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臓器移植法・・参議院ではもっともっと議論を尽くしてください。

愚樵さんちを見て刺激を受けて・・あちらに書くべきかと思いつつ記事にします。

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 私自身は臓器提供することへのこだわりはないけれど、愛する人の臓器を提供できるかと問われると「むりかもしれない」 今回の法律改正はこんなに急いでやってはいけない法案だと思っています。ここまであっさりA案がとおってしまったことに怒りも感じてる。 確かに真剣に投票した議員が党派を問わずいたことも事実ですが・・・・・・ご存知のようにこの議案の時議員たちはぜんぜん真剣じゃない居眠りするような輩もたくさんいたのよね。ニュースで眠ってる顔だけ見ても、それがだれかわかんないけど、こういうふざけた議員こそ、名前を公表してほしいとお玉は思う。

 十文字さん、

 >日本国内で移植できない金持ちの患者が発展途上国に渡航し、その国の貧者の臓器を買いあさるようなマネを世界にさらすよりは、この問題を日本国内で決着させるほうが何千倍もよいでしょう。
>
> そのため、移植法を急ぐこともやむなしだと私は思います。

 そこだけを見つめるのは視野が狭いと思うよ・・臓器提供をする過程で、どういうやり取りがされるのか、たとえば子供の臓器を提供する親の心理 は多くが臓器提供することでその子が生きていてくれるかもしれないという切なる願いです。(今日の朝日新聞にもでていますね・・)でもそういう代償行為のような臓器提供は本来「おかしい」とお玉は思うのね。その心理を利用するとまでは言わずとも、説得の材料に使われそうで、怖いです。

> それにしても、国際化が進み、日本独自の文化というか、風習というか、そういったものを、国や社会のシステムに反映させることがとても難しくなり、世界一般的な、いわゆる『普通の国』に日本は変わりつつある時代になったと、つくづく思います。

そう、本来、日本は日本独自の移植法を考えないといけないのに、そのあたりがおきざりで・・国民感情にそぐわない。こういう大事な法案を性急にとおしては、必ず多くの問題があとから出てきます。人の命と心にかかわる問題だから・・・だから急いではいけないとお玉は思うの。もっともっと・・お話しなければだめ。

参議院でどこまで話し合われるのか、見守りつつ・・少しでも多くの人の命が助かり、希望の持てる法案になることをお玉は願ってます。

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(非公開コメント受付中)

世界保健機構(WHO)で海外に渡航しての臓器移植が厳しく規制される方針が決まったのをご存知ですか?

現行の臓器移植法では、脳死患者からの臓器移植が60件程度しか行われていないのをご存知ですか?
今まで海外で臓器移植をすればすんでいたような患者さんも、これからは日本国内で臓器提供者を探さなければいけなくなります。
多数の臓器移植を必要とする患者を、日本は現行法で支えられると、本気でお思いですか?

今まで遅々として進まなかった議論が、なぜここで進められたのか、考えて見たことがありますか?

物事には必ず、要因というものがあるのです。
そもそも、A案に関しても、家族が拒否すれば臓器提供できないということをご存知なのですか?

残念ですが、奇麗事だけでは世の中は回っていないのです。
今まで日本が綺麗でいたのは、発展途上国の犠牲があったからなのですよ。
今後は日本も現実と向き合うしかないのです。


参議院有志議員の対案
民主、社民の有志議員の対案が報じられています。

15歳未満の臓器提供認めず、参院有志案の概要判明
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20090620-00000648-yom-pol

ここには「子ども脳死臨調」をもうけるという案が盛り込まれています。「子ども脳死臨調」をもうけることには僕も賛成できます。

あと、今回、意外な議員が反対票を投じているように思ったのですが、そのひとり、石破茂さん。ブログで以下のように書いています。

http://ishiba-shigeru.cocolog-nifty.com/blog/2009/06/post-c5f8.html

特に以下の点は的を得た指摘だと思いました。

>・ 移植医療はあくまでも人の善意に基づくものであるので、法律の要件に頼るのではなく、国民の理解を広げる努力を医療界あげて行うべきこと(その意味では、現行法でもドナーが広がる可能性は十二分にあったと考えています)

