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核の傘・・

日本がアブナイさんちで知りましたがぶいっちゃんお帰りなさい~^^
ちゅうことで、お玉も「リベラル&平和志向ブログ仲間の野党共闘の懐かしいフレーズを」・・というわけで~~~~

らんきーなお玉と喜八アブナイ!

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 お玉はいま、心の中は「核の傘と核抑止力」のことでもんもんとしてます。核抑止力を否定しつつ核の傘に効果があると思ってる人が結構いると知ったから、この矛盾にどう記事を書けばいいのか、悩んでるの・・・・・あのね、核の怖さを知らないから、原爆祈念館へ行ったことがないから、核武装や核抑止を肯定する人が出てくる・・という論ではだめだと思うのね。そうじゃないだろうと思うの。日本人はみな、原子力爆弾の怖さを大なり小なり知っている・・(確かに一部本当に知らないらしい人もいるそうですけど)

 その怖さを知ったうえで・・・・・抑止力が働くと思うのか、だからこそ核兵器を持たねばならないのか、もしくは、核の傘に守ってもらうべきなのか・・・・・それとも何かの「はずみ」で、ボタンが押されてしまった時の恐ろしさを想像して核軍縮、核廃絶運動をがんばるのか・・・・

 当然お玉は後者なわけだけれど、実はお玉な論では、正直まとまったことが書けない。でも・・アメリカがどんな時にでも日本を核の傘で守ってくれるのか?ということに対しては、それは違うと思う。なぜならば、アメリカは常に自国の国益に基づいて軍を動かしているのであって、ただ、日本のためだけに危険なリスクを起こしたりしないのだから・・・

 核兵器のない世界を目指す努力と、今ある多数の核兵器を少しずつなくしていく努力。この二つを同時に行いながら、恒久平和を戦略的に世界にアプローチしていくのが日本という国であってほしい。しかもこれ、単なる理想論ではなく、もしかしたらそうなりえるんじゃないかな?という希望もお玉には少し見えてたりする…

 世界はいつも同じ価値観で動いているわけではないんだと、オバマ大統領の演説を聞いて感じることができたから・・・・・国益のために、自国を守るために、あのアメリカ大統領が核兵器廃絶の話をするような時代が来ているんだから・・・・

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(非公開コメント受付中)

シンペイさん
>ぺナルティというものは基本的に「力のある者が力の無い者に対して行う」行為です
事実、過去の歴史上幾つもの国家が国際法を破りましたが
処罰されたり制裁受けたりしたのは弱小国だけです。

そうなのですか?
でもこれからはどうでしょうか?
もっとも、イラク攻撃をしたアメリカが世界から非難されないという現実派ありますね、シンペイさん、あなたはデタラメな情報を根拠にしてイラク攻撃をしたアメリカに制裁をすべきだと思いませんか?

>前にも言いましたが国際法や国家間条約に過度の期待は禁物です。

期待しているわけではないのですよ。
「変えたい、変えませんか、皆さん」と呼びかけているわけです。

NHKの「そのとき歴史は動いた」第351回、3000万の署名 大国を揺るがす、~第五福竜丸が伝えた核の恐怖~
http://www.nhk.or.jp/sonotoki/2009_02.html#03
によれば
過去には、世界の人々の署名活動により、部分的核実験禁止条約が発行したという事実があります。
私たち世界の一般市民が結集すれば、世界の軍事大国も動くのですよ。

後は、呼びかける外交ということです。日本はまさに適役でしょう。
世界の核兵器を持たない国と手を結ぶのです。





大切なのは‘ナショナリズム’
こう言うと、語弊があるかもしれませんが、結局、戦争も互いのナショナリズムが先鋭化した形で激突するものであり、決して相互利益がどうのこうのというだけで、解決できるものではない。

逆に言うと、どの国も内なるナショナリズムを秘めて、交渉の場に立っている。

愛国心・パトリオシズム、ともかく自国にどのような国であって欲しいのかという強い‘願い’が、その根源にはあるのだと思う。

そうした愛国心を秘め、それを支えに交渉の場に立たなければ、他国からの信頼も勝ち得ることはできない。

問題は、日本人の愛国心が、どのような‘国の姿’を‘願い’とするか、ということ。

そうした議論が必要なのではないか。


naokoさん>
決定的な違いは「核の傘を出るべきではない」「日本は裏方に徹するべき」という点ですね。
交渉はアメリカに任せ、日本は核保有国に対して交渉のテーブルに着くように説得する。
「核廃絶してください」ではなく「アメリカとの交渉のテーブルについてください」というのが基本スタンスです。
そもそも他国に対して核廃絶しろってのは内政干渉に当たりかねないんですよね。だからそういう部分はアメリカに任せるw


ネッドさん、わたしの言っていることと、あまりちがわない気が…
しますよ。
シンペイさんの言っているように。
どうも、ニュアンスが伝わりにくいのか…。


過度の期待はむしろ危険
>カークさん
ペナルティというものは基本的に「力のある者が力の無い者に対して行う」行為です
事実、過去の歴史上幾つもの国家が国際法を破りましたが
処罰されたり制裁受けたりしたのは弱小国だけです。
特に国連において拒否権を持つ五大国はどのような罪を犯そうが決して
処罰される事は無いでしょう。
例えば多くの方が期待を持つ「非武装都市宣言」。
アレだって過去幾度も無視されていますが多くの略奪者が処罰を免れています。
故ノムタンに至っては「韓国に不利益な国際法など無意味」と公言しました。
前にも言いましたが国際法や国家間条約に過度の期待は禁物です。

naokoさん>
>それをもって『‘丸腰’の気概』と受け取ってください。
>通常兵器まで必要ないとはもちろん思いません。
>また、日米軍事同盟を拒絶しているわけでもない。

そう考えておられるとはわかりませんでした。
「こちらがノーガードで話し合いを望めば向こうもノーガードで話し合ってくれるに違いない
 だってこっちノーガードなんだもん」などと考えておられるのかと思いました。
ただ「この先どこの国がどのように政権が変わろうと
百年二百年の時がたとうと核ないし大量破壊兵器が絶対に日本近辺に配備されない」
くらいの保障があってこそ、と思います。
核兵器なぞ無いに越したこと無いのですから。


