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アフガン支援問題

夏ごろから新聞の国際面に毎日出ていた、アフガニスタン関連の政治記事が、アフガンの選挙が終わるとともに、どんどんなくなってきています。でもテロは毎日のように起きていて、30人民間人がなくなったとか、どこかの国の軍人さんが多数なくなったとか・・・・相変わらず情勢はとても不安定です。

 民主党はアフガン支援をどう考えていくのか、お玉には何よりこれに興味があります。それは、自衛隊への考え方、アメリカとの関係、そして、九条とのからみなど、すべてに通じてくる大きな問題だからです。

岡田克也外相の昨日の発言「日本がアフガンに評価されているのは軍隊を出していないからだ」北沢防衛相の発言・・海上自衛隊によるインド洋の給油活動を打ち切る理由として「成果が上がっているという声は極めて限定的だ」

このあたり、伊勢崎賢治さんの考え方が浸透してきた証拠だなあ・・とお玉にとってはとっても感慨深いです。

でも・・・・ 

アメリカは給油活動を打ち切る代わりに、日本へのアフガニスタン復興支援を強く要請してくるだろうから、それがいったいどういう形のものになるのか、お玉はとても興味があります。いえ、自衛隊の派遣に変わる何かが(アフガンの警察官育成支援という案、いいなって思ったけど)あるのか、そして、それ以外にも今後自衛隊の国際貢献を民主党がどう考えていくのか・・少しずつお勉強中・・

今日の朝日新聞より

洋上給油に代わる民生支援策、11月の日米会談までに

次の記事も拍手の数が40になったら書き始めますね。(拍手は記事の題名の上の「拍手」の絵をぽちっとするの。>あゆさんほか、みなさま、説明不足でごめん~~)

 

 
Secret
(非公開コメント受付中)

ライ麦狼さん
>・・・そもそもアフガンの事を、私も含め、多くの日本人が知らないことが、一番の問題ではないでしょうか?

そう思います。なので、少しずつ今後書いていくのだけれど、それはまだもう少し先で・・ネット検索もいいのだけれど、紛争地域の話はできれば現場経験の書にあたることが重要と考えます。
そういう話もいずれね。


一知半解さんがストーカー体質だとは思っていないよ。ただ、最初に書いた文章の否定のし方が相手がむっとしてしまいそうなところはあるかな?ヤリちゃんも最初の時点で尻下がりとか汚い水とか書いたのはバツ・・

で、アフガン関連のところにこういうの書き残されていくのは、あとあと読み返す時にとっても迷惑。なので時期を見てヤリちゃんと一知半解さんの最後のコメは消しますけど・・ご不満なようだったら一知半解さんのほうで採集しておいてください。


いわれなき「誹謗」を展開するやりちゃんへ
一両日様子見させてもらったけど、やりちゃんはどうやら私のブログにはお越しいただけないようです。

それどころか、お玉さんの迷惑も顧みず、このコメント欄で再度レスを返すことを選択しました。

もう書き込まないつもりでしたが、やりちゃんのレスが私へのいわれ無き「誹謗」を含んでいると判断しましたので、その部分について再度反論しておきます。
(他にも反論できる箇所は山ほどあるのですが、第三者にとってはどうでもいいことでしょうから、看過できない点についてだけ反論するにとどめます。)

まず、私が「ストーカー体質」であると印象付けようと話を誘導している点が、非常に悪質だと思いました。

特に例示のHPを以って、私をそれに同一視させようという「姑息な印象操作」には、正直驚き呆れました。

そもそも、今回手を出されるまで、やりちゃんに興味はまったくありませんでしたし、勝ち負けに拘泥しているわけでもありません。厳しく追及したのは、やりちゃん自身の卑怯な「応対」故です。

相手が真っ当な応対をすれば、これほど追及したりしませんよ。
それはここでの私の過去レスを見ていただければ、第三者にはわかっていただけると思いますが。

>今は廃れてしまったメディアでキミにソックリなタイプの方々と随分やり取りをしてきました。そういう人は「まいった。降参。」なんて絶対に言わない。

はずれです。
それは、貴方の勝手な決め付けに過ぎません。見損なわないで貰いたい。
私は、生憎そうした人間ではありません。

私だって間違っていたら素直に認める度量ぐらいあります。
過去にも次のような恥↓を晒しており、そのことをはっきりと自らのブログに記していることからも、そのことは第三者にもわかってもらえることでしょう。(本当はこんな事を再度晒したくはなかったが…)

・あらためて自分の一知半解ぶりを反省する。
http://yamamoto8hei.blog37.fc2.com/blog-entry-208.html

やりちゃんとの議論でも、もし私が明白に間違っているということになれば素直に「参った」しますよ。

ただ、今回は、私にそれを言わせるだけの説得力が、貴方にまったく無いだけの話です。

そして貴方は、まともな反論せず、人をあてこすり誹謗することを選択した。
結局、ロクに反論できない者が取るいつものパターンでしたね。貴方の場合も。

追伸:
お玉さん、いつも迷惑掛けてすみませんv-436

私もこんなレスをかえしたくはなかったのです。
ですが、今回のようなやりちゃんの「誹謗」に対しては、きちんと反駁しておかないと、ますます彼が図に乗ると思ったので、お玉さんには迷惑とは思いつつも、投稿せざるを得ませんでした。申し訳ない。


アフガンのこと
>アフガンのこと書いてるのに、日本国憲法や沖縄集団自決やら軍命の話を長文で書かれて説の披露

・・・そもそもアフガンの事を、私も含め、多くの日本人が知らないことが、一番の問題ではないでしょうか?
やはり、議論の前にプレゼンテーションや、参考資料の紹介をすべきなのでしょうか?

基本的なところで、Wikipedia
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%83%95%E3%82%AC%E3%83%8B%E3%82%B9%E3%82%BF%E3%83%B3

01年くらいまでのアフガンの歴史
http://chiri128.at.infoseek.co.jp/afg/index.htm

調べ物のお供にアフガニスタン「جمهوری اسلامی افغانستان」 アルジャジーラ「الجزيرة 」とアラビア語(?)
これをググったりYouTubeで検索すれば、イスラム側視点の動画も、多少見れます。

あと米軍だけでなく「ISAF」を軸に調べても、違う話も見えてきます



やりちゃんのいうこと、よくわかるんだけどね、なるべく大目には見るようにしてるんだけどさあ・・でも、アフガンのこと書いてるのに、日本国憲法や沖縄集団自決やら軍命の話を長文で書かれて説の披露をやられると、やはり迷惑なわけ。どこかで留めないといけないときに、バランス良く打ち切るのは難しいんだけど。


お手数をおかけしました。
電車で書いた準備稿の方を上げちゃいました。手間をかけてごめんね。

半解たんはボクのことが好きなのかな


一知半解さんへ
>一知半解さんへ

面白いブログを紹介しましょう。

夕べ
ttp://haru41.cocolog-nifty.com/blog/

私、この人に自分のブログのコメント欄を占拠されたことがあります。私の書く文章は、ストーカー体質の方のスイッチをONにしてしまうみたい。

私にただならぬ関心を寄せて頂くのは嬉しいのだけれど、私の方は、キミにサッパリ関心がありません(少し前にはあった)。ごめんなさいね。勝ち負けに随分こだわっているみたいだけど、何ならキミの勝ちということにして貰って結構ですよ。こちらは。後は読者の判断に委ねましょう。

