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愛を基準に

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平和主義者だけの前で語るとき、ざっくりと大きな平和を語ってもそれはいいのではないかな?
だからあえて昨日の新聞記事を取り上げたの。うまく言えないけれど、十文字さんの怒りもわからなくはないけれど、平和主義者ばかりの講演会で、あのくらいの発言があってもそれは当然かな・・とお玉は思う。


塩狩峠という三浦綾子さんの本がありますよね・・
あの中で、苦労して、やっと一緒になれる恋人同士がブレーキの利かなくなった列車に乗っていて、愛する人と乗客を助けるために男性は列車がスピードを緩めた瞬間に車輪に挟まれて死ぬんですよね・・・キリスト教的?な自己犠牲を伴う究極な愛の形だとお玉は思いますけれど・・

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いまどきの若い十代の人たちはこれを読むと、非常に違和感を感じるそうです・・もしも自分だったら、もっと違う方法で列車を止めてみせる。自分の死と引き換えに・なんておかしい・・・いえ、そういう大人的な感じ方をする人が増えてるってことで・・・・

この考え方もお玉は「あきらめない」という部分に好感が持てるし、全然否定はしないの。ただ、彼らが主人公を全く理解できないと思ってしまっているのね。そんなことは「あり得ない」って・・理想論だって…あり得もしない小説の中のきれいごと?いえ、あのお話はたしか実際にあったことを題材にしていたはずで・・・

何が言いたいんだろう?
人のことはどうでもいいの。
お玉自身のこと。
お玉は平和のために命がかけれるんだろうか?正直そこまで思えない。
国を守るために命をかけれるんだろうか?・・ぜんぜん自信ないな


昨日、喜八さんが「愛」について書いていたけど、無償の愛は無理だけど、ごく身近な人のためになら愛を持って命をかけられる…かもしれない?かな・・

ネット世界で、机上の空論を続ける中で何が一番正しいかなんて、本当はわからないんだと思うの。わからない中で、愛だけは(形はいろいろだけど)信じられるからそこを基準に・・やっぱりブログは愛を基準にコメント承認するんだ。(ってそこが結論かい・・)

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(非公開コメント受付中)

言葉遊びもほどほどにしませんか?
>やっぱりブログは愛を基準にコメント承認するんだ。

いまいち「愛の基準」というのはわかりにくいですね。
(前回ボツにされた投稿は、横レスだったため??でも、これって「愛の基準」じゃないと思うのだが?)

そもそも、一言に「愛」と言っても、難しいですよね。

「愛」があるからこそ、厳しく言うことだってあるし、それが受け取る側には、単なる嫌がらせにしか見えないことだってあるだろうし。

その判定は、ブログ主のお玉さんの胸一つで決まるというわけですね。難しいなぁ…。

それはさておき、最近、コメント欄の機能として、ブログ主による振分け機能があればいいな…と思うんですよ。携帯のメール振分けのようにね。

お玉さんところでいえば、コメント欄を「愛のあるフォルダ」、「愛のないフォルダ(ヘイトコメントフォルダ/スパムコメントフォルダなど)」に分けてもらって、愛のないフォルダには何件たまったかわかる…というように。

誰からいつ投稿されたコメントがどういう理由でボツ扱いされたかわかれば、ボツにされた方としても精神衛生上よろしいのですがね~。

ま、ここまではボツにされた者のボヤキということで…。

>あのくらいの発言があってもそれは当然かな・・とお玉は思う。

これは十文字さんが一言言いたくなるのもわかるような気がします。
お玉さん的には、あのくらいの発言はいいじゃん…てことなんでしょうが、ああいう発言を何とも思わないようでは、現実を直視できていない「極楽蜻蛉」と見做されてもしかたないのでは…。

ああいう発言は、なんだかんだ言っても観念的で現実から遊離しているとしか思えないんですよ。現実から目を逸らさせるだけの甘美な「言葉遊び」にすぎず、その実、何にも考えていないのと同一では?

甘美な言葉にいつまでも酔っていたいというなら、外野の人間がとやかく言っても仕方ないですが、一般大衆へ訴える力は皆無でしょう。そんな訴求力のない平和活動って「自己満足」以外に何か意味あるのでしょうか?