カークさん>
>そこでどうせ不確かならば、「核非武装地帯」の宣言と実行は抑止力になりますよね。もちろん、世界に「核非武装地帯」に核兵器で攻撃を駈けることが侵略行為かつ無差別大量殺戮であることを認めさせ、「核非武装地帯」に武力による威嚇または行使を実行したものには、あらゆるペナルティが与えらると約束させるという外交交渉が必要ですが。

宣言はあまり意味がありません。
現在でも核を落としたら、世界から非難及び制裁が加わるのは自明の理だからです。
威嚇の基準が曖昧ですしね。
MDを推進した方が核廃絶を加速させるので、そちらの方が良いかと。

naokoさん>
アメリカを最大限利用する事です。
そちらのいう丸腰の気概なんてものは全く役に立ちません。
核非保有国が核保有国に対して「核持ってないし、核の傘にも入ってないからそっちも核を無くしてください」と言ったところで聞くわけがありません。
他国には他国の戦略があり、核を捨てるとしたらあくまで他国の都合によるものになります。

ですが、アメリカが核廃絶に動いた事で「アメリカも捨てようとしてるんだから、そちらも捨てるように努力しましょう」と周辺国に言えるわけです。
後はアメリカとの交渉のテーブルに着かせるように日本が働きかける。
アメリカを前面に出し、日本はそれをサポートする形です。
日本が前面に出る必要はありません。

核廃絶には世界規模での話し合いが必要です。
実現するまでに数十年はかかると思います。
核廃絶が正式に決まるまでは、日本は核の傘にいるべきです。


ネッドさん、言ってる意味がわからん…
アメリカと周辺国が核廃絶するまで、核の傘が必要なら、核廃絶に向けての、(ネッドさんの言う)日本外交の‘積極的な動き’ってありえるのですか?(←アメリカの核廃絶の動きの足を引っ張ること以外に)


第三の核抑止力
ネッドさん、非常に簡潔で分かりやすい解説ありがとうございます。
確認ですが、抑止力として核の傘もMDも不確かで信頼性に欠けるものですよね、勿論、自前の核を持つことも含めてですが。
そこでどうせ不確かならば、「核非武装地帯」の宣言と実行は抑止力になりますよね。もちろん、世界に「核非武装地帯」に核兵器で攻撃を駈けることが侵略行為かつ無差別大量殺戮であることを認めさせ、「核非武装地帯」に武力による威嚇または行使を実行したものには、あらゆるペナルティが与えらると約束させるという外交交渉が必要ですが。


あ、追記。

>ただ、アメリカが核の傘を縮めようというなら、「どうぞ、どうぞ」と言える気概という意味です。

それは安全保障上の面から見て危険ですので反対です。
あくまでアメリカと周辺国が核廃絶するまでは核の傘は必要ですので。


naokoさん>
>それをもって『‘丸腰’の気概』と受け取ってください。
>通常兵器まで必要ないとはもちろん思いません。
>また、日米軍事同盟を拒絶しているわけでもない。

最初にこれを言ってくれれば、こちらも勘違いしないで済んだのですが・・・

アメリカが核廃絶を世界に向けてやろうとしているのならば、日本も積極的に動くべきだと思います。
日本の周辺国から核が無くなれば、日本の安全保障にも繋がりますから。


核を持たないこと、核の傘に頼らないこと
それをもって『‘丸腰’の気概』と受け取ってください。
通常兵器まで必要ないとはもちろん思いません。
また、日米軍事同盟を拒絶しているわけでもない。

ただ、アメリカが核の傘を縮めようというなら、「どうぞ、どうぞ」と言える気概という意味です。

それすら無いなら、そもそも核軍縮へ向けての日本外交などありえないでしょうに。


なんか自分が高校野球を楽しんでいる間に随分盛り上がってるし。

>だから、先制使用を想定している米ロにどんな得があるのですか?と聞いたつもりです。

「している」というより「していた」のほうがより正確だったかも…orzまどろっこしい言い方になってすみません。
メリットというのはもちろん核戦争で勝利する能力を持っているということです。米ソの核戦力の整備は冷戦時代に行われたんですよ?割合真面目に核戦争の可能性が検討されていた時代です。
大量報復→柔軟反応→MAD時代に至り第一撃で敵核戦力の破壊が不可能となった頃から第二撃能力の獲得へと移行していきますが。
米ソ両国で先制攻撃して叩き潰すシナリオがどの時代まで生きていたかは私の知識の範囲外です…。すみません。

現代においてはおそらく「そういうオプションも一応おいてあるよ」程度ではないかなと。

>そうした先制使用も辞さないとする国家の核の傘を欲する国
>その傘を持たない北朝鮮の核武装を非難できると思いますか?

「核の傘」の仕組みは基本的に報復攻撃しか想定していないはずなんですけどね。積極的に打って出るのがが核の傘でしたっけ?

ただ私個人はどっちかというとリアリスト寄りなんで道義的に北朝鮮の核保有を“非難”する気はありません。核保有だって国をもっとも安全に保つための選択肢のの一つにすぎません。意図ではなく能力に備えよというのも国防の方針としては特にひどく間違ったことではありません。よいほうに出るか悪いほうに出るかは別として金正日の立場に立った場合選択肢としては十分アリなのではないかなと。
もっとも日本にとって物騒なので道義なんぞと関わりなく核保有を阻止する必要はありますが。

>丸腰で相手に向き合う気概がないのだ。

そんな気概なんぞ入りません。気概で飯が食えますか?気概で安全が手に入りますか?


naokoさん

家を建てるときは、大工さん、大工道具、建築資材、設計図と、それらを調達するための資金が必要ですよね。

でも、naokoさんは、「設計図なしに家を建てる気概がないのだ」、あるいは「資金なしに家を建てる気概がないのだ」と、言ってしまってるわけ。

つまり、naokoさんが望む概念では、日本が核廃絶に向けてイニシアティブをとることは、考えうる全シュミレーションで検討しても、不可能に限りなく近い。
もっとも、日本抜きで行われた外交交渉(ロシアとグルジアとの間の2国間交渉や、アメリカとイランとの間の2国間交渉、などね)の場において、議長なり交渉担当者なりが、『日本の誰かが言った言葉だけ引用する』ことはあるだろうけどね。

