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お玉おばさんの悩み4(立憲主義と民主主義)

あけましておめでとう。
今年もお玉のブログをよろしくね。

さて。
タマちゃんは隣のクラスに助けを求めに行くことにしたようです。
お玉が記事をここでいったん中断したのはね・・
その意味を考えてみたかったからなのね。

戦うことができないタマちゃんはなぜかまったくかばってくれないタヌキ先生にも相談せず、お隣のキツネ先生のクラスに行こうとしました。

もしもキツネ先生のクラスが多数決の意味や掃除当番の意味をきちんと理解しているならば、きっとタマちゃんの話に共感してくれるでしょう・・・タヌキ先生に意見してくれるかもしれませんね。

でも、もしタヌキ先生が「人のクラスのことに口を出さないでください!!」と一括したら・・キツネ先生だってそれ以上は言えないかもしれない・・・(みんな、わかってると思うけど、これは現実の話ではないからね。) かわいそうに思ってもタマちゃんをキツネ先生のクラスに受け入れてあげることもできないでしょうしねえ・・・

タマちゃんはそのまますごすごと・・クラスへ帰っていくことになります・・・・・ ・・・・・・・・・・・・ということで、このお話にみんなが感じている違和感はこういうところにもあるんだと思うんだ。

松竹おじさんにも言われちゃったけどさ・・ 

超左翼おじさんの挑戦

お玉さん流立憲主義への疑問・3  より


タマちゃんのたたかいは、そういうものになるだろうか。私には、タマちゃんは、たたかうということの意味を、少し取り違えているのではないかと思える。だって、隣のクラスに行ったら、たたかいにならないでしょ。

そうなんだよね・・・

それと気になったのはクラスのみんなと「たたかう」ことへの違和感です。
立憲主義は権力の暴走を止めるもの。なのに、この設定ではクラスのみんな=国民のように設定されていて、タマちゃんは権力ではなく、国民と戦うことになっちゃうよ…
タヌキ先生は今のところ非常時に役に立たない「裁判所」みたいになってるし・・・

タマちゃんはこれからどう戦略的に闘えばいいんだろう??
「闘う」の意味をタマちゃんの掃除当番の話でどう書けばいいんだろう??

ということで、超左翼おじさんの返信に期待。

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(非公開コメント受付中)

あけまして、おめでとうございます
「国民と戦う」ことに・・・まぁ、多数決を勘違いしていれば、確かにそうなるでしょうね。
だからこそ、「多数決の本義」と「少数の尊重」が必要となるわけです。でも、これは立憲主義かどうかを問うものではありません。

前回と重複しますが、多数決とは、あくまでも「多数の人の合意を取り付けるもの」であって、討論も質疑も、このために行うわけです。つまり「戦う」のではなく「理解しあう」ということですね。
なので、松竹さんのご発言は、ちょっとピントが合わないかなと感じます。

>タマちゃんはこれからどう戦略的に闘えばいいんだろう??
>「闘う」の意味をタマちゃんの掃除当番の話でどう書けばいいんだろう??

1.タマちゃんがなぜ掃除当番になるべきなのか、ということを、みんながきちんと説明すること。
2.タマちゃんが掃除当番になることによって、タマちゃんが受ける苦痛や損失を、みんながきちんと認識すること。
3.相互理解の下、客観的に見て、最もいい「掃除当番の在り方」を見出し、当番の設定をすること。

この3つのプロセスを経ることが、「民主主義」の基本だと私は思います。
立憲主義というか、憲法というのは、そのことを文書化したものですから、「憲法先にありき」ではなく、「憲法をどう定めるのか」「憲法をどう読むのか」ということで考えていけば、最もいい立憲主義になるんじゃないかなと思いますね。


話がずれているのでは?
十文字さんwrote:
> そもそも伊藤真塾長の立憲主義論自体にある種の矛盾があり、その部分を批判されたのではないでしょうか。

私の記憶では、そもそもは、お玉さんの誤解が原因でしょう。

伊藤氏が「多数決民主主義は完全ではない」という事例の例え、つまり「立憲主義の必要性の根拠」の例えとして出したものを、「立憲主義」の例えと誤解したことから始まっています。いまも、どんどん話が立憲主義の本質からずれて行ってる気がしてなりません。

十文字さんご紹介の長谷部さんの文章にもあるように、立憲主義とは、あくまで「主義」なのであり、理念です。理念だけでは、タマちゃんの問題を解決できないのは当たり前です。

では、具体的に問題はどう解決できるのか?
それには、その理念に基づいた、具体的な憲法の条文などがまず必要です。
同時に、その権利を具体的に保護させる権限を持った裁判所のような機関が必要です。

