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言霊の国の移植法

書きようはとっても荒いから物議はあるでしょうけれど・・・・

KYさんの発言に日本独特な感性というか、ウェットな部分を感じました。

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~~~~~~~~~~~~~~~~~

禁忌

<臓器移植≒死骸喰い> <臓器移植≒人殺し促進> というところでしょうか?

前者は<死≒穢れ>として、<死骸>の一部を身体に取り込むこと、<喰らう>ことを禁じる禁忌に触れる、ということでしょう。 後者は<医師>という患者に対する絶対者への根源的な恐怖と不信でしょう。 そしてどちらも口に出すことは憚られる、<禁忌>に違いありません。
だからこそ、臓器移植、脳死判定についての議論はいつも<推進>と<議論をつくせ>の対立なのです。 <議論をつくせ>とは、言葉を換えれば、<俺の代では決めないよ>、つまり関わりそのものを忌避する、という禁忌に対する未開社会での普通の態度に他なりません 
梅津和夫のホラー短編にも、意識はあるのに身体を動かせず、そのまま心臓を摘出されてしまった娘が死霊となって墓を抜け出し、移植を受けた娘の胸から自分の心臓をえぐり出し、墓へ持って戻っていく、というのが何十年も前にあったくらいで、日本人はこの言語にできない恐怖を克服するまで延々とこの議論を続けるのでしょう。

今回はWHOが渡航移植の自粛を呼びかける、という外圧でことが進んでいるわけですが、もしこの外圧が無ければ、脳死と移植という<穢れ>を外つ国に求める渡航移植は永遠になくならず、国内脳死移植はほとんど進まないまま放置されただろうことは容易に想像できます。