日本の防衛に限って言っても、naokoさんの望む方法での外交を展開するとなれば、全国民が「一億玉砕」の覚悟を持たないと、非常に困難。相手国の要求を丸のみする、攻撃を受けたらなすがままにされる、などの覚悟があるなら、ということになっちゃうかな。

軍事力が、破滅へのリスクを背負うと同時に抑止の効果ももたらしている、という、矛盾しているがなぜか両立して存在している現実を前提にして、そこから話を展開した方がいいかも、ですね。


naokoさん>
>丸腰で相手に向き合う気概がないのだ。
>だから、外国からは、アメリカの後ろに顔を隠した、なに考えてるのか判らない国に見られる。
>この国の、外交における存在感の希薄さは、その当然の結果なのだと思う。

丸腰で話したら相手にされないか、圧力をかけられるだけです。
どうも「こちらが丸腰で話し合いをしようとすれば必ず相手も丸腰で話し合おうとするはず」という前提を持っていませんか?
国というのは大勢の人間で成り立っており、外交上の失策は国民全てに降りかかってきます。
丸腰で対話しろ、というのはあまりにも無責任ではないでしょうか。
他国は国益を守る為に圧力をかけてでも自国の要求を通そうとします。それが当たり前です。
日本は防衛上、アメリカにかなりの部分を頼っています。
かと言って外交でアメリカの軍事力を全面的に頼るわけにもいきません。
ですからなあなあの外交になりがちなのです。
それが嫌なら日本独自の戦力を強化するより他ありません。

「丸腰の話し合いで解決できる」というのは幻想です。
残念ながら軍事的な圧力があって初めて対等な話し合いが出来る事の方が多いのです。

蟹の人さん>
テロリストに関しては考えなくても良いのでは?

核というのは国対国で効果を発揮する兵器ですので、そもそもテロリスト相手には考えられていません。
テロリストへの抑止力はスパイ防止法や警察力の強化で対応出来ます。


核に限らず
軍備ってのは費用対効果で語らなければならないわけですが、核武装はかかるコストがあまりにも膨大すぎるわりにリスクが大きすぎて現実的ではありません。
まずはそのことを第一に考えるべきでしょう。
そもそも核さえあれば安全度が高まるってもんでもないんですから。世界最強の核攻撃力をもったアメリカでさえ、911のテロを受けたことを忘れてはいけません。
結局、核が抑止力として機能するのは相手が領土を構えてる国限定なわけで、テロリストが核を手に入れたりしたら抑止力なんて役に立たなくなります。テロリストは報復攻撃なんて恐れませんからね。


>丸腰で相手に向き合う気概がないのだ。

丸腰とは何を意味するのですか?


チベットの侵略は1720年清の康熙帝によります
中国人にしてみれば、18世紀から自国の領土という認識で、ウイグルともども、日本における沖縄に近い感覚です。
その独立というのは、核の問題以前に、そうとうに困難です。

もちろんだからといって、ウイグル・チベットにおける圧政・虐殺が許されるわけではありませんが。

もとよりアメリカと軍事同盟を結んでいる日本の立場と比べるのは無理があります。

まだしも、ロシアとグルジアの問題を論じた方が近いのでは?


再度
>NAOKOさん
「潜在的な兵器開発能力』など正直まったく持って無駄にして無意味です。
モノによって多少の差はあるでしょうが兵器開発には「研究」「予算申請」「理論開発」
「予算申請」「試作」「実験」「予算申請」「実験&改良&予算申請」×想像を絶する回数
「ようやく完成」となります。
一年二年で出来る物ではないでしょう。
しかも憲法九条がある以上日本での兵器開発はまた更に無意味な時間の浪費があり、また
どれだけ強力かつ優秀な兵器が完成したとしても絶対に他国に向けられることはありえません。
「超強力であっても決して振るわれない兵器」を恐れる輩は居ないでしょう。
そして「丸腰で相手に向き合う気概」を持っていた国家がありました。
チベットという宗教国家が今現在どうなっているか、ご存知ですか?
他の「非武装国家」とやらとは戦略的な場所や隣国の種類など全く異なります。
そこの所はどうお考えでしょうか


とりあえず
わたしは現状維持派ですが、とりあえずどの派閥も
「状況次第で国際法も国家間の条約も破ろうと思えば破れるし
 『短期的には』大抵の場合破ったモンが得をする」というのは覚えて
おいたほうがいいと思うのです。
「無防備都市宣言」なんかナンボでも破られてるしそれで処罰された人居ないし。
そして「『短期的には』ってことは長期的には損するって事でしょ」という人には
「その『短期的』な間に出る犠牲者のことも考えるべきだ」と言いたい。
それにチベット侵略や日ソ不可侵条約破棄など国際法を破っても
地力ある国家は長期的に結局得をするのも確か。
とにかく国際法や国家間条約を絶対的に信用すると火傷する、と。


ん~
>テーブルの下で相手の左手に握られてるピストルを見て見ぬ振りしてる状態では?

だとすれば、日印同盟を結んではいないでしょう?
一部の核廃絶論者が無視する彼の国の核を認識し対応した結果でしょう!?

ここでも、他でも書かせていただきましたが各国の現状と、その現状に至った過去を正確に分析することが大事だと考えます。

アイスランドとコスタリカは共に、軍隊と言われるものを持っていません。
ですが、それに至るプロセスも現在の二国を取り巻く状況は似ている所もあればまったく異なっているところもあります。

この手の議論になると、事実の一部、もしくは結果だけを示してくる御仁が良くいます。

NATO加盟国でニュークリア・シェアリングを行っている国でもベルギーの様に「非核三原則」の法制化の動きもあります。 当然、冷戦の終結・EUの安定、NATOによる地域軍事力に対する安心感なども影響しているでしょう。
ベルギー国内でかなり揉めそうとの見方もありますが・・・

非核論・核容認・核装備、いづれの立場に立つにしても、"「非核三原則」の法制化"だけを切り出すのではなく、それを行える土台は何かをキチンと検証し日本との違いは何かを考えて欲しいです。

私自身も未だ何が良いの迷うところですが、上記のような作業をしたいと常々考えています。
ですので一部しか見ていない、提示していないと思われる言論に対しては
できる範囲でアンチテーゼを示しています。 これを無視するようならば、議論すべき何物もないと言うことですから・・・


アメリカに対して
おたくの‘核の傘’はいらないから、オバマさん、日本のこと気にせず、ためらわず核削減進めてね!

