2017/08
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世の中やみんなのため、だけではなく
人間の目は不思議な目
見ようという心がなかったら
見ていても見えない

人間の耳は不思議な耳
聞こうという心がなかったら
聞いていても聞こえない

~「心のスイッチ」より


中学生に向けた詩なんだろうけど・・
大人にも十分あてはまるね。
でも大人は、なかなか気が付けない。

「こんなに私はみんなのために頑張っているのに
どうしてわかってくれないの?」

みんなのため、世の中のため だけではなく、
まずは、自分のために頑張ってるんだと
思えれば、気が付ければ
見えるし、聞こえるのかもしれない。

半径10メートル以内の平和と幸せのために
まず頑張る・・
みんなのためになるから、
という気持ちももちろん大事だけど、
自分のために大事だから頑張る、頑張れる。

そんな心でやり遂げたいなあ
ボランティアも、市民活動も、
そして政治活動も。

・・・なんちゃって・・・・・・

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(非公開コメント受付中)

2週間長考しました。
お玉さん 難しいことを投げかけられましたね。おかげで2週間の長考となりました。

 社会のことを学ぶとは、自分がいかに他の方々から支えられているかを知ることである。
 そうすると、他の方々のために何かをしたとしても、それは、自分を(なんらかの意味で)支えている方々のために何かをすることであって、当たり前と言えば当たり前のことなのだ。(「情けは人のためならず」とも言う。)

 と、ずいぶん前に考えたことなのですが、やっぱりここに戻って来ます。校長先生のお話みたいですね。

            田渕 大樹(ぶっさん)
             7月1日(木)記す


スイッチ
えーん、中学生向けの言葉を大人がとやかく言うもんじゃない! とか怒られそう・・・

これって、すごくナイーブな感覚を言ってるんだと気がついたんですけど(遅いだろ)、実は幸不幸って心の状態なんですよね。で、人は外部からの好ましくない刺激に対して、スイッチを切ることで調節するんだと思うのです。好ましくないというのはあくまでも本人にとっての主観的な判断ですから、他者に共感する優しい心が少なければ外面的な情報だけで左右されます。

義務教育を受けていた頃(太古の昔だなあ)、やたらと登場人物の心境を推測させる国語の授業があったような気がしますが、そういう資質っていうのはどちらかというと、授業で教材を通じてというよりは実際の暮らしの中で培われるものじゃないかと思います。

勉強もせずに遊んでる(ごめんね)こどもたちの方が、本当は情緒が豊かなのはそういうことですね。ただしそれを表現する手段を得るには、やはり学びが必要なんですよー。

ちょっと記事違い?

みんなのため、とか考えるときに、それが共感なしの手段ではなかなか成就しがたい、と先に書きました。
自分のことを大切にしている人は、他人をも尊重できるということが言えなくもない。大切の仕方が重要ですけど。好ましくない刺激をただはねつけるだけの仕方では、どうしても限界があるということですよね。
 なぜならば、他者とともに生きることは苦楽をともにすることだからでしょう。

なんちゃって?



袋小路
バーバラ・エーレンライク著
「ニッケル・アンド・ダイムド」

http://www.president.co.jp/pre/special/aiai/2126/article/1/?tx_ttnews[backPid]=13

http://www.nikkeibp.co.jp/sj/2/bookreview/09/


自分だけでも手を焼くというのに
>周囲10mの幸福を敷き詰める

これは、正直できないと思います!
特にいろんな人が集う場所では。
他人の思惑はさまざまで、だから難しいですよね。
ですが、対象とする相手の種類によって応対を変えていくことで、ある程度はなんとかなる。ただ、それを10m以上に広げると事態は別です、という感じ?


やりちゃん

ロビンソン・クルーソー的なお話ありがとうございます(笑


ありふれた情念
残念だけど、「周囲10mの幸福を敷き詰めると平和が訪れる。」ということにはなりませんね。私だって、そうなればいい思っていますけれど。

周囲10mとうまく付き合っていけないという人は、必ず一定数存在します。その中には「きっと社会が悪いのだ」という暗い情念をたぎらせて、「世直し」に打って出る者もあるでしょう。ルソーも、マルクスも、家庭人・一人の人間としては最低最悪だったと聞いています。

四十数年人間をやってきて、うまくいかないのはここが悪かったのか、というように自己を見つめて改善してきた。仲間には遅れをとったかもしれないが、少しずつ成長はしている。それを横合いから出てきた「社会が気に入らない」とか言ってる甘ったれた能天気野郎にメチャメチャにされてはたまらない。くだらないことに巻き込んで欲しくない。

