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脳死を人の死とすること
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十文字さん、懐かしい本の紹介をありがとう。彼の悩みの深さは、もう癒されたのかなあ・・・・彼はたしか、ホスピス関連の学習会などでお話をよくされてましたよね・・・・・

犠牲(サクリファイス)―わが息子・脳死の11日 (文春文庫)犠牲(サクリファイス)―わが息子・脳死の11日 (文春文庫)
(1999/06)
柳田 邦男

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脳死のお話は・・、がん患者さんの終末期などにもすこし関係したお話なのですよね・・・最後に意識がなくなって眠るように死を迎える時・・・「聴力が最後まで残るから話しかけてあげてね」・・そう医療者に言われて耳元で語りかけていたら、右目から涙かスーッと流れて・それで心臓が止まって・・息を引きとった・・そういうのを経験していると、今回の参議院の採決に感情的に納得できないのよね・・これが、お玉の正直な気持ちかもしれない>わくわくさん

いやなら断ればいいじゃないかというお話もあったけど・・・・海外の例をみればいやでも断りにくい状況が、今後生じてくるのは明らかで、脳死を死と認めて処置を一切やめることの辛さと、すべての関係医療者がどこまで向き合えるのかも今後大きな課題でしょう・・・・

もちろん・・いつまで議論すればいいのかではないんだよね。でもね、時間だけは10年かかった法案でもその間に議論された時間は、ほんの十時間もなかったのではないでしょうか(読み返してみると、誤解されちゃうそうだね・・今国会成立に向けての厚生省審議が8時間だった・・という話を意識して書きました)・・・・そんな決め方で、いいの?と思うだけ・・法案さえ通れば、あとは現場の人間に託されていくのだから。

それに、これほど脳死や命を考える機会もないのだから、せっかくマスコミが騒いでくれているのだから・・・・この機会にリアルに考えてみるのもよくないかな?

もしも愛する誰かが脳死になった時、みんなはどうするのかな・・・

もしも臓器提供を求められたら(実際今後はそういう機会がリアルに多くなるでしょう)あなたはどうするのかな?

法案を通すと通さない、賛成反対はそれから考えてもいいかもしれない。

あしたとあさって・・ちょっと忙しいけど、コメントはなるべく見るようにしてますね。

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(非公開コメント受付中)

はじめまして
はじめまして、すこしだけ参加させてください
日本では人が死ぬと葬式のまえにお通夜をします。外国の習慣はしりませんが似た様な儀式をする民族も多いのではないかと思います。
家族や周囲の人が本当に人の死を受け入れるのには時間がかかります。

法律にもとづく脳死判定というのは「科学的判断」が第三者の「権威」や「権力」による強制や「世論」による強要に容易に転化する可能性があり、私は受け入れがたいです。

もし、自分の子供が脳死状態に成った時、「あなたのお子さんの心臓で助かる命が在ります」と説得されたとき、「どうせ、此の子は助かりませんよ」と言われているようで二重に悲しくなります。そして、もし臓器提供を拒否したら「あなたのせいで助けられる命が助けられない」という無言の圧力にも耐えねばなりません。
仮に移植に応じたとして「あなたのお子さんのいのちが他のひとの身体をかりて生きている」という言葉をいただきどんなに感謝されても、私は我が子を失った痛みから逃れる事ができるような「強い」立派な親ではありません。むしろ、なぜ、五体満足な形で「お通夜」をしてやらなかったのだろうと悔やみつづけるとおもいます。
命を助けるためにはたとえ遠回りでも、臓器移植以外の方法が確立されるよう心から願っています。必ず死んでゆかねば成らない命です。
生きるという事は死への道行きです。そうであるならば、家族や愛する人たちに其の人の死を受け入れる時間がほしい、と切に願います。


極端な話
皆さん、初めまして
基本的には「外国では(臓器移植で)治る病気が、日本では(臓器移植が難しいから)治らない」事が問題では?
ぶっちゃけ「外国で治る病気が日本だと治らないなんて、理不尽じゃないの?」って話で



切実な問題デスネ!
「死につつある、あるいは重篤な病状にあるというのは過程であり、死とは状態である」。―リチャード・ブレイカー博士,アメリカ医師会ジャーナル誌

 人間や動物の命は、初めに各種類の最初のものの内に始動させられた“生命力”と、その生命力を維持するための“息”の両方に依存しています。

 この事実は生物学によって証明されています。これは一部の権威者たちが死の過程の様々な面を次のように類別しようとしていることから明らかです。

 すなわち、呼吸器と循環器の機能が停止した状態の“臨床死”、脳の機能が完全に停止して回復不能になった状態の“脳死”、体の器官や組織すべてから生活機能が徐々に失われ、ついに完全に失われた状態の“身体死”です。