そう言える日本であって初めて、北朝鮮や中国にも、強い口調で核軍縮を勧め諭す立場に立つことができる。

そういう立場に立った日本を怒らせ、あるいはいたずらに恐れさせて、(この国が)独自の核武装へ進むことを、わざわざ促そうとする国が東アジア地域にあるとは思わない。

なんといっても、潜在的な兵器開発能力に関しては、この国は群を抜いているのだから、何も好んで‘眠れる獅子’を起こそうとするだろうか?

日本がアメリカと協力して『東アジア地域の非核化』のイニシアティブを取れる可能性がそこにある。

問題は実は日本国内にある。
国民自体に、対話による外交的なイニシアティブをとるべきだという意識が低すぎるのだと思う。
丸腰で相手に向き合う気概がないのだ。
だから、外国からは、アメリカの後ろに顔を隠した、なに考えてるのか判らない国に見られる。
この国の、外交における存在感の希薄さは、その当然の結果なのだと思う。


>核兵器のない世界を目指す努力と、今ある多数の核兵器を少しずつなくしていく努力。この二つを同時に行いながら、恒久平和を戦略的に世界にアプローチしていくのが日本という国であってほしい。

核廃絶を達成させるには、まずは非核保有国が連携して、核保有国に圧力をかけられるような世界的なシステムを構築しなければダメだと思います。
日本人にとってはあまり好いものではないですが、IWC(国際捕鯨委員会)というシステムが好例だと思います。
IWCでは、非捕鯨国が捕鯨国を包囲し、商業捕鯨を停止させるまでの結果を出しました。
これと同様に、非核保有国が核保有国を包囲しなくては、核削減はお題目で終わってしまうでしょう。

しかしながら、日本の反核運動は、どうも9条やら唯一の被爆国やら歴史認識やら日本の特殊性やら、他国の人から共有認識を持ちづらいような理念をもち、なにやらリーダーシップを発揮せよと一種の選民的な主張を続けてきたのではないでしょうか。
さらにいうならば、それらの運動のベクトルは、当然ながら反体制・反米の方向に向けられ、共産圏の核はおざなりにされてきたのが、歴史認識的な事実です。
そしてもちろん、それは60年以上も世界的な核削減には、まったく効果が無かったのです。

それでしたら、今までのやり方はいったん棚上げして、非核国同士で共有できる非核理論を構築すべきではないでしょうか?


もちろん、日本の被爆体験に対しての認識が、世界にまったく無いとは言いません(NZではかなり認識されているように見受けられました)し、むしろ非核論の中枢を成しえるものです。
とはいえ、それを錦の旗として全世界に押し付けるのもまた、押し付けがましい話です。
被爆国という立場に依存し、核に対する道義的責任とか権威とか、そういうのを他国が「当然持つべきだろう」などというのでは、いささか傲慢すぎる気がします。

無論、他国の人々が積極的に日本の被爆体験を学び、核に対する嫌悪感を持つことは日本人にとっては喜ばしいことかもしれませんが、そればかりに頼るのではなく、日本の反核論者はもっと万人に通じるような功利主義的な非核論を構築するべきでしょうか。

好例としては、藤原帰一教授の『広島プロセス』が挙げられます。
お玉さまの鬱々とした気分を晴らす、清涼剤になるかと存じます。
http://www.ne.jp/asahi/nd4m-asi/jiwen/thoughts/pdf/07/fujiwara02.pdf


核廃絶推進論の構築
前回、核廃絶論者のタイプを簡単に分類したので、今度は核保有論者のタイプを分類してみたいと思います。この作業は、自分にとっても整理がついて助かっています。良い戦略は、己を知り相手を知った上で初めて立てられるものですからね。

■核保有論者のタイプ

日本人として原爆投下を肯定できる者は殆どいないでしょう。誰もが、「ノー・モア・ヒバクシャ」という感情を共有していると思います。ただし核保有論者はここから、被爆者を増やさないための方法論を考えます。たとえば、二度と被爆したくないという感情から核保有が必要と考える核保有論者タイプA(感情型)がいます。

一方で、北朝鮮や中国の核軍拡という現実的な脅威を前にして日本は「対話」か「圧力」かという二者択一の選択肢ではなく、核という圧倒的な抑止力を持つべきと考える者もいます。これをタイプB(現実脅威型)とします。

また、アメリカの核の傘は信用できないとして、独自の防衛力として核抑止力を持つべきと考える者もいます。タイプC(自立防衛型)とします。

さらにタイプCから派生する型として、核の傘は信用できないがアメリカと核を共有するニュークリア・シェアリング(NS)という形の核保有なら現実的なのではないかと考えるタイプC1(現実的自立防衛型)もいれば、アメリカと協調せずに独自の核保有に踏み切るべきというタイプC2(希望的自立防衛型)もいます。

■最も厄介だが有効な突破口

この中で、核廃絶論者として厄介な相手を挙げれば、それはタイプC1です。このタイプはあらゆる可能性を検討して現実的な選択をしたと、自分の考えに微塵も疑問を抱きません。しかし、核廃絶論者として崩さなければいけない「知の砦」がまさにこのタイプC1です。ではどうやって崩すか。ここでは、まず共通点を見つけることが肝要です。前回、勝手にお玉さんをタイプCとしましたが、その出発点はアメリカを信用してないということでした。この点、実は保有論者も共有しています。

廃絶論者タイプC
アメリカを信用できない→核の傘は信用できない→核の傘はやめるべき→よって核廃絶すべき(核の傘撤廃)

保有論者タイプC1
アメリカを信用できない→核の傘は信用できない→核の傘はやめるべき→よって核は共有すべき(核の傘拡大)

なんとぎりぎりのところで選択肢が違うだけなんですね。

私の考えるところでは、おたまさんの戦略は、(1)アメリカがいかに“信用”できないか、(2)核抑止がいかに“信頼”できないかと論じることでしたが、「論客」を見ればこの結論が理に適っていることがわかります。核廃絶推進論は、このようにして構築できるのではないでしょうか。

若干文字制限を越えてしまい申し訳ありませんが、以上です。こうして冷静に分析する機会を与えてくださりありがとうございました。


> 右手で握手しながら、左手でビンタを食らわすようなものです。

何ぞあればいつでもビンタ喰らわすぞ、ビンタの準備はしてるぞという姿勢が
外交国防の基本、唯一の方法でしょう。
今の日本は相手の右手を両手で握って
テーブルの下で相手の左手に握られてるピストルを見て見ぬ振りしてる状態では?


