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死刑を望んで人を殺す人に・・生きて一生をかけて償わせる

死刑制度がちっとも犯罪防止の抑止力になっていないということを改めて感じます・・

あ、一応お玉のところは過去何度も死刑廃止論を取り上げてますので、詳しくはここをお読みください。

お玉「死刑廃止論」カテゴリー

 重い罪に重い罰を与えるための死刑ではあるけれど、死刑になりたいがために重い罪を犯す人も多く、何人もを殺害する事件の犯人が親戚や家族といった内輪の人であることもよくニュースで耳にします・・

相変わらずお玉の死刑廃止論は「自分が大きな罪を犯すかもしれない」と思い、誰にでも何かのきっかけで恐ろしいことをしてしまうかもしれないという考えから、死刑には反対です・・

詳しくはここをお読みください↓

加害者になるかも知れないと感じるとき 

残虐な加害者になるかもしれない 

加害者にも被害者にもならないために・・ 

だったらお前の身内が殺されたら・・という問いかけにはその時はきっと相手を殺したいと思うと同時に、安易に死んで償わせたりさせない・・・・犯人には残りの一生をかけて罪を償ってほしいとも、今は思います。

こんな本が理論社から出たそうです・・

お玉も買います。

きみが選んだ死刑のスイッチ (よりみちパン!セ)きみが選んだ死刑のスイッチ (よりみちパン!セ)
(2009/05)
森 達也

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それとこの本もいつもだけれど、紹介しておきます。

犯罪被害者の真の救済は加害者の死ではなく、大切な人を失ったあと、どう生き行くかだとお玉は思うし、政府はそのための支援にもっと取り組まなければいけないと思います。

犯罪被害者の声が聞こえますか (新潮文庫)犯罪被害者の声が聞こえますか (新潮文庫)
(2008/03/28)
東 大作

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(非公開コメント受付中)

死刑廃止論
死刑についての議論が<廃止>か<存置>なのは、本来これが信仰の問題だからです。

キリスト教の教義では、どんなことがあっても必ず人は人を許さなくてはならない。他人を許すことのできない人間は神にも許されません。
だから「被害者が犯人を許さずに死刑を望む」ということは倫理的神学的に不道徳で反倫理的、つまり病的な精神状態であり、犯人を許すまで<治療>が続けられます。

死刑というのは社会がその死刑囚を許さないということですから、これもまた教義に反するのです。彼らは地獄に行きたくないから、たとえ犯人が反省せずに再犯してもなお再びそれを許すのです。

だから犯罪抑止効果だのコストだのといった議論は全て後付けの理屈に過ぎません。全ては神の言葉が先であり、彼らはそれに従っているだけのことなのです。

(だからハリウッドのダークヒーローは復讐劇が大好きです。それが反道徳的だからです)

キリスト者ではない日本人が死刑廃止を主張するのは、キリスト教の教義から導き出される二つの教義である
<全ての人は更正可能である>
<全ての人は平等に価値がある>
というドグマに共感を覚えるからでしょう。
しかし全ての人が更正できる、という信念が、全ての人を更正させなくてはならない、という行動に移るのはごく自然なことのように思われます。
このとき、<更正させるべき>存在が犯罪者だけではなく、犯罪を犯していないけれど犯罪性行がある、という人間に徐々に拡張されていくのもごく自然な流れではないかと思うのです。

かつて共産主義者は社会的に正しくない存在でした。同性愛者もそうです。障害者ももしかしたら含まれるかもしれません。<全ての人間は更正できる>のだから、このように政治的に、性向的に、身体的に<正しくない>人たちが<更正させられる>のも時間の問題ではないでしょうか?