卵と壁なら、私は常に壁でありたいです。


ちなみに・半径10メートルのお話は、何度かなめぴょんさんから聞いたことがあってね。ずっと、ええなあ、そうあり続けたいなあと思っていたのでした。


せっかくのいい話なのに・・管理人自ら記事違い・
>仏教+社会運動+αでこんなものもあります。
http://kinpy.livedoor.biz/archives/28581084.html

そ・・その流れで、「政党たん」http://seitoutan.xxxxxxxx.jp/を見てしもうた。
おもしろそう。深夜アニメ化希望!(おい)


あ、連続投稿ごめんなさい。

sv400s_dracinさん
仏教+社会運動+αでこんなものもあります。
http://kinpy.livedoor.biz/archives/28581084.html

空想的と言うなかれ。


自分のためというより、湯浅誠の言葉を借りれば「俺はこんな社会は嫌だ」ということでしょうか。

っで、「随處作主となれば 立處皆真なり」という言葉に荘子の実存主義を思いだしました。
そして主体が確立されれば自ずと関係性が明らかになるわけですが、その中に人間の住む社会としては「ちょっと違うんじゃねーの?」という異物が見えてくるわけで、それが社会の諸々の問題であったりするわけです。
大逆事件に禅と浄土真宗の僧侶が含まれていたことは偶然ではないでしょう。


随處作主
>半径10メートル以内の平和と幸せのために

 難しいこと言いますねぇ…政治家のどこがすごいというと…一人ひとりはものすごーく、良くも悪くも人間として魅力的だということ…私には政治家(議員)は全員、宇宙人にしか見えませんが、右派だろうが、左派だろうとも何万という人から、選択されたと人だということ…何万人相手にでも話が出来、しかも自分に投票してくださいと依頼して、そのとおりに投票した人がいるってこと…怖いわ…私が一人ひとりに懇切丁寧に挨拶したとして、その中の何人を説得できるだろうかと と思うと、政治家っていうのは、宇宙人としか思えない…といって、weblogのような顔の見えない一対一ならを説得できるのかといえば、weblogでのやり取りだけで、あっという間に切れる「瞬間湯沸かし器」…半径10メートルなんぞ夢のまた夢…宇宙人たちに対抗するすべもない

>自分のために大事だから頑張る、頑張れる。

 そうだよな…背伸びしたところで、宇宙人にはかなわない…ちょいと想いだした言葉が「随處作主」…「ずいしょにしゅとなる」と読みます…「臨済録」にある言葉…私は坊主でもなんでもないけど、保守的なだけ…随處作主(ずいしょにしゅとなれば) 立處皆真(りっしょみなしんなり)と一対になってるんだけど、「そーいうことね」って、勝手に合点がいってしまっている…違うかもしれないけど、ちょー自分解釈しましたので…

>半径10メートル以内の平和と幸せのために
>まず頑張る・・

これって、「随處作主となれば 立處皆真なり」に間違いなく通じます…注:意味はあえて書きません。調べてくださいな…


それがどうした、というおとなの心
・・・なんちゃって・・・
が、余分です~~。

自分のため、わかりますよ。
どこまでいっても自分あってのことですし。
ただ、自分のために他人を犠牲にしている人間たちが
世界に多すぎるから、問題なのだと思っています。
みんなのためによいかも知れなくとも、
みんなが合意しなければ進まないし
その種の合意を得るためには
自分が試される場面も多くあるんだろうと思います。

こんなにやってるのに、は
自分の期待が現実に通じないというあせりなんでしょうか。
他人を知ることは自分の欲求とはすれ違うことかも
知れませんが、「他者への理解」がないところで物事を進めるのは難しいでしょう。

せっかくのきれいな意思表明に対して申し訳ないです。
けれど身の回りの人々への働きかけと、より広い平和や幸せを考えての行動とは、やはり食い違いが大きいと思っています。


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Author:お玉おばさん
お玉なブログを展開する、とんでも博愛主義者。愛は海より広くそして深くありたい!と願っていたが、叶わないときは暴れる傾向にあり。昨年某国営放送局のやくざな討論番組に出たせいで、年恰好がバレちゃって・・・・・・ま、お玉に会ってみたいと思ってくださる読者の方は、お玉がいろいろな形でかかわるイベント、コンサートの会場へGO!

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