当然、多面的な意味があると思います
「核の傘」には軍事的な側面だけを見ても、「守ってあげる」という部分と番組内で語られたように、「核開発をさせない」ことによる自国の優位性の確保の意味があると思います。

軍事的に優位あるということは、外交面でも優位にあると言えますので当然、外交政策にも影響は出ます。

また、経済の状況や政策が外交政策に影響を与えますし、当然それを踏まえた軍事政策にもなります。

日本政府が米国の「核の傘」を100%信頼しているのならば、日印同盟は不要でしょう?!。
対中国に限って言えば、多額の国債によって経済的な首ねっこを押さえられている米国はあてにはできないでしょうし、毎年の二桁成長する中国の軍事予算で武器を買ってもらうことを考えている欧州もあてにはならないと考えるべきでしょう。

この辺りのことは、各国の思惑が入り乱れる北朝鮮に関する六カ国協議に如実に現れているとおもいます。

単純に対軍事力という面だけを見れば、日本政府としては自力での核保有するのが一番確実でコストの掛からない選択肢となると思いますが、外交や経済面も加味すると様々なリスクやコストが嵩むことことから現時点での選択肢とはなり得ないでしょう。

そう言う意味で一番、バランスの良い選択肢が核保有国との同盟による「核の傘」での先制攻撃に対する牽制では無いでしょうか。

一方、唯一の被爆国としての日本としては、核廃絶は是非とも達成したい悲願とも言えます。

ただ、無闇に「核兵器」を非難し「核廃絶」を訴えてることは同盟国である「核保有国」を非難することにも繋がります。 右手で握手しながら、左手でビンタを食らわすようなものです。
到底、他国の信頼を得られる行為ではないでしょう。
それらを理解し、単なる感情論では無い「核廃絶論」を考えるべきだと私は思います。

長文、失礼しました。


このわたさん
だから、先制使用を想定している米ロにどんな得があるのですか?と聞いたつもりです。

さらに、そうした先制使用も辞さないとする国家の核の傘を欲する国は、その傘を持たない北朝鮮の核武装を非難できると思いますか?という意味もあります。

アメリカの核の傘を必要とする日本から見れば、北朝鮮の核武装は当然だし、日本に非難する権利もない、というご意見であれば、一応の筋は通りますが…。


核の傘って
はじめまして。テレビ見てました。

テレビを見て以来「核の傘」について改めて考え直してみたんだけど、よくわからん。

敵対する側が核兵器開発をあきらめるということはない。むしろ促進する。

その後に、使用を躊躇させる力は働くかもしれない。そう、かもしれない

周辺同盟の軍事的小国に対しては、「守ってやる」というスタンスを取ることができる。つまり、優位に立てる。
だから経済では妥協しろ、とか、国債を買ってね、とかで。

堂々巡りに陥るのであまり深く考えたわけでもないけど、
「核の傘」理論というのは、敵対勢力に対して働きかけるものじゃなくて、付き従う同盟国に作用させるための論ではないか、
つまり、日本がアメリカの言いなりになる言い訳にしているように・・・。

だんだんそう思うようになりました。



>これで、米ロに何か得があるなら教えてもらいたい。

?印中パは自国の戦略上そもそも先制核攻撃を行う気がない(長距離弾道弾の数・及び技術的に見て自分から喧嘩を売るはずがない)から先制不使用を宣言しても大して損しないよね、という話なのになぜこういう返事が?
ついでに言うと英仏もどう考えたって喧嘩を売るための核ではないし。

>パキスタン60発、インド50発…

弾道弾の射程と数で考えるとどの核保有国も殴り倒せるというわけにはいきませんよね。
印パが核保有に踏み切った理由は互いに撃たせないためでしょう。インドは加えて対中国も考えているはずですが。中国は第二砲兵の更新も進めていますが補強の重点は通常戦力にシフト中です。

現代では大体の核保有国が防御用に持っているわけですから先制不使用はやろうと思えばなんとかなるかもしれません。
ぶっちゃけ先制使用を想定した核戦力を整備したのは米ソ、敢えていうなら北朝鮮ぐらいですからね。

>核保有強迫観念まで付き合う必要はない。

だから核の傘で十分かと。


核廃絶否定論の構築
核抑止の基礎知識として、ネッドさんの回答は簡潔でわかりやすいですね。

初めてちゃんとコメントしますが、お玉さんが頭を悩まされているのは、核廃絶を目指すための明確な「動機付け」となるのは何かそしてその「方法論」は何かなのではないでしょうか。

お玉さんがこの記事で書かれた思考を辿ると、お玉さんが悩まれているのは、様々な立場の人がいる中で「核抑止」と「核の傘」という二大要素があって、核廃絶論者と核武装論者の間ですらこの要素については考えが異なっており、決してまとまっていない。少なくともお玉さんは核廃絶論者であるが、この二大要素になると、どう論理的に核抑止と核の傘を否定しつつ核廃絶を論じればいいのか、はと悩んでしまうと。こういう理解でよろしいでしょうか。

■核廃絶論者のタイプ

仰るとおり、日本人として、魂で叫びたいのは、「ノー・モア・ヒバクシャ」。これが日本人としての感情です。そしてその感情から、核を全否定したい。こう考える核廃絶論者がいます。仮にこれをタイプA(感情型)とします。

もう一方で、核という非人道兵器はなくしてしまうべきである。そのために必要なステップとして、核の傘や核抑止を棄てなければならないのなら、棄てるべきである。こう考える核廃絶論者もいます。タイプB(全廃型)とします。