シンペイ様
申し訳ありません。様が抜けてました。


シンペイ
男性遺族の家庭は跡継ぎを失い一家離散、父親は孤独死したといわれています。私が示したのは女性遺族の父親です。死刑フォーラムで安田弁護士が赦していると事実と違う発言をしていました。事実はこうです。http://www.k4.dion.ne.jp/~yuko-k/adagio/hitoto.htm


ソース
ウィキペディアですね
故人となっているのは理容師(男性の方)の父親で
「親権者である父親はA(主犯)が収監されるずっと以前に既に故人となっており
 母親は離婚しており兄弟も居らず手紙や金を送っている「遺族」とされる相手が
 理容師とどんな続柄なのかは全く不明である」

言葉足らずですみませんでした。


シンペイ様
シンペイ様
『(ちなみに彼が収監される前に死亡した被害者の父と 現在も文通を続けており「許してもらった」そうです) 』
そのソースはなんでしょうか?

昨年の新聞記事の抜粋です。
『父親は共同通信の取材に「何度も何度も反省の気持ちを書いてきたが、許すことは絶対にないし(文通で)心が平穏になることもない。でも時間がたち1人の人間として接しようと思った。(受刑者は)一度死んだ人間だ。刑務所で頑張っていることは受け止めている」と語っている。』


お玉さん>
>冤罪のこともあるし・・

冤罪は終身刑でも起こりえます。
これは運用上の問題であり、制度はあんまり関係ないんですよね。
終身刑の途中で死にました。実は冤罪でした。という事も起こりえるわけです。

>意見が死刑肯定論でもいいんだ・・ただ、もう少しお勉強してみて欲しいな・
なんで、この問題が「超党派」な取り組みなのかも含めてね・・

勉強不足だと決め付けられてるような気がしますが・・・
知ってると思いますが、死刑と終身刑併用ってのは死刑廃止の第一歩の超党派の意見です。
廃止するならそれなりの段階を踏むべきであり、廃止に至るまでの現実的な手段として書いただけなんですが。

感情抜きに書くとすれば「罪には罰を」という事ですな。
大量殺人という罪を犯した麻原という人間がいます。
さて、麻原には死刑以外にどんな刑がふさわしいと思うでしょうか?
私としては終身刑のような「三食冷暖房付きで病気の時には医者にもかかれる」というようなぬくぬくした環境で一生を終えられるような刑ではダメだと思うんですよ。
罪と罰が釣り合っていない。
一生かけて償って欲しい、というのは分かりますが、相手が高齢で老い先短い、そもそも償う気もないのでは全く意味が無くなるんですよねぇ。
というかこれも感情論な気が。


一生かけて償わせるって?
具体的にどういうのを考えているんだろう。
例えば、有名所では「名古屋カップル殺人事件」
88年に起きたこの事件における主犯は無期懲役として未だに収監されたままですが
(ちなみに彼が収監される前に死亡した被害者の父と
現在も文通を続けており「許してもらった」そうです)
残り五人のうち遺族に謝罪しに行った者はおろか民事裁判で和解した賠償金を
払った者も一人も居らずほぼ全員行方をくらませています。
一人は「事件にばかり引きづられていてもアレでしょう、前に進めない」と
言って結婚して幸せな生活を送ってるそうです。
死刑廃止というなら、「ではどのような罰を与えるべきなのか」を聞かせて欲しいです。
「ただ死ぬまで牢獄に放り込み税金で養い続けるべき」なのか
現在のように「いざとなったらバックれるのが可能な日常生活においておく」のか
「日常生活を送らせるけど監視し続ける(その費用は当然税金ですよね)」のか
どうお考えなのか聞かせて欲しい。


過去の議論をザッと見てきましたが、被害者・被害者家族への救済が、ある一定レベルまで引上げられなければ、死刑廃止議論に入るのは難しいのかもしれませんね。そしてその合意は可能だと思います。
今のままでは被害者・被害者家族は「やられ損」で、彼らは一義的に私怨の代行を国家権力に求めることになります。
もちろん私怨を抱えたまま人生をまっとうするほど、辛く厳しいものはなく、被害者家族にも時間の経過とともに違う感情が生まれてくるとは思いますが。