安全地帯とか、ええかっこしいとか、随分トサカにきちゃっているみたいだけど、マントル付近の不連続面まで到達しそうな深~い墓穴を掘っちゃいましたね。キミがリスペクトしている作家には従軍体験があるけどキミ自身にはないのでしょう。尻馬に乗って旧軍の批判を展開するのは「安全地帯からのええかっこしい」には該当しないのかな?とても複雑でデリケートな価値観ですね。

シスターお玉は、いわゆる護憲派でありながら、自衛隊の存在を容認する、という立場を引き受けています。私は吉田ドクトリン、列島改造、郵政選挙はおろか、ムード歌謡、寅さん、欽ちゃんに至るまで、戦後社会を包括的に肯定する、少なくとも、つながるものであることを引き受ける、という態度を何度も表明しています。キミのように「戦前の軍隊は木偶人形」「日本国憲法は欺瞞だらけ」というようにラインを引いた外に立ち、アリバイ作りに勤しんでいるような方は、討論のスタート地点にも立てないのではないか、というのが私の主観的断定です。ご満足でしょうか?おそらく山本何某が旧軍を批判する時には「その場に居合わせながら自分は無力だった」という自戒の視点が並存しているのではないのですか。キミにはそんなものはないでしょう。それらを混同してはいけない。

私がシスターお玉に勧めたかったのは、お世話になっている「日本共産党・悪魔の辞典」ブログで採用されている規制、削除を排して、投稿者の評価を読者に委ねるやり方です。そうは言ってもあんまりエロなもの、ヤバいものとかは嫌なのでしょうから、根幹テーマに関わるものに限定して大目に見たらどうか、という提案をしているのです。お玉村の住民として、そのような村であって欲しいと願う立場の者からの発言です。キミは無責任だと言うけれど、読者の大半がキミの素晴らしいコメントに心を打たれて、「そうだとも。日本国憲法など欺瞞だ。」と言い出したら、シスターお玉は「何てことをしてくれたの」と嘆き悲しみ、私はこのブログに来られなくなります。そんなことは到底耐えられるものではない。けれども、私はそのリスクを取りました。それだけの自信があったからです。卑怯者呼ばわりは心外ですが、それも許容しましょう。同調者は少ないだろう、という方にチップを積むことにします。

ニフティサーブやニュースグループ、メーリングリストなどなど、今は廃れてしまったメディアでキミにソックリなタイプの方々と随分やり取りをしてきました。そういう人は「まいった。降参。」なんて絶対に言わない。酔っ払いが「俺は酔ってなんかない」って必ず言うのと一緒です。そういうのはもう飽きちゃいました。


再びやりちゃんへ
>あなたのチャチな用心棒の例え話に説得力があるかどうかは読者が判断するだろう、と私は言っている。押し止めたりせず好きなだけ言わせてやったらどうか、と言っている。それが主観ですか。

やれやれ、やりちゃんは読解力がないのか?私の主張を誤読しているようだ。

私は別に「読者の判断」自体について異を唱えているわけじゃない。
読者の判断に委ねるのは当然だし、私にとっても望むところでもある。

そんな点を問題視しているのではないのだ。やりちゃんよ。

そもそも、「汚い泥水」と評したことについても、貴方の自由だし、そう評価するな!といっているわけでもない。

だが、それが貴方の「主観」に過ぎないことぐらいはわかるよな。

私が問題視しているのは、やりちゃん個人の主観に過ぎない「一知半解の主張=汚い泥水」という理由でもって、「好きなように書かせておけ、相手にするな」とブログ主に無責任に勧め、かつ、「汚い泥水」扱いすることで、私の主張や質問に一切答えず逃げて済まそうというその安直かつ相手を馬鹿にした傲慢な姿勢だよ。

要するに、自らの主観でしかない決め付けを盾に、相手を無視し、かつ、自らの見解も明らかにしないまま、相手を貶めることだけして書き逃げ…という貴方の態度がいただけないと言っているのだが…。

私の言っている意味、わ・か・る??

そもそも、やりちゃんは、自らの主観を述べさえすれば、それで相手を否定できたと「勘違い」してないか?

小学生程度なら、相手を「馬鹿」呼ばわりすりゃそれで否定できるかもしらんけど、大人の世界では、相手を否定するには、客観的な理由も述べなければ、誰からも相手にされないよ。

もう、いい年なんだろうから、そんなことぐらい気づきましょうや。

>あなたの挑発に乗って私が討論を始めれば、「もうやめて」と言っているお玉さんの意向に背きます。

なら、お玉さんが言うように、私のブログに来たらいい。遠くない将来などと言わずにね。

私のブログコメント欄は、blog-blues氏同様、フルオープンで即時表示です。
それに加え、blog-blues氏のように自分が気に食わないコメントをソッコー削除したり、予めコメ禁するようなことも一切していないからね。

都合が良いことに、貴方がチャチと評した用心棒について書いた記事があるので、そちらのコメント欄をご利用くださいな。
貴方がチャチと評した理由を、思う存分披露してもらおうじゃありませんか。

コメント・ルールに縛られて、ロクな反論一つ出来ないのは、やりちゃんにとってもやりにくいだろう。

それとも、お玉ルールに守られながら、相手の反論を許さず、相手をおちょくるだけで逃げたいのかな…。

まぁ、それならそれで結構ですよ。
人の質問にまともに答えることさえ出来ず、皮肉や嘲笑で返すことしか出来ない人間を相手にするのは時間の無駄だしね。

追伸:
お玉さん、並びに第三者の方には、つまらないお目汚しの長文コメントで大変ご迷惑お掛けしました。

やりちゃんのように、理由も述べず、自らの立場も明らかにしないまま、いわば”安全地帯”から人をおちょくり、ええかっこしいを気取る人間には、どうにも虫唾が走るもので、つい反論してしまった次第です。
これで最後のレスにいたします。

やりちゃん次第ですが、あとの「泥仕合」は自分のブログでやりますので何卒ご容赦の程を。


ごんさんの発言を見て、いつも思うんだが、ごんさんは視点がいつも一面的。物事には主体と客体があるのであって、主体から見た風景と客体から見た風景は異なっているということを忘れてはいけない。

それと、事実ではないことを、感情的に事実にするのは、結局歴史を見誤る原因。自慰史観だろうが自虐史観だろうが、そのあたりは私に言わせれば同じ。

「生きて虜囚の辱めを受けず」という戦陣訓の言葉はあるけど、それをそのまま受けて自決した人もいるだろうが、自決しようとした住民に「生きろ」と怒鳴った軍人もいる。

手榴弾を、自決用に渡された住民もいるが、米軍に投げて避難するために渡された人もいる。手榴弾を数個もらいたいのに軍から断られた住民もいる。

実際、第32軍は米軍上陸が予想されたとき、本土に疎開させたり沖縄の北部(戦闘地域になりえない場所)に避難させようと計画をしたのは事実。それがうまくいかなかったのも事実。