まぁ、形だけは西欧文明を受け入れたように見える日本も、一皮むけば未開の土俗が蠢く言霊の国なわけで、理性的な議論はこの問題については成立しないのではないでしょうか
~~~~~~~~~~~~~~~KYさんのコメントより
 
 オカルト的恐怖感があるとかないとかは別にして(だってそんなの世界中にあるもんね)、「言霊の国」というのはわかる。日本には何だろう?科学では割り切れないものへの独特の感性を結構多くの人が持っていて、いい意味でも悪い意味でもそれが多くの「日本人」を作ってるように思います。
だから外国のように「移植を受ける権利はだれにでも等しくある」という側から見ることがなかなかできないのかな・・・・
助かる手だてがあるのにお金さえあれば、海外で助けることができるのに、それができずに悔しい思いをしている人がたくさんいるのよね。
そして、移植を受けることを権利と考える国にしてみれば、なんで、医療技術のある日本でせずにうちの国で移植するのか??と思ってしまわれてるんだよね・・・・・
心臓移植のように、そのやり方を知っていると、本当にそれでもドナーになれるのか?と問われて躊躇する人は多いのだと思うの。じっさい、腎臓ならいいけど、心臓はちょっと・・と言われる人も多いでしょう?
そこを法律で「脳死は人の死」とすることで心臓移植へのハードルを低くしようとしてるのだと思うのね。子供の脳死を認めたからと言ってドナーになる人が一気に増えるわけではないとお玉は思う・・移植法が制定されてから他国のように定着するまで・・きっととても長い道だと思うし、逆にそうでなく、もしも一気に子供の移植件数が増えれば、システムのおかしさを疑うと思います。だからコーディネーターの養成には特別な配慮をしてほしいし、予算を組んでほしいとお玉は思う。 
何が一番大事なのか?
命を助けることと同時に、助けたい、助けてあげようと思える人を増やすことだとお玉は思う。逆に減らしてしまうような議論なら、する必要はないし、「すべきじゃない」
####以前、京都大学の移植外来で生体肝移植後、元気になって主治医にお礼の手紙を寄せる子供たちの写真を見ました。あれを見ていたら、科学の進歩は本当に素晴らしいと感じます…先日書いたとおり、移植後、生きながらえるだけではなく、元気に普通の日常を送ることができるようになる、そこにこそ、移植手術の素晴らしさがあるのだとお玉は思います。

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(非公開コメント受付中)

西洋=正?
KYさん、
あなたには自分自身の考えが合理的であると考えておられるのでしょうが、私には屁理屈にしか思えません。
あなたはまず西洋の考え方をなんでも正としたうえで、盲目的にそれに従うための論理を構築しているに過ぎない、と私は見ます。

>日本人は十分な医療技術を持ちながら、募金をかき集めてまで海外で子供の臓器を買い漁っているのです。

わたしは脳死および臓器移植には基本的には反対ですが、買い漁る、という表現はそれこそ妥当でないでしょう。
論理の出発点を、「国外で調達することは悪である」という点に設定することが間違いです。あなたが何故そうしたかというと、それは外圧を受けてそうしてているだけですね。


KYさん
仰っていることは理解できます。
しかし法や政治の背景には理念があります。
日本は東洋のであり、西欧ではありません。
両者を比較すれば、東洋は人間が科学でもって何でもできるという思い上がりは少なく、自然を支配できるなんてことも思わない。
物の生死も自然のものであり、死生観も人間の手の及ばない領域に片足を突っ込んでいる。
ならば仰るように、受けるのも渡すのも反対し、自然に任せるとすれば筋が通ります。
しかし、やはり移植によって、生きることができるのなら、生きたいのです。
たとえ少しでも。
極度な宗教心に煽られて死を選ぶ以外、生きたいと思うのは古今東西同じであり、矛盾していますが、こういう態度もあるでしょう。
しかし途上国で子どもの臓器を買いあさるような行為だけは止めるように手立てを講じなければなりません。

そして脳死が死であるか?ですが、私自身は脳死は人間個人の生として、その裏側にある人間としての死であると考えますが、生物としての、ヒトとしての人間は生きているのですから、それを国家が「脳死は人間の死」などと決めるものではないと思います。
私はその合理性に従いません。


なんだか……
主題そのものへの賛否はともかくとして、「言霊」という言葉の使い方が間違っているような気がしてならない……。


<死>
脳死は新しい<死>です。ミイラがもはや蘇らない<死体>であることをエジプト人が納得してミイラ作りを止めるまで数千年の長い年月がかかったように、脳死が受け入れられるのにも長い年月がかかるのかもしれません。

しかし今、日本人は十分な医療技術を持ちながら、募金をかき集めてまで海外で子供の臓器を買い漁っているのです。
古代エジプト人のようにのんびりと脳死をとらえ直している時間があるのでしょうか?

日本人が臓器移植を全面禁止して海外渡航移植も法律で処罰する、というならそれはそれで一貫していると思いますが、まず支持が集まるとは思えません。(あんなに募金が集まるのに、それを処罰する法律に賛成が集まるでしょうか?)

なら国内で移植を行う環境を作らないのは<フェアでない>と思います。
<フェアでない>行為を正当化しているのは海外を<外つ国>として<穢れ>の及ばない土地と勝手に決めている<土俗的習俗>でしょう。

脳死は<死>です。復活はしません。
脳死判定を間違う可能性があるから脳死を判定してはいけない、と主張されるのは個人の信条ですから否定はしませんが、法律上の扱いはあくまでも<例外>としてあるべきで、既定の立場として取り込まれるべき事象ではないでしょう。

日本人の精神状態がいかにあれ、その倫理観がどうであれ、<形>は西欧化しているのだから、<形>の最たるものである<法律>は西洋のそれのように合理的であるべきと思います。脳死が定義されている通りに<死>であるなら、臓器は提供されるべきと考えます。


理性的になれるはずがない
私も反論しておきましょう

>まぁ、形だけは西欧文明を受け入れたように見える日本も、一皮むけば未開の土俗が蠢く言霊の国なわけで、理性的な議論はこの問題については成立しないのではないでしょうか

こうした「見下し」の背景には、「身体は精神の容れ物」という一神教的な「未開の土俗」があるのですね。

「精神は創造神に近いところにあるが、身体は創造神の創造物である」。こんな神話に科学的根拠がないことは、理性的な人なら分かるはずです。

が、理性的なはずの臓器推進論者には、自分の臓器推進の感情的根拠が「一神教的な土俗」にあることを理性的に凝視することはしないのですね。