っで、被害者救済の次ぎに加害者の扱いや、社会の問題に焦点が移るのであって、そしてそれらは一旦手をつけると常に検証が必要な問題になっていきます(っと考えると死刑廃止は私たちの社会を良くしていくことに繋がっているのかもしれません)。
しかし行政全体としてそういうことは嫌がるでしょうし、つつがなくお仕事をこなすことをモットーとするお役所にとって、刑事裁判有罪率99%&死刑制度というものはパラダイスでしょう。
ま、市民にとって恐ろしいものがあるのも確かです。
そして行政の下す、死刑というものは、被害者の私怨の代行ではなく、「排除」の意味合いが強いことも踏まえておかなければなりません。
結局のところ私たちはどんな社会で暮らしたいのか?ということだろうと思います。

大道廃れて、仁義有り。


人の生死に関わる問題っていうのは、脳死判定から死刑制度まで、実に「葛藤する2つの存在」に悩むことだと思う。

私が死刑肯定にも死刑廃止にも、臓器移植A案にも臓器移植反対にも、全面的に賛成もできなければ反対もできないってのは、そういうことなんだけね。

ただ、私が気になって仕方がないのは、賛成反対双方とも、持説の正当性を主張することは勇ましいけど、持説の反対意見については、真正面から応じていないのが多く見られる点。

(たとえ話について、私は消極的な死刑肯定論だから、こういうたとえになることを了解して欲しい。)

私が「遺族の気持ちはどうなる?」との問うと、反論が「死刑を望まない遺族もいる」というのは見るけど、「じゃ、死刑を望む遺族には?」ということにはまともに応じていないことが多い。
否定論者が「遺族に対する社会的なケアを充実させるべきである」と言えば、私なんぞは「何もいらんから、犯人を死刑にしてくれ、と望む人にはどう応えるの?」と質問するわけだが、「過失の交通事故で亡くなった被害者の遺族が、加害者に死刑を求めたら、その加害者を死刑にするのか?」というように、論点をずらされる。

死刑肯定論に関しては「犯人を死刑にして、わが子が帰ってくるのか?」ということもあれば、本来の刑事罰の存在意義から批判する人もいる。これもまた、私は十分理解できる。

何が問題かというと、お互いがお互いの話の要点に向き合わずに、持説を多数説にして実現しようという「腹の内」があること。
これだと、永遠に歩み寄ることなどないんじゃないだろうか、本当に被害者や遺族を慮っているんだろうか、持説に対する責任や覚悟があるんだろうか、こうした話題となると、私は持説はともかくとして、私が支持する側にも反対する側にも、同じように懐疑的になってしまうな。

私が自分のブログで死刑制度について触れようとしないのは、このあたり。

これをお玉さんがどう思うのか、これはちょっと聞きたい気もする。


>ほとんどの遺族が死刑を選ばなくなった時点

とりあえず・・・なぜ反対なのかということに対して過去延々とやったコメント付き記事を紹介しているのですから・・そこを読んでから別の切り口で書いていただけるといいかな。

http://potthi.blog107.fc2.com/blog-entry-169.html

ま、こういうちょっと過激なのもあるし・・
http://potthi.blog107.fc2.com/blog-entry-172.html

冤罪のこともあるし・・
意見が死刑肯定論でもいいんだ・・ただ、もう少しお勉強してみて欲しいな・
なんで、この問題が「超党派」な取り組みなのかも含めてね・・



私が死刑廃止論で疑問なのが、なぜ「廃止」なのかという事。
自分達が死刑反対なのは分かります。死刑反対する遺族が居る事も事実。
ですが、死刑を望む遺族が存在するのもまた事実。

廃止、という事で死刑を望む遺族に対する押し付けに見えてしまうんですよね。
「あなた方が死刑を望むのは勝手だが、私は死刑反対だ。廃止すべき」と死刑を望む遺族に覚悟はあるのでしょうか?

こういう理由で私は「死刑と終身刑併用派」です。
どっちかだけ、というのはちょっと理不尽な感じがするんですよね。
死刑相当の判決が出たときに遺族に選ばせるのが良いと思います。
被害者遺族でも無い人間がとやかく言うのはおかしいと思うんで。

死刑反対派も、ただ反対するのではなく、まず死刑と終身刑を併用。ほとんどの遺族が死刑を選ばなくなった時点で廃止を考える方が良いのではないのでしょうか?



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