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幸せな死なんてないんだよ・・
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幸福な死・・・そんなものはないんじゃないかな・・そう思える。
たとえ愛する家族に囲まれて、「さようなら」をいえる状況で死をむかえたとしても、人は瞬間瞬間で思うことが変わるの。その一瞬幸せな死と感じても、次の瞬間には、死にたくないとあがくものなの・・ああ、今死ねたらどんなに幸せかとおもえるその瞬間に死ねるのはしあわせ・ でもそれを逃して、生きながらえたときには・・死と向き合いつつあらがい抵抗するのが人なんじゃないかな・・お玉はそう思う・・

人の死を見つめ、死ぬその瞬間を科学的に解明したいと頑張り、今も世界的に医療界ではバイブル的カリスマ性をしらせめるキュプラー・ロス・・この人の人生を見ていると・・理想の死とか幸せとか・・そういうものは残されたものの感性であって、当事者の思いとはかなりかけ離れているのだろうと感じます・・
幸福な死なんてない・・・・愛する人と永遠の別れを理想的な形で行えたとしても、その幸福は残されたものの感性でのみ納得できるもの。当事者は果たして死にゆくその瞬間・・・幸せなのか・・・・???

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(2003/06)
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誰にもわからない話をしているのです
正解なんてないのです。
何が一番大事なのか?
誰を助けるべきなのか?
残された人の気持ちはどうなのか…


お玉は政界に感受性と想像力ななさを感じる・・
臓器提供する側の痛み・・・移植を望む側の痛み・・


繊細な傷つきやすい両者に対して、
~すべきである・・・
そういう論調で話すのはおかしいなあって感じるの・・・・


「その言い方は失礼です、相手を傷つけるばかりです…」

そういうあなたの言い方も相手を傷つけるばかりです・

正義を振りかざさずに対話を持てる余裕が欲しい・・


なぜならみんな、本来の当事者ではないのだから・・
当事者意識を持っているひとではあるけれど、当事者ではないのだから・・



理想的な死なんてないよ。
幸福な死なんてないんだよ。

そもそも何を持って幸せなのか?そういう語り方をすることも傲慢ではないのかとお玉は感じる・・

そして、あなたの言い方は人を傷つけているといいながら、相手の思いを察することのできない言い方もお玉は嫌い・・・・・

 そして、もっといやなのは人の死をデーターだけで話そうとすること・・

一番傲慢なのは自分基準でしか死を語れない、お玉かもしれない・・

いま痛烈にそう思いつつ、書いてます。 

 

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(非公開コメント受付中)

だから今を大切に生きるのでしょう
>自分が死ぬ存在と理解し「今」を生きている人は、
>死に直面しても心穏やかでいられます

まる出し馬鹿さんの、このコメントに共感します。
人はいつか必ず死ぬ。誰にでも訪れることが、
「不幸」や「災難」であるはずがないと思うのです。
(自分だけが見舞われるわけじゃないのですから。)

怖れや思い込み(それは幻のようなものでしょう)を手放せば
誰もが穏やかに、幸せな旅立ちの時を迎えられると思います。
少なくとも私は、毎日「死」を意識しつつ、
いつか死ぬための一日を柔らかな心で生きています。


幸せな死、有ると思います
 私が脳死移植に否定的なのは、移植を待つ患者だけでなく医療関係者も「誰か」の死を願う構図があるからなのです。自分自身ですら空虚なものですから、自分の遺骸を移植で使ってもらう分は感情的には構わないのです。それでも今回の法案を否定するのは、全てが心の問題だからです。
 脳に損傷を負った場合、脳が炎症を起こし発熱する事で周辺も炎症になっていき、脳死を迎えるパターンがありますが、これは低体温療法等で進行を止め回復を望めるようになってきたと記憶しています。しかし、このような患者の治療を行う医師が移植を推進していると、充分な医療を受けられず脳死まで至ってしまうかもしれません。この場合は「完全な回復が見込めるにも関わらず!」です。更には臓器提供をしないと意思表示していても、その医師が隠蔽し家族を説得し、臓器を摘出してしまう危険性があるのです。隠蔽さえバレなければ、緩やかで合法的な「殺人」です。現行法の「本人の意思があきらかでない場合、移植のための臓器摘出を行わない」ほうが、問題は起きにくいと言えます。もう一つ、根拠が無いのでこれは妄想ですが、私には脳死状態をつくる薬物等が存在する可能性を否定できません…
 自分が死ぬ存在と理解し「今」を生きている人は、死に直面しても心穏やかでいられます。人間なんていつか壊れるものとわかっていますから。移植を望まない事は、自分自身を無理矢理延命する事もなく、他の誰かの命を奪う事もないのです。そうした人生で得られるのは『幸せな死』だと思います。
 人がこの世に「生」を受けた以上は、「死」について、すなわち「生」について理解する(させる)べきではないでしょうか。