集団自決の動機は、サイパン陥落時の米軍の戦争犯罪に起因するという説もある。(白旗を掲げた兵士や住民を、面白半分に機銃掃射したり、捕虜となった住民のうち、女性だけをトラックで運んで子供や老人を虐殺したとか、そういう事件もあるんだよ)

最後に、集団自決の「軍令」は、『ありえない』んだ。軍は住民に直接命令する権限はない。「壕から出ろ!」と住民を追い立てたり、久米島で少年を銃殺した軍人もいるが、これは軍法会議にかけられる「違法行為」なんだよ。
「軍令はありえない」というのは、権限外であったり、そもそも違法だからであって、それを知っているから言っているんであって、別に美化したり隠蔽したりしているわけではない。

だからといって、集団自決の事実や、住民が戦争に巻き込まれて理不尽なことをされた、「本来守ってくれるはずの日本軍から日本国民たる沖縄県民が殺された」というのも事実を覆すことは許されない。
ただ、いくら戦争の悲惨さや人命の尊さを強調したいからといって、あまりに事実とかけ離れたことを述べたり、他の言説に対してレッテル貼りをするようなことをすれば、逆にごんさんの方が説得力を失うことになるよ。

自分たちもまた、「インドに鉄道を敷設してやったんだから、イギリスのインド統治も「いいところはあった」と言っているってのは、酷くないか?」と言われるようなことをしてしまっていること、自覚した方がいいと思うよ。


ごん様
少し言葉が過ぎたようです。誠実なご返答ありがとうございます。

ところで、「裏切り」ですが、そもそも『軍』や『国』が人を裏切ることはできません。それは比喩としては成立しますが、軍や国とは<人の集まりに名付けられた名称>であって、それ自体が人格を持っているわけではないからです。
人を裏切るのは常に『人』です。

軍隊や国家に信頼を寄せていたのに、それが最悪の形で裏切られた、だから「軍」や「国」は悪いのだ。
・・・・
日本人はそういう言い方が好きですが、国民を裏切ったのは『無能な将軍』や『阿呆な政治家』であって、「軍隊」だの「国家」だのではありません。

ただある目的のための集団が集合無意識の思念体として自我に目覚め、魔法をふるって構成員を催眠術にかける・・・
もっと穏当な言い方をすれば、「場の空気がそうさせる」という言説が日本ではまことしやかに信じられていますが、それはまるで<言霊信仰>のように、まるで根拠の無い迷信でしかないと私は思います。

そういうことにしておいて、個人の誤った決断の理由を探求せず、個人の責任を追求せず、歴史の過ちから個々の個人にある限界と個人がとるべき道を誠実に研究しようとしないありようこそが、日本の諸悪の根源にして最も深い病巣、最大の『偽善』であると私は考えます。

なぜなら、原因が<場の空気>にあるのなら、<失敗した責任者>が取り得る態度は『全面謝罪』か『開き直り』しかありません。それでは同じ失敗をどうやって防ぐというのでしょう?

もちろん、日本社会が個人の対立を<場の空気>に吸収させることで、異なる立場の人々を団結させ不要な対立を防いで奇蹟の発展を成し遂げたことの功績を全面否定するつもりはありません。

しかし人類はもう十分に発展しました。富国強兵よりもCO2削減こそが求められる世界で、<場の空気>でもって作られた団結のもと社会をどこかへ突き進める必要はもうないのです。

<場の空気>にはそろそろご退場願って、個人の責任を明確にし、責任を追及するかわりに失敗の原因を改善する、という建設的な社会を定着させなければ、個人の決断が社会をひっくり返しうるテンポの速い現代世界においては取り返しの付かない失敗をやらかしてしまうことになってしまうのではないかと危惧します。

長文失礼いたしました。


一知半解さんへ
ゴマすりだの、何だのと、よっぽどトサカにきているようですね。クックックッ…。

あなたの挑発に乗って私が討論を始めれば、「もうやめて」と言っているお玉さんの意向に背きます。遠くない将来にまたお会いするかもしれませんよ。

あなたのチャチな用心棒の例え話に説得力があるかどうかは読者が判断するだろう、と私は言っている。押し止めたりせず好きなだけ言わせてやったらどうか、と言っている。それが主観ですか。


お玉さん、やりちゃんへ
お玉さん、記事違いになってしまいすみません。
全く関係ないことは、投稿せぬよう気を付けてはいるのですが…。
ただ、反論していくと記事違いになってしまいがちなことだけは、ご理解いただきたいと思います。

>やりちゃんへ

「汚い泥水」ですか…。

ま、私の意見は、相手の主張を真っ向否定していますから、人によってはそう受け止めてもおかしくないとは思う。

ただね、私は単なる意地悪でコメントしているわけではないですよ。
私なりに納得した「意見」を護憲派の皆さんに突きつけているだけです。
それですら嫌なら政治系ブログは止めにした方がよろしいかと。

私が生理的・感情的ではなく、できるだけ論理的にコメントしていることは、わかる人にはわかっていただけると思いますが…。

それを、今回のやりちゃんのように”主観オンリー”で相手の意見を切って捨てる対応は実に残念。

なにしろ、相手の反論を「汚い泥水」扱いしてしまえば、一切反論せずに済みますから。
今回のように反論の一つもしないで、相手を貶してオシマイとしたように。

貴方の過去の投稿コメント見る限り、反論できぬほどの「能無し」でもなさそうに思えるのですが…。

しかし、「心を動かされる者があるとも思えません」と”主観オンリー”な断定を下して、ブログ主にコメント欄運営の変更をけしかけているのには、いささか呆れますね。

ブログ主にゴマすりながら、その結果についてなんら責任を持たないコメントを投稿するのは、さしずめ無責任なそそのかし応援団といったところでしょうか。

そもそも、一つ疑問なのだが、「根幹にかかわる内容」の反論をされたとき、やりちゃん自身は「汚い泥水」扱いしてやっぱり逃げるのだろうか?
お玉さんに薦めたように、「心を動かされる者があるとも思えない」から相手にしないのだろうか?

その答えをひとつ聞いてみたいものです。


応報
あたしのKYDさんへの「憐憫」をKYDさんがあたしに「罵倒」で返すというのは正しいよ。あくまでも、「罵倒」しているKYDさんが「罵倒」だと何度も言わないといけない程度のやさしい「罵倒」だけども。それでも、きちんと攻撃の(というか作用する)対象を示している。その点でもKYDさんの「罵倒」は真っ当だ。少なくとも、他にこちらにいらした、たとえば「くろがね」さんよりは、はるかに。

それと、

あたしが他の方の言葉を持ち出してきて、ここでの議論の相手であるKYDさん以外の不特定多数の方々を(結果的に)貶めたのも、(あたしの思惑にかかわらず)これまた事実だ。だから、KYDさんがそんなあたしのことを「邪悪」と呼ぶことは、妥当だろうな。

だからすべて仰るとおりさ。

そう、あたしはここで、他の方の言葉を紹介した。だから、あたしはそうしたっきりで逃げるわけにはいかない。というのも、ここであたしが紹介した、そのことによって、その方のその言葉が、そして結果的にその方ご本人が、あらぬ非難の矢面に立たされるようなことになったら、あたしは最低だし、きっと最期まで浮かばれないだろうからね。そして何よりも、あたし自身のここでの「言い逃げ」という行動自体が、KYDさんの、