さらに、お玉さんが仰るように、核の実作動を恐れて、核兵器をなくすべきではないか、と考える核廃絶論者もいるでしょう。これをタイプC(実作動型)とします。

理想的な核廃絶論者は、おそらくABCすべてを併せた理由で核廃絶を推進する人でしょう。

思考の流れとしては、A→Bはなりたちますが、A→Cとはあまりならないでしょう。Aでは感情が優先し、とにかく全否定したい、その方法論としてBを選択する。という考え方しかできないからです。

■お玉さんのタイプ

お玉さんはこの類型でいくと、自らをタイプCとしていますね。おそらくA→Cという希なタイプでしょう。しかし、感情に依拠した起点であっても、行き着くところが核の実作動を止める、そのための核廃絶推進であり、あとはその方法論となります。

お玉さんはアメリカを完全には信用していませんね。
これがまず出発点です。お玉さんがタイプCであっても
、アメリカを信用できない→核の傘は信用できない→核の傘はやめるべき→よって核廃絶すべき、という考え方は筋が通っています。

「核兵器のない世界を目指す努力」というのは、これは一言に代えれば「外交姿勢」。「いまある核兵器を少しずつ津なくしていく努力」は「核軍縮」という言葉に代えられます。これがお玉さんの方法論の概略ではあるでしょう。問題はこれをどう具体化するかですね。

■核廃絶論の具体化

ここに、お玉さんの掲げる外交姿勢と核軍縮を並行して行う戦略の中で、「核の傘」と「核抑止」をどう位置付けるかというジレンマが生じてきますね。しかしお玉さんはタイプCなのですから、核の傘も核抑止も否定することには変わりありません。そこを出発点として、(1)核の傘についてはアメリカがいかに“信用”できないかを、(2)核抑止については、核抑止がいかに“信頼”できないかと論じるのが、お玉ささんのとるべきアプローチではないでしょうか。勿論、感情論からではなく具体的論拠を以て諭すのです。

なんか見当違いに長々と書いていたらすみません。
また、1,000文字越えてたらごめんなさい。


今度は短いぞ
二国間交渉で解決の糸口が見えないのなら交渉のテーブルを変えてみる。
現状で進展がなさそうであれば、ルールを変えてしまう。
これって交渉の常識でしょう。


カークさん>
1.具体的に核の傘とは何ですか?

核保有国と同盟を締結し、「核を撃たれたら保有国が核で報復する」という核抑止力のことです。
ただし、アメリカが実際に核で報復するかどうかはアメリカの国益次第です。
日本がアメリカにとって重要な国であり、核の傘を名言しているうちは、やるでしょう。

2.核の傘があるのに、ミサイル防衛が必要だと言われていますが、
それはなぜですか?

核を弾道弾で撃たれた場合、通常数万~数十万単位で被害者が出ます。
MDは核を搭載した弾道弾を撃ち落とす事が可能です。
ようするに防御&核抑止の為です。
現在核かMDしか核抑止力はありません。

3.核の傘と非核三原則の関係は?

三原則は「核兵器を持たず、作らず、持ち込まさず」から成る、日本の国是です。ただし法律ではありません。
核を兵器利用しない、という選択を日本を取ったわけです。
ですが、現実に核の脅威がある以上、核抑止力としてアメリカの核の傘に入る事を選択しました。

4.北朝鮮も核の傘がほしいわけでしょ?

北朝鮮は他国を信用していません。
だから独自の核武装を望んでいます。


パキスタン60発、インド50発…
それだけあったら、十分パイ投げに参加できます。双方の主要都市は壊滅、人口の一割は死滅するでしょうし、国土は死の灰に覆われます。

その数を無効にするだけの数、米ロが核を放てば、間違いなく地球全体に‘核の冬’がやってくるでしょう。
これで、米ロに何か得があるなら教えてもらいたい。

核兵器とは、「決して使えない兵器、使ってはならない兵器」なのです。
もちろんそれはみな判っている。
わかっていて、なおかつ核抑止論を唱えるのは、神経症的な人間不信の賜物です。

もとより神経症患者の集まりが、国際社会なのだ、と言われれば、そういう面もあるかもしれません。
ですから、わたしは自衛隊は必要だと思うのです。
しかし、それ以上、付き合うのは、馬鹿げている。
核保有強迫観念まで付き合う必要はない。
核の怖さと言うよりも、核を平気で突きつけあう人間不信のほうが怖すぎる。

特に、この国の世界における際立った存在感や重い責任を考えると、「気の狂った行動はおやめ!」と諭し、たしなめる側に立って奔走すべきだと思う。


>まず中国・インド・パキスタンはもともと先制攻撃に対して否定的な発言を公式にしています。

これは自国の限界をよく知悉しているが故でしょうね。現代における核兵器というのは防御的な兵器です。
そして米露と異なりパイ投げになると100%勝ち目のない上記三国が先制不使用を宣言したのは損がないのを計算してのことでしょう。

現状維持でいいと思いますけどね。うまくいっているものを変える必要はない。


そうですね
tutaさんの仰るように
「平和というものは維持するにも高くつくもの」
という観点が抜けている平和論が多いですね。

もともと誰も戦争状態を望んではいないでしょう。
古くはルクセンブルクの様に非武装中立を宣言した国もありますが、2回の対戦時にはあっけなく占領されたことから自国の平和を守るためにNATOに加盟しています。

平和の象徴のように言われるスイスでは、たしか未だ兵役があります。
有事に備えて、穀物の備蓄もなされており、ホテルなどの旅行者向け以外はこの備蓄穀物を新しいものと入れ替えた古いものが使用されていたと記憶しています。
平和は守るものであって、守ってもらうものでは無く、そのための努力は惜しまないという考えですね。
最近では軍事は職業軍人による専門職化しているので、兵役の廃止も検討されていますが二度に渡る国民投票で否決されています。

#何分、随分と以前に行った際の情報なので古いかもしれません、現在では異なっているならご指摘ください。

他にはお玉さんの出演された番組ないで非核論者から名前だけは出ていた」コスタリカのように、表向き非武装というのもあります。
いずれにしても、国防という観点では各国とも二重三重の防御策を考えています。 


こんばんは
核兵器の廃絶と同時に、ウランやプルトニウムの原発をトリウム溶融塩炉のに替えなければ意味がありません。ウランからはプルトニウムが出来、高速増殖炉ではプルトニウムが増えます。