>いつも、山本七平さんや塩野七生さんの本とか、マキアヴェッリ語録とか読んでいるから、冷酷非情の鉄面皮人間になっちゃったかもしれません。

十文字さん、彼らのように冷徹に物事を直視できる人たちってどうしても誤解されますよね。

私はとりわけ山本七平が好きですが、彼は左翼から「右翼だ」とか「反動だ」と毛嫌いされてます。いまだに「偽ユダヤ人」という便利なレッテルもよく使われますし。しかしそういう連中ほど、山本七平の主張そのものには正面から反駁できないんですよ。

ついでに宣伝しちゃいますが、山本七平の戦争三部作「私の中の日本軍」「一下級将校の見た帝国陸軍」「ある異常体験者の偏見」及び「日本はなぜ敗れるのか」なんか、平和を考える上で非常に参考になるしお勧めです。

日本軍は解体されましたが、日本軍を動かしていた思考様式・行動規範などは、戦後も変らずそっくりそのまま残っているわけで、それを把握することこそ、本当の反省だと思うし、平和を考えるということだと私は思いますが。

護憲派の皆様も、毛嫌いせずに一度目を通してみたらいかがでしょう。


紹介させて頂きました
大津留公彦です。
ご無沙汰しています。
いつも楽しく、時々考えながら読ませて頂いています。
弊ブログで紹介させて頂きました。
今後とも宜しくお願いします。
PS.トラックバックは相変わらず送れないようです。



Loveないっすか?
え~と、やっぱり私、ラブないっすか?
いつも、山本七平さんや塩野七生さんの本とか、マキアヴェッリ語録とか読んでいるから、冷酷非情の鉄面皮人間になっちゃったかもしれません。

でも私、怒ってなんかいませんよ。
ただ、北朝鮮が核実験を連発し、日本を除くアジア諸国も軍拡に歯止めがきかなくなりつつあるという、平和主義の精神に著しく反した現実があるというのに、それらのことに関してまったく意に慨さないような態度で、数十年前から言い続けている主張を繰り返すのって、どうよ? ちょっと認識が甘いんじゃないの? という気持ちからあのような投稿をしてしまった次第です。

>平和主義者ばかりの講演会で、あのくらいの発言があってもそれは当然かな

とお玉さまはおっしゃられますが、例えばえっちなパソコンゲームの愛好家の集まりだったり、モー娘のファンの集会だったりするのであるならば、それらのサークル内で好き勝手な発言が飛び交ってもそれはそれで構わないのですが(いや、モー娘の場合は実在する人物だから、やっぱ人権がらみの限度があるか…)、憲法9条は、一億二千万人の日本人の人生を左右しかねない日本の社会システムの一つです。
それをテーマにする以上、やっぱり真剣じゃないとダメだと思います。

さーて、ペシミストで性悪説論者で冷酷非情で鉄面皮人間の私が、愛や自己犠牲をテーマに小説を書こうと企んでいると言ったら、お玉さまは笑われますか?
まずは、コウモリさんの小説の書き直しでもしましょうかね~。
よくよく読み返すとアレ、大筋は良かったんだけど、ディテールが甘かったんですわ~。


「愛」は「自在」かな
今、「自由」vs「自在」という構図でいろいろと考えている最中なんですけれどもね。

世界には「私」がいて「他人」がいる。「私」にとって「他人」は「制約」なんです。自己犠牲という話が出てますけれど、これは「他人」という「制約」が極限の形で出てくるものだと考えればよいでしょう。『塩狩峠』は読んでないので代わりに映画『タイタニック』で置き換えると、タイタニック号沈没後、板きれにつかまって波間を漂うディカプリオにとってウィンスレットは「制約」に他ならないわけです。でも、そこには「愛」があった。だから彼は「制約」を生かすことを選択した。このとき彼は「自在」だったと思うのですね。逆に「制約」から解き放たれる――この場合はウィンスレットを殺す――は「自由」です。