「『精神論』は無意味」

というのを裏打ちしてしまう。それじゃあ何のためにここに出てきたのかわからない。まさに無駄死に。「自爆」行為だよ。いくらその発端が「くろがね」さんの(形容しがたい)言葉によるものだったとしてもね。

まいった。

引き留めてくれてありがとう、だよ。

KYDさん、

KYDさんが仰る、

「70年代に『安保』をやらかしたくそみたいな連中」

とあたしの言を同列に見なす、というかそう見えたのも、KYDさんの心には、十分に周到な理由がおありなのだろう。

< あたしは、たとえば、ベトナム帰りの若者に「人殺し」と唾を吐きかけた、そんな連中が一番嫌いだけどな。彼らに「人殺し」をさせたのは誰なんだ。当時のアメリカは民主主義国だったんだろ >

でも、やっぱりあたしは、あの沖縄戦を「生きた」、そうして「生きて還った」方々に「自決は軍令ではなかった」と言わせる、そんな『連中』に、そんな『社会』に、そんな「卑怯な国家」に唾を吐きかけるのをやめはしない。

「生きて虜囚の辱めを受けず」

この言葉の前に、自分では死ぬことのできなかった幼い家族を、年老いた家族を、愛する家族を、その手にかけた方々が、この世にはいらっしゃる、

いらしたんだ。

この事実を前にしてなお、

「自らの罪状を個人に押し付けようとする『軍』や『国』」

というものを、あまりにも下劣だ、と思っているから。


あともうひとつ、

あなたのような偽善者が大手を振って善人面をしているからです。

KYDさん。ここは「悪党が大手を振って善人面をしている」が正しい罵倒だよ。偽善者が善人面をするのは当たり前でしょう。

あたしはKYDさんの上のコメントを読んで以下の言葉を思い出したよ。

一度は僕等を裏切ったはずの大人達が今度もまた臆面もなく自ら現実を指導するが如く壮語してゐる時、僕達は果していそいそと歓呼を以て之を迎えへ得るであろうか
http://teagon.seesaa.net/article/85444136.html

この日本でこの聡明なKYDさんを「裏切った」のは誰だろうか。少なくともあたしではない。あたしはまだ、KYDさんに「偽善」すらも施してはいないからね。



ごん様
今の日本に『生きて』存在しているにも関わらず、平和の側に、虐げられた者の側に立っていると思い込めるその愚かさには驚愕します。
日本人であれば踏まえなければならない<罪>がある。それを自分だけ関係ないと?

あげく生き延びて、生きていくために立場上色々あるだろう人に、
「なぜ生きてそこにいるのか?」
と聞くその無神経と無思慮!
同じ人間とは思えない。まったくあなたは唾棄すべき存在です。真摯な良心のかけらも感じられない。

70年代のくそったれな安保反対をやらかした団塊世代と同じで、自分たちの内なる悪と向き合うことなく他者を攻撃するあなたのような偽善者がはびこったからこそ、この日本はこんなにも無責任で非現実的な愚者が堂々と他人を糾弾する悪夢のような社会になったのです。

死刑廃止議論がちゃんとできないのも、政治家のレベルがいつまでたってもバカなのも、何かあればすぐに非難中傷の電話メールが殺到するのも、あなたのような偽善者が大手を振って善人面をしているからです。

現実問題として圧倒的な武力として米軍は存在します。米国経済は日本経済や中国経済だけでなく、世界経済そのものに深くリンクしていてその意向を無視することはできない。そんな現実に<唾をはきかける>のは格好良いかもしれませんが、非現実的です。21世紀だろうが遠い未来だろうが、理想がどんなに素晴らしかろうが、武力と経済力を握った勢力を『くじく』のにそんな精神論はまったくの無意味です。

現実の前に屈せざるを得ない人々を鞭打つ愚かな偽善者、それがあなたです。理屈だけで、願望だけで現実を語るその姿は戦前の軍部と同じです。米国の武力に憲法の理想論を振りかざすその姿はB-29に竹槍を振りかざしていた子供と何も変わらない。それでは何も変わらないし、良くなることもありません。

私は利口ぶっているわけではない。打算的ですらない。私は真摯にあなたを罵倒しています。心の底からあなたを罵倒しているのです。なぜならあなたのその偽善が真に世界を悪化させる根本原因の一つ、人間の忌むべき邪悪の一つであると本当にそう思っているからです。あなたのような偽善者は打倒されなければならない。言いっぱなしで逃げさせてはいけない。そう思うからこそ、あなたをここまで極限まで罵倒しているのです。

長文悪文失礼いたしました。


「あい」でないことは確かなんだけど・・
これは。うまく形容できないな。こんなことを「ついで」に、しかも、よりにもよって「原爆しょうがない」発言と並べて言われるとね。

>沖縄自決命令騒動も、言わば「古い歴史認識」でしょう。

以下は、沖縄戦を生きた方の、あたしが直に聞いた、生の声だよ。

=================

わたしにはどうにも腑に落ちないことがある。「お国のために死になさい」わたしたちは、そう教えられた。みんなそう言ってた。ねえ、みなさん。でも死・ねなかった。死・ねなかったんです。そうして、今、ここにいる。

「軍命はなかった」

そうおっしゃる日本の兵隊さん。あなたは沖縄に、あのとき、わたしたちと一緒に沖縄にいたのですよね。それじゃあお聞きします。

あなたは、

なぜ、

生きてそこにいらっしゃるのですか。




結局は「感情」になってしまうのでしょうか?
ごん様へ

>しかし、ライ麦狼さんのこれはすご>いな。
>>一人二人死んだくらいで、

いやぁ~、すごいだなんて、照れちゃいますね。そんなすごくないですよ。
でも私、脱ぐとすごいんですよ♪

・・・などと、そろそろ年齢的にやばいボケをしてみました(汗
とは言え、どこら辺がすごいのか、具体的にご指摘頂たいのが本音です。

仮に「一人二人死んだくらいで」との言い方が、人の命を軽んじているというのでしたら、別段すごくもないと思いますが?

私のコメント最後にある「感情ではなく勘定で判断」の一文。コレと関連した形での演出・強調として使用しました。軽んじるというより、数字として処理する方向、になるのでしょうかね

もし現地の安定・国益の確保を判断するときに、そういった「勘定」は良くなくて、「感情」で判断するほうが良いのでしょうか?
たとえ良くなくとも、流れ的に「感情」によって決定されてしまうモノなのでしょうか?