珍しく(?)、石破さんの意見に納得。


「脳死」も大切だが・・・「胃ろう」も大切
お玉さん、みなさんこんばんは。

 脳死の話を聞いていても、「雲の上」のような気がします。

 でも、「本人が助かりたい」と言う「意思」がある「人間」には、「生きるチャンス」は必要だと思います。

 自分は、実は「脳死」よりも「胃ろう」が先かなと思います。
 見てみぬふりの人が多い。

 年を取ると、色々な機能が衰え、食べ物も食べられなくなります。
 キザミ食も食べられなくなると、エンシュア(栄養剤)を口から入れる。

 それもダメになった時、胃に穴を開けて栄養剤を入れるか?
それが「胃ろう」

 在宅介護の人ならば「エンシュア」とくれば「ピン」ときますよね。

「胃ろう」をやらなければ、数ヶ月の寿命。
やれば1年程度は寿命を伸ばせる可能性は高い。

 しかし、本人の意思もなく、ただ栄養剤注入で生きているだけ。
医療資源をムダに使う事にもなる。

自分の祖父は昨年亡くなりましたが、「胃ろう」はしませんでした。
最後は入院で点滴でした。

本人の判断など出来る状況でもなく。
 もちろん本人が、「胃ろう」をしても「延命したい」という「意思」があれば話は別。

 ぜひ「末端の多くの老人終末期医療」についても、考えて欲しいと思います。これが基本。「食べ物」を自らの意志で食べられなくなった人間は?
 無理やり延命すべきなんでしょうか?

 これがしっかりしないと「脳死」などの難しい議論は厳しいと思います。

 


子供の脳死
十文字さんのコメントにある毎日新聞の記事にあるように、子供の場合は長期脳死になるケースが多い、子供と大人では脳死判定の難しさに違いがあるといったことが最近、分かって来たそうです。これは立花隆さんとかが脳死について論争していた頃にはまだ分かっていなかったことです。僕は、子供にまで臓器移植を広げるにしても、そうした医学的な知見を盛り込んで、たとえば大人の場合と子供の場合では別の脳死判定基準をもうけるとか、そういう必要があるように思います。今回の4つの案にはそういうものはありませんでした。従って、今回の改正案は僕個人としてはどれも賛成できません。
臓器移植は日本が世界に遅れているので合わせないといけないみたいな意見がありますが、子供の長期脳死については日本の小児科医療の研究で最近、分かってきたことで、外国ではまだそこまで研究が進んでいないのかもしれません。もしかしたら、子供と大人とで同じ脳死でも違いがあるのではないか?ということは、日本の医学のほうが世界に先駆けて解明しつつあることかもしれないのです。


 とはいえ、ともかく議論を尽くして、とやっても、その間要移植患者は死に続けますしね。各人の死生観に違いがある以上、どこかで妥協するしかない。

 私個人としては、ドナー登録者とその家族には優先的に移植する、逆に拒否登録者には移植しない(意思を変更した場合には劣後とする)、その15歳未満の子供には劣後に回す、とかしてほしいところですが、まあ、原則賛成なのでA案でもいいかな、と。魂があったとして、入出力ともに失われた脳内に閉じ込められるのはごめんです。まあ臓器を抜くときには、無意味か知れんが麻酔をかけてくれ、というのと、家族からの時は立ち会わせてくれ、というのが要望かな。


 日本は京都大学山中伸弥教授を中心に、「人工多能性幹(iPS)細胞」の研究ではトップを走っています。いずれ近いうちに本人の細胞から必要な臓器を作り出せるかもしれません。とはいえそれまでの間移植遅れの死亡者を放置してよいというわけでもなく、また移植技術の発展も、クローン臓器の移植に生かされるかも知れません。
 移植反対派は、山中教授に予算を送り込め、と(反対なら代案出すべきです。まあ両立できるんですが)。


