
罰則のことDNA鑑定のこと・・この二点についてならば今後も審議する機会が持てるように意識ある議員さんが働きかけを続けていくべきでしょう。
でもその二点のみを問題にして今この法案を絶対に通させないとする考え方には賛同出来ないな。何が一番大事か・・・それは今、目の前で無国籍状態で苦しんでいるこども達の人権です。
子どもの国籍を考える会
それと、一生懸命日本の事を考えて発言している右派の方とは全く別に存在する、単に煽って書き込んでいるネットウヨクな書き込みの多さに・・・根底にある差別意識や排除意識を感じずにはいられなかった・・
だからやっぱり河野太郎さんのことはお玉はかばっちゃうものね・・
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コメント
やりちゃんさんやダイスさんの皇祖皇宗の遺訓と聞いておもわずふきだしてしまいました。
失礼とは思いますが、時代遅れな考えだと思います。皇室がなくても社会が機能していることは疑いもない自明なことですし、皇室が今の社会の複雑な問題を解決できると考えるのは妄想だし、詐欺とも言えるのではないでしょうか?
彼らは象徴であり、理想を希望しますと言ってくれるだけの人たちなのだから。
今上天皇もやりちゃんやダイスさんの考えを迷惑と考えるのではないでしょうか?
現実には金の亡者が、天皇を利用して、悪巧みをして戦争に突入して、日本を焼け野原にしたし。その金の亡者が当時の日本人を洗脳していたやり方をもう一度復活させたいのですか?
それは今上天皇にとってとても迷惑だし、金の亡者にだまされた当時の日本人にとっても嫌な考えだと思う。
時代遅れというより、時代錯誤なのかなと思うんですが・・・
→やりちゃんさん、
「大前提」などと書いたので誤解を招いたようですみません。しかし私が申し上げているのは、そのようなことではありません。
義務をクリアしたから権利が与えられる、のではなく、国籍を取得したのであれば、国民としての権利と同時に、当然、そのような義務がもれなくついてくる、ということです。したがって、「国籍取得に伴い日本人としてどのような義務が課せられるか」は既定の話なので議論する必要はない、という意味で書きました。
ただしやりちゃんさんのご指摘にもあるように、権利と義務はセットになっていますが、それと同時に可分的なものです。義務の不履行で権利が剥奪されるわけではなく(たとえば私は三大義務のうち教育の義務は果たしていませんが、なおかつ私の基本的人権はすべて保障されている)、権利の不行使が義務の免除につながるわけではありません。
※ちなみに、ノーベル賞って、こういった分野には与えられていないように思います。
さて、やりちゃんさん・ダイスさんのおっしゃる「義務」は以上のような話とは無関係であるようですが、そもそも「国体の精華」や「皇祖皇宗の遺訓」といった概念は、「国籍」といった法制度の議論には馴染まない、というより端的に言ってしまえば、いくぶん時代錯誤ですね。文化論としてはおおいにやっていただいて結構だと思いますが(どこか別の場所で)。
>「やりちゃん」さん
>やまべさん
私が「義務」と表現したものは、まさしく「やりちゃん」さんが言った事柄「日本人とは何か?すなわち我が国体の精華とは?皇祖皇宗の遺訓とは?」とかを「議論しなければならない」の事なんですよ。何が日本人を形作っているのかを議論「しなければならない」、そう「~すべき」ではなく、「~しなければならない」だと考えるので、義務と表現したのです。
日本人であるから日本国籍が与えられ、それによって日本国の保護を受ける事ができる。この事に感謝と貢献をもって生きていくために「考え、議論しなければならない」事柄が在るんだと。考えすらせずに、感謝すらせずに、ただ与えられて当り前という主張・態度の人間は、「根っから乞食」だと。国籍が話題になった時ぐらい、そういう事に話が発展しないようで、どうなのよ、という事です。
というわけで、私が国民の三大義務と国籍の関係を語っていると理解されたのでしたら、それは誤解です。ただ、誤解の原因が私の「義務」という表現に有ったようですので、その点、お詫びいたします。どうもニュースでもネットでも「権利!権利!」と要求する話ばっかり目に付いて、だいぶひねくれているようです→自分。
まぁ、でも、個人の心情としては「脱税者から国籍を剥奪する」、やってやりたいですねぇ(^^;)。あと子供を粗末にするバカ親とか(^^#)。
やまべさんへ
国民の義務違反が何がしかの社会的制裁・ペナルティを生む、ということはありますが、それらをクリアして初めて国籍が得られる、というのは社会契約論など遥かに超える新学説ですよ。ついに、このブログからノーベル賞が出るかもしれません。
→ダイスさん、
>これを機会に「日本人である事により負うべき義務は何なのか」を議論したのなら、まだ意味が在ったでしょう。でも、そういう議論になってませんよね(私が知らないだけかな?)