あと、「もっとましなたとえはなかったものか」仰いますが、別にごん様のみに対して言った訳ではありません。
もし、ごん様の「たとえ話」へのダメ出しと捉えてしまったのなら、申し訳ありません。
単純に、汎用性が高く的確な「たとえ話」は無いものか? とは、戦争の話が出るたびに毎回思うもので。

ただ、「一人二人死んだくらいで」と「たとえ話」の繋がりは、関係ないと思うのですが。


>ごんさま
>あたしが念頭に置いたのは在任中の九間防衛大臣のこと。

それは失礼しました。
私は久間発言から感じたのは「これで戦争が終わったんだからしょうがない」程度で、日本の罪がどうのこうのとは全く感じ取れなかったもので。
本島元市長発言はリアルで聞いた時から怒り心頭に発していたものですから、その分久間発言を割り引いて聞いていたかもしれません。

>「美しい国」の「新しい歴史認識」

久間発言も本島発言も、ついでに言えば沖縄自決命令騒動も、言わば「古い歴史認識」でしょう。
あれだけ悲惨な体験です。自分以外の誰かの責任にしなければ、正当化しなければ精神の安定を保てない。ちょうど日本軍という格好の悪役がいるし…というところかと。


ああ、それから
九間発言についてはこちら。あたしのとこでのmxさんのコメント。この方こそ本物の右翼だと、あたしは思ってる。

================

国家が分断されなかったと言うのを有難がっているが、それなら北海道(北方領土)や沖縄はどうなるのでしょうか。不幸にして分断されてしまいました。日本も「冷戦下」で分断されたと言う事実を、忘れてはいけないでしょう。

「失言」「いい間違い」は誰しもあるものなので、それで責めても意味はありません。

そこで私は「文脈」を重視しますが、久間氏の発言は、文脈をどれだけ精査しても、弁護しきれない発言だと思います。

これが「美しい国」の「新しい歴史認識」でしょうか?



落とされてしかるべき・・・
>ごんさんが仰る意味で「原爆しょうがない」と言ったのは本島元長崎市長。というか、この人は「落とされるべきだった」とはっきり言ってます。

あたしが念頭に置いたのは在任中の九間防衛大臣のこと。本島元長崎市長のは知らなかったな。不勉強でごめんよ。

< でも、見てみるとお二方とも同じ長崎だね。今、そのことを知って、もう少し考えてみようかな、と言う気になってきたよ。「原爆しょうがない」そう言わなければならない事情、というのが当の長崎の首長や代議士にはおありなのかと。たとえば、沖縄選出の首長や代議士が「沖縄戦しょうがない」、と言うだろうか、言うとしたらどんな心づもりがおありか、とかいろいろと・・ >

でも、まあ、現時点での考え方としては、かの発言を聞いた当時とあんまり変わっていないよ。
http://teagon.seesaa.net/article/46416768.html

あたしは、原爆の投下は、人類史上最大の汚点だと思っている。そして確かに、その罪の一端(一方の極)は日本軍が背負っている、背負わなければならないのだろう。そう思っている。

< アメリカのアフガンへの爆撃が当時のアフガンの指導者たちの責任を不問にするものではないことと同じように。・・・その意味ではこれは確かにイジメとは違うな。いわゆる「イジメ」の場合、イジメられる側には責任はない。イジメという非道がイジメられる側のすべての責任を無化する。だけど、戦争を回避しようとしなかった指導者の責任は、勝敗に関わりなく、問われなければならない。爆撃というのが非道だとしても。これが「個人」と「国家」の違い。イジメというのはくだらないたとえだったよ >

だが、それでもやはり、多くのアメリカ人(や他の多くの国々の人)たちのように「あれはしょうがなかったんだ」という気になれないのは、あたしが「日本人」だからだろうという気は、していた。・・・し、今でもそんな気がしている。

そして、それこそがあたしのアイデンティティだ、と、あたしは思っている。

あたしは、あの時も、そしてこの先も、原爆を落とされてしかるべき都市が、学校が、家族が、子どもたちが、人々がこの世に存在したり、出現したりするとは思えない。

あれは悲惨とかじゃない。地獄だ。あれは戦争だけが可能にする、人の心の空白が作り出した、厖大の闇だよ。あの事実の前にはドストエフスキィの小説もかすむ。(こんなこと言うとロシア人に怒られるかな。それともアメリカ人に。まあ別に怒られてもいいけど)


それはそうと話しが全然別の方向へそれちまいそうだ。あたしの悪いクセ。だからこれ以上の質問は、うちへいらして、くださいな。

ああ、それからシンペイさん。

悪いけどあなたと『マザーテレサ』の話しをする気はないよ。あたしゃ「爆撃」の言い訳に出てくる『マザーテレサ』なんて知らないんだ。その話しはもっとほかの、そうそう、あなたの『マザーテレサ』を理解なされる方と、ごゆるりと、なされてくださいな。

あたしもそんなに暇じゃないんだ。




お玉さんへ
記事違いを引っ張られるのは確かに迷惑でしょう。しかしながら、日本国憲法の正当性という当該ブログの根幹にかかわる内容なれば、好きなだけ書かせておいてはいかがでしょうか。汚い泥水ですが、方向だけは真正面から浴びせられています。それらの投稿で心を動かされる者があるとも思えません。もっと読者を信頼して下さい。

最初は面白いかな、と思っても、読むたびに評価が下がっていくのが一知半解さんとBLOG BLUES氏。逆に、尻上がりに良くなっていくのがわくわくさん。そんな気がする増位山です。


>原爆しょうがない
お久しぶりでございます。
記事違いなのは承知しておりますが、情報が錯綜しているようなので一言。

>日本初の防衛大臣のお言葉
は、2007年6月の久間(当時)防衛相の言葉。以下は朝日新聞の記事。
> 久間防衛相(衆院長崎2区)は30日、千葉県柏市の麗沢大学で講演し、1945年8月に米軍が日本に原爆を投下したことについて「原爆を落とされて長崎は本当に無数の人が悲惨な目にあったが、あれで戦争が終わったんだという頭の整理で今、しょうがないなと思っている」と述べた。原爆投下を正当化する発言とも受け取られかねず、野党が久間氏の罷免を求める動きを見せるなど波紋が広がっている。

ごんさんが仰る意味で「原爆しょうがない」と言ったのは本島元長崎市長。というか、この人は「落とされるべきだった」とはっきり言ってます。


・・・・・・・
>日本初の防衛大臣のお言葉
そりゃ負けたばっかなんだから「とにかく当時の日本を貶めねば」と
考えたのではないですか?
少なくともその時点で「戦勝国」とやらの機嫌を損ねる言葉吐くわけにはいきませんよね。
そしてごんさんはどう思われてるのですか?
「日本は原爆投下されても仕方ない」=原爆投下は正しいと思われているのですか?
そして「唾を吐きかける」程義憤に憤っておられるごんさんは具体的に何をなさっておられるのですか?
「手段を選ばず」(と言っていいでしょう)日本を豊かにしようとした先人達を侮辱しつつ
生命の安全を謳歌している貴方は何処で何をされているのですか?
当然「イジメの片棒を担いで得た利益」により整備されたインフラの使用など一切拒否されているんですよね?
ぶっちゃけ安全な所で平穏と利益を享受している以上それらを齎した人達の行為を非難する資格などない、と私は思っています。
異議や反論はともかく行為そのものを否定出来はしないでしょう。
それを否定したいのならそれによってもたらされた利益を拒絶するべきです。

>激昂なさらないでください
これはごんさんのみならずアフガン支援推進派、な人達全てに言ったつもりです。
言葉足らずで申し訳ありませんでした。

で、マザーテレサの言葉に関してはスルー?