 少なくともこんなやつは最低だ↓



『民主党の輿石東(こしいし・あずま)参院議員会長は18日の記者会見で、「臓器移植法案を最優先でやらなければいけないとは思ってない。急がなければ死んでしまうという話でもない。一日も早く救いたい気持ちは分かるが」と述べた。

 輿石氏はまた、民主党が国会に提出している母子加算手当を復活させる生活保護法改正案を挙げ、「母子加算(法案)のとのかねあいもある」と指摘、同法案の審議状況をにらみつつ、臓器移植法改正案の審議に臨む考えを示した』

http://sankei.jp.msn.com/life/body/090618/bdy0906182310008-n1.htm


 いやいやいや、死ぬでしょ。急がなければ死ぬから騒いでるのでは?
 なんか一般受けする法案と抱き合わせってのは、選挙対策ですか?

 俺も赤ん坊の時父をなくした母子家庭の出だけど、そんな汚い取引は拒否するわ。


何にしても
初めてコメントします。
もっと話し合いをしろと主張する人の特徴である 「自分の意見と違う事が決められる」時は 何がどうあろうと何十年話し合いしても 話し合いが足りないと仰る。全員に臓器提供を強制している訳でなく 助かる命も助けられないこの日本に絶望する親の助けになる第一歩の法。不備があれば果断に法改正する様 国会議員を厳しく見つめるのが大切なのではないですか。
臓器移植法施行から10数年。これまで議論をサボってきた国民と議員のこれからの頑張り所が試されているのでしょう。
日本に生まれ日本で死んでいく、みんな日本という家の下に暮らす民草ではないですか。


ちょっとその前に
この件に限らず、よく「議論を尽くす」という言葉がありますが、『議論を尽くすって、どういう状態?どうなれば議論を尽くすといえるの?』というのがわからない。

福田前首相が共産党の小池議員に「あんたのところは、どうせ反対なんでしょ?」っていう発言をしていたけど、同じ感想は私も持っています。

なので、「議論を尽くせ」というからには、どこまで議論するのか、どの時点で採決するのか、っていうことを、「議論を尽くせ」と言っている側から提示してもらいたいな、って思います。

今回の臓器移植の件なんかは、受ける側と提供する側の感情は、基本的には正反対なんです。そのギャップは、提供する側が「どうぞ、移植してください」とならない限り、おそらく永遠に埋まることはないのですから、「議論を尽くせ」という、いかようにも解釈できるような状態で引き延ばすのも良くはないかと。

お玉さんは、どこまでやれば「議論を尽くす」と言えるのか、個人的な意見はあるかな?
ないならないでもいいんですよ。迷うなら迷っていてもいい。確たるものがあっても、必ず反論があるもの(しかも、その反論ですら、迷いながらの反論になる)ですから、どの道、試行錯誤は避けられないことなんでね。
先日の発言と矛盾していても、無責任だとか恥ずかしいだとか、そんなことはありませんからね。


それでは、ちょっと広くいきましょう
もちろん、前回の投稿が、おもいっきり問題の一面だけしか見ておらず、その狭窄した視野から書いただけの文章です。

でも、たとえば裁判員制度のことも、そして安全保障(戦争)のことも、私たちは一面的な”正しさ”に基づいて、実際は狭窄してしまった視野から物事を語ってきたかもしれません。
そういうことを考えながら、あえて前回の投稿をいたしました。

さて、今回は移植にまつわる問題点を焦点に、ちょっと深く掘り下げましょう。
まず、コチラの記事、”クローズアップ2009:「脳死は人の死」衆院可決(その1と2)”をごらんくださいませ。
http://mainichi.jp/select/opinion/closeup/news/20090619ddm003010073000c.html

ここで重要な指摘があります。
その1.毎日新聞が小児科のある全国の約500病院で07年に実施した調査では、脳死状態と診断された後、1カ月以上心停止に至らない「長期脳死」の子どもが全国に少なくとも60人もいる。さらに、後に自発呼吸が戻る例もあり、多くの小児科医が子どもの脳死判定は難しい。
その2.脳死状態の患者が多く発生する救急医療現場は、人手不足が深刻で、移植数の拡大に対応しきれない可能性が高い。
その3.虐待されて脳死状態になった子どもが、本人の意思とは関係なく臓器提供の対象になる恐れがある。


この問題を「脳死」という定義から多角的かつ簡潔にまとめた資料がコチラです。
http://www.ne.jp/asahi/village/good/BrainDeath.htm

ここで指摘されている問題点としては、

A 脳死という概念は、臓器移植を可能にするために作られたものである。臓器移植をしないなら、脳死判定する必要はない。
  臓器移植に都合がいいように、死の定義を変えていいのか?
  「死」という事実は、個人にとって、絶対的なものではないのか?