トリウムのように核兵器に使用が出来ない原発に替えることも重要な事だと思います。

プルトニウムを45000kgも保有をしている日本が、50kgのプルトニウムを保有している北朝鮮が怖いと言うのも何か説得力がない話でして、ウランとプルトニウムを日本も無くすことからはじめるのも一つの方法でしょうか。


具体的に考えましょうよ!
TBが通らなくなっているんで、コメント欄に直接書きますが、以下の疑問があります、ぜひ、詳しい方は回答してもらうとありがたいです。

1.具体的に核の傘とは何ですか?
2.核の傘があるのに、ミサイル防衛が必要だと言われていますが、
それはなぜですか?
3.核の傘と非核三原則の関係は?
4.北朝鮮も核の傘がほしいわけでしょ?




tutaさん>
ポール・ボネはフランス人ではありません。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9D%E3%83%BC%E3%83%AB%E3%83%BB%E3%83%9C%E3%83%8D

まあ「平和を宣言すれば平和が来るとでも思っているのだろうか、平和というものは維持するにも高くつくものなのに(彼らはそのコストを考えていない)」というのは正論だと思いますが。


核に抑止力はあります。
核は「怖いもの」です。この感情こそが抑止力です。
抑止力がない、という人は核を落とされても怖くない、と言ってるに等しいと思います。
当然核の傘にも抑止力はあります。
日本がアメリカと組んでる内は、独自に核を持つ必要はありません。
ただ、アメリカが核廃絶に乗り出した事で、日本も積極的に核廃絶を訴えるように戦略を考えるべきだとは思います。

キンピーさん>
>順序としては核先制攻撃禁止→核非保有国への核攻撃禁止。
>そして同時進行で核削減→廃止?だろうと思います。

それ、北朝鮮が守ると思います?
核廃絶には賛成なんですが、そういう国が一つでもあると、途端に難しくなるんですよねぇ。


>アメリカは常に自国の国益に基づいて軍を動かしているのであって、ただ、日本のためだけに危険なリスクを起こしたりしないのだから・・・

つまりお玉さんの世界認識では核廃絶までは自前の核を持てってなりません?アメリカが自国の国益を優先するのはまぁその通りでしょうから別にそこをどうこう言うつもりはありませんが、ならば日本がアメリカにとってなくてはならない重要な相手となるように努力するのも一つの解決策でしょう。

そして仮に核廃絶に世界が動くとしてもそれは平和運動家がするような廃絶運動によってではなく、あくまで廃絶した方が利となる「何か」によってでしょう。その「何か」を示してくれれば賛同者も増えると思いますよ。もちろんその時は私も賛同者に回ります。しかしそれを示さずただ廃絶を訴えるだけなら到底受け入れられません

ポール・ボネというフランス人がまだ理想論が日本で強かった20年程前に日本の平和運動家を指して「平和を宣言すれば平和が来るとでも思っているのだろうか、平和というものは維持するにも高くつくものなのに(彼らはそのコストを考えていない)」と揶揄していますが、私もそう思います


>日本人は銃を持った人から襲われれば無防備ですが、だからと言って銃社会の望んでいますか?

銃社会を望んでいませんが、同時に丸腰も望んでいません。
銃を持った警察があります。
これが国家間なら軍備(ほぼイコール核)にあたるのではないですか。


日本がいいのか米国がいいのか
核保有も、核拡散の時代に突入し、国家ではなくて、テロリストに核兵器が渡れば、抑止力としての効果よりも現実の核攻撃の不安が大きい時代になるのではないでしょうか?
それを恐れての核兵器廃止の流れなのかな?と思っています。
核兵器を持つ方がいいのか?どうか?
米国の社会は銃社会ですが、日本では誰もが銃を持てる社会ではありませんね。米国市民から見れば、日本は危険な国に見えるのでしょうか?
日本人は銃を持った人から襲われれば無防備ですが、だからと言って銃社会の望んでいますか?
私は方向性として、核の無い、武器の無い社会への方向性が正しいのではと思っています。
また願っています。
戦争に備えて武器を作るというより、武器消費のために戦争をしていると感じています。


長いか
広島・長崎以来、戦争において核は使用されませんでした。
アメリカやソ連が撤退を余儀なくされた戦いにおいてもです。
広島・長崎において核兵器がどれほどの殺傷能力があり、また幾世代に渡って人を傷つける兵器であることは、少なくとも各国の指導者層は知っているのですから、それを分って使用することがどのような事態を自国に招くのか承知しているからでしょう。
使っても使われても良いことなど無い兵器が核兵器です。
「アンタが使ったら俺も使うよ。お互い仲良く死のうね」という相互脅迫のための兵器ですが、核を持った時点でこのゲームに参加することを余儀なくされます。
しかし核を持たない国に対して、核兵器使用禁止のルールが確立されれば、核兵器を持たない方が有利になる場合も考えられますが。

日本が核保有国の核の数を減らすという今の流れに関与することはもちろんですが、核非保有国・核先制攻撃の問題で、国際的な合意作りのために日本ができることは、やはり核兵器が通常兵器とは異なることをもっと発言しなければいけませんし、そういう訴えは直接の被害を訴えることよりも、むしろ被爆者二世、三世の問題を訴える方が、通常兵器との違いを理解してもらえるかも知れません。
その上で、核非保有国に対しての核攻撃を禁止していく、あるいは核の先制攻撃を禁止するルール作りに日本はリーダーシップと取ることが、日本の特殊性を最も生かせる道だと思います。

そういう方向に踏み出す中で、アメリカの核の傘に守られている(たぶん)ことが、日本の安全保障にとって有利か不利か、クリアーになってくる時期が来ると思いますが、日本ほど国力のある国がルール作りの方向へ踏み出すことは国際的な合意が得られやすいでしょう。
まず中国・インド・パキスタンはもともと先制攻撃に対して否定的な発言を公式にしています。アメリカも今の政権なら合意させることができるかもしれませんし、イギリスは同意するでしょう。
残る国々は個別に詰めていかなければなりませんが、不可能なことではありません。
順序としては核先制攻撃禁止→核非保有国への核攻撃禁止。
そして同時進行で核削減→廃止?だろうと思います。