一知半解さん、記事ちがいになってるぞ
こういうときはTBしてねとずっと言ってる・・・そのためにTBはよほど題名とかに問題のない限り、たいがい承認してるでしょう?
##日本国憲法が欺瞞だという議論をしたい方は一知半解さんちへGO・


ごんさんへ
>一知半解さんが彼らのことを「弱者」だと認識しているということはわかるけど。

逆ですよ。
彼らは自分達のことを弱者だと思ってないだろうし、そう思っている彼らを「弱者」と一方的に規定することこそ、傲慢じゃないのだろうか、と言いたいのですが…。

>「個人」と「他者」の関係が「国家同士」の関係と同じなわけないでしょう。

そうかな?
個人も国も、一皮むけば弱肉強食の世界にいるし、自己の生存の為に、他者を犠牲にする事だって同様にあるでしょう。

それを、「弱いものいじめ」という観点から批判することは容易だけど、そう批判しているご本人も、同様にその恩恵を享受しているんだから、批判されている側からみりゃ、「自分のことを棚に挙げて、なに言ってんの?」としか思えないのです。

>誇り高き日本国憲法をいただく、21世紀の日本ぜよ。

それこそが、欺瞞ですよ。

これについては、岸田秀が「日本がアメリカを赦す日」でわかりやすく解説しています。拙記事↓で詳しく引用紹介していますので、リンクを貼ると共に、その一部を、以下、引用紹介しておきます。

・平和主義の欺瞞【その5】~本末転倒、憲法フェチ~
http://yamamoto8hei.blog37.fc2.com/blog-entry-227.html

(~前略)

平和主義の問題へ戻りますが、平和国家日本というイメージもいかがわしい限りです。

これも、僕に言わせれば、ごまかしです。日本が平和国家なんて嘘です。

「俺はみんなと仲良くしたいんだ、喧嘩は嫌いだ、暴力はいけない」と言いながら、暴力団員(米軍)に用心棒を頼んでいる(駐留してもらっている)お金持ちのようなものです、今の日本は。

しかも、子弟(自衛隊)をその暴力団員に弟子入りさせて喧嘩の腕を磨いてもらっています。このようなお金持ちの説く平和主義を誰が信用するでしょうか

それなのに、日本が世界に誇る平和憲法なんて言う人がいます

アメリカと安保条約を結んでいて平和憲法を誇るのは、あくどく稼ぐ高利貨しが慈善家の看板を掲げているようなもので、平和憲法はむしろ恥じて隠しておきたいと思うのがまともな神経だと思いますが、どうでしょうか。

嘘つきの泥棒が、わが家には代々伝わる「嘘をついてはいけない、人のものを盗んではいけない」という家訓があると自慢するようなものではないでしょうか。

(後略~)


何処より「怒りなるもの」がわいてくるのか・・
>「原爆しょうがない」

戦後日本初の防衛大臣閣下のお言葉にございます。「中国」や「北朝鮮」が国としてどういうふうに言ってるかは存じ上げておりません。


>日本政府はアフガンを見捨てるべきである、とすら思います。
>あくまで極端な例えですから激昂なさらないで下さい。


おかしなことを仰る。なんであたしが今さらそんな「例え(なのか?これは)」に激昂しなけりゃいけないんだろか。

そもそも、

「日本の国益のために(強い)アメリカの(弱い)アフガンへの空爆を(しようがなく)支援する」

てのがKYDさんや一知半解さんのご意見でしょう(笑)そんなん最初からわかってます。そこをシンペイさんがご丁寧に表現してくださったわけで。で、シンペイさんが、そう表現することによってあたしの心に「怒り」がわくだろうと予測することの意味がわからん。(KYDさんや一知半解さんが「そうじゃない」と憤りを感じるのならわかるけども)

それとも、

「唾を吐きかけたい」が、あたしの「怒り」の表現だと思ったのかい?

なら誤解だね。

紛らわしい表現を使って申し訳ない。

ごめんよ。


ああ、「日本の国益のために沖縄を見捨てるのはしようがない」と大っぴらに言うのなら、怒って見せるだろうけどね。いつでも。何度でも。

もちろん、心では唾を吐きかけて。

あたしは、この社会でものが言えるほどに育っていながら、他者の犠牲を「当たり前のこと」として生きているような人物に対しては、(たとえその人の生育過程にそういうふうな人生観を持つに至る、やむにやまれぬ事情があったとしても)「侮蔑」もしくは「憐憫」しか感じないんだ。

ごめんよ。


しかし、ライ麦狼さんのこれはすごいな。

>一人二人死んだくらいで、

こんなこと言うお人に「もっとましなたとえはなかったものか」とか言われてもねえ。

=================

われらは、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する。

「日本国憲法」前文より


=================

そういえばアフガンの空爆のときにこう言ってたアメリカ人がいらしたね。

「たとえば殺人犯がビルの中に逃げ込んだからと言って、警察はそのビルをミサイルで攻撃するようなことはしないだろ」




なんで?
ゴンさんは何ゆえそこまで高みから他者を見下ろされているのでしょう。

かつて偉大なる聖女マザーテレサは言われました。
「日本人はインドのことよりも、日本のなかで貧しい人々への配慮を優先して考えるべきです。
 愛はまず手近なところから始まります」
(「世界平和のために私達はどんな事をしたらいいですか」と問われて)
「帰って家族を大切にしてあげて下さい」
他者への愛といたわりを否定する気はありませんが、それらはまず
自分と自分の家族が幸せになってから初めて示されるべきものだと思います。
極論するならばアフガンの人々を救う事で日本に不利益ないし利益の損失が発生するなら
日本政府はアフガンを見捨てるべきである、とすら思います。
あくまで極端な例えですから激昂なさらないで下さい。

それと「原爆しょうがない」という発言は国策で日本を貶めつづける南北朝鮮と
中国以外の国での発言ですか?
もしそうならソースをお教え願えますか?
そういえばわたしの「ソース教えてくれ」に対し結局
コギトさんは逃げ続けてるなぁ


あたしは怒ってないよ(笑)
あたしは沖縄で愛すべき隣人である海兵隊のみなさんとそれなりに仲良くしていた時期もあったわけで(夢見るティーンエイジの頃ね)、けれどもやつらの戦闘機の爆音はうるさいし、ダムには不発弾を捨てるし、森では枯れ葉剤の実験をするし、大学にはヘリが落ちるし、、、(これは全部ここ10年ほどで明らかになったことだよ)

そういうのは駐留軍の常態でどこの国のどの軍でもそんなことをするのだと言われたら「やっぱ軍ってのは非道だね。復興を支援するための機関なんかじゃなくて」と、それまでのことだけど。

で、まだ若い海兵隊のみなさんは、たとえば今回だったら最前線の中東に行く前の、その最後の夜を沖縄で過ごすわけだが、そんな彼らの気持ちを思いやったとしても、

あたしは、アメリカのために、、、まだ若い彼らを、「殺し合い」のために戦地へ送り込む、そんなアメリカのために体を張る気はない。

まあ、私自身は、「10代の頃のように若い海兵隊と仲良くできないか」、と言われれば、当時と同じように、「仲良くできる相手も居るだろうな」、というのはあるんだけど。実際、彼らと親交のある若い人たちの話しを聞いていると、海兵隊もそんなには「変わってはいない」みたいだし。良くも悪くもね。


だから、安全な場所から彼らを死地に送り込むことを「生業」としたり、そのことを人間社会の「当たり前のこと」として「生きている」連中を見かけたら、

「唾を吐きかけたくなる」し、今度こそ最大限の侮蔑をそいつらに与えてやりたい、怒りに震えて「殺してやる」ではなくて。

ということ。


>ごんさんが「弱いもの」と規定しているアフガン・ゲリラは、強大な米帝と戦う自らのことを果たして「弱者」と認識しているでしょうか?