B 「脳死から蘇った人はいない」といわれるが、《助からない=死》か?
1) 死は一連の連続した状態、《死につつある≠死んでいる》
2) 竹内基準は「これ以上治療しても助からない」という延命措置を停止する限界点を(=蘇生限界点)示している。
3) 蘇生限界点は技術の進歩によって変わる。
   →林成之医師の低体温療法
4) 臓器摘出が可能な死の時点≠蘇生限界点
 (以上は、主として、立花隆が展開した論点。
立花は、(医学技術の進歩によって変わらない)厳密な死の定義を求めて、「機能死」から「器質死」へと踏み込むことを主張した。
「器質死」とは、上の定義が基づいている「脳機能の喪失」ではなく、「脳細胞の死滅」を意味する。
具体的には、脳血流の停止によって、脳細胞が器質的に死に始める時点を「脳死」の定義として定めよ、という主張である。)

C 脳死判定を受けるかどうかを、つまり脳死を死とみなすかどうかを、本人が選択するという、折衷的な「中山案」は、死の定義として本当に妥当なのだろうか?(死は、個人が決めるものか?)
  また、現在検討されているように、「脳死判定に反対しない者は賛成しているとみなす」という(フランス式の)考え方は、正しいと言えるのだろうか?


以上のように、単に「脳死」という物を捉えるだけでも、極めて複雑な思考を求められます。

さらにお玉さまが、「その心理を利用するとまでは言わずとも、説得の材料に使われそうで、怖いです」と、家族の感情に基づいた懸念されていること。
このお玉さまの考えに、
「 多くの人の命を救うのを避けて通るのも、結果的に殺人になる。何もしないで放置することも、行為である。消極的に死ぬに任せることと積極的に殺すこととの違いに基づいて、これに反論しようとするのは、救うことが出来る命を放置して死なせるのは、結果的に殺人になるのではないか、という問いを避けているだけだ。(ジョン・ハリス『生き残るための抽選(The Survival Lottery)』」
という指摘(この指摘、メチャメチャきついですね)がなされたとき、それにどう反論するのかが求められるのだと思います。

いずれにせよ、国内の臓器移植を加速させるにしても、または漸次的に行うにせよ、そのどちらにもメリットとリスクが伴います。

それらのメリット・リスクの抽出を如何にできるだけ早く、かつ多角的に行い、それらをもって国民の合意を得ることが求められるのでしょう。
言い換えれば、お上も庶民も関係なく、みんなが頭をフルに使っていかなければならない問題なのだと思います。

最後に、そのような複雑な問題を考える前に、まずは読書タイムを設けて、最初はちょっとゆっくりと進まれるのもよいかもしれません。
というわけで、コチラの本は如何でしょうか?
http://www.amazon.co.jp/%E7%8A%A0%E7%89%B2-%E3%82%B5%E3%82%AF%E3%83%AA%E3%83%95%E3%82%A1%E3%82%A4%E3%82%B9-%E2%80%95%E3%82%8F%E3%81%8C%E6%81%AF%E5%AD%90%E3%83%BB%E8%84%B3%E6%AD%BB%E3%81%AE11%E6%97%A5-%E6%96%87%E6%98%A5%E6%96%87%E5%BA%AB-%E6%9F%B3%E7%94%B0/dp/4167240157


うーん
これって嫌なら拒否すれば良いだけの話に見えますが・・・
強制では無いのでしょう?

脳死は人の死という基準が良いのか悪いのかという問題はありますが。



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