わかってるだけじゃ駄目でしょう?
自分で自分のことを利口だと言う人は馬鹿だ、その点私は自分が馬鹿だということを分かっている。
これは結局自分を利口だと思ってる馬鹿です。
しかし、読まずに消されていると思っていた私のコメントが、一応目を通されていたとは、まあ、自分の悪口は誰でも気になるんでしょうが。
もっとも、私は悪口を言ってるつもりはありませんが。
無視し続けて私が脅迫めいたことを書いてくるのを待ってるのか?とも思ってましたが、そんなことをするまでもなく、無視・逃げることしかできないあなたの負けですし、この上こちらに暴力使わせる、なんてことになったら、あなた、恥の上塗りですよ。
からっぽについてですが、ガソリン満タンの車でも、エンジンオイル、バッテリー液、ウォッシャー液等からっぽだったら?
まあ、お玉さんの場合は、車に例えれば、そういった必要なもの一切無視して、わざと無知を装って(実際無知ですが)関係ないもの詰め込んで立往生して、通りかかった人に心配してもらったり、助けてもらったり、また同じ無知な人同士話するのが嬉しくて楽しくてたまらない、といったところでしょうか。
で、私みたいなのがそれを見破って、その人構って欲しくてわざとやってるんですよ、と言うと逆恨みして悪口言ってることにされる、と。


児童ポルノ禁止法にも目配りを
重要な問題を皆様考えているところなのですね。参議院に臓器移植法がかかってますので、考えなければならないのですが。
ところで、衆議院法務委員会で児童ポルノ禁止法案が6月26日審議入りしました。単純所持の禁止で、与党案に危険と問題を感じました。社民党保坂展人議員のエントリを是非見てください。
http://blog.goo.ne.jp/hosakanobuto/e/3a86721522f5bb022dc66b0d44fee993
http://blog.goo.ne.jp/hosakanobuto/e/88473224f42ffb457791462adf09403e
新聞記事は無いだろうなあと思ったのですが、ネットで検索すると各紙、審議入りについて書いていました。でも、保坂議員の懸念(与党案の問題点)に触れていません。毎日新聞が枝野さんの問題点指摘には触れていますが、毎日は積極推進の立場だったと思います。
審議が今後どう進むのか、わかりませんが、皆様こちらも注視をお願いいたします。


>理想の死とか幸せとか・・そういうものは残されたものの感性であって、当事者の思いとはかなりかけ離れているのだろうと感じます・・

不勉強なのでエリザベス キューブラー・ロスの本は読んだことありませんが、確かに日本ではアメリカに比べると、瀕死や植物状態の病人は、残された者のために生きているように思います。アメリカでは本人の意思が絶対で、延命処置を好まず(高額な個人の医療負担ということもあります)、予後があまり機能的でないと告げられると、あっさり高度医療の中断を求めて潔く亡くなることを選びます。これも脳死移植からの臓器提供にあまり抵抗がない理由の一つでしょう。

医療側は患者本人、家族にフランクに診断・予後を告げ、どの治療のオプションでどのくらい生きられるかはっきり知らせます。患者がどの治療を受けるかを選びます。半年もたないとなると、ホスピスが薦められ、自宅で死にたい人は家に帰って最後のときを過ごします。訪問医療が継続され、苦痛を最小限に抑えて、安らかな最後の時を迎える環境を整えることがホスピスの目的になります。訪問ナース、介護、宗教家、ボランティア等、各種援助が受けられます。患者とその家族はプライベートで静かなお別れの時間を自宅で過ごし、そして看病の助けを受けることができます。

これを、お玉さんがお考えになる「幸せな死」と呼べるかどうかは知りませんが、病院で望みもないのに管に繋がれスパゲティー状態にされ、臨終の際に家族が病室から追い出されて、何やら蘇生処置を施されてドタバタする『病院で向かえる死』よりは、ずっと良いなと思っています。でもこれを実行するには、病名・病状を患者本人にズバリと告げ、患者が自己決定権を行使できるようにならないといけない(正しく個人主義)ですが、現在の日本の医療もこのような方向に変わったでしょうか。


自分でやればいいじゃん
ぽこたんってめっちゃ可愛いHNなんですけど。わからんなあ。

まぁ面倒なこと言っても仕方ないですが人のこと下手に構うより自分でやれることをしていくのがずっと生産的なことですよー。で、自分がうまくやれるようになったら人に伝えてあげればいいじゃん。コツとか。笑
それもおせっかいだけど。

ところで、本当にからっぽな人はあんまりいないと思うなあ・・・喜怒哀楽もなんにもないのかなあ。そんなの人じゃないじゃん!