では、それらが立憲主義に基づいていたら、すべて解決できるのか?
どなたかも言ってたが、そんなことがあろうはずありません。
それを守る努力、守らせる努力が必要であり、また、そこで保護できていない足りない部分があるなら、補充していく努力が必要です。

タマちゃんの例で言うなら、
「お仕事は、クラスのみんなで分担しあいましょう」という校則があるなら、それを守るよう、クラスの仲間や先生や校長先生やPTAや教育委員会や文科大臣などに訴えないといけません。
憲法違反の人権侵害があっても、「憲法違反だ」と文句を言ってるだけでは何も解決しないのと同じです。
もし校則などがないなら、そういうルールを新設しようとクラスや学校に働きかけないといけません。
で、その新しいルールを作る時に従うべき理念こそが立憲主義なのでしょう。

> その大事な立憲主義がうまく機能して民主主義が健全な国ってどこにあるんだろう・どこにあったのだろう

ですから、そもそもその疑問・設問自体が変だと感じます。
その憲法がどれだけ立憲主義の理念を生かしているか?憲法がどれだけきちんと守られているか?どれだけ民主主義が機能しているか?というのは、すべて別の問題だからです。日本国憲法は、立憲主義に基づくという点では、かなり先端でしょう。しかし、それを守るという点では、かなり後進です。憲法裁判所が機能し始めている韓国にもう追い抜かれているかもしれません。
憲法が比較的きちんと守られている国としては、憲法裁判所の伝統を持つドイツはトップクラスなんじゃないかな?

このように、立憲主義自体が、何かの歯止めになったり、何かを解決してくれたり、民主主義を健全にしたりするものじゃないってことは、そもそも論として確認すべき点なのではないかと思います。


少数者の救済
お玉おばさん、おタマちゃん、みなさん、あけましておめでとうございます。

「立憲主義」とかって突然言われても、普通の人にはあまり馴染みはないですよね。私もマガジン9条の小林節、伊藤真、両先生のインタビュー記事を読むまでは「立憲主義」という言葉さえ知りませんでした。
http://www.magazine9.jp/interv/kobayashi/index.html
http://www.magazine9.jp/taidan/003/index.php

「憲法は国民ではなく、国民の上に立つ権力者を縛るもの。それが立憲主義なのだ」というお話を読んだときは「はあ~、そういうものだったんだ」(ToT) とその時は目からウロコのカンドーものでした。しかし、それと同時に「民主主義国家では政治家は選挙で選ばれるので国民の多数意見が政策に反映されることになる。(現実はそうでもないような気もするけど、とりあえずそこは置いといて・・・)なので、その多数者の意見により、少数者の利益や権利が損なわれることを防ぐための立憲主義でもある。つまり、「民主主義を制限するものとしての立憲主義」という面もあるということで、お玉おばさんとおタマちゃんのお悩みも出てきてしまうんですね。うーん、むずかしい。

あ、でも「民主主義は多数決ではないんだよ」と誰かが言っていたような・・・。あれはそう、小学校時代の先生の誰かだった。あれはどういう意味だったのだろう?それから「立憲主義」は記憶になかったのに、なぜか「違憲立法審査権」という言葉だけは不思議と覚えていたのですが、内容はともかく、その言葉をしつこく繰り返して頭に摺りこんでくれたのも、たしか中学校の社会科の若い女の先生でした。

そういえばこの前の国籍法の改正のことで、Tさんという、どちらかと言って、これまで左派と見られていたらしいジャーナリストが改正に否定的な意見を新聞のコラムに書いたことを、ネット上である人が批判していました。Tさんのコラムの中の

>過去に権威が決定を下した時「しょうがない」と受け入れた為に道を誤ったと悔やむ声は歴史上少なくない。今回、議員たちを揺さぶり疑問を投げたのは国会事務所に殺到した国民からのファックスやEメールだった。政治は民が動かすのだ。

という言葉に対して「国民が立法に関して、自分たちの意見を主張しようという行為自体は正しい。しかし一方で、多数決主義に陥りやすい民主主義の制度だけでは少数者に不都合な事態が起こる可能性があり、それを救済するために、法律に対して『合憲か違憲か』を判断することが出来る機関が裁判所である。それを『権威』の一言で片付けるのは疑問に感じる」という意味のことを語っていました。その言葉に、すごく納得してしまったりもしたんですが。

ちっともタマちゃんへの答えになってなくてごめんなさい。でもこれをきっかけにミーシャ〝おねえちゃん〝も勉強することにしたから、どうかタマちゃんもがんばってね。



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