逆に日本が核を保有するという選択をした場合、日本の立場はどうなるのでしょうか。
日本は経済的にも成功し、近年では日本のサブカルチャーを突破口に、日本文化そのものへリスペクトがありますが、経済も尊敬も全て失うことになる可能性が高いのではないでしょうか。
近隣の国、はっきりいえば北朝鮮に対抗するために、日本の評価と経済力までも北朝鮮に合わせることはないと思います。
また、核保有の議論を国内でする分には問題ありませんが、それを国際社会へのメッセージとさせてしまうと、やっていることは北朝鮮と同じ瀬戸際外交であり、失ってしまうものの方が多いように思います。


ロスジェネ
お玉さん、こんにちは。
先日伺った話でエントリを書いてしまいました。

「増山麗奈さんと湯浅誠さん」
http://kihachin.net/klog/archives/2009/08/renaart.html

ずうずうしいですね・・・(汗)。


あらためて、初めまして
先日は「見ましたよ~」なんて浮かれた書き出しで初コメントして失礼いたしました。

核討論は後を引きます。

国防=軍備の増強という考えの方たちに一寸考えてほしいと思います。

北方領土問題にしても韓国、中国との島の問題にしても、今、始まった問題ではなくて、ず~と抱え続けてきた政治が取り組むべき問題であったはずです。
それを放置してきたこと、解決に向けての政治的努力の不在を問題にしないで、逆にその問題を利用して国防論にすり替えているような気がするのですが、どうなんでしょうか?

軍備を増強して、核武装すれば拉致被害者が帰ってきて、北方4島が日本に戻ってくるとは思えません。かえって遠のくのではありませんか?

戦争準備が力だった時代は少なくとも日本に関しては終わってしまっていると思うのですが。

素人の考えで申し訳ありません。


 核兵器廃絶に反対する人ってほとんどいないと思います。そのために努力することにも反対する人っていないでしょう?

 ただ、実際に0になるまではアメリカの核の傘で抑止しようと現状の日本人の多数が考えているだけで。

「核兵器のない世界を目指す努力と、今ある多数の核兵器を少しずつなくしていく努力。この二つを同時に行いながら、恒久平和を戦略的に世界にアプローチしていくのが日本という国であってほしい。」

 だから上記のお玉おばさんの文章は、日本人の考えとなんら矛盾しませんよ。ただ、核兵器がなくなるまで無防備で相手に運命を委ねたくないだけです。核の傘で抑止力を維持しつつ、平和を目指したっていいでしょう?それじゃいけないの?

 う~ん お玉さんが何にもやもやしているのかわからない。



 


お玉さん

>その怖さを知ったうえで・・・・・抑止力が働くと思うのか、だからこそ核兵器を持たねばならないのか、もしくは、核の傘に守ってもらうべきなのか・・・・・それとも何かの「はずみ」で、ボタンが押されてしまった時の恐ろしさを想像して核軍縮、核廃絶運動をがんばるのか・・・・
>当然お玉は後者なわけだけれど、実はお玉な論では、正直まとまったことが書けない。

まとまったことが書ける人がいるなら、私はぜひお会いしたい。
それぐらい、まとまったことが書けない、つまり、お玉さんが掲げたことは、全部成立しているんだよね。だから「綱渡り」を余儀なくされるんであって。

国内問題ですら、矛盾する2つが同時に成立することなんてザラなのに、国際社会相手ならば、なおさら。
本気で平和を求めるならば、トレードオフの間で最大公約数を見出しつつ、徐々に目標に向かうしかない。

ちなみに、田母神さんは、文章として「核武装をした方がいいと思う」と、明確に述べているんだけど、本当に核武装すべきだという主張ではないことに、どれだけの人が気づいているのかなぁ、と思う、今日この頃。


> 核兵器のない世界を目指す努力と、今ある多数の核兵器を少しずつなくしていく努力。この二つを同時に行いながら、恒久平和を戦略的に世界にアプローチしていくのが日本

最優先事項である自国の防衛が欠落しています。
自分で立てない人に他人の介護は出来ません。


>核の保有を認めない方々は核を無くすための具体的な方法を示さずただ主張されるだけのように見えます。


核保有、核武装を肯定される方は、とりあえず、改憲派でお玉とは考え方が違うはずの、志方俊之さんなんかのご意見は参考にされたほうがいいかも・・・と思うんだけれど・・彼はこんなこと言ってるよ。・・「核兵器をつくる「経済力」と「技術力」を持っている日本が「核を持てるのに持たない」政策をとって、非核国の中でリーダーシップを発揮した方が、むしろ現実的なのではないか。」←お玉もそう思う・・

名無しはお玉のところでは認めません。きちんと意思を持つコメントには識別できるお名前が必要と思うから。もしも次回も投稿されるようでしたらお名前つけてね。





初めまして
初めてコメントさせて頂きます。確かに核を無くす事を主張される事は良いことで正しい事です。誰だってこんな危険物怖がります。しかし、具体的に核を無くす方法は皆無だと私は思います。地球を一瞬で焼け野原にしてしまうほどの量の核を捨てる事など無理ではないでしょうか?ある国が核を全て捨てた瞬間にその国は他の核保有国より不利になりますから当然捨てたくないでしょう。今現在の平和は友愛でも絆でもなく核の抑止力と互いの国益で成り立っていると思います。
私は日本も核の保有を論議すべきだと思います。日本の隣にはミサイルをやたら撃つ北朝鮮、勝手に日本の領土を武力で制圧する韓国や中国。これらの国を相手にマトモに対話が出来ますか?勿論核を撃って戦争しようなんて考えを持つ人は一人もいないでしょう。今日本に必要なのは核による圧力です。戦争を経験してない若輩者でこんな事を言ってたら批判されると思います。ですが、日本の国益のため、抑止力により日本の国防をより強固にするためには核は必要ではないでしょうか?
核の保有を認めない方々は核を無くすための具体的な方法を示さずただ主張されるだけのように見えます。自分が武装しない事で平和にはなりません。ただ他国からの侵略が容易になるだけです。互いに拮抗した力を持つ事が戦闘状態を生み出さない条件なのです。
稚拙な長文失礼しました。



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でも、お玉が愛を感じたら記事違い、長文、連投、暴言でも表に出すことはある・・ようは、愛です・・愛!また、TBも同じような基準で判断させて頂きます

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