 ですから、呼吸、心拍、および脳機能が停止してしまった後でさえ、生命力はしばらくの間、体の組織の中にとどまっているのです。

                                             以上ハ、友が述べたことデス。


国が人の死を決められるのか?
「脳死」が出現する前までは「心臓死」が死の基準でしたよね。「心臓死」は国の定める「死の基準」となっているのだと思いますが、これは国が積極的に定めたというよりも、以前から常識となっていたものを国が追認した、あるいは厳格化したというべきものだと言えると思います。

しかし、「脳死」はそれとは違って、国が積極的に「死の基準」を定めたものです。確かに「死の基準」を変更すべきさまざまな事情や要請はあったのでしょうが、それにしても、国が積極的に「死の基準」を定めてよいものか? という疑問は論議されてしかるべきだと思います。

今回の法案採決には“審議が足りない”あるいは“いくら審議しても合意はできない”という意見があると同時に、“決めなければいけない”という意見もある。でも、本当に決めなければいけないのでしょうか?

いつものことでいささか論理が飛躍しますが、私は死刑には反対の立場で「国が人を殺してはいけない」と考えています。この考えと「国が人の死を決めてはいけない」という考えの間には、さほど距離はないように思えるのですね。

「国が人を殺してはいけない」のはいろいろと理由はありますが、大きな理由のひとつは冤罪でしょう。国といえども人間が構成する組織で間違いを犯す。万が一を考えれば死刑は出来ないという考え方。同様に考えるならば、国が定めた「死の基準」にも絶対的とはいえない。国が直接手を下すわけではなくても、間接的な冤罪が引き起こされる可能性は棄てきれない。ならば、国は「死の基準」を定めないという論理もあっておかしくはないと思うのですが。


欲しがる者には与えない
おもちゃを欲しがる子どもには買い与えない。金《かね》を欲しがるハゲタカには金を与えない。人の命を欲しがる患者には命を与えない。
脳死患者を切開すると、苦悶の表情を浮かべ涙を流す。だから臓器移植では脳死者に麻酔をかけるらしい。脳死は本当に『死』なのか?
脳死に近い患者の治療を打ち切るとか、心臓移植のため強心剤を投与し続け、反って早死にさせるとか、医療とはかけ離れた状態が目に浮かぶ。(心臓移植を無いものとして、心臓を休ませる療法の方が長持ちすると聞いた事があるのだ。)苦しみを和らげるのが医療であり、人の最大の苦しみは「死」で即ち「生」だ。臓器移植しなければ生存不可能な患者に臓器移植する事は、余計に苦しみを与えるだけではないのか?
私は治る見込みのない患者に「治らない」とはっきり伝えるべきだと思うし、死ぬ事を教えてあげるのが最大の愛情だと思う。
臓器移植は外科技術の向上ではあるが、医療の敗北である。
欲しがる者(餓鬼)に与えない(=命を欲しがるのは無駄と教える)のは愛である。当然、私も欲しがらない。愛は時に厳しい言葉を発する。生き物は必ず死ぬ!


脳死が人の死?

じゃあ心臓(身体)死が人の死???

心臓しんで脳だけ生きてたら?死んでる事に??それはちょっと・・・。
SE小説の世界ですねえ・・・。(汗)





移植されたくない人は事前に意思表示しとけば良いのではないのですか?
家族として移植に反対の意思を表明すれば良いのではないのですか?

反対する人は、何を問題としているのか全く理解できません。


こういう問題は常に異論が出る方が健全だと思います。
どこまでいっても異論が出る、そういう問題だと。

しかし異論があるから「止めよう」「先送りしよう」ではなく、異論はあるが決めていかなければならない問題でもあります。
残る問題は仰るように議論のされ方、法案の決め方。

ここから個人的な見解ですが
私は“人間個人の生”という意味で、脳死は人の死と考えるが、国家がその規定を強制するものでは無いと考えます。
そして子どもにもドナーカードを持たせる方向を検討すべきだと思うと同時に、子どもが“臓器移植のためだけ”に“死”について考えるのもナンセンスだと思います。


おかしいな
コギトエルゴスムさん>
>「脳死が人の死」と決まれば、拒否する患者や家族の権利が剥奪されるのは時間の問題です。そのうち「法律を守れ」と脅す輩も出てくるでしょう。>日本という国はそういう国です。

根拠がありません。
何故なら、現状大多数の人が死んでも臓器移植をしませんが、それに対する批判はまず無い、からです。
脳死=人の死と認定されたところで、いきなり移植しろと言い出す人が出るというのは考えにくいですね。

そもそも脳死=人の死と定義はされてますが、移植は強制ではありません。というか移植出来るよってだけの話で、別に移植しなくても問題ありません。
移植しない事に対して非難する人間がいれば、むしろその人たちが非難の対象になると思います。


それ
お玉さん>
それ中間報告に向けての審議が8時間であっただけで、全体的な議論が8時間だったという事にはならないんですが。
普通に考えて10年間で8時間ってのはあり得ないでしょ?ってここまで書いて記事に訂正?が入ってるようですね。
かと言って何時間なら良いのか?と聞かれた場合、お玉さんは具体的に答えられるんですか?