「強大な米帝と戦う」「人間」のことなんか知らんよ。一知半解さんが彼らのことを「弱者」だと認識しているということはわかるけど。でも、アフガン・ゲリラは気持ち的に「強い」とか「弱い」とかと関係ないとこで「ゲリラ」やってるんじゃないか。ああ、コンドリーザライスは「強い」よね。


>個人の「生」だって、他者の犠牲の上に成り立っている現実を考えるならば、国家同士だって同じことです。

んなむちゃな。

「個人」と「他者」の関係が「国家同士」の関係と同じなわけないでしょう。

一知半解さんによると「国家」=「個人」なのか?

いつの時代の殿様たちの話しだよ。

ここは、

誇り高き日本国憲法をいただく、

21世紀の日本ぜよ。


(笑)



こういうところでの議論は
こういう場所での議論は、いわゆるブレーン・ストーミングであるべきだろうと思っています。

他方の意見を否定し潰すだけでは、ディベートであり勝ち負けの世界に入ってしまいます。

「誰のためでも無い、自身の正義」とやらの意見を押し付けることにしかなりません。
それこそ、アメリカや他の国がアフガンなどで行っていることと何ら変りないことだと思います。

私は現在のアフガンなどの紛争国状況は「異なる正義」どうしの戦いだと考えています。
国家間の争いだけでなく、内戦自体がイスラム各派における「異なる正義」がぶつかり合っているのだと・・・。

そんなアフガンへの対応を考えるときに「個人の正義」を押し付けるような感情論は無意味でしょう。

少なくとも日本という国にとっての「正義」は何か?の議論が必要で、支援するにも何をするにも一時のことでは無く継続することが必要であることを考えれば、それは日本という国を損なうことが無い(国益に沿う)方法である必要があるという視点も必要でしょう。


戦争=イジメ ?
以前、記事違いな質問をした者です。・・・また、記事違いだったら申し訳ないのですが、質問させていただきます。

ごん様のコメントにもあるのですが、「戦争を子供のイジメにたとえる」というシーンを、いろいろな場で見かけます。
私は、…これっておかしくないかな? と思っています。
あくまで「たとえ話」ですし、戦争ごとに事情は違うので、判断基準として重要度は低い事柄だと、理解しているのですが…
他に良い「たとえ話」はないですかね?



私は、給油打ち切りに関して、


「米国が頼むから、仕方なく続行するけど、見返りとして○○を要求する」


「給油やめて金だけ出す。引継ぎやアフガンの勢力図なんか知らん」


「給油やめて、自衛隊以外で現地支援活動・現地NGOの支援」

可能性大 ①>②>③ 可能性小 

と予想しているのですが、③を選んだなら、死人が何人出ても数年は続けないと効果はないでしょう。
(たぶん、現在の多くのNGOと同じく、現地スタッフのみで活動して、日本人スタッフは後方というスタイルになるでしょうが…)
ですが、一人二人死んだくらいで、"国会のイス取りゲーム"の道具にされそうで、心配しています。

今回の給油打ち切り自体にしても、外交カードなのか、単に国内の左派へのポーズなのか、すごく心配しています。
本当に、現地の安定と日本の国益を、感情でなく勘定で判断してもらいたいです。


日本人にありがちな一人よがりの決め付け、そして、安っぽい感傷
横レス失礼します。

私はKYDさんのご意見にほぼ同意でしたので、ごんさんの批判は私にも向けられていることになるかと思います。

そこで、私の感想・反論をちょこっと述べさせていただこうかと。

まず、そもそも「弱いものいじめ」という捉え方が、ごんさんの「一人よがり」ではないかと思います。

ごんさんが「弱いもの」と規定しているアフガン・ゲリラは、強大な米帝と戦う自らのことを果たして「弱者」と認識しているでしょうか?

むしろ、彼らは、自らのことを強大な敵を迎え撃つ「強者」と規定しているのではないでしょうか?だからこそ、死を恐れずに勇敢に戦えるのではないですか。

それを自らの見方で、勝手に「弱者」と規定することはいささか不適切ではないかと思います。

強者を自認する彼らが、外野から「弱いものいじめをやめろー!」と言われたら、どう受け止めるか?
却って怒り出すかも知れませんね。

むろん、これは私の見方に過ぎませんから、実情は違うかもしれない。

ただ、日本人にありがちな一方的な見方で、彼らに対し、勝手に決め付け、安っぽい同情をするのはやめた方が良いかと思います。

それに、「弱いものいじめ」という視点で物事を判断すること自体にも、賛成できません。

政治の世界に善悪二元論を持ち込むことは、判断を誤らせる元です。

>ならイジメの片棒を担いで生きるがいいさ。その口の利き方が自らの「生」を貶めていることに気付くまで。

少なくとも、私は日本の安全を最優先します。
そのために、他国が犠牲になるかもしれない…という恐れは勿論ありますし、罪悪感だって全く無いわけではない。

ですから、日本の安全を確保した上でなら、戦争の被害を蒙った国々に対する支援はすべきだろうとも思います。

そうした行き方が卑怯だとも仰るのでしょうか?

そもそも、個人の「生」だって、他者の犠牲の上に成り立っている現実を考えるならば、国家同士だって同じことです。

批難するのはたやすいですが、ごんさんの立場だって似たようなものでしょう。

日本の安全を確保するための主張に対し、極めて感情的な応対をされるのはご自由ですが、ごんさん自身アフガンの為に身体を張っているわけでもなく、安全な日本に居ながら、自分と異なる見解を持つ人間に対して、「唾を吐きかけて」いるわけです。

怒りを他者に向ける前に、ご自分の「立場」というものについても少しは省みてはいかがでしょう。
吐いた唾が、自分にも戻ってくるかも知れませんよ。

まぁ、感傷に浸って、ブログのコメント欄に書き込む程度なら無害かと思いますが、ごんさんのような感傷的な意見がマジョリティになり、冷静な意見を押しつぶすようになったら、日本も危ういかもしれません。


笑止
>米国に真っ向勝負なんてバカなことはしたくないですね。

これが現実でしょう。

「援軍」とか「同盟」とかじゃなくて。

卑怯もんが弱いものイジメをするのに「義理」や「人情」に訴えるようないっぱしの口をきいてるから誰にも話しを聞いてもらえないんだよ。そんな日本がどの面下げて世界の国々の前で「対等」だ「支援」だとぬかすつもりだい。笑われるだけさ。