精神と身体とを分離する態度が多くの成果(科学技術)をもたらしてきたことは事実ですが、その事実をもって精神身体二元論を進歩的だする態度は理性的とは言えないでしょ。私たちが知っているのは、科学技術は一方で核兵器のよう究極的に野蛮なモノまで生み出した、という事実です。

技術の進歩が個人各々の死生観の進歩とは無関係だと理性的に判断できれば、残る論点は「精神が壊れた身体は人なのか」ということになる。そこで「身体容れ物」説の立てば、脳死→臓器移植は人命救助になるが、「精神が壊れても人は人」の立場に立てば、臓器移植は未だ死んでいない人を人為的に殺す行為になる。

〔精神=人間〕〔身体=人間〕の双方の立場のうち、どちらか一方が優れているなんて理性的に判断できますか? 私には出来ないという判断こそが理性的だと思いますが。

KYさん。見下すようで申し訳ないけど、あなたはご自分の主張の入り口からしてすでに理性的ではないのです。


よく考えてみて下さい
「議論がしつくされていないから」

と、いうのは、逃げているのではなく、「反対です」と言いづらいというのもあるから、そういう言葉になるのではないでしょうか。

「目の前に移植すれば助かる人がいるのに見殺しにするのか」、と、言われるでしょうし、何よりも、自分が親の立場だったら助けたいという気持ちは痛いほどわかるものですから。

ただ、そういう、圧力のあるこの国では、「自分の家族の臓器はやれないと言う権利だって等しくあるのです」、といわれても、そんな権利、無いのと同じではないですか?。

脳死が人の死だと決まれば、脳死以降の治療法なんて、考えようとしないですし、そうなれば、臓器を提供する(しなければいけない)人と移植してもらえる人との区別はくっきりしていくでしょう。
「臓器提供者=貧しい人」「移植される側=手術費用を用意できる(人脈を持っている)人」みたいに。

だって、病院にさえ行けずにいる子供達の親に募金活動する余裕すら無いだろうし、移植されて助かるなんて選択肢あるわけないもの。
逆にそういう子は、脳死で死を宣告されたら、それ以上の治療は受けられないわけでしょ。

(実質としては、ですよ)この議論をするのに「お金がある人が前提」なんですよね。
国民全体で議論しても、受けられるのは裕福な人で、そうでない人には、治療の機会を失いかねない話なわけですしね。

うちの夫が「みんな、脳死が正しいと割り切る西洋の考えが進んでると思っているだろうけど、今まで医療技術の進んでいる日本がそうしてこなかったのは、ある意味、見識が高かったからだと思う。ある人の人権を、他の人の人権をもって補うための基準なんていうのを時の一政府が決めていいのか」と、言っていましたが、それはそうだなと思います。
また、こういう法案って、本当に国民の声だけが元になっているのでしょうかね?。大きな利益が期待できる企業が後押ししていたりして。

「コーディネーターの養成やら、うまく運営できれば」なんて思っていても、そうなることはありえないくらい難しいような気がします。

でも、脳死以降の医療保険は無くなるでしょうし、人の死に関する法案ですから、一旦決まったら、元には戻せませんよね。













なら逆よそれ、と断定はしないけどね
死に神が連れに来るのが西洋で、

土に還るのが日本でしょう、

だから、現世でこれ以上苦しむくらいならと、子連れ心中、なんて滅茶苦茶な話しが今もあるわけで。

・・・なんて、

そもそも今回の議論で国民性を類型にして語るほどバカバカしいことはないんだと思う。脳死を死にするかってそんなんそれこそ人それぞれだろうし。あんたはどうなのよって話しでしょうに。それを日本人の意識がどうのって、ほんとアホみたいだよ。それに衆議院ではろくな「議論」もせずに通っちゃったじゃないの(笑)


歴史という点では、そりゃ先の大戦の影響は否めないと思うけど、それはまず、優生学とかいう言葉に代表される、命の選別への危惧として、だよ。

それと、国によって自己犠牲、献身を強いられた記憶。

この議論がもめる理由をたどろうとするのならいくらでも近場にあるのに、未開の土俗なんて、なんでいちいちそんなありもしない国民性を持ってくるの?

意味わからない。

ま、上の方のくだらない話しだけならテケトーにスルーだったけど、これにはかちんときた。(KYさんは怒らせようと思ったんじゃないか。だから受けて立ったんだよ。釣られてみる、って書いたのはそういう意味)

===========

<議論をつくせ>とは、言葉を換えれば、<俺の代では決めないよ>、つまり関わりそのものを忌避する、という禁忌に対する未開社会での普通の態度に他なりません。

===========

こんなのを「大げさにKYさんは表現しているだけ」なんて、何だかなあ、だよ。お玉さん(笑)

「禁忌に対する未開社会での普通の態度」って真面目に議論してる俺らがばかみたいだよね。

ばかにすんな(笑)




ごんさん
>ともすれば倫理を逸脱し暴走する医療への、まっとうな批判。それを未開の土俗などと論じる腐れ外道がいる限り、

そんな人いないよ。
そういう読解にならないと思うからあえてお玉はこのコメントを記事にしたの・・・

日本と西洋は明らかに死への考え方が違うと思える、そこを大げさにKYさんは表現しているだけだと思う。


取り上げましたか。
KYさんのこのコメントは考える材料を与え、問題を突きつけるという意味で、良いコメントだと思っていたのですが。

西欧の価値観というか、西欧の「科学万能」というものが「移植」の前でガラガラと音を立てて崩れているのに、それを見ようとしない。
こうなったら自分たちで決めていくしかないのです。
まずは批判されても自分の意見を明らかにすることから始めることがよろしいかと。


釣られてみるよ
>一皮むけば未開の土俗が蠢く言霊の国

「未開の土俗」それが臓器移植「反対派」と。なめてますね(笑)

一皮むけばマッドサイエンティストが跳梁する幸福の科学思想の国、それがニポン。

悪魔の飽食から、サリドマイド、血液製剤、

何度やられても気付かない国、

それがニポン。

狂牛肉を外圧によって食わされる、食わせる、

しようもない国、ニポン。

原爆の人体実験をさせられて、

「しようがない」なんていう防衛大臣がいる国、

そんな有り得ない国、ニポン。

ともすれば倫理を逸脱し暴走する医療への、まっとうな批判。それを未開の土俗などと論じる腐れ外道がいる限り、この国は浮かばれないよ。


日本の医療技術の発展のために、国際社会への体面のために、我慢が必要か?

国がそれを決めるのか?



いつかきた道だな、これは。




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