脳死というのは、考える事も出来ず、機械が無ければ呼吸すらも出来ない状態です。
私がそんな状況になれば、とっとと殺して臓器移植して欲しいですよ。
ただ、そういう考えを受け付けない人達がいるのも確かです。まあそういう人達は移植拒否すれば良いだけですけどね。

私が一番気にしてるのは脳死=戸籍上の死とされて、その後の医療に保険が適用されない可能性があるという事と、小児の脳死判定がまだまだ正確では無さそう、という事です。
もうA案で決まったので、議論が尽くされて無いと文句を言うよりも、脳死判定されても保険が適用されるように、今から運動した方が建設的だと思います。


このコメントが見たかった
『もちろん・・いつまで議論すればいいのかではないんだよね。』←こういう言葉が出てくることが、一歩前進の証だと思うよ。

法案に反対する方は、「議論を尽くしていない」なんて誤魔化さずに、お玉さんが言ったこの言葉を言えばいい。そして、その理由が「どちらが正しいとか間違いとか言えない。でも、どちらかを選択しないといけない。だから迷う。」ということも言えばいい。
国会議員がそういうボールを国民に投げれば、国民みんなが関心を持ち、考えることにつながる。

これを国会議員の、特に反対側が隠さずに国民に述べれば、全国民が考えるきっかけになるはずだし、そうなってこそ「議論を尽くそう」と言えるんじゃないかなって思うよ。


なんで皆ドナーになることしか考えないんだろう
もしあなたの大事な人が移植を必要としたら?
A案反対ならそれでもいいですが
それなら海外移植も反対すべきじゃないですかです?

この問題は正解なんてないのかもしれない、でも間違いながらでもすこしづつでも小さな命のために前に進むべきじゃないでしょうか

この問題を政治的なこと混同されて話されるのは医療の現場にいるものとして非常に不愉快です


ネッドさん
今回の成立に向けての厚生労働省の審議は8時間だったそうです・・自民党内からももう少し審議を尽くせという声があったとか・・それとも居眠りする議員が出ても今国会成立に向けての話し合いは8時間で充分だったのかなあ・・・・お玉、普段はこういう風には感じない。こと、「命」の話だからこだわってるのね。

http://www.sasaki-kensho.jp/hunsenki/090608-215720.html

勿論、8時間が多いか少ないかということより、中身がどうだったかが問題ですね。

で、ネッドさんは自分ならどうする?

AWさん
河野太郎極悪人説ですが・・最後の5行は記事と関係ないよね。記事に即してまっとうだと思えるとコギトさんの小泉死神説でもお玉はおっけ~なんですけどね・・国籍法は記事違いでちょっとめいわく・・・


どうかな
脳死=人の死と完全に割り切って、悲観してる家族に熱心に臓器移植を薦めてくる医者がどれくらいいるか?という疑問があります。
医者だって人間ですから、形式的には薦めても、熱心に薦めるような事はあまりしないと思われるのですが。

それと議論された時間は十時間も無かったのではないか、と書いてありますが、その根拠はあるのですか?
10年かかって4案も提案されて、それで議論は十時間も無かった、とはちょっと考えられないので。


救済と棄民
このA案は全く「強欲」そのものです。特に年齢制限の撤廃には怖ろしさを感じます。
18日の夕方のNHKラジオで柳田邦男さんも憤慨していました。

「脳死が人の死」と決まれば、拒否する患者や家族の権利が剥奪されるのは時間の問題です。そのうち「法律を守れ」と脅す輩も出てくるでしょう。日本という国はそういう国です。
また、(今でもめちゃくちゃな)救急医療が積極的に崩壊して行くでしょう。
衆院での採決直後、あの(やせこけたほうの)『死神』小泉純一郎が嬉しそうに笑いながら拍手していました。 ああ、これも新自由主義経済の一環なのだなあと思いました。

今は、「かわいそうな子供達に移植臓器を」ですが、すぐに「認知症老人も脳死、なんとか始末をしよう!」と、誰かが言い出すでしょう。

晴耕雨読さんのブログが怖かったです。

【「臓器移植医療と「脳死」判定」 http://sun.ap.teacup.com/souun/77.html


河野太郎の詭弁
河野太郎はA案(つまり採択された案)の推進者でした。

脳死は移植の時だけ認定する。現行法の移植の場合にのみ人の死とする、という条件はこの法案が移植を対象としているのだから必要ない、と言っていました。

恥知らずな大嘘付きの偽善者め!と思っていましたが、予想通り、メディアは「脳死」=「人の死」と移植が前提であるなどは全く言っていません。

河野太郎の詭弁は見抜いていましたが、自民党のほかの議員は見抜いていなかったのか?

河野太郎は国家として日本が存続することを危うくするような国籍法の改悪の糸を引いた極悪人です。このような人物の推進する案に多くの自民党議員が賛成したとは本当に落胆します。

河野太郎は日本人の子供や孫の世代を地獄に陥れる入り口を作った議員として歴史に名を刻む可能性があると思います。




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