お玉ブログ常連中唯一、毎回ひどい悪意あるコメントなので、いつもはお玉しか見ていないぽこたんさんですけれど・・いい事かいてるから今回は承認しましょうね。

>あなたには本当になにも無い。
>からっぽなんですよ。

そうだよ。なのに、傲慢だし心ならずして優越感?も醸し出しているのよね・・だからあなたはお玉が嫌いなのでしょ?お玉も自分のそういうところが嫌いです。


言うだけじゃなく、いい加減実行することを覚えなさい。
他の誰でもない、あなたに必要なことでしょう?
自分が一番対話する余裕がない、その上改善する気も無い。
なぜ、自分が馬鹿だということを、認めて、受け入れて、改善しようとしないんですか?
多分あなたは、自分のことを歴史に名を残す大人物だとでも思ってるんでしょうね。
だから下手に出てくれる人しか相手にしない。
人を殺すのは悪いこと、だから死刑に反対な分、自分は役7割の死刑賛成者よりも遥かに善良・優秀・偉い人間だと思ってるんでしょう?
だからそんなに傲慢でいられるんでしょう?
くだらない優越感ですね。
あなたには本当になにも無い。
からっぽなんですよ。


おはようございます
お玉さんに言う事はありません。

一曲プレゼント?いたします・

http://www.youtube.com/watch?v=rZ8etFEE2xY&eurl=http://ameblo.jp/udonenogure/page-2.html&feature=player_embedded


キューブラー・ロスについて
晩年のキューブラー・ロスに必要だったのは、壮年のキューブラー・ロスだったのではないでしょうか? 

晩年のキューブラー・ロスの映像を見ていて思ったのですが、彼女は死に逝く人に尽くすことを神に尽くすことに見立てて、自分は神に尽くしたのだから救われるべきと「勘違い」したのではないでしょうかね? だから「神は独裁者」だなんて言葉も出てくる...。

壮年期の彼女の活動は、死に逝く人にいささかでも、もしくは偽りでも「幸福」を分け与えてあげることができるのは、「生きている人間」なんだと私は受け取っています。もちろん神ならぬ人間ですから、分け与えることができるのは「相対的な幸福」だけ。神なら「絶対的幸福」が与えられるのでしょうが...、それをもらえなかったと彼女は思ったから、神を独裁者だと言ったんでしょうね。

>愛する人と永遠の別れを理想的な形で行えたとしても、その幸福は残されたものの感性でのみ納得できるもの。

なのかどうかは、死んだ人に聞いてみなければわかりませんね。生きている人間は、そうではないと信じて接するかことしかできません。


絶対的に「幸せな死」はないかもしれない
ないかもしれないし、あるかもしれない。それはまた、人それぞれの死生観でしょうね。

では、絶対的に「幸せな死」はないという立場に立ったとして、「より不幸な死」と「あまり不幸ではない死」はないのかというと、そんなことはないでしょう。

「より不幸」より「あまり不幸でない」ことを求めるのは、幸せをもとめることと同じだと私は思うのですが。


>「その言い方は失礼です、相手を傷つけるばかりです…」
そういうあなたの言い方も相手を傷つけるばかりです・・・
正義を振りかざさずに対話を持てる余裕が欲しい・・・

了解しました。気づかせてくれてありがとう。

何より考えなくてはならないのは、失われようとしている生命そのもののことですよね。切実に待っている人、脳死と判定されようとしている人両方の。そしてリアルにかかわっている当事者のこと。

わたしは傷つけあいから降ります。
考えて、良かれと思う「フィクション」を実現できるよう、自分なりに行動することにします。



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Author:お玉おばさん
お玉なブログを展開する、とんでも博愛主義者。愛は海より広くそして深くありたい!と願っていたが、叶わないときは暴れる傾向にあり。昨年某国営放送局のやくざな討論番組に出たせいで、年恰好がバレちゃって・・・・・・ま、お玉に会ってみたいと思ってくださる読者の方は、お玉がいろいろな形でかかわるイベント、コンサートの会場へGO!

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