>死を達観されたごん様にはむしろ望ましいことなんでしょうね。

どこまでも人を馬鹿にするよね。

ならイジメの片棒を担いで生きるがいいさ。その口の利き方が自らの「生」を貶めていることに気付くまで。


>私は無駄死にはしたくないので、

ただの卑怯者が賢者気取りか。

なら(経済活性化に一役買うような)有意義な人殺しをして、(恨みを持った人々に望まれる)有意義な死を、死ぬがいいさ。

ちなみに当時の国務大臣はこう仰ってらしたよ。
http://teagon.seesaa.net/article/80111717.html
「アジアにはまだ国境紛争が残っている。それを解決する方法は、経済統合を進めていくことだ。その過程で、今あるような紛争は過去のものになるだろう」

日本に望むものは「経済統合」つまりは金だ、そうですよ。

で、誰が日本に、日本国の「自衛隊」のみなさんに、「イジメの片棒を担いで血を流せ」と言ったんだ。

俺はそいつに、そんなことを言う卑怯者に「唾を吐きかける」と言ったのだけど。


アメリカは、アメリカですら、捨てていない。

「今あるような紛争が過去のものになる」ような統合の道を。

だから日本も捨てない。

日本の犯した過ちを文字通り過去のものにするための「憲法九条」を。





ごん 様
米国に唾ですか・・・・。

いくら鳩ぽっぽが<宇宙人>でもそこまでできるとは思いませんが、本当にやったらどうなるか見てみたい気はしますね。

今まで米国の子分の地位に甘んじてきた日本の首相が、『アフガンで米軍がしているのは人道に反する虐殺行為だ!!』なんて叫んだらいったいどんなことになるんでしょうね?

まあ多分死ぬでしょうけどね。

死を達観されたごん様にはむしろ望ましいことなんでしょうね。無様に米国の言いなりになるよりも、名誉ある反米の死を求めておられる。

私は無駄死にはしたくないので、米国に真っ向勝負なんてバカなことはしたくないですね。神風特攻隊と何が違うのか分かりません。


恨?
まだ泥沼にいらっしゃるみたいだね。

KYDさん。

(圧倒的な武力差が明らかになった現状を不問にしたとしても)日本がアメリカの「報復」に参加することを「援軍」とは言わんよ。


これはイジメの構図。「(こいつは俺の面子を潰した)お前も一発なぐっとけ」。ってさ。

KYDさんは殴る。

俺はそう言ってる奴に唾を吐きかける。今度こそそれをやりたいと思ってる。俺は、今度は絶対にそれをする。

人間はどうせ死ぬんだし。

若いKYDさんと違って、あたしは折り返し点を過ぎた。老い先の方が短くなった。

精神的に。

考えてみて欲しい。

この世で(「原爆しようがない」と言われるほどに)最悪の罪を背負ったこの国が再び世界中の人々に愛されるようになった。

あたし(ら?)を育ててくれた(手塚治虫みたいな)方々のおかげで。

だから、あんたら(精神的に)若い連中が何を言おうと、あたしはこれを、これに関してはもうどうしても、絶対に、手放す気はないんだよ。

日本国憲法はあたしらの誇りだ。


光だ。


あたしはこれを手放す気はないんだ。





戦争と同盟
アフガンは米国の911テロを受けて始まった『戦争』です。ならば『同盟国』である国家がこれに援軍を送らずに済むということがあるでしょうか?
小国で支援が物理的に不可能であるというのならともかく、日本ほどの国力があってなお「できません」などということが許容されるでしょうか?

確かに日米安保条約は片務協定で日本側に援軍派遣の義務はありません。
しかしそれは日本が焼け跡の小国だったころに作られたもので、今の経済大国の図体でそれを振り回すのは大人が子供のときはもらえたあめ玉を欲しがるようなもの、国辱モノの振る舞いでしょう。

はじめから同盟していない国家が支援しないのならそれは『中立』ですが、同盟を結んでおいて支援しないというならそれは『裏切り』です。
海自の補給部隊を撤退させるなら、陸自のアフガン掃討作戦への参加が要求されるでしょう。それも無いのなら、米国は日本が裏切ったと判断するでしょう。

まさに今命がけの格闘をしているときに、「暴力はいけないよ~」と言って傍観しつつ怪我の手当の準備をしているような奴を『友人』と呼ぶでしょうか? 仲裁に入るにしても、加勢するにしても、身体を張らないような奴を同格の尊重できる友人と見なしうるでしょうか?

同盟国というのは本来そういうものです。それが嫌なら同盟を止めればいいのであって、日米同盟を外交の基軸とする、とか言っておいて軍事支援を停止するなどというのは笑止千万、平和ボケの極みと言うべきでしょう。

日本は米国の植民地であり、独立国でもなければ本国の選挙権を与えられた市民でもないのだから、本国の戦争に軍事的支援をする義務など生じない、というのならそれはそれでアリかもしれませんが・・・それで通るものなんですかね?

それとも平和のためなら丸腰で死ぬことも厭わない戦闘的護憲主義者の方々が米軍とタリバンの間に武器も持たずに割って入るのでしょうか?
それって弾丸尽きた旧日本軍が銃剣と日本刀でバンザイ突撃をかけるのと同じメンタリティ、物理的制約を無視した精神偏重主義そのものではないかと思うのですが・・・。

海自の補給で済ませていたほうが死者も出ないし利口な方法だったと思うのですけれどね。まぁ警察隊でもNPOでも何でも作って陸戦で殲滅されれば多少は何かが変わるのかもしれません。犠牲をもってしか変わらないのは人間の性のようなものですから。

長文失礼いたしました。


「警察官育成支援」と「自衛隊派遣」は、そもそも違う次元の話です。
つまり、「警察官育成支援をするのかしないのか」と「自衛隊派遣をするのかしないのか」は、分けて議論し、各々で答えを見出す、ということになります。

「警察官育成支援OK・自衛隊派遣NG」
「警察官育成支援OK・自衛隊派遣OK」
「警察官育成支援NG・自衛隊派遣OK」
「警察官育成支援NG・自衛隊派遣NG」

こういう組み合わせになる、ということですね。

私は「両方するべき」という考えです。
アフガンは治安が再び悪化し、武装勢力は警察力では対応できないレベルの軍事力を持っているので、いくら警察官が頑張っても、これを阻止することは不可能に近いのが現実です。なので、これを相手にするのは自衛隊、ということになります。
しかし、内戦が終結すればなおさら、内戦が継続していても、日本国内と同じような犯罪への対応や交通整理などもしなければならないので、警察組織や警察官の育成も重要です。これはこれで、日本は積極的に協力していくべきだと思います。

あと1つアフガンへの貢献を図るならば、アフガンの各勢力が東京で、日本が仲介役となって紛争解決プログラムを作成し、統治機構の機能をスタートさせることもまた、オプションとしては「アリ」ですね。


立場変れば評価も変る
http://www.hamada-m.com/shiten/shiten090313.html
という報告もあります。
警察に対する支援策としては、従来から議論がなされていて、現在は研修の受け入れなど行っています。
http://mediajam.info/topic/707942
また、http://news.bbc.co.uk/2/hi/south_asia/7907468.stm

多くの人はこう言った情報は知らないんでしょうね。 日本のメディアでも軽く載れば良いほうでしょう。
この状態では議論も深まりません。



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でも、お玉が愛を感じたら記事違い、長文、連投、暴言でも表に出すことはある・・ようは、愛です・・愛!また、TBも同じような基準で判断させて頂きます

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