こんな究極の状況ではなくても、「他人」が「制約」だという話は、たとえば家族を持っている人、特に子育てをする親にとっては強く実感できるのではないですか? 親にとって子どもは「制約」そのものでしょう。けれどもその「制約」を生かすことを望む。なんとなれば、その「制約」にこそ“自分が在る”。「自在」であり、「愛」です。逆に「制約」から「自由」になるのは「愛」の反対、無関心となる。

この論理をお玉さんのコメント基準に適応しますと、お玉さんのエントリーもしくはどなたかのコメントが「制約」となる。誰かが意見を表明しその内容を読解する。それは「私」の中にすでにある「私の意見」への「制約」になるわけです。「制約」にならないものは、そもそも無関心ですしね。「私」が「制約」を感じてコメントをするとき、それが愛のあるコメントになるか否かは、「制約」を生かそうとしているかどうかということになる。「制約」を単に「制約」とだけ受け止め、そこから「自由」になろうと攻撃するのは、「愛」ではないのですね。

かといって無関心でもない。それは「私の意見」という「私」にとっての「制約」のみを生かそうとする「愛」ではあるんです。自己愛というやつですね。

長くなりついでに、「自由」と「自在」についての私のエントリーを紹介させてください m(_ _)m
http://gushou.blog51.fc2.com/blog-entry-252.html


驚くほど二枚目だった当時
>わくわくさんへ

学生時代に「夜と霧」を読んで、似たようなことを考えてました。少し前に新訳が出た、とかいって話題になりましたね。


かつて、「愛国心教育」が問題視されたことがあったけどね、そもそも「愛」自身が水平的にも垂直的にもアバウトな概念だから、私は正直言って「愛国心」と言われても「????」だったな。

「愛国心教育」に賛成した人、反対した人、私は、双方ともに「他人に求める『愛』」の話に終始していたなぁ、と感じてしまった。

もっとも、自然の恵みや周り大人の恩に対する感謝の気持ち、を気づかせつつ、同級生との喜怒哀楽の人生を歩んでいくことで、自然と出てくるもんじゃないかな。それ以外にどうしたらいいのか、私にもわからん。(汗)

「自己犠牲」の精神だって、本当のところは「その状況になってみないと、わからない」ものだと思う。
「死にたくない」という当たり前の気持ちと「大切なもののために命を賭ける」という気持ちが、矛盾しているにも関わらず、常に同居して逡巡している。
それどころか、『愛』があればあるほど、なぜか人は、「生き延びること」と「命を捨てる」ことが、同時に要求される。

これ以上、理論的に説明することができないものも珍しい。

こうしてみると、漠然としすぎていて、「考えて」もわからない、でも、なぜか求めているし、なんとなく持っている。もちろん、目に見えるものではない。そして、矛盾していても平気でいられるものである。

だからこそ、歴史の中で、最も長く続いてきたんだろうね。


インディーズ系労組
このごろ「インディーズ系(独立系)労組」の若い人たちと接することが増えました。
彼(女)らには「愛」を感じることが多いのです。
「自分だけがよければよい」というのではなくて、ほかの人たちの幸せも実現しようと、日々戦っているわけですから・・・。



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Author:お玉おばさん
お玉なブログを展開する、とんでも博愛主義者。愛は海より広くそして深くありたい!と願っていたが、叶わないときは暴れる傾向にあり。昨年某国営放送局のやくざな討論番組に出たせいで、年恰好がバレちゃって・・・・・・ま、お玉に会ってみたいと思ってくださる読者の方は、お玉がいろいろな形でかかわるイベント、コンサートの会場へGO!

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基本的に愛が感じられないコメントはダメ、 (臨時追記)人が知恵熱だといってるのにばんばん記事違いなコメントをこれでもかと送ってくる愛のないものは、完璧にお玉基準的アウト。お玉基準がわからない人は、文句があればよそで愚痴いってOK !基準に対しての文句は受け付けません~~~ここはお玉のテリトリーだもん。なのでよろしく。/p>

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でも、お玉が愛を感じたら記事違い、長文、連投、暴言でも表に出すことはある・・ようは、愛です・・愛!また、TBも同じような基準で判断させて頂きます

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