議論するも何も、国民の三大義務ってのはとりあえず自明の大前提では?
何度か書いていますが、フランス革命の昔より、右翼は国家や、地域共同体への帰属意識を力の源泉とし、左翼はそれらからの解放を希求します。やりちゃん用語では、前者をビロング志向、後者をリバレイト志向と呼んでいます。無国籍の子供達を指して、「そのままの状態で彼らの天賦の人権を尊重せよ」と主張する者があれば、それは純然たる左翼思想であって、インターナショナルでアナーキーなリバレイト志向です。左翼と目される勢力が「国籍取得の道を開き、彼らを庇護せよ」と主張しているのであれば、それこそビロング志向であり、きゃつらが我が右翼陣営の軍門に下ったことを意味するのであり、喜ばしい限りです。
>これを機会に「日本人である事により負うべき義務は何なのか」
>を議論したのなら、まだ意味が在ったでしょう。
そんなものは全く無意味。脱税者から国籍を剥奪する国家など存在しませんよね。議論すべきは「日本人とは何か?すなわち我が国体の精華とは?皇祖皇宗の遺訓とは?」ではありませんか。そして教育勅語には「それらを世界へ広めていこう」と示されています。王貞治の武士道精神、CWニコルの捕鯨文化へのリスペクトなどなど、ルーツが外国人でも彼らには「日本」が宿っています。時代は21世紀。キャッチフレーズは「WTOで八紘一宇」なのです。
この手の話の時に、いつも感じるんですよね。
「国籍を得る」=「国に保護してもらう権利を得る」ですよね。で、私達も含めてですが、その私達を保護してくれる国に対して、どんな義務を負えば得た権利と対等でありましょうか?
これを機会に「日本人である事により負うべき義務は何なのか」を議論したのなら、まだ意味が在ったでしょう。でも、そういう議論になってませんよね(私が知らないだけかな?)。
つまるところは、「義務を負わずに権利だけ主張する『根っからの乞食』と隣人になるのは嫌だ」という方々が反対していると分析します。
「人権」だって同じ。人権につり合う義務は何なのかという思考が無い「人権の主張」など、無視しても差し支えなし。
話は変わって、
> それと、一生懸命日本の事を考えて発言している右派の方とは全く別に存在する、単に煽って書き込んでいるネットウヨクな書き込みの多さに・・・根底にある差別意識や排除意識を感じずにはいられなかった・・
護憲派も一緒。
差別意識や排除意識という点で論じるならば、リアルで赤の他人を突然罵倒できる護憲派のほうがネットウヨクより数倍悪質です(かつて個人的な体験をコメントさせてもらってますよね)。差別意識や排除意識がより強固だから、「匿名でこそこそと」じゃなく「リアルで顔を曝して」他人を罵倒できるのでしょう。
まぁ、いずれにしても「同じ穴の狢」(私も含めて)でしょう。
日々の主張(目的)と罵倒するという行為に整合性が無い、という批判なら価値がありますが、鏡を見て「何じゃこりゃあ!」と言っても建設的じゃありませんがな。
人として、気持ちとして共感できる部分はありますし、目の前にこの裁判の原告側(子どもたち)がいれば、おそらく同じ気持ちになると思います。
しかし、それを振り切って、あえて気分を悪くするコメントをします。大変申し訳ないですが、この件はそこまで重い話だということをおわかりいただければ、と願っています。
国籍を付与するというのは、以前にも書かせていただきましたが、『戦争も辞さない覚悟で、自国民を守る』という義務と責任を、その国籍の政府が負うことを意味します。当然、「戦争」なのですから、「その人を保護するために、われわれは命を賭けて戦うことになる」のです。
もっとも、実際に戦争をしろというのではなく、『国籍法を改正するなら、国民はそこまでの覚悟を決めろ』ということではありますが、要は、そういう話だ、というわけです。
『「何が一番大事か・・・それは今、目の前で無国籍状態で苦しんでいるこども達の人権です。」というからには、お玉さんは、その子どもたちのために命を張って戦争することも辞さない覚悟を持てるのでしょうか?』という命題に対して『この子どもたちに対しては、その覚悟が持てる』という返答ができないなら、『では、発言を撤回してください』と言うしかありませんし、『この時のこども達のうれしそうな顔・・もう、忘れます』とならなければなりません。
でも、これをネガティブに考えるのも禁物なのです。
これを「受け身」で考えたとき、「国籍」とは「どこにいても、国から最大限の保護を受ける権利と資格がある。政府も同胞も、その命を賭けてでも私を助ける責任と義務がある。」という絶対的な根拠になるだけのパワーがあるものなのです。
つまり、なぜ、お玉さんが気分を悪くするであろうコメントをあえてしたのかといえば、今回の話は、それだけのレベルの話だからです。
それを踏まえた上で「前向き」に考えるならば、おそらく、誰からも歓迎される案をお玉さんは提起することができると思います。
僕たちがこどもの幸せだけを考えればよいのであれば、まだ対応が簡単ですね。ですがひっかかることは、大人の意識の問題です。大人が認める秩序とは何かを見ないと、その保護下にあるこどもの幸せは保証されません。日本人である僕らが、外国人の比率が次第に高まることをどこまで許容できるか。民族間のわだかまりは世界中にあります。日本では、日本語を話し、互いに気心を知ることができる仲間同士として、ある程度社会の安定を保っています。その安定が崩される事態を恐れる気持ちは、多くの人にあるかも知れません。これはたぶん、どんな民族にもある排他性の一種だろうとは思いますが、日本人がそれにこだわるのは、まだ見ぬ世界への不安からでしょう。理想を求めるためにはリスクを伴いますし、それをクリアしていくことが必要です。
この法律がそこまでの射程を持たない、限定された条件での人権の救済であるといわれれば、今書いたことは考えすぎなのでしょう。しかし反対派の人たちがこだわる背景を考えるとこの国の未来を思わざるを得ません。
大上段に構えるつもりは毛頭ありませんが、
憲法14条の「法の下の平等」、あるいは国連総会で採択され、日本も批准した「子どもの権利条約」は、子どもの権利のひとつとして名前や国籍を得る権利が明記されています。
今回の国籍法改正案は、日本人の父親とフィリピン人の母親から生まれた子どもたち十人が、日本国籍を求めた裁判での最高裁判決で出されたことが直接のきっかけとなっているということですが、憲法14条、子供の権利条約の観点から私は妥当な判決だと考えます。今回のような立場の子供たちは数万人に上るという推計もあります。
まずボーダレス化した国際情勢や日本における外国人問題などの現状を認識したうえで、あくまでもその子供たちの立場を第一とした解決方法をさぐるというのが人として当たり前な感情と思います。その際の後ろ盾となるのが今回の法律です。
格好いいタイトルつけちゃって、書くことは大したものじゃないんですが・・・
国籍について軽々しく述べることはできないんですが、お玉さんのおっしゃることが理解できるのは、人の幸せを第一に考える視点があるからです。極端に言うならば、誰がどこの国に生まれようが、そこで人間らしく生きていける環境が整っていればいいんです。しかし、ここで懸念されているような、存在を認められない個人が出てきたらどうするのか。言ってみればその人(こども)は世界から排除されたも同然です。そのことに強い懸念を持ったら、なにがしかの解決策を必要とします。
理想を追求するときには、必ず現実の問題がそれを邪魔します。ですが、理想は何のためにあるかといえば、みなの幸福を実現させるためなのです。人間は善悪兼ね備えた生き物だと前にも書いた気がしますが、それでも善を信じて生きることができるかどうかが、問われているんですね。
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国籍法の一部が改正されます。
どのように改正されるかというと、次のとおり。
【現行法】
(準正による国籍の取得)
第3条 父母...
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08年11月19日 水曜日 憂楽嘲(ごまめの翁